性差、それは当然あって然るべきだ。男と女とは様々な部分で異なっている。その違いを論じないまま、いたずらに平等を唱えても、そこに残るのはただ虚しさばかりである。
「男の人の方が力が強いからさぁー……」
これは性差の話だ。男女の腕力を比べれば、そこには自ずと差異が生ずる。最大公約数的なロジックで考えれば、当然男性の方がパワーにおいて勝ることとなるだろう。
「男の人ってシモのことしか考えてないしさぁー……」
これも性差の話だ。男女における性欲の大小、そこにはやはり差異が生ずる。こと10代の頃の話となれば、その違いは一層際立つこととなろう。
「だから結局ヤルとかヤラないとかって話になっちゃうんだよねぇー……」
これは性差の話ではない。
どちらかといえば、詐欺師の類が用いるような、詐術的弁法にカテゴライズされるものだ。
ヤルかヤラないか、挿入するか否か。それは最早、"男女" という一般論で語るべき話ではなく、あくまでも
「目の前にいるその人のタイトなジーンズにねじ込みたいか?あるいは、ねじ込まれたいか?」
という非常に切迫した状況、他の誰でもない、いうなれば、 "唯一無二のあなたにどうされたいか?したいか?" という、実にギリギリな状況に立ち入っているからだ。そこにあって、男性における性欲の強弱を語る実益は、絶無である。
性差の話として、男性の方が性欲に惑わせられやすい瞬間があるのは確かだ。僕を含めた20代男性の多くは、一日の多くの時間を「さてどうやってセックスをしようか?」 そんな想像に費やしているといっても過言ではない。
けれども、我々はバカではない。アホではあるがバカではない。いかに己が抱える性欲の質がドス黒くとも、目の前の女性に面と向かって 「させれ」 と宣言できる男は、100人中1人くらいのものである。
ヤリたくて仕方のないときほど、殆どの男は紳士を装うだろう。
「今度飲みにいかない?あっ、忙しいなら別にいいんだけどさ(笑)」
あるんだろ?男からそういう感じで水を向けられたことが、あんたらみたいな者にだってさぁ。あるいは、これを読んでる男の中にだって、そういうメールを打ったことがある奴、227人くらいはいるだろう。誰だってそうする。俺だってそうする。そうした。
ただ、皮肉なことに。世に棲む多くの女性は、どれだけ男が薄汚い欲望をひた隠しにながら
「そういえばこの前いい感じの店見つけたんだけどさ(笑)」
型の、聞こえの良い誘い文句を考案したとしても、その背後にあるドドメ色の欲望を容易に喝破する。喝破し
「まぢ興味ぁる〜♪でも最近めっちゃぃそがしぃんだょね。。。><」
男どもより数段上のマイルドな言い回しで、その誘いを断ることだろう。
そういった事実関係を踏まえた上で、僕は、女性の方から 「男の人ってシモのことばかり考えているんでしょう?」と言問われれば、曖昧に笑いながら 「まあねぇ〜」と率直に返すことにしている。なぜなら、現実にそうだからである。もしそれとは異なる男性がいても良いとするならば、ごく限られた出家僧と鈴木史朗アナウンサーだけであろう。そんな気がする。
バカではないがアホではある我々は、日々そういった涙ぐましい誘い文句を考案しつつ、多くの場合100回中99回程度轟沈している。ひとえに性欲の強さの故である。慌てる乞食は貰いが少ない、というが、まさにそれを体現したような具象、それが男という存在そのものだ。哀れな人たちだわね、と思われる向きもあるかもしれない。だが、実際に哀れであるのだから仕様がない。正しすぎる正論は本当に虚しい。
ただ、99回轟沈したとしても、1回くらいは成功することもある。要するにそれはデートの確約を得られたときの話だ。
このときの我々が何を考えているかといえば、もしかしたら皆さんのように思慮に欠ける人たちは「どうせセックスのことばかり考えているのでしょう?」と思われるのかもしれないが、ハッキリ言ってそんなのは当たり前の話である。もしもあなたが執拗にデートに誘われているのだとすれば、その瞬間、あなたは既に我々の妄想ペニスの中で数百兆回数は貫かれていると思っていただいて結構だ。我々のことを甘く見てはいけない。
