今日も今日とて来るべき終末戦争に備え、息を吸って吐く練習に勤しんでいた僕。したところ、発言小町と並ぶ"インターネット界の釣堀"ことYahoo!知恵袋にて以下のようなトピックたちが元気にサクレツしていた。
・ぶっちゃけ彼女の手料理ってそんなに嬉しくないよね?
・女性は男性に得意料理を聞かれると肉じゃがと言えばいいと思ってませんか?
「ここで世界ブログ連合論説委員会委員長代理補佐補欠候補の肉欲スティック太郎さんにご見解をお伺いいたします。この点、どうなのでしょうか?」
肉欲スティック太郎さん「マイルドに申し上げれば、死ねとお伝えしたいところですかねぇー」
「なるほど。それでは各地の天気です。レオナルド熊さーん」
僕たち人間はちっぽけで矮小な存在だ。どれだけ精一杯人生を生きたとしても、世界に対して与えられる影響なんて驚くほど小さく、あるいは皆無だと言ってもいいかもしれない。おそらくほとんどの人間はただ生き、そしてただ死んでいくのだろう。
それは風呂桶の中に発生した小さな泡が、ゆるゆるとした様子で釜の底から水面へと移動し最後の瞬間に泡沫と帰す光景にも似ている。確かにそこにあなたは在った、けれどその事実を担保するものは何もなく、かつまた新たな水疱は絶えることなく浮かんでくる。僕たちの人生も風呂桶の泡も、踏み込んでみれば大きな差異は無いに等しい。
だが、それはあくまで全てのことを相対化した上での話だ。絶対的な基準――つまり、自分の中での確かな"自分"、それはいつでもそこに在る。『我思う、ゆえに我あり』と言ったのはデカルトであるが、どれだけ世界が千変万化したとしても綿々と思考を紡ぐ己の存在は決して揺るがない。居るから居るのだ、と言ってしまえばトートロジーみたいだけれど、僕の書いているこの文章を知覚し、認識している皆さんの思考それ自体はウソじゃない、夢じゃない、枯れない、溶けない、鳴り・止ま・ない!
僕たちがある意味で"個"としての存在でしか生きていけないのであれば、後は思考を巡らせて世界と向き合っていくしかない。それは何かを想像する、ということだ。時間が有限である以上、世の中に存在する全ての事象を体験することなんて到底不可能である。
で、あるならば。培った経験則を駆使して未知なることを予想・想像し既知に近付けること……それは、神々が僕らに与えた掛けがえのないスキル。そう、僕たちは想像しながら生きていかなきゃいけないんだ。
彼女が料理を作ってくれた、そんなのって別に嬉しくなくなくない?というテーゼ。あり得てもいい。でもさ、そんな漠然かつ抽象的、かつ曖昧な『彼女』だなんて存在の話を論じても仕方ないわけで、大事なのは
『"どんな彼女"が料理を作るのか?』
という部分なワケでしょ。
「彼女に料理とか作ってもらっても嬉しくないしw」
と嘯くアンタの発言の自由は憲法で保障されてるけどさあ、ハッキリ言ってアンタと俺らではその『彼女』って二文字の捉え方が違うんだよね。分かってるんですか、その辺のこと。
分かりやすく言ってやろうか。アンタの場合はどうせアレだろ、新歓コンパとかの流れで酒を煽りすぎちゃって、いい感じでベロベロになっちまってその勢いで同級生とセックス、その翌日に猛烈に後悔した…でもヘタレなアンタは『昨日、好きって言ってくれたよね?』という無分別な彼女の言葉に抗うこともできずに『ああ、好きだよMAJIDE……』と死んだ魚の目で答え、それを言質に取られたアンタは即日交際がスタートし、でもそこに愛はないもんだから何となく冷めてしまう部分もウソじゃなくて、それでも世間体を気にするアンタは別れも切り出せず、漠然かつ平温レベルのセックスを半義務的にカマし、それでもふとした瞬間に『あれ?コイツって意外とカワイイんじゃね?』みたいな暖かな思いを抱くも束の間、新しく入ってきたバイトの子にマジ心奪われたり、でもその子に彼氏がいることが発覚して『やっぱそうそうウマい話もねーよなー』なんてちょっと暗い気持ちになりつつ、コンビニから出てきた初々しいカップルを目撃した途端に『俺も恋してぇ……』とか中学生のような気持ちになったりして、そして家に帰ると相変わらずの顔をした彼女はこう言うのさ。『私、肉じゃがが得意なの』と――
バカかテメェー!!思わず半年ぶりくらいにフォントがデカくなってしまったが、そんなもんなぁ、誰だって『嬉しい』だなんて表明できねーよ当たり前だろうが!いいかよく聞け、いいか!その場合のオメェーさんっつーのは最早、料理が云々がって話じゃないんだよ!分かるか?!アンタはもう"彼女が"嬉しくないんだよ。病気にたとえればアンタの症状は既にステージ6!!何のステージかは分からんが、とにかく末期だ。処置はない。
きっとアンタの場合は目の前に満漢全席が広がっていようとも、それを彼女が作ったというだけで嬉しくない、否、『嬉しく思おうとしない』ことだろう。ただそれはあくまでもアンタの、アンタだけの『彼女』が作った手料理の場合でしかない。それを一般的包括的概念である『彼女』という言葉を用いて、アアン?「彼女の作った手料理とか別に嬉しくないっすw」とかお前……お前なぁ……!
