僕のように細々とした生活をしていると、誰かにプレゼントをあげたり、あるいは貰ったりすることは少ないのですが、誰かのためにプレゼントを選ぶ時はいつでも緊張してしまう。
プレゼントというものは、ある側面からすれば『モノ』を通じた表現行為だ。だから、僕が誰かにプレゼントをあげる時、相手側はその『モノ』を通して僕のセンス、あるいは思いやりの度合いなどをストレートに判断することになる。
価値観は様々あっていい。けれど、価値観の押し付けは総じて嫌われる。この辺りのバランスが非常に難しく、プレゼントを物色しながら色々考えている内に、ひどく緊張してしまうのだ。
相手のためを思って……という枕詞を付ければあらゆる行為が正当化されるわけではないことは当たり前だけれど、プレゼントにしても『これがマジでいいと思ったんだけど……』というエクスキューズを付ければ何でも許されるというものでもない。
例えば僕は今、包丁がすごく欲しい。理由は簡単で、家で使っている包丁がものすごくポンコツだからだ。まず肉が切れない。魚の骨も裁断できない。じゃあどうしているの?ほとんど叩き潰す、もしくはすり潰す様な格好で包丁を扱っている。
だから、僕は今非常に包丁が欲しい。しかし、良い包丁というものはやたらと高い。とはいえ安物を買って銭を失うのも嫌であり……と、そんなことをホームセンターで懊悩しているうちに、気づけば僕は焼酎をゴッソリと買い込み家で酩酊していることがほとんどだ。その一連の行動には『包丁を買うくらいなら酒を買った方がマシだぜ!』という価値観が先立っているであろうことは確実なのだけれど、いかんせん後に残ったのは内臓脂肪と皮脂くらいのもの。そんなあまりにも切ない僕のライフスタイル。
というわけで、僕に関していえば今、ナウ、この瞬間に包丁をプレゼントされたら大層喜ぶことだろう。その相手が女性であれば音よりも早く結婚するだろうし、そして翌日に離婚するだろうし、男性であれば菊くらいは許す可能性がある。なぜならば僕に包丁をくれる、その行為の背景に様々な深謀遠慮を読み取ることができるからだ。
じゃあ、僕が誰かに、たとえば意中の人にプレゼントをあげる場合に、柳宗理の包丁をチョイスするだろうか?
肉「よっ、久しぶり。元気?」
「うん、元気だよ!今日はどうしたの?」
肉「お前今日誕生日だろ?だからこれ、俺から心ばかりの贈り物」
「わー!嬉しい!開けてもいい?」
肉「どうぞどうぞ。きっと気に入ると思うぜ」
「ワオ!柳宗理の包丁じゃん!このグッドデザインなフォルム、すごくキュンとしちゃう」
純度の高いキチガイのやり取りだと思う。それは別に柳宗理の包丁が良い代物ではないから……ということではない。TPOの問題として、好きな女に包丁をプレゼントするような男は高い確率でアウトなような気がしてならない。ムードもロマンもなく、ただひたすら実用性だけに特化したプレゼント。それが悪いとは言わないけれど、やはり恋する相手へのプレゼントを選ぶときくらいはムードやロマンを求めるべきだろう。
それにしても、プレゼントのラインとして『無難な』シロモノというのは、一体何なのだろうか?値段が高ければ高い物ほどいい、という人もいるけれど、あまりにも高額な物を贈答された場合、正直引いてしまうと思う。例えば、付き合っている彼女と松屋で味噌汁を飲んでいた時、極めて唐突に
「うちのお父さん、アラブに油田持ってるんだけど……肉ちゃんにあげるよ」
と言われたら、どうだろうか。率直に言って僕も油田は好き、いやかなり好き、むしろ油田のためなら死ねる!というくらいの油田マニアだけれど、こんなオファーをされてもあまり嬉しくないような気がする。それがギャグであるなら問題はないが、真実であった場合単純に『どうしてそんな高価なものを?』と思わざるを得ない。かつ
【松屋で】【味噌汁を飲みながら】【油田をプレゼント】
という三重奏、いくらなんでもこの状況は特異すぎる。まあ後1000年待ってもそんな状況は訪れるわけもないけれど。
逆に言えば、安い物でも空気とタイミングがあえば、ひどく光り輝く品物になり得る。彼氏との遠距離恋愛が決まり、今日上野駅まで見送りに行った。家に帰った美佐は、誰もいない部屋でしみじみと泣く。彼がいなくなってしまった部屋、残ったのは温もりだけ……そんな美佐がふと顔を上げると、窓辺に何かある。なんだろう?美佐は涙を拭いて包みに手を伸ばす。
「美佐へ
寂しい時は、これを俺だと思ってくれ」
それは本当に美しい関係性。美佐は思わぬ贈り物に泣き笑いしながら包みを綺麗に開ける。そしてそこにあったのが特大のバイブだったとしたならば!2秒で別れるべき案件です。あれ?
