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そのA
「結構小さいんだな、この機械は」
珍しくスーツに身を包んだゲンさんは、かなり緊張した様子で研究室に立っていた。おそらく大学という場所に初めて訪れたであろうゲンさん、その緊張は僕にも何となく分かる。
「ええ、この大きさだと工場でも数多く稼動できるでしょう?折角の技術も、どでかいスペースで一個ずつしか作れないんじゃ、画に描いた餅ですからね」
GP01を対外的にお披露目する前日にゲンさんに来てもらった。ゲンさんの家を訪れてから、丁度2ヵ月後のことである。細かいデザインなどは変更したものの、基本的にはあの日見たビデオの時とGP01の仕様は変えていない。
「じゃ、作動させますね」
僕は慣れた手つきでGP01を稼動させた。テストに用いるのは、ゲンさんが直々に乗せたシューマイ。それを一旦バラしてから、ゲンさんと同じ判断を機械が下せるかのテストだった。俊敏な動きで、GP01がグリーンピースを摘み上げる。
「……改めて見ると、すごいな」
GP01は、次々と正確にゲンさんが選んだ通りの組み合わせでシューマイを緑に彩っていく。およそ20秒で全てのシューマイにグリーンピースを乗せ終えたその動作は、あの日僕が工場内で見たどの職員よりも早い仕事だった。
「どうでしょうか?どこか気になる点とか」
「いや、完璧だよ。相変わらず、すごいよケイくん」
ゲンさんの言葉に、僕はほっと胸を撫で下ろす。お披露目を前日に控えた今日にもし駄目を出されたら……と心配する部分がないではなかったが、どうやらそれも杞憂に終わったようだ。
「これで、シューマイ業界も爆発的に変わるなあ!」
大きな声と共に、ゲンさんから背中をバンバンと叩かれた。突然のことに思わずむせってしまったが、嬉しそうなゲンさんの声を聞くと背中を叩く痛みすらも心地よいものに思えた。
「本当に、ゲンさんには感謝しています。色々迷っていた僕に、色んなことを教えてくれて……僕の人生を大きく変えてくれて」
「俺は……何もしてないよ。誰も人の人生を生きることはできないし、ただ粛々と自分の命を生きるだけさ。だから頑張ったのはケイくん、君だ」
ゲンさんの優しい言葉に、思わず涙が溢れそうになる。友人よりも、教授よりも、親よりも。誰よりも認めて欲しかったゲンさんのその言葉に、僕の目頭は耐え難いほど熱くなった。
「すいません、ちょっと失礼します」
泣き顔を見られたくなかった僕は研究室を後にし、トイレに駆け込む。両手でトイレットペーパーをぐるぐる巻き取ると、僕は盛大に洟をかんだ。しばらくは嗚咽をこらえられそうになかったので、そのまま数分ほど個室に篭ってから研究室に戻った。
「じゃあケイくん、俺はそろそろ退散するよ」
「もうですか?良かったらこれから一緒に食事にでもと思ってたのに……」
「いやいや、俺にも仕事があるからさ。早く帰んないと、あの工場、俺がいないと始まらなくてね」
言いながら、まいったよ、と豪放にゲンさんが笑う。真剣な様子でグリーンピースを摘み上げるゲンさんの顔を想像し、釣られて僕も笑顔になった。
「それじゃ、今日は本当にありがとうございました!一緒に駅まで行きましょう」
「ああ、ここでいいんだ。道は分かるから」
寒いのか、終始コートに手を突っ込んだままだったゲンさんは、そのまま僕に目礼だけして研究室を後にした。
・・・
「――それでは、ただいま紹介したGP01を実際に稼動させてみましょう」
マイクを持った教授が、大勢の前でGP01の諸機能を説明していた。需要増加の一途を辿るシューマイ業界において今回の発表は相当に注目を集めているらしく、やたら広いはずの会場はほとんど満員になっていた。
「では相沢くん、よろしく頼む」
教授に促され、僕は若干の緊張と共にGP01のスイッチを入れる。アームの先には蒸されたばかりのシューマイと、眩い緑のグリーンピース。ゲンさんにお墨付きをもらったGP01である。僕は今回の発表の成功を、信じて疑わなかった。
「……あれ?」
僕の確信とは裏腹に、GP01は微動だにしなかった。電源はきちんと入っている。ただ、全く作動しないのだ。僕は何度か電源を点けたり入れたりするのだけれど、GP01は岩のように動かない。そんな異変に気付いたのか、次第に会場もざわついていった。