ホントはそうじゃないんだろ?もしここに『彼女の手料理を見て嬉しい!と思った瞬間にチンポが大気圏を突き抜け土星に着弾、その威力まさにグングニルと比肩する程であり、その際に巻き起こった衝撃波(ソニック・ブーム)が地球に到達してあらゆる天変地異を巻き起こす』という奇病を患っている人がいるのならば話は別だが、便宜上その可能性はないとして。だからほぼ全てのガイたちは、彼女に料理を作ってもらった場合に『別に嬉しくない』なんて言うわけがない。言う必要がない。
「嬉しくない、って言ってるだけで、嫌だ!だなんて言ってないんですけど」
という声もありそうだ。けれど、「嫌だ」とはいかないまでも「嬉しくない」という時点でそれは十分にネガティブなコメントである。そして彼女の手料理(≒好意、厚意)に嬉しくない(≒消極的意見)と言えてしまうのは、いささか不自然なことである。再三になるが、その場合は料理そのものが問題なのではなく、単純に『彼女』に対して何がしか譲れぬ思いがあるのではないだろうか。だって純粋な厚意をムゲに否定するだなんて、ちょっと歪んでんぜ。
こんなシチュエーションはどうだろうか。あなたが十数年来片思いをし続けている相手がいたとして、先日ついにその女性と付き合うことができた。けれど彼女の家には不思議と料理道具がない。鍋もない、フライパンもない、あまつさえ皿までもない。訝しがるあなた。一体どうしたことなのか――疑問は時が経つことに膨らんでいき、ついにあなたは彼女に尋ねる。
「ねえ……」
「え?」
「好きな体位は?」
「バック!」
そして二人は朝まで野獣のようなファックをしちゃったりしてね^^そうじゃない!セックスの話じゃない。だからあなたは、こう問うことだろう。
「ねえ、どうして台所に何もないの?」
言葉を発した次の瞬間、二人を包む微妙な沈黙。部屋の中にはただただ秒針が時を刻む音だけが響き渡る。一瞬が永遠に感じられ、永遠は一瞬に収斂する。そして、彼女は口を開いて曰く
「料理が下手なの」
そう、彼女はいわゆる『メシマズ』な人。それはある意味で、どこにでもある話だ。何事にも向き・不向きというものがあるし、適材適所という言葉もある。金を出せばとりあえず食うには困らない社会において、料理が苦手であってもさほどの苦労はないだろう。あなたはあなたで『そっか、料理が苦手なら仕方がないね』と理解のある彼氏を演じれば万事解決だ。
でも、そこにあって。ある日あなたがインフルエンザになり、ベッドの中で地獄の苦しみにのた打ち回っていたとしよう。心配そうな顔で見つめる彼女。大丈夫だよ……と力ない声で呟くあなた。朦朧とする意識、世界の輪郭が歪んでいく。明日、会社休めるかな……そんな愚にもつかないことを考えていた、その時――遠くから鼻腔をくすぐる、確かな温もり。
「幸恵……?」
「おかゆ、作ったの。うまくできなかったかもしれないけど……食べて」
見れば彼女の指には痛々しいまでの絆創膏が貼られている。ああ、あんなにまでして彼女は、不得意なはずの料理を、おかゆを、僕のために、彼女は確かに、今、僕に。途切れそうな意識の中で、あなたは確実にあなただけのナイチンゲールを目にすることだろう。
「ねえ、どうしておかゆを作ってて指を切るの?肉欲さんってバカなの?」
そんなことを躊躇なく聞いてくる輩には、親鸞聖人の残したかもしれない徳の高い言葉を捧げよう。『辛いだろうが今すぐ死ね』。届いただろうか。
結局、想像力を駆使した僕らが思い描く『彼女の作る手料理』というのはこんなシーンだ。その光景は果てしなく美しく、ネガティブな感情を差し挟む余地もない。なぜなら、想像をすることは自由だからだ。そして僕はMではないので、自分が幸せになれる想像しかしないし、したくない。
こんなことを言うと非常に青臭く聞こえるかもしれないが、そもそも好きだからこそ付き合う相手、それが彼女である。そうであるならば、好きな相手が作る料理を嬉しくないと思うわけがない。もちろん、手放しで褒めろ!だなんてことは言わないし言えないが、敢えてまで『別に嬉しくないよねー』なんて言うこともまた、ない。
