先日、終電がなくなるまで飲んでいた僕が漫画喫茶で惰眠を貪っていると、誰かの携帯電話が突然激しくシャウトするのを耳にした。漫喫を包んだ静寂を容赦なく切り裂く悪魔的なそのサウンド。またこういうタイミングで流れるのが、幸田來未の楽曲だったりするんですよね。これが。
悪意があって携帯電話が鳴り響いているわけではないし、一度だけなら偶然の事故かもしれない。そう思った僕は再びブランケットを被ってスヤスヤと眠りに落ちた。その次の瞬間、またもや漫喫の中にエコーする幸田の破滅的なボイス!ノリノリで行われたアンコール講演。ライブ会場は、場末の漫画喫茶!
僕が怒りに震えたのは言うまでもない。携帯電話のサウンドはその後1時間、きっちり5分感覚で僕らの鼓膜をシェイクした。僕は安い睡眠を奪われたのと引き換えに、幸田の歌を目を瞑っても歌えるように成長した。もちろんそんなスキル、今すぐにでも捨て去りたいのは当然である。
また別の日。僕が新幹線に乗って自宅に向かっていた時のことだ。前日の深酒がたたってのことだろう、僕は全身に鉛を抱えながら死に掛けの有様で指定の席に座り込んだ。そして目を閉じて5秒で眠りの世界へダイブ・イン。新幹線から伝わる心地よい揺れが、僕の鉛を軽くしていく。
その時、けたたましい音で僕の鼓膜を蹴破ったのは紛れもなくEXILEのヤリチン的なシャウト。MAKIDAI?!僕は慌てて飛び起きる。しかしそこにMAKIDAI(マキダイ、本名:眞木大輔(まき だいすけ))さんはいるはずもなく、よく見ると制服を着たJKの所有する携帯電話から着信音が響いていただけだった。
一度だけなら偶然の事故かもしれない。僕は菩薩の心でそう思い込むと、再び瞳を閉じて世界の平和を願った。2秒後、僕の鼓膜をレイプしたのはEXILEのボーカル、ATSUSHI氏から放たれた情熱的なリリック。その音源は、やはりメイド・フロム・女子高生。僕が愕然として女子高生の方を眺めていると、彼女は極めて情熱的な舌打ちをサクレツさせながら、再び携帯のスヌーズを止めた。なぜそれがスヌーズと分かったのか?5分後に彼女のEXILEがゲリラライブを再開したからです。その一方的な特訓の甲斐あって僕はEXILEの楽曲を完璧に記憶、今ではイグザイルのイグ部分を背負えるくらいの益荒男に成長したのではないか……と、そんなことを勝手に思っている次第。
何の話か?携帯と一緒に、マナーも持とう!と僕は言いたいのである。漫画喫茶にしても新幹線にしても、そこかしこに『携帯電話はマナーモードで、お電話は指定の場所で』と表示されている。
「そんな意味のない慣習、旧態依然としたマニュアルを遵守するのって、思考停止でしょ。体制に乗っかってりゃいいってもんでもないし」
その価値観は理解できる。世の中には意味のない決まりごとも沢山存在するし、ルールや規則は時代と共に変化していく。僕は何もマニュアル人間になれ、と言っているのではない。ただ、どうしてそのマニュアルが存在するのか?という部分を考えることには価値があると思う。
思い遣り。その言葉は僕らにとって何ともチープに響く。しかし社会を営む上で、思い遣りを欠いてしまえば街はたちまちスラムと化してしまうだろう。僕が北斗神拳でも使いこなせれば、街がスラムになろうとどうなろうと最後まで生き抜く自信はある。けれど難民のような体をしている僕では、世紀末の土地において0.2秒でブチ殺されるという逆の自信しか存在しない。だから皆の思い遣りと共に、街がいつまでも平和であって欲しい――と切に願うのだ。
公共の場で、この携帯がけたたましく鳴り響けば周りはどう感じるのだろう?そんな類の思い遣り。あまりにもラウドな音を耳にした結果、ストレス社会に生きるサラリーマンは怒りに狂い、携帯電話の所有者を軒並み撲殺してしまうかもしれない――その結果として産み出されたマニュアルこそが『携帯電話はマナーモードに設定しましょう』というプロパガンダなのである。多分。
別にアンタのことを嫌いに思ってマナーにしろと言っているわけじゃない、ただそのままだとアンタは確実に血の雨を見るぜ?というJR側の、漫画喫茶側からの思い遣りの集大成なのである。
「俺は別に血の雨見たっていいよ。つーかオメーどこ中だよ?!」
それがアナタの宗教ならば、僕は何も言わない。強く生きていってくれ!と願うばかりだ。
