さまようよろいとの激しい戦いから1ヶ月。サブプライムローンの影響をモロに受けた僕は、その損失を補填するために可及的速やかにサラリーを稼ぐ必要があった。
「ちっす……中山っす……」
「あらー、中山君じゃない!久しぶりねえ。何か元気なさそうな顔してるけど大丈夫?」
快活そうに僕に声をかけてきたのは、派遣事務所の事務職である下条トメ子さん。この会社での派遣業務の割り振りは、主にトメ子さんが担当している。事務所に行けばいつでもトメ子さんと顔を合わせるが、この人はきちんと休みを取っているのだろうか。
「景気悪いっすからねー、マジで……元気もなくなりますよ」
「でも、景気が悪いほど繁盛するのが私たちの商売なのよね。他人の不幸を喜ぶつもりはないけれど、景気が悪くなることも必要なのかな……なんて」
「僕はどっちでもいいっすよ、仕事さえあれば」
「ドライねえ。ま、私としても結果をきちんと出してくれたらそれでいいわ。華々しい仕事はぜーんぶ大手が持っていっちゃってる」
この派遣業界も、他の職種と同じく同業他社がひしめきあっている。僕の所属している会社は、率直に言って業界の中では零細に属する方だ。先日の仕事のように、やりがいのない雑事を引き受けることの方が多い。時たま『ドラゴン退治』のように大きい仕事を請け負うこともあるが、基本的には『暴走族を殲滅させる』『野犬を掃討する』なんて類の自警団めいた仕事が大半だ。
「華々しい仕事があっても、僕の資格じゃ何もできないですよ」
「それもそうだわね。大手の請け負う仕事はハードだしね。そうそう、先日ロトサマルトリアが取り組んでた魔王掃討の仕事ね、結局失敗して皆死んじゃったらしいわ。怖いわねえ」
「マジすか?さすが魔王さんカッケー!んで、仕事なんですけどー……何かあります?」
「これなんてどうかしら?」
トメ子さんは手早くパソコンを操ると、プリンターからプリントアウトした紙を僕に手渡してくれた。目を落とすと、そこには仕事の概要が簡単に記されている。
洞窟内部調査依頼
作業場所:赤羽
作業内容:依頼人の所有地内にある洞窟の内部調査。洞窟深部に面妖な魔物が存する模様であり、その正体の確認。生死の別は問わない。
特記事項:洞窟内部には対象以外の魔物も存在する模様。注意されたし。
「これだけじゃよく分からないんですが、面妖な魔物って何スか?」
「詳しい報告は受けていないんだけど、どうやらその洞窟の奥に言葉を喋る魔物がいるらしいのね。だからそれが何なのか確かめて欲しい、ってことみたいなのよ」
「喋る魔物?そんなの存在するんですか?」
「私だって知らないわよ。でも依頼人がそう言ってるんだし、どちらにしても報酬は払ってくれるってんだからいいじゃないの。赤羽の方だったらそんなに強い魔物もいないだろうし。それとも何?こっちの方がいいワケ?」
詰問するような物言いと共に、僕の手に新たな紙が手渡された。別の仕事だろうか、と思いながら僕はその内容に目を通す。
作業内容:九十九里浜で暴れているポセイドンをぶち殺すお仕事
特記事項:ポセイドンが土下座してる写メの添付も必須
「オイ!俺を殺す気かこのババア!」
「うるさいわね!だったら大人しく洞窟調査に行きなさいよ!このワーキングプア!ワープア勇者レベル4!」
「5だよこのクソババア!メラで焼くぞ!」
「うっせーよMP0!やれるもんならやってみろよこのED!」
「ちゃーす。ジョニーでーす」
「えっ、ジョニー?」
振り返るとそこには前回一緒に仕事をした石山ジョンの姿があった。ダボダボのジーンズに野球帽、やたらゴツいネックレス。ジョニーは相変わらず偏差値7くらいの格好を決め込んでいた。
「中山さんは何の仕事に入るんっすか?どれどれ……『洞窟調査依頼』?うわ何これ、ショボいっすねー」
うるせーよカスお前どこ中だよコラ。お前もまとめて俺のメラ食らわすぞダサ坊が。とは言いたくても言えないので、僕は心の中だけでそっと呪詛を唱えながら心の平静を保った。
「でも何か面白そうっすねー。洞窟の奥にいる魔物か……ねえトメ子さん、俺もこの仕事に入っていいっすか?」
「え?そりゃジョニー君がいいなら私は全然構わないけど……むしろジョニー君はベギラマ使えるから心強いっていうか……でもねえ」