「相沢くん、どうしたのかね?」
教授が、半ば色を失った様子で僕に聞いてくる。僕も僕で、シャツの下でじっとりと嫌な汗をかきながら、それでもGP01を動かそうと躍起になった。電源に問題がないとすれば、内部の問題しかあり得ない。僕はそう判断し、コントロールパネルを開いて中を覗いた。
「これか……」
内部を見れば、不作動の原因は一目瞭然だった。本来あるべきスタビライザーが、きれいさっぱり消失していたのである。これでは、いくら電源が入っても動くはずがない。僕は教授にそのことを伝えると、教授は苦々しい様子で「もういい、君は下がれ」とだけ言い捨てた。
結局、発表自体は上手くいった。事前に放映したGP01の稼動する様子を流したVTRの出来が奏功したらしい。不動作の因果関係もハッキリしていたため、実際に稼動する様子を見せるのはまた後日に……ということで納得を得て、お披露目は終了した。
「まあ、とにかくも」
最初は随分と怒っていた教授だったが、会場からの反応が極めて上場だったこともあってそれほど叱られることもなかった。スタビライザー程度であれば、すぐに作ることができる。準備の慌しさから事前の動作確認ができていなかった部分は反省点だが、次の発表では確実に成功するだろう。
だから、僕の思いは、もはやGP01のところにはなかった。
ただ、ゲンさんのことだけを考えていた。
・・・
「ゲンさん?ゲンさん、いますか?」
発表の後。教授から受けた慰労会の誘いを断り、僕は一目散に空港へと走った。郷里に――ゲンさんの所に、向かうためだ。
「ゲンさん、ゲンさん!いないんですか!」
強い力でゲンさんの家の扉を叩く。しかし扉の向こうからは人の動く気配は一切なく、だから何度呼んでもゲンさんの声は返ってくることはなかった。僕は半ば試すような思いでドアノブを捻ってみる。
スルリ、と音を立てそうなくらいあっけなく、ゲンさんの家の扉は開いた。
「ゲンさん?」
部屋の中は真っ暗だった。ただ、あの日と同じように壁掛け時計の音だけが木霊している。ゲンさんはここにはいないのだろうか?僕は一瞬ためらったが、意を決してゲンさんの家の敷居を跨ぐと、居間の電気のスイッチを入れた。
視界が開ける。
食事机の上には、やたら無機質な光を放つ見慣れたスタビライザーが置いてあった。その脇には、古びたカセットレコーダー。
僕は悲しさと、苦しさと、意味のない後悔とが複雑に織り交ざったような気持ちと共に、再生のスイッチを押す。
しばらくしてから、ゲンさんの朗らかな声が、スピーカーから流れ始めた。
『ケイくんへ
長年に亘る研究、お疲れ様でした。
あの夏の日、僕と出会ったことでケイくんの人生が変わるだなんて、思いもしませんでした。
思い出してみれば随分偉そうなことを言ったような気がしますが、僕の言葉がケイくんの人生の肥やしになったのであれば、それは何よりのことです。
ケイくん。
ケイくんが『生業』ではなく『仕事』を見つけることができたことを、僕は本当に嬉しく思います。
僕の人生は、そのほとんどをシューマイの上にグリーンピースを置く仕事に費やしましたが、その期間のどの部分を切り取っても、いつだって充実していたと僕は思っています。
話は少し変わります。
危ない危ないとは思っていましたが、昨日、仕事の最中に僕の右腕が動かなくなりました。
ケイくんも知っていたのでしょう?僕のヒジのことを。
あの日、二人で一緒にビデオを見た後、したたかに酔ったケイくんは、しきりと『これでゲンさんの負担がなくなる』と仰っていましたもんね。
その心遣いが、優しさが、僕には涙が出そうなくらい嬉しかった。
きっと、バチが当たったのでしょう。
僕の『仕事』がなくなることを恐れて、ケイくんの仕事を邪魔してしまった、僕の弱い心。それをきっと咎められたのだと思います。
部品、もう遅いかもしれませんが、お返しします。
本当にごめんなさい。
でも、ケイくんの仕事が成功したおかげで、これからも美味しいシューマイが作り続けられることを思うと、僕は本当に幸せな気持ちです。
僕には弟子なんて大層なものはいませんでした。
でも、GP01の動く姿は、何だか息子を見ているみたいで、本当に誇らしい気分にさせてもらいました。
ありがとう、ケイくん。
いつか、僕が天職の話をしたことを覚えているでしょうか?