僕たちは常に何かを思いながら生きている。腹が減った、眠い、暑い、寒い、気分が悪い、セックスしたい……思いの大半は『自己』というアンテナから発信され、そのまま『自己』という基点に帰着する。オナニーがしたい!これは今僕が思っていることを率直に書いたまでであるが、誰だって「他人のためにオナニーをしたい……」だなんてことは思わないだろう。いたとしても、その性癖は少々苦すぎる。
『思う』、それ自体は結構ナマナマしいもんである。その大半は欲求とか欲望などに直結するからだ。けれど、その『思う』という行為を他人に『遣る』こと。この段階に至ると、『思う』行為は途端に美しく輝き始める。
「布団、敷いといたからね」
ベロベロに酔って帰宅した時、友人の女性がそんなことを言ったとすれば。僕なら2秒で彼女に惚れるだろう。なぜならその女性が布団を敷いたところで彼女自身には何らのメリットがなく、その行為は確実に僕のことを思い遣った上で行われているからである。布団を敷く、という部分が重要なんじゃない。重要なのは、その行為に至った経緯なのだ。
「だから、セックスしようぜ!」
同じような状況で男の口からこう続いた場合、思い遣りという概念は粉々に砕け散る。いや、セックスをしようと画策した上で偽りの思い遣りを演出している分、その行為はかなり凶悪だ。そしてこのような場合『布団まで敷いてやったんだから、させろよ』と男が思っていることはほぼ確実である。
ただ、頭では分かっていても真実真正な意味で『思い遣る』のは本当に難しい。突き詰めればそれは『無私』の精神を究める、ということになるのだろうけれど、快楽に溺れがちな僕たちはついつい自分の立場でしかモノを考えられなくなってしまう。
「今の彼氏とはもう続ける自信がなくてさぁー。セックスも気持ちよくないし」
どこにでもある言葉だ。けれど、それを己の元彼女から放たれたとなると、そこには味わい深いコクを感じることができる。どうして俺にそんなことを言うんだ?!僕は携帯電話の向こう側で、かつての彼女との情事を思い出しながらチンコのポジションを整えた。
「つーか、今の彼氏マジであり得ないんだけど。この前なんかサークルでさあ……」
言われてたんだろうなあ、俺も。マシンガンのように現彼氏の悪口を展開する元彼女の弁舌を聞きながら、僕は『人は綺麗なままじゃいられないのよね』という当たり前すぎる事実を思い出した。ただ、他人の恋愛事情を聞くのが大好きな僕は、その後も巧みな話術を用いつつ、現在進行形で深まっている彼女のカルマを聞き出し続けた。
「彼氏と別れたのー。んで、良かったら今度会わない?」
昔付き合っていた男と女が再会してまですることは、何か?あえて僕は答を濁すが、おそらく『交』で始まり『尾』で終わる、あの獣じみた行為ではなかろうか。それは、100回世界が終わっても絶対に変わることはない真理のように思われる。少なくとも僕はしたい。逆に言えば、する気がなきゃ会わない。
「さ、最低……!」
ジャストアモーメント。だったら他に何をしたらいいのか、俺には分からないんだ!マジで。
「とりあえずスタバに行こうか。お前は何ペチーノ頼む?」
みたいな、ウンコのカスのような会話を繰り返すのが正義とでも?そんな寒い三味線を弾き続ける根性を、僕は持ってない。
「きっとあいつも別れたばかりで寂しかろうから、俺が温もりを教えてやりますかな?!」
そんなことを思ったあの日の僕。確認しておくと、これは全く思い遣りなんかじゃない。薄汚れた己の欲求を『寂しいだろう』『温もりを』だなんて陳腐な言葉でオブラートしただけだ。飲酒とセックスは『何を理由にしてもすることができる』という点で共通している。
「よう、久しぶり!」
「久しぶりだねー。あ、そうそう。先に言っておくことがあるんだけど」
「え、なに?」
「昨日新しい彼氏ができたから、その人も後で来るんだ!」
彼氏と別れた、という報告を聞いたのが3日前のことだった。彼女は昨日新しい彼氏ができたという。それだけで既に満貫なのであるけれど、それに加えて見ず知らずの彼がこれから僕らと一緒に酒を飲む!そんな戦慄の事実が鬼露見。リーチ一発ツモ、ドラ11!数え役満のような女だと思った。僕の体から、震えが止まらない。
「あ、どうも初めまして……」
思いっきり困った顔をして僕と対面する新しい彼氏。その様子をニコニコと眺めるその人の彼女。形だけを見れば完全に愁嘆場であり、おすぎとピーコがそこにいれば83回は激怒したことだろう。
「あ、どうも、元彼氏です……」
氷河期よりも寒い空気が居酒屋の中をクロールする。肉欲、デリカシーなさすぎ!その声は十分に理解できる。けどあの時、俺は一体何て言えば良かったんだ?!