歯切れの悪そうな言葉を並べながらトメ子さんが僕の方をチラチラと見てくる。ウザいから同情してんじゃねーよこのゴミアマ。『この子と一緒のパーティー組ませたら、中山君の自尊心が傷つくんじゃないかしら……』みたいな趣旨の目線を遠慮なくぶつけてくれてんじゃねーよ殺すぞ。そういう細かい心遣いが余計に我々の心を抉るんだよ。自尊心なんざ成人を迎えたと同時にとっくに捨ててんだよ。落ちてる物ならゴミでも拾う、亜音速の中山とは俺のことよ。バカにするな。
「僕は別に……構わないっすよ」
「マジすか?んじゃーせっかくだし御手洗さんとみぃちゃんにも声かけときますよ。依頼書見た限り、4人までだったら正規の報酬払ってくれるみたいだし」
「え?声かけるってどうやって?」
「だってこの前みんなでメアド交換したじゃないっすか。和民で」
してないよ。そもそも和民に行った時がないし、和民に着ていく服がない。つーか確信的にやってんだろコイツら……親切な体を装って、実は計算しつくした上で僕らにとんでもない疎外感を与えるこのやり口を、俺は何度となく経験している。
『えっ、同窓会誘ったよね?』
誘われてねーよ下山田!そもそも成人式のハガキすらこなかったしな。リア充どもはいつもそう。自分は加害者じゃないですよ、みたいに取り繕いながら、その実誰よりも残忍な加害者でいやがる。もう慣れたけど。
「御手洗さんとみぃちゃん、オッケーですって!」
「随分早いね」
「何か二人、たまたま一緒にいたみたいで」
はいはい、どうせアレだろ。二人でアクエリオンしてたんだろ。くんずほぐれつ股間と股間でフライングV、『気ん持ちいいぃー!』とかシャウトしてたんだろう、あのけしからん乳をバルンバルン揺らしながら。死ねよ!乳の手触りとマンコの機能だけを残してあの世へと旅立て!もしくはフェラをして欲しい。
「じゃ、当日は遅れないようにね。中山君。交通費はJRの分しか出ないから、地下鉄とかは使っちゃダメよ」
「分かってますって。埼京線は混むから嫌なんだけどなあ」
「そうそう!私この前埼京線で痴漢にあっちゃってさぁ、マジ最悪だし!」
何を述べているんだこの生き物は……お前そのくたびれバディに需要が存在するとでも思っているのだろうか。もしも痴漢にあったというのが本当なのだとしたら、それは車内にいた誰かがマヌーサでも唱えたに違いない。でなきゃこんなしびれフグのような体、頼まれたって触りたくないです。性的な観点から考えて。
「いますよね、そういう卑劣なヤツ。俺、そういうのホントに許せないっすわ。災難でしたねトメ子さん」
「あらぁ、ジョニー君は優しいのねぇ……」
二人が織り成す社交辞令そのもののようなやり取りを聞いていると猛烈に頭痛が痛くなったので、僕は事務所を後にした。とにかくも4日後、そこで首尾よく金を稼がなければならない。じゃないと僕は闇金を営む牛島くんに100%殺されてしまうだろう。牛島くんは魔王よりも確実に強いと思う。
・・・
「この洞窟っすかね、中山さん」
「だな。意外と中は広そうだな」
当日。4人は待ち合わせ時刻ジャストに集合し、依頼された洞窟をスムーズに発見した。見たところ、洞窟は地下に向かって伸びているらしい。各々が松明を手にすると、一人ずつ洞窟内部に入っていった。
「あっ、そうだ御手洗さん。今回の装備は何が支給されてるんですか?」
「ええとですね……銅のつるぎ2本とロッドが一本、後は……えっ?あぶない水着!?」
「本部はバカじゃあるまいか」
「あっ、それねぇ〜。みぃちゃんが本部長におねだりしたのぉ〜」
マスクメロンのような大きさの乳を揺らしながら、本職・遊び人であるみぃちゃんが嬉しそうに水着を手にした。扇情的な極彩色、何から身を守りたいのか判然としかねるほどに細いビキニライン、そして何ともモイスチャーな肌触り。本部長も中々『分かってる』男だと思ったね、僕は。
「ま、まあいいか。それで、僕らの防具は?」
「えーと、これかな。えっ?腰みの?あ、何かメモがある。『あぶない水着を購入したら予算枠が天元突破しました。そういうことですので、この度は腰みので我慢して下さい。ユアスイート本部長より』」
「禿げ散らかすぞあの野郎!」
「さすがに腰みのだけではキツイですね……あっ、ここに何か書いてある!」