いや、個人的には別れるべきではないと思うのです。離れた体の疼きを癒してやることはできない、だからこそ『攻め』のプレゼントとしてのバイブ。バカだけど憎めない、そんなお茶目な性格の彼氏。『寂しいから……』というクソみたいな理由で浮気に走り、中で出され、良心の呵責に耐えかね彼氏に浮気を告白し、喧嘩をして東尋坊に投げ捨てられる……という事態を招くくらいなら、いっそバイブを突っ込んで寂しさを癒したまえ!な!という深い配慮。そこには何というか、愛があると思う。
もっともそれは恋人関係が構築されているからこそ成り立つ話であり、たとえばあなたが友達にいきなりバイブ(黒)を出会い頭にプレゼントしようものなら大パニックでしょう。それがクラスの同級生であれば2時間後には学級会議開催モノであり、会社の同僚などであれば、人事部から最上級にヘビーな話をもちかけられることになる。老人会でカマした場合、村から追い出されることは必定で、孫は近所のガキたちから「やーいやーい、お前のじいちゃんバ・イ・ブ!」と揶揄されることは避けられません。超怖いよ。
こう考えるとプレゼントというものは実に難しい。なので、結局のところ財布やアクセサリー、もしくは宝石など、ある意味で『ハズレの少ない』プレゼントが街に横行することになる。それに何か問題がある、というわけではないけれど、ハズレの少ない商品は無難である分、あまり心に響かない場合もある。記憶にも記録にも残らないプレゼント、『モノより思い出』というキャッチコピーがあったけれど、できることならモノにだって思い出を込めたい…と思うのが人情ではないでしょうか。
その意味で、かなり強烈に僕の記憶に爪痕を残したプレゼントが一つある。丁度10年前のバレンタインのこと、高校受験を控えていた僕は自宅で勉強にいそしんでいた。確か当時のバレンタインは休日であり、だから今年は、いや今年も、チョコは貰えないだろうな……と、寂しい気持ちで机に向かっていた。
すると昼下がり、我が実家に忍び寄るひとつの女の影。ピンポンとチャイムが鳴り、僕が玄関のドアを開けると、そこには中学の後輩(と思しき)女の子が直立不動していた。思しき、というのは見覚えがなかったからなのだけど、どうして見覚えがなかったか、と言えばその子の顔が中々アバンギャルドな感じだったからである。思春期真っ盛りの少年に共通する性質として、僕も同じ中学に通うカワイイ後輩の名前と顔はフルで一致させていた。けれど、『そうではない』生徒の顔も名前も光の速さで忘れていたものだった。そんなのって最低!と思われるかもしれないが、人間ってそんなもんでしょ。
とにかく僕の目の前には『バレンタイン+女の子』という方程式が完成し、そこから導き出される答は一つしかなかった。チョの字で始まる茶色いアイツ、それが今僕の目の前に。もちろん家にダイレクトにカムしている時点で、かなり本気(マジ)な感じのチョコであることも推察できる。マズイ、告白されたらどうやって断ろう!つーか何で俺の家知ってんだ?僕は軽めのパニックに陥った。
「あの……これ受け取って下さい!」