「そもそも飲みに行かなきゃ良かったんじゃないの?」
パーフェクトな答だ。そもそもそんな場所、行くべきではなかったのである。
「でも、彼氏を見てみたかったんだ!」
そんな僕のチープな欲求を、思いを止められなかったがために、起こってしまった悲劇。『このままいけば、確実に嫌な思いをするだろう!僕も、彼も』。結局僕は、彼に対しても自分に対しても思い遣りが欠けていたことになる。その精神は1000%の割合で愚かだ。
『昔の男や女と会うなんて、ロクな結果にならない』
様々な小説や物語の中で幾度となく出会ったその手の恋愛マニュアル。僕は『どうしてそんなマニュアルがあるのだろう?』という部分に考えを及ばせることなく、俺だけは違う!という妄念から何度も同じ過ちを繰り返してしまう。ほんの少し思いを遣れば、いつでも答はすぐそばに転がっているのに。
「でねー、あたしと付き合っている時に肉欲ってば……」
言葉の斬鉄剣で彼氏の心をズタズタにしていく彼女。もうやめてくれ!彼氏のライフはとっくにゼロだ。もっと思い遣ってやれよ!いや、このレベルにまで達すると、最早思い遣り以前の問題か。とにかく、僕はあの日以上に不味い酒の味というものを、未だに知らない。
「あ、やばい終電ないや」
「じゃあウチに泊まれば?3人で寝ようよ!」
脳味噌にゆとりのある発言を繰り返す彼女。3P?!と脊髄の反射で思ってしまった僕もやっぱりクズだけれど、僕はなぜだか彼氏に平謝りしながらタクシーに乗り込み逃げるように帰った。ここ一番のところで思い遣りを発揮した運びである。それはあまりにも、遅きに失したけれど。
どこまでが思い遣りで、どこからが欲求なのか?その線引きは極めて曖昧だ。ただ、新しい恋人の前で昔の恋人の話をしないという部分は、直球の思い遣りである気がする。だってそんなものを聞いても、こっちは何もできないのだから。まあ僕は相手からそういう話を聞くのが大好きですけどね。
そんなことを考えていると、本日ウチの郵便受けに前の居住者宛と思しき年賀状が入っているのを見つけた。おそらく引っ越した旨を告げていなかったのだろう。仲の良かったユミ、でも今年はあの子から年賀状が届かない。一体どうしたのかしら……まさかウチの旦那と不倫してて、後ろめたくて、それで?!もしかしてそれで!?そんな妄念に取り付かれた幸子は、雛見沢産のナタを抱えてユミのところへ特攻をかける。『この泥棒ネコ!』とシャウトしながら――。
そんなストーリーを思い遣った僕は、年賀状に記載されていた差出人の電話番号にコールする。正しい思い遣りの形だろう。
「もしもし、かくかくしかじかの事情で僕の家にあなたからの年賀状が」
「ちょ、ちょっとすぐに送り返してくれませんか!?信じられない」
語気強く言われひどく狼狽した僕は、それでも従順な羊のようなマインドで年賀状を封書に入れて送り返してあげた。アカの他人に自分の手紙を見られる、それを嫌に思う気持ちはよく理解できるから。でも僕は大西(仮名)という苗字が少し嫌いになりました。あと、遅くなりましたが新年あけましておめでとうございます。今年もひとつ、なにとぞよしなに。
今年も肉欲企画に期待させて頂きます!
感動しました。
俺も目から鱗だた・・
今年も肉さんの文豪っぷりにメチャクチャ期待しております。
今年もよろしくお願いします。
今年の肉欲企画での初笑いは何ペチーノでした!
今年も肉さんに期待してますよ!!
今年も、本能のまま思いっきり!やってください!
o(^^o)(o^^)o
間違えてきた年賀状は、黙って郵便局に返すのがマナーかな、と思います。では、お体に気をつけてこれからも魂の震える文章を生み出してください。影ながら応援しております。
少なくともそのタクシー代は100%思いやりでできてます。
今年も目から鱗な文章を期待しています^ ^
明けちゃいまして、おめでとうございます。
肉欲さんにとって、よい年になりますように!
本年度も肉欲さんの味わい深い笑文を楽しみに日々を過ごしたく思います。
お体に気を付けて執筆活動頑張って下さいね。
そのパーティで飲む酒は絶対に不味いし酔えないだろうな…肉さんの頑張り素晴らしいです!!!
本年度も肉さんの文章にメロメロです。BYばかなJK
エグザイル○
今年も肉欲節をフルに打ち噛ましてください。
電車内で注意されて逆ギレするゆとり世代を昨年何回目にしただろうか。
元カノさんのキャラが強烈で笑えました。
今年も私たち読者をにっくにくにしてください(*^ω^*)
どなりつけたこともありますkら。
世の中ファニーな人もいるもんですねww
Exitはエグジットとでも読むのかな
今年も楽しい肉欲ライフをマン喫したいと思います。
でも更新待ってます。
今年もよろしくお願いします。
心に沁みます><
ケータイの持ち主に対して、
東海林さん並みの追求と、
古舘さん並みの言葉のナイフで、怒ってしまいますね。
一回、電車のなかでかましてくれちゃうクサマン腐女子に、北斗晶ばりのアクションかましてやりました(笑)
高校のときにですが(._.)
何はともあれ、マナーは時に法律を動かすって事ですよ(笑)
プ(≧ε≦)
読み返しても楽しかったですー(*´∇`*)