「どこですか?」
「ここに。『ルイビトン』って」
「パチ物じゃねーか!」
こうして僕らは武器だけを手に取り、洞窟の深部へと向かっていった。ひんやりとした空気が体にまとわり付く。
「それにしても、喋るモンスターとかマジでいるんですかねえ」
「いるわけないだろ。依頼主がヤクでラリって妖精の声でも聞いたんじゃねーの?」
「アヒャヒャ、あんな所でジャガイモが踊ってるよー」
いつの間にかガンジャを吸い始めていたみぃちゃんが、いい感じにキマった発言をカマし始める。もちろんジャガイモなんてどこにも存在していない。一体どうして会社はこの女にサラリーを払っているのだろうか。
「ん?敵か!」
「スライムですね!蹴散らしましょう」
気づけば目の前に三匹のスライムがいた。が、正直スライム程度なら楽勝だ。僕は銅のつるぎを構えると、雄たけびを上げながらスライムに向かって突進していった。
「ギャアアアア!!これは同窓会に呼ばれなかった恨み!!!これは体育の授業でハブられた時の辛み!!!そしてこいつは2週間前に自転車のサドルを盗まれた悲しみ!!!!!」
高らかにシャウトしながら、僕は普段社会に対して抱いている不平・不満・憎悪あるいは悲しみの類を全力でスライムにぶつけた。その凶刃を向けられたスライムたちは一様に『なんでオレらが……』というような表情を浮かべていたが、怒りに狂う僕にとって正しさなんてどうでもいいのである。
「ギャアアアア!!ギャアアアアアア!!!!」
「落ち着いて中山さん!スライムはあなたの高校の同級生じゃないんだ!!」
完全に屍と化したスライムの上で踊り狂う僕のことを、御手洗さんが背後から羽交い絞めにした。ハアハアと荒い息をつきながら、足元でぐったりとしているスライムを見遣る。ひどく爽快な気分が全身を包んだ。
「圧倒的に勝ったな……」
「スライムですしね」
「あたし女だけど、自分より弱い人にしか強く出られない男の人って最悪だと思う」
「早く奥に行きましょうよ。ここ、寒いんですけど」
ブツブツと文句を言うジョニーに後押しされ、僕らはスライムの屍を越えて奥へと向かった。この調子なら、大した問題もなく仕事を終えることができそうだ。
「あれ?行き止まりじゃん」
「ホントだ。これ以上進めないっすね」
「結局何もいなかった……ってことですかね。もしかしてさっきのスライムが依頼主の言っていたモンスターとか?」
「あれー?こんなところにワゴンがあるよー!」
またバカがバカそうな面してバカなことをバカなテンションでぬかしてやがるぞあのバカ……と半ば絶望しながら目を向けると、意外なことにそこには本当にワゴンがあった。洞窟になぜワゴンが?
「なんでこんな所にワゴンがあるんだ?」
「何なんでしょうね。依頼した人が置いていったんすかね」
「こんな奥に持ってくるかあ?目的が分かんねーよ」
頭の中には次々と疑問符が浮かんで消える。けれど、どこを探しても答えは見つからない。それにつけても無機物が岩に囲まれているその光景は、かなり異様だった。
そして、その刹那。
「よくぞそのワゴンを見つけた。褒美として私を仲間にする権利をやろう」
背後から鳴り響く声。ギョッとして振り返ったそこには、ひとつの影があった。人間なのだろうか?しかしそんな気配は少しもなかったのに――
「だ、誰?」
「私だ」
「誰だよ……」
「私はホイミスライムのホイミンだ」
「ぜってー違うだろ!マジでさあー!!」
「どこがホイミスライムなんだよ!!謝れ!ライアンに謝れ!!」
振り向いたそこには、まさに『面妖』としか形容する術がないほどに奇妙な生き物がいた。喋る魔物――なるほど、確かに依頼通りの存在ではある。しかしこんな魔物がいただろうか?目の前にいる存在は、この前購入した魔物ガイドブック(2008)のどこにも載ってなかったはずだ。
「どうします?中山さん」
「とりあえず殺しておこう」
「まあ待て。『急いては事をし損じる』という言葉もある。まずは落ち着いて、私を仲間にする権利を行使してみてはどうかな?」
「…差し当たり、話だけでも聞いてみますか」
御手洗に促され、僕はホイミスライム――と名乗る生き物――の話に耳を傾けることにした。重ね重ねさっさと殺したい。
