オナニーという行為があります。この言葉は聖書に出てくる【オナン】という人物が『兄嫁に膣外射精をカマした』という何とも倒錯的な事実から生み出されているのですが、その話は今日の日記とは関係ないので割愛。とにかくも歴史は古い、ということです。
歴史は古いのですが、やはり性的なマターはタブー視されてしまうのはいつでも世の常。基本的には日々の生活で突発的にオナニーの話をすると、白い目で見られる。白い液の話をしようとしたら白い目で……いやなんでもない。
オナニーの仕方を家庭で教えろ!などと大それたことを申し上げるつもりはありませんが、過度に性知識を忌避するのもいかがなものかな……とは思います。
僕たちの大部分は誰に教わらずとも自然にオナニーの仕方を覚えます。健康な男子の場合、平均して中学生くらいの頃にはオナニー・スキルを獲得するのではないでしょうか。あの一連の過程には、一種ドラマチックなものがあることを、女性の方はあまりご存じないように思います。
以前どこかの日記でも書きましたが、僕の場合は小学校2年生の時に上り棒を上っている時に神を見ました。地上5mくらいの地点で突然「オフッ」とうなって動きを止める肉欲少年。僕の、僕だけのザ・ワールドが猛発動。
「どうしたん?肉ちゃん」
「なんでも、ないんやで……」
人間の本能とはよくしたもので、まだ年端も行かない僕であったにも関わらず、友達にそんなことを問いかけられたあの瞬間、確かに
『このことは絶対に公言してはならない!』
という強い責務を感じたことを確かに覚えています。
そういう風にして僕たち男子は日常の至るところで神を見つけるようになるわけで、例えば僕の友人の竹野くんは畳の上を匍匐前進している時に真理の光を見出し、あるいは柳くんはプールの授業中にビート板を股に挟んで遊んでいる最中に電撃のような啓蒙を受け、更に僕などは小学校5年生くらいの時にジェットバスにチンコをブチ込んでいる時にゼウスと出会う、などその態様は様々です。様々なのですが、ただ一点『チンコをハート・ビート・シェイク』という部分で僕らの行為は夢の知徳合一。僕らの冒険は、いつだってチンコから始まる。
そうして各々がある程度チンコ、ないしそれにまつわる一連の騒動に対し『こいつは一体どうなってやがるんだ?』という疑義を抱き始めた頃、クラスの中の少しマセたガキが
「なあ……オナニーって知ってるか……?」
と僕らにそっとサジェスチョン。オナニー?スイミーか何かの仲間なのだろうか……と思いながら、僕らは静かに彼の言葉に耳をそばだてる。
「チンコをどうにかするとやな……」
この辺りでどうもピンとくる肉欲、竹野、そして柳。僕らは心の共犯者、だけど自爆を恐れて誰も何も言い出せない疑心暗鬼のライアーゲーム。チ、チンコが一体どうしたとや?!僕らの乾いた心は限界破裂寸前である。
「めっちゃ気持ちええらしいぞ……!」
ポーン!点と点が線になり、霞がかっていた頭が明瞭になるのを感じる。まさかまさかとは思っていたけど、そうか、あれはオナニーという行為だったのか……そういえば南国アイスホッケー部にもそんな描写があった気がするぜ。
エロに対して団結した男たちは強い。行動力は跳ね上がり、IQは200を突破し、その鋭い分析力は国家公安委員会を優に凌駕する。
「俺の場合は上り棒で……」
「チンコを握るといい、という説も……」
「ジェットバスはリスクが高い……」
「とりあえず辞書でも引いてみるか?!」
辞書!僕たちが世界で一番嫌いだった存在が、この瞬間一気に光を放ち始める。『分からないことがあったら辞書を引きなさい』と口をすっぱくして教えてくれた高山先生、なるほどそういうことだったんですね。僕たちは先達の教えと共に今、更なる高みに飛び立ちます。モナムール!