僕の混乱をよそに、女の子は一方的に包みを渡すと忍者のような動きで僕の目の前から消えた。手に残ったのは見知らぬ子のラブがたっぷり詰め込まれたプレゼント。好みのタイプではなかったけれど、あまりチョコなどを貰いなれていなかった僕は素直に喜んだ。家人にバレると何を言われるか分からないので、極めて慎重にブツを部屋に運び、そっと開封する。手作りだろうか?それとも既製品?僕のボルテージは既にマックスだ。
タオルが出てきた。それは360度どの角度から見ても、全方向的にタオルだった。バレンタインにタオル?どうしてそこでそのチョイス?何か特別の意図でもあるのだろうか……と思って包みを隅々まで検証するのだけれど、やはりそこにはデンとした風情でタオルが横たわるばかり。ただ一つ、タオルの隅の方に僕のイニシャルが刺繍されていた部分から、手の中のタオルが『本命タオル』であることだけは推測された。中々心憎い演出ではあるけれど、何かもう色々とおかしい。
バレンタインにタオル、そのインパクトはかなり強烈であり、しかも別段高級感溢れるタオルでなかったことも衝撃に拍車をかけた。もちろんプレゼントに必要なのは値段の高さではない。そうではあるけれど、温泉のタオル級に薄かったあのタオルは、プレゼントとして中々致命的だったように思う。ただ、その一件を経てから、僕の脳内にはあの子の顔が強烈に刻印され、学校ですれ違う時にも
「あっ、タオルの子!」
と心の中で思ったものである。記憶にも記録にも残らないプレゼントが蔓延る昨今にあって、今もなおこうして思い出されるプレゼントをカマしてくれたあの子は、かなり優秀なプレゼンター(プレゼントをあげる人)だったのではないか?振り返って僕は、そんなことを強く思うのだ。
人に何をあげるべきか、その答は決して一つではない。しかし僕の中では『インパクトが肝心』ということで決定している。薄っぺらい人間関係ばかりの世の中、だからこそ誰かの記憶に強く残る……ということに価値があるように思うのだ。
僕は今、引き出しを開けて様々なタオルを眺めている。その中にはあの日、あの子から貰ったタオルが、今も僕に向かってニッコリと微笑んでいる。わけがない。母親にプレゼントしたところ、日常生活の中に埋没していきました。タオルとしての本懐をしっかりと果たした運びです。タオルはダメだろ、タオルは。お中元じゃないんだから。
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肉さん今年はチョコ何個もらえたのかなー?
まあ、物が全てじゃないよな!な!
って感じですね。
自分なら懐中時計をチョイスしますね。インテリ的な一面をかもしだすように。
Top絵にヌンコがまれました^^
そんな私は高校の頃ド本命の誕生日プレゼントに悩みに悩んだあげく、『孫の手』をプレゼントしました。私の目の前で包みを開けた彼は孫の手と私を2度見、いや、3度見ぐらいして、「なんで?」
私が知りてぇよ。
【肉欲より】
アンタがナンバー1だ。
あっ!別に見返りとか菊とか求めてる訳ではないですそれと男です。
男です
まだ現役ではあるものの、今となっては鞘がなくなり抜き身の耳かきがギラギラと…
次に会った時、マスターしていた彼女は今、僕の妻です。
高校生のころ、男子と女子の誕生日が近いふたりを同時にパーティーで祝ったときのこと
男子の方には電子レンジ用トレー、醤油さし、箸入れを
女子の方にはセクシー下着をプレゼントしました
今でもいい友達です
リモコンあるのに