とはいえ、デートの確約が得られた時点で、その程度のレヴェルの妄想・虚妄の類は三周回って既に忘却の彼方にあることが多く、大体の場合は
【けいこ(仮名)、新居の庭に何匹犬を飼おうか】
広い視野で未来を見据えている場合が極めて多い。
経験則から導かれる、確かな答だ。
−−このように、僕たちはたった一回のデートに漕ぎ着けるまで間、実に様々なことを思案する。男の中にも性欲の大小は存在するが、それでも、妄想天国内において 「デートをしたいアナタ♥」 とのエトセトラ (≒セックス的な何か) を夢想しない人間は、ほとんど皆無だと言っていいだろう。
そこを指して、「男の人はシモのことばっかりだよね……」 との謗り、それは甘んじて受けたい。
だが、ここから先の話。
それはもう、性差の一言では片付けられない。
例えば、デートを確約した夜に。僕たちは恵比寿のダイニングバーで小洒落たカクテルを酌み交わすかもしれない。「あれっ?そのマニキュア綺麗だね(笑)」「やだもう〜★」式の、場末の肥溜めのような会話を投げ合うかもしれない。そして二人は終電を失うのかもしれない。
そんなこんなで様々な帰結として、二人の間に、ごく穏便な態様でのセックスがあったとしよう。
その結果として、その女性が、様々な経緯の果て、いわゆる 「ヤリ逃げ」 をされたのだとしよう。
その際に、そのエピソードを、無関係な人物に語りながら、
「結局……」(フゥ〜、と深い溜息を吐きながら)
「男ってさぁ……」(無意味な溜め)
「ヤルかヤラないかって話だけ……」(虚空を見つめながら)
「で し ょ ?」(ド ヤ 顔)
思うに、こういうことをしゃあしゃあと抜かす女について、無許可で殺す権利を我々に与えて欲しい。マーダーライセンスを付与して頂きたい。
悲しみは分かる。対象に対して抱いた、名状し難い憎しみも、出来れば理解したい。しかしながら、その悲哀は、あるいは憎悪は、 "ヤリ逃げをカマしたその人" だけに向けるべきものなのだ。結局男は〜…… 云々と安易に語って良い類の話ではない。
なぜならば、たとえ男が女性に比して性欲を抑えがたい存在なのだと仮定しても、最終的にセックスをするか否かを判断するのは、いつだって "そこにいる二人" の意思でしかないからだ。
女「なんだかノーって言える雰囲気じゃなくってぇ〜……」
眠たい話である。そのロジックが通るのであれば
男「なんだかオッケーっぽい感じだったからさぁ〜……」
水掛け論になるだろう。
再三になるが、こと若い時分、男の性欲がハイパーなレベルで強いことは認めたい。だが、「強い」ということは、別段「無軌道」であることを意味しない。「性欲の強さ」と「紳士性」とは、思うに、相矛盾しない概念である。
「じゃあ、なんでヤリ逃げされたの?それってやっぱしたいだけだった、ってことじゃないの?」
結局、そんな極端な例を嘆かれても「しらねーよバカ」としか言いようがないのだ。そんな風に禍根を残すやり方でセックスをした男の方がクズなのであり、あるいは、そんな男に股を開いた女もまたカス、ただそれだけの話だ。事態は実にシンプルである。男性一般における性欲の強さであるとか、身勝手さであるとか、そんなものは全く関係がない。
結論としては
執拗に誘ってきた男と (←男特有の積極性、という性差の問題)
デートに行って (←個人的な決断)
セックスした (←知るかバカ!)
でも逃げられた (←乙wwwwww)
これだけのことだ。
そんな個人的な怨恨を癒すがため、ごく稀有な例を "男" というフェーズで過度に一般化して、飲み会の席でしたり顔して
「結局男ってさ……」
と語り出す女。
マーダーライセンスが欲しい、と思う数少ない瞬間だ。
1999年12月31日
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