オナニー:〔旧約聖書創世記の中の人物オナンの名による〕自慰。手淫。マスターベーション。
「誰よ、このオナンっちゅーのは……」
「汚い名前だなあ」
僕たちは岩波の辞書を放り投げると、再び『ニャンニャン倶楽部』という雑誌を開いて学会を開いた。やはり、ここ一番で辞書なんかを頼ってられない。大切なのは有難いご高説なんかじゃなく、現場のナマの声なのである。
それから数日間、僕ら審議会による不眠不休の検討会が続行した。そんなある日。
「おい!昨日チンコをゴシゴシこすりよったんやけどさあ!」
山根が唐突にシャウトしながらやって来た。世が世なら措置入院が必要なケースである。だが、まだ見ぬ教養の獲得に狂っていた僕らは何も思わない、どころか山根の言葉に天啓のようなものすら感じ取っていた。少年時代というのは、概して柔らかに狂った状態にあるものなのである。
「……めっちゃ気持ちよくなったぞ!」
その言葉を聞くや否や、僕たちは音よりも早く帰宅。その晩、僕が家族に隠れてチンコをゴシゴシしたことは言うまでもない。いや、それは僕だけではなく竹野も、柳も同様であったことが、後日の事後報告会で確認されている。僕たちはバンド・オブ・ブラザーズ、心の熱い部分で繋がった仲間だったのだ。
――プロセスの違いはあるけれど、僕たち男の子にとってオナニー・トークというのはコクと滋味を含んだ『いつまでも大切にしたい』分野の話だ。それは上掲した僕の実体験からも導かれるし、あるいは白木屋などで白鶴を飲みながら
「そういえば俺の初めてのオナニーはね……」
という口火が切られれば、辺りはたちまちにゼロ距離の攻防戦となる。
「俺は学校のトイレでオナニーしたぜ!」
「そんなもん稚戯よ稚戯。俺なんてスイカ畑でだな」
「ばっか質より量だろ。俺が若い頃なんかは12回はできたね。最後なんて血が混じって」
「これ、友達の友達の話なんだけどさ。そいつがもうとんでもないヤツで、いきなり本屋の中でおっぱじめたらしいぜ!」
お気づきの方もおいでかもしれないけれど、これらの会話、その主題を『オナニー』から『ケンカ』に置き換えても十分成り立つ。
「学校のトイレでケンカした!」
「スイカ畑で2中のヤツらと決闘して」
概して男は、バイオレンスな話とエロの話が大好物なのである。ただ、暴力方面には全く疎い僕に関しては
『俺も昔はワルくてよぉ』
というものの代わりに
『俺も昔はエロくてよぉ』
としか語れないというだけの話だ。もちろん、今はエロくない!という話ではない。どちらかといえば生涯現役、ゾルディック家のゼノみたいにストイックな人物でありたい。性的なミーニングで。
つまり、男たちはそれだけオナニーというものを大切にしているのだ。そして僕の経験則上、オナニーという考え方をぞんざいに扱う人ほど、部屋が汚い。いや!そういうことじゃないけど、どちらかといえばオナニーに対して一家言有している人の方が、その言葉に厚みがあるように思われる。
僕のかつての友人に、30種類以上のオナホールを試した浅木という侍がいた。モサドの諜報員のような鋭い目つきをした浅木は、明確にアホの人だった。
「どうしてそんなに多種類のオナホを試すの?」
「お前は、この世にいる全ての女を抱きたいとは思わないのか?」
アホだった。しかし世の『偉人』とは、総じてどこかアホな部分がないと立ち行かないものだと思う。僕はそんな浅木のことを尊敬していたし、彼のことを呼ぶ時はいつでも『マエストロ』と呼んでいた。
そんな風にして人生をオナニーに捧げてしまったかのような浅木だったけれど、彼だって別に女にモテたくないわけじゃない。いや、それどころかかなり強めに『モテたい!』と願っていた。ただ、悲しいかなオナニーの仙人のようになってしまった浅木は、一度その口を開いてしまうとオナホールとP2Pの話しかできない体になってしまっていたのだ。それはとても悲しいカルマである。
「浅木くんって、何が趣味なの?」
「……」
女という生き物は本当に残酷だ。その言葉に悪意がない分、より一層。そこで浅木が「え?オナニーだよ」と、極めて爽やかに答えたところで、それは確実に「変態!」とシャウトされてしまうだろう。かといって何も答えないままでいれば『無口な人、暗いヤツ』とのレッテルを貼られてしまう。行くも地獄、引くも地獄。
「それだったら、適当に趣味をでっち上げればいいじゃん」
そんな器用なことできるヤツがオナホを30種も試すと思ってんのかこのアンポンタン!アメンボは陸では生きられないのである。逆に言えば、そういう生き方をチョイスしてしまった浅木の背負うべき十字架であるとも言える。それは『どこにも悪い人なんていない、ただ生きるというのは時にひどく悲しい……』という浅木からのしょっぱい人生訓だ。
「男の人ってさあ、彼女ができても『一人でしたり』するの?」
ある日の飲み会のことだった。どうして女性というのは『女の子の日』とか『一人でする』という、柔らかいんだか生々しいんだかよく分からない表現を使うんだろう?月経という呼称の方が随分硬派だと思うんだけど……と思いながら僕はぬるい白鶴を飲んでいた。
「彼女がいたらしないでしょ!」