その料理が美味いか不味いか、そんなのも一切関係がない。もちろん僕の舌は正直だから、彼女の作った料理に関して一定の判断を下すだろう。けれど、それはあくまでも
「嬉しい!でも不味いね」
あるいは
「嬉しい!でも塩辛いかな」
ということであって、嬉しいと思う気持ちそれ自体はブレない。喜ぶ気持ち、そして料理の良し悪しの判断、両者は別次元の話なのである。まあ、不味い料理ばかりが続けば逆算的に嬉しさが低減する可能性もあるけれども……。
しかし僕は宮崎あおいの作る料理であれば、それがたとえ消し炭であっても笑顔で食べる!噛み砕く!38回消化する!断言できる。それが愛ということだし、エイプリルフールじゃない日に
「これ、カリントウなの」
という文言と共に犬のウンコを差し出されたとしても、僕は最上級の笑顔を浮かべてウンコを食べるだろう。そしてその後に殺すだろう。分かりにくいかもしれないが、そういう愛も、ある。
ただ、何がなんでも彼女の料理を賞賛しろとは言わない。例えば普段から
「アタシって料理美味いんだよねー。昔っから得意だしw」
と吹聴しているナオンがいたとして、あなたが無事にその人と付き合ったとする。そして初めての外泊、初めての手料理。あなたは腹を空かせて食卓につく。その際、彼女が自信満々の笑みと共に、めんつゆをたっぷり使った、いや、めんつゆしか使っていないであろう肉じゃがを差し出してきたとすれば。あまつさえ
「あたし、肉じゃがが一番得意なんだよねー。美味いっしょ?」
と聞いてきたとすれば。そして畳み掛けるように
「今日料理して疲れたからさー、洗い物は全部やっといてよね!家事分担っていうかー」
みたいな捨て台詞を吐いたとすれば!その場合は少しだけ悲しんでもいいだろう。LAであればクリトリスに硫酸をぶちまけても情状酌量されるケースだ。もちろんウソだ。信じて欲しい。
ということでそろそろ総括に入りますが、僕は次のように述べたい。『得意料理が肉じゃがもしくはカレーと言ってのける女は信じるな』これである。
確かに肉じゃがもカレーも美味しい、けれどそれは往々にしてめんつゆの味、もしくはカレールーの味でしかないことも認識しておいた方がいい。
もちろん一番ダシからキッチリ作り、じゃがいもに入念な面取りをほどこし、かつパーフェクトな火加減の肉じゃがを作る人、あるいは香辛料にもこだわり、ヨーグルトなどの隠し味にも一家言有しており、更にナンをも手作りのカレーを作る人もいる。そういう人は別格だ。決して手放してはならない人物であり、明日にでも入籍した方がいいだろう。
ただ
「アタシってマジすげー料理得意だから!」
みたいな大胆発言をカマしておきながら、何の臆面もなく肉じゃがにめんつゆドバドバ、あるいはニンジン切ってこくまろを溶かしただけでーす!なカレー、といった『得意料理』を披露する人たち。いや、それが悪いという訳ではなく、単純に『そんなもん、アピールするまでもないでしょ……』という遣る瀬無さの話である。僕だってカレー作る時はフツーにこくまろ使うよ。でもカレーが得意だ!とは言わない。ざっくばらんに言えば、そんな匙加減である。
というようなことをこの前女性の前で熱っぽく語った。具体的には『マジでさぁー!肉じゃがが得意とか言う人って軒並み信用ならないよな!グハハハハ!』みたいなことをシャウト、したところ、同席していた女性から
「あの……あたし、普通に『肉じゃが得意』って言っちゃう方なんですよね……ハハ」
と乾いたお便りが届いた。途端に暗くなる席。戸惑う僕。世界で一番死にたくなった瞬間だった。
「いや、でもなんつーのかな、そういう基本を押さえている人って不思議と愛らしいっていうか、やっぱり大事だよね」
僕は必死で三味線を弾いた。ウソつき!口先三寸!あんた、今日の日記はなんだったんだよ……という声が聞こえてきそうですが、知りません。そういう愛も、あるんだ。
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愛しています。おっかさんの作ったカレーを。
愛しています。ばっちゃのつくった肉じゃがを。
この台詞からして料理得意そうじゃない
オーラが感じ取れます。
僕は偏見に満ちているのでしょうか
愛を感じました。