「私の名はホイミン。今はホイミスライムだが、人間になるのが夢なのだ」
「ムリだと思うよ」
「なので、私を仲間にする権利を与えよう。さあ、遠慮せず持ち帰るがよい」
「よし、殺そう」
「まあまあ中山さん。こういうのも珍しいし、まずはコイツの実力をみてみましょうよ。おいオプ……じゃなかった、おいホイミンとやら。とりあえずホイミ(回復系魔法)を唱えてみろよ」
憤る僕のことをよそに、ジョニーが懐広く妥協案を提案した。なるほど、本当にホイミが使えるのであればこいつの存在価値も認められるというものかもしれない。溜飲を下げた僕は、期待の眼差しと共にホイミン(と名乗る生き物)に向き合う。
そしてホイミン(というか明らかにオプーナ)は、自信満々に口を開いてこう言った。
「今は時期じゃない」
「OK、殺そう」
素早い所作で武器を構えると、一同はホイミンの方ににじり寄った。『生死は問わない』、依頼書に書かれていた文言が僕らに勇気を与える。
「ま、待て!私はホイミを唱えるのが苦手なのだ」
「だったらただのスライムじゃねーか遠慮なく死ね」
「ひどい!スライムいじめだ」
「ギャアアアア!!死ね!!」
「中山さん!わざわざ殺すこともないですよ。喋る魔物だなんて面白いし、マスコミに売り込めば小銭くらいは入るかもしれないですよ?」
ホイミンに踊りかかろうとした僕のことを必死になって押し止めるジョニー。マスコミに売り込む、か……確かにこの奇天烈な生き物は世間からの関心を大いに買うことだろう。僕は銅のつるぎを鞘に収めると、ホイミンの体を掴んで担ぎ上げた。
「何をする貴様ら!」
「うるせーよお前は今日から世間のマスコットになるんだよ喜べ」
「ふむ、それも一興」
比較的おとなしく僕らに従ったホイミンを連れ、僕らは洞窟を後にする。その足で依頼主のところへ向かい、今回の仕事の結果を報告したところ『何だその生き物。とにかくそちらで好きにしてくれ』と、ひどく素っ気無い対応で出迎えられた。
「私を仲間にしなかったことを後悔する日がくるやもしれぬぞ?」
「この仕事を選んだことが既に後悔なんだよ」
結果として今回の仕事は首尾よく終わり、僕らは無事に報酬を手にすることができた。肝心のホイミンの処遇は取り急ぎトメ子さんに一任することにし、僕らは事務所を後にする。
「今回は楽な案件で良かったなあ。そうだジョニー、これから暇だったらちょっと飲みに行かない?」
「あー、すいません!ちょっと今日は宗教上の理由でムリなんですよね……」
「何の宗派なんだよそれは。まあいいや、じゃあ御手洗さんどっか行きませんか?」
「申し訳ない、今日はどうも母が危篤になりそうな予感がしてですね……」
そんなことを口走りながら、ジョニーと御手洗さんは足早に駅へと向かう。仲良さそうに喋る二人、その言葉の端々に『つぼ八』ないし『白木屋』などのタームが飛び交っていたことを、僕は死ぬまで忘れない。あと、本部長のセダンに乗って早々にどこかに消えていったみぃちゃんの姿も、絶対に。
その日僕は、牛島くんのところに利息分だけを払うと、家に帰ってカップ麺を食べながらニコ動を見て、眠った。
・・・
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次回に期待ですか!?
派遣勇者
大好きです!
次回も楽しみにしてます♪
続編待ってました(*´`*)
うちモンテ系列でバイトしてるんで、
御手洗とジョニー来たら
とりあえずベギラマかけときますー
いつか立派な勇者になってほしい
次も期待してます。
みぃちゃんおいしいなぁ〜
最近文章のバランスが崩れている気がします
この文章で何を伝えたかったんですか
To大生ともなると純粋に楽しめないのかな?
比べるまでもないけど肉さんの文章の方が断然素敵やと思いました。
A香ばしいコメを楽しむ
おいしすぎる
頭悪く見えますよ ^ ^
ヒント:肉欲はリア充
次回にwktk
肉さんに失礼すぎるだろ常考
てかオプーナてwwwww
だって今年はハイウエストのゆる履きパンツが流行だし海外セレブもベースボール・キャップ被ってるし長めの大振りネックレスは去年からよく見るじゃん…ジョニーです(笑)
興醒めするからやめてくれ