どこかからそんな言葉が飛んでくる。僕はこの手の質問が嫌いだ。なぜならこの場合『彼女』と『オナニー』だなんて、その両者を対置して議論をしてもあまりにも実益に乏しいからだ。じゃあアンタに聞きたいが、その質問をした意義はなに?もしも『彼女がいたらオナニーすべきでない』というならば、そのカップルは『性』という一点でしか繋がっていないことになる。極論ではあるけれど。
「まあ、するだろ」
バカらしいと思いながらも、僕は答えた。僕は比較的オナニーを大事にしている。それはきっと、射精そのものが大事なんじゃない。レンタルビデオ屋のAVコーナーでムダに2時間も悩む、その部分から丸ごと好きなのだ。愛したいのである。
『このジャケットはフォトショで加工されてるんじゃないか?!いやしかし……当たりという可能性も……』
AVコーナーで悩みながら覚えるあのワクワク感は異常だ。男女差別をするつもりはないけれど、おそらくあれはチンポを持った者にしか分からない感覚なのではなかろうか。それは学校帰りにエロ本を発見し、友達とワイワイ言いながら騒いだ、あの興奮にも通じるものがある。
「おい肉ちゃん、オナニーってのがあるらしいぞ!!」
もし僕の中でのオナニーを『青春の縮図』と言わせてもらえるのであれば。それは彼女ができたとしてもずっと大事にしていきたいし、できれば尊重して欲しいとも思う。共感してくれ!とは言わないが、理解は示して頂きたいのだ。
そんな時、浅木がポツリと口を開いた。
浅木「腹が……」
「え?」
浅木「腹が膨れりゃいいってもんじゃないだろ……」
腹が膨れればいいというものではない。マエストロのこの言葉に、僕の伝えたかったことの全てが詰まっていた。あらゆる角度からのオナニーを追い求め、いつも新たなオナホを求めて彷徨った浅木。優秀なカレー職人は様々なスパイスを試すというけれど、浅木にしてみれば自分の中で最高のガラムマサラ(≒オナ・ホール)を見つけるために数多のオナホを渡り歩いたのかもしれない。そんな浅木だからこそ、僕は手放しに『コイツ、カッコいいな』と思ったのだろう。
「ま、男の人は仕方ないっていうしねー」
分かったような顔して、さえずるな小娘!なんかこう、それじゃあ僕らが『已むに已まれず……』みたいな感じでオナニーをしているようで、非常に遺憾だ。感覚的な話になるが、僕らがオナニーを『している』のではなく『させられている』感じがしてしまう。
そうじゃないんだ!僕たちはあくまでもオナニーを『している』のであって、そこはいつだって選択の連続、自己責任においてオナニーをしているのである。『走るサッカー』、このマインドを少しだけお借りすれば、『攻めるオナニー』。それが僕たちの不文律だ。
しかし、そんな僕でも最近は衰えを感じてしまう。時たま自分に向かって『おい、お前は攻めているのか?』と問いかけてみるのだけれど、僕の中の肉欲部分はいつでも黙って俯いてしまう。
『守りのオナニー』
「男の人は仕方ないんだよね」、というあの日の言葉。僕はいつしか『仕方のない男』に成り下がろうとしているのだろうか?そんな自分は認めたくない、しかしCPZオンラインで満足している現状は、いかにも、いかにも……何だか今、僕はとても悲しい気分である。
『新しいオナホ買いたいなー』
窓を開けて月を見上げると、そこに浅木の顔が浮かんでいるように見えた――と言ってしまえば、それは感傷に過ぎるだろう。というか、緊急入院が必要なケースかもしれない。ただ今回、僕がこうして文芸復興のようにオナニーのことを再評価したのは、やはり自分の中に思うところがあったからなのだろう。取り急ぎ、明日僕は1年ぶりにレンタルビデオ屋に足を運んでみようと思う。いつしか失っていた、大事な何かを取り戻すために。
楽しい連休になりそうだな、と思った。
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趣味わ変わらず。
だが不思議と…深く……熱い。
肉さんにはいつも人生を考えさせられます。
この台詞を言うと
元カレは何も言えなくなってました笑
オナニーはこっそりしてほしいです笑
決して満たされることがない空腹。
浅木さんの意見は秀逸。「レベルE」に
通じるものがある。
かくいう僕も30種類とまではいかないけれども、10種類以上のこんにゃくは試しています
大人の階段の最初の一歩が、快感なんだもんな。
女の子は鈍痛と出血から始まる、試練の道。
まだ、童貞なのに。
快楽だけではないことを心に留めておきたい。
>何か大事なことを思い出しました。
この連休はオナニールネサンスに
なりそーです
膣を解して鍛えてあげることで感度が増し、内壁がよく動くようになって、もっと♀も♂も気持ちよくなりますよ(^з^)-☆
忘れていた熱い何かを思い出せそうです。
青春の1ページを失ってしまったような、悲しい気持ちになってきました。
どっちも大事なもので、どっちも互いには到底分かり合えないものなんだなあ。分かりたいのに。性別って越えられないよなあ…。堂々とAV借りてみたいよなあ…。
あとシャワーとか
浅木かっけーよ
そして青春は絶え間なく続いて行く…。
www.moviez-dl.com/index315.html
腹を抱えて笑うと同時に、嫉妬の念が