大事なのは何をするかでなくて、誰とするかだ!とネット上で公言する肉さんが痛々しくて仕方ありませんでした。
しかしながら、大きな愛を感じました。
でもうんこは食えません。
そしてスカトロ趣味でも吹きました。
真面目だったり、飛んでたり、行方不明のようなラストだったり。すげえな肉欲節は。
恋でもしてるんですか?^^
やっぱり宮崎あおいにウンコ食わされても→Dキスで優しく気持ちを伝えるのがBESTではと…(*μ_μ)σ|モジモジ
カレー食べてた僕に謝れ
でも最近勉強中で、今回の日記をヒントに次は肉じゃがを作ってみます!この日記に忠実に^^
「男って肉じゃが作っとけばいいもんね〜!!手がこんでそうに見えるし☆」
女って怖いっす。
得意料理はパスタだけど、彼氏のお気に入り料理は肉じゃがですww
大体料理する人は何でも作るから、得意料理なんてあまりないですよね。作れるか作れないか、だと思います。そしてそういう人が作る料理は大概美味しい。
私は得意料理がある人って料理しない人と判断しちゃいます。
料理に限らず、自慢テイストの話をする人って
度胸あるネ(^.^)と思ってしまいます。
それ以外はできません^^
に感激してるんじゃない。
「自分のために料理を作ってくれる彼女」
に価値があるんだ!
逆もまた然り。
「自分♀のために料理を作る彼氏」
に価値がある。
だってそうさ、自分のために自分で料理をする、それは決して悪い事じゃないが…
他の誰かが作って目の前に出してくれるんなら、とにかく楽だ。
美味ければ感激度はさらに上がる。
それって面白いでしょうか?
すいませんが、私にとっては全く面白くないです。
「2ちゃんの言い回しがみたいなら別に肉欲企画じゃなくて2ちゃん見とけばいんじゃね?」と思って醒めてしまいます。
これで美味しい肉じゃがが出来ますが
愛情を注げば、もっと美味しい肉じゃがが出来ると思います。
まぁ人それぞれだね★
2ちゃんの言い回し見たくないなら肉欲企画見なくていいんじゃね?^^いちいち文句いうくらいなら肉欲企画読まなきゃいーやん 貴方のためだけに肉さんは書いてるわけじゃないんだからさ
肉じゃがってめんつゆで出来るんだ??今度作ってみまぁす☆
って言うのが自分の夢です。
でも、めんつゆは使わないもの!!!!
「おばーちゃんの味」って言われるもの・・・・・。
ここはブログだろ?ブログは書く人のオナニーなんだから
それに対して文句言うなら読まなきゃいいんじゃね?
しかし自分も2chやニコニコ動画や今の萌えアニメをほどんど見ない30のおっさんなので気持ちは分かるんだ。肉さんの日記は素晴らしいけど、ギャグパターンやカオス展開の時に限って、ギャグや元ネタが分かない事が多く、正直ついていけずにやきもきしている。だけどそれでも毎日肉さんのブログをチェックしている自分がいる。肉さんのブログにはそんな魅力がある。だからこれからもずっと見に来ると思うよ。
文句(批判)を言う人はもう少し言葉を選び、文句を言う人を批判する人は安易に「黙れ・じゃあ読むな」と言うのではなく、どんな感想でも「そうなのか」と参考になるのだから、黙ってスルーすべき。本当に必要のないコメントは公開することなく肉さんが削除するのだし。信者信者するのは構わないが批判コメントに批判コメントしている様を見てるとかなり萎えてくるしキモチワルイとしか思わないぞ。もうちょい大人になれ。
最近はむしろ信者がコメント欄で空気が読めないことが多くて我慢出来なかったので生まれて初めてこんな長文を書いしまった。 見苦しく思った人がいたらすまない。
他の文章はおまけ、みたいな言い方だよね。
2ちゃんネタこそがおまけで、
むしろ文才がウリなのに。
今回の日記で言えば親鸞聖人のお言葉とかね。
もし本当に2ちゃんネタに重きを置いていると思ってるんなら視野狭すぎ。
まあネタが目に付きすぎて萎え〜ってことはあるかもしれんけどね。
愛してます。
意見があったけどその通りだと思う。
普段色んな料理してたら逆に何が得意か分からなくなるもの。
でも得意料理がカリントウだった時は即入籍するけどね。
今日も僕にとっては、「なるほど!!」と思わせてくれる日記でした。
肉欲さんありがとう