きっとその天職は、昨日僕からケイくんに引き継がれたのだと思います。
時間は、止め処なく流れます。
明日が今日になり、今日は昨日になり、昨日はいつか昔になります。
ケイくんの夢見た明日が、やっと今日になりました。
願わくば、僕のように昨日にしがみつこうとして、後悔するような結果を残すことのないよう、お祈り申し上げております。
ケイくんの行く末に、幸の多からんことを。
ゲンさんより』
テープはそこで終わった。
ゲンさんがこの部屋に帰ってくることは、もうないだろう。
確信はない、だけどなぜだかそんな気がしたのだ。
「ゲンさん……」
口の中だけで、今はもうどこにいるかも分からない人の――恩人の名前を呟く。もう一度スタビライザーの方に目を遣ると、その脇に小さな棒切れがあることに気付いた。
近寄って、手に取る。
それは、いつのものだか分からないくらい古いアイスの棒で、木の表面にはカタカナで
『アタリ』
とだけ書かれていたのであった。
(了)
こういうの好きです^^
長編書いてもすごいなぁ。
俺もこういうオチ好きだ。
「いつ、ダークな話になるんだろう?」
と期待します。
今回も終盤でいつものダークな展開になるかと思いきや、そこまで落とさず、明るめな最後だったので驚きました。
少し違った肉さんをかいまみれた気がします。
そんな感想です。
ワクワクしながら読みました!
日記の幅が広くてすごいなぁとほんと思います。
今年も生活の一部に肉欲企画。があってよかったです!!
なんというか人間の強さや儚さ脆さや優しさなどを垣間見ました
綺麗ごとだけではない
どうしようもないこともある
また何かキッカケで良い流れになるかもわからない
人間くさくて好きです
今回の泣きました。なんかぐっとくるものがありました。ステキな話でした。
初カキコの者です。いつも楽しく拝見させてもらってます。肉様もやはりゆくゆくは肉欲企画も書籍化とかにするんでしょうか?肉様の野望を是非とも聞かせて貰いたいです。
P.S
駄文ですみませんでした。もし不快に感じましたらどうぞ削除してくださぃm(_ _)mクソミソでした。
希望が生まれた。
ありがとう、肉さん。
作家になってくれないか?
肉さんの主張が前面に出すぎていて小説の形をとる必要はあったのか。
と思いました。
あれ?変だな……目からラー油が………
肉さんは題材を選ばず、ですね。
扱うネタが下ネタだろうが、
シューマイの上のグリーンピースだろうが、
肉さんの書く文章はどれも秀逸です。
>生きるために金が必要なわけであって、
誰も金のために生きてはいないだろう?
就活中に聞いた言葉の中で、
これほど身に詰まされて考えさせられるものはありませんせでした・・・
肉欲さんの小説はいつも感動させられます!
人間臭さがにじみ出ていてどんどん引き込まれてしまいます。
ただ、僕はいまだにシューマイの中にグリンピースが入っているものしか食べたことがないのですが・・・
なんか毎日頑張ろうと思いました。
まさかグリンピースでこんな作品ができるとは
肉さん、相変わらず深いなあ
これからももう少し短くていいんでもっと肉欲さんの小説を読みたいです。
ゲンさんが漢だなって思いました。
一線を画している文章力の高さに脱帽です。
作家になってください!!
これからはグリーンピースもちゃんと食べようと思います。
すごくぐっときて
仕事と生業とかね
思いやりの気持ちがなんかね
ありがとうございます
ただそれだけで世界を変えていける肉様は、やはり変態です。
おしっこ下さい。爪の垢じゃ生ぬるいです。
ジュンッとしてっ、ウルッとして、ドキッとして、そしてイクッ!(照)
ブログ止めたら、怒りますよ?
これだから肉欲はやめられないぜ!
超、シューマイが食べたくなりました。
今日は朝一でスーパーにシューマイを買いに走ろうと思います!
全てのものは、見知らぬ誰かが、しかし確実にどこかで手をかけて作ったもの。
昔、谷川俊太郎さんの詩「道」に深く共感したことを改めて思い出しました。
上手く言えないけど、ポカポカ幸せになれました。
転職がある、と言うことはすばらしいことなんだなぁ・・
絵本の原作とかを作ってみてほしいな。
」
凄い感動した
小難しい物語よりもずっと素敵です
胸が痛くなりました。
僕も生業じゃなくて「仕事」を探そうと思いました。