男子という存在は一般に、慎ましやかで奥ゆかしい、大和撫子のような女性を好みます。けれど、現代では男女同権がしきりと叫ばれているため、表立って異性に『女性らしさ』を求めることは中々難しいものです。
この辺り微妙なところなのですが、何も僕たちは常日頃から女性に対して
「大和撫子たれ!」
と思っているわけではありません。この社会の荒波において、男に負けじとバリバリ頑張る女性の姿。それは僕らの眼から見ても『ああ、格好いいな』と思わされるものです。
しかし、普段がそうであっても、二人の時だけはしとやかな大和撫子になってくれたら――そう思うのです。おそらくそれは、男のエゴのように聞こえるでしょうし、実際にそうなのだと思います。ただ、心のトロの部分でそう思ってしまう僕らの本能。
♪時には娼婦のように 淫らな女になりな
これはなかにし礼さんの歌ですが、本当に『時には』でいいんです。それで、それだけで僕らは満足できるのだから。
じゃあ、一体どのくらい慎ましやかになれば男は満足なのか?それは個人差の問題から一概には論ずることができないのですが……僕の見立てによれば『滅私奉公』とか、その辺りの概念が強く関わってくるように思われます。
私を滅して公に奉ずる。
我が朝の歴史において、その考え方を見事に体現したのは、おそらくかつて『武士』と呼ばれた方々に顕著でしょう。己を捨て、君主に忠義を尽くす。その姿は、僕ら男、あるいは『漢』たちの魂を確実に揺さぶる。
武士ガール。
今回僕は、そんな女性のことについて本気出して考えてみた。
・・・
「恵子のやつ、遅いなー」
下北沢の改札を出てすぐのところで、道夫は二本目のタバコに火を点けた。休日とあってか、目の前を行きかう人の数は思っていたよりも随分と多い。連休初日なのと、下北沢という土地柄と、今日の思わず目が眩むほどの好天と……そんな要素も、この人出に大きく寄与しているようだ。
道夫と恵子は大学で同じサークルに所属している。入学して1ヶ月、ようやく授業にもサークルにも慣れてきた頃だ。
「今度、一緒に買い物に行かない?」
そう誘ったのは道夫の方からだった。サークルで初めて恵子と出会った時から『可愛らしい子だな』と思っていた。決して目鼻立ちが通っているわけではないけれど、背も小さく、クリクリと愛玩動物のような目をした恵子のことを、道夫は一目で気に入った。
恵子に対して少なからぬ好意を寄せていた道夫。デートの誘いのために声を掛ける時は、思わず声が震えた。だからその分、オーケーの返事を貰った時は内心飛び上がるほどに喜んだものだ。
そして、恵子との初デートが今日だったのだが……。
「人身事故で電車が遅れてるのかなあ……」
二本目のタバコを灰皿に押し込むと、もう一度時計を覗き込む。針は12:20丁度を指していた。約束の時間から、20分が経過しようとしている。
いや、もしかするとそれは『まだ20分』と言うべきなのであろうか?分からないが、興奮と緊張の入り混じった気持ちを持て余している道夫にとって、1分、1秒……待つ時間の全てが永遠のよう長く感じられてしまうである。
その時のことだった。道夫がカバンに入れていたペットボトルを取り出そうとしたその刹那、突然右耳に鋭く風を切る音が聞こえた。まるで駅のホームに特急電車が通過する、あの時のような音が……だがそんなことを道夫が思うよりずっと先に、彼の右耳にじんわりとした痛みが広がる。
「え?!」
慌てて、音の行った先と思しき方向に振り向いた。道夫が立っていた場所のすぐ後ろには比較的大きめな木が植わっている。それはきっと名もなき木なのだろう、普段であれば取り立てて意識することもない立木だ。
しかし道夫の見たそれは、決して看過することのできない異彩さを放っていた。
矢が、一本。
峻厳とした様で、木に突き刺さっているのだ。
「なんじゃあぁぁ!こりゃあぁぁ!」
慌ててその矢を手に取る道夫。恐らく自分の耳を掠めていったのも、この矢に相違ないだろう。しかし一体、どうして……?様々な疑問符が道夫の頭の中に浮かんで消える。するとその矢じりに、なにやら和紙がくくり付けられているのを道夫は見つけた。道夫は訝しげに思いながらも、とりあえずその紙を手に取って広げてみる。
「只今到着し申した 恵子」
和紙の上に走っていたのは達筆の草書体だった。きっと十人並みの若者であれば、その文字を読み解くことすら能わなかっただろう。書道、やっててよかったな……道夫は小学校時代、書道塾に通わされていたことに初めて感謝した。
いや、そういう問題じゃない。道夫はブルブルと頭を振ってもう一度手の中の和紙に目を落とす。恵子……って、恵子、なのか?疑問を解消すべく和紙を開いたはずなのに、道夫の中の混迷は却って深くなるばかり。
するとそこへ――
「道夫くーん!」
「恵子?」
矢と和紙を前に慄然としていた道夫の背中に、恵子の快活そうな声が響いた。只今到着した、と記されていた和紙。そして、たった今自分のところにやって来た恵子。であるとするならば、これは、この矢はやはり……。
「恵子、お前、この……」
「ごっめーん!それがしぃ、今日寝坊しちゃってぇ!慌てて出かけようとしたんだけど、臑当の左と右を間違えちゃってさ……エヘヘ、それがしってドジだから!ほんっとマジかたじけない!」
それが……し?!かたじけない!?!恵子って、こんなキャラだったっけ……つーか、臑当(すねあて)って!いや、確かにちょっと変わったブーツだとは思ったけど、でもそれが、すね、エェー?!道夫は既にパニックの絶頂にいた。
「……怒ってる?」
道夫のことを見上げるように、上目遣いで語りかけてくる恵子。黒目勝ちな瞳、長い眉毛。思えば恵子の顔をこんなに近くで見たのは初めてかもしれない。そんなことを意識すると、道夫の動悸は一息に高くなった。
「その、あの!えっと、だから……」
矢文と、それがしと、臑当と可愛い恵子と。それら全部のことが畳み掛けるようにして道夫の思考をかき乱す。何かを喋らないと……確かにそうは思うのだが、しかし道夫の頭は一向に静まらない。
すると、その時。
「そうだよね……四半刻も待たされたとあっては、そなたの怒りも心頭だよね……」
言葉の最後の方はほとんど消え入りそうなほど小さな声で、恵子はそれだけ言った。ま、まずい!泣いてる?フォ、フォローしないと……別に俺、怒ってなんてないし……道夫は慌てて恵子の肩を掴もうとした。
しかし恵子は、それとほぼ同時に一歩後ろへと下がる。
「……え?」
「道夫くん、これ、お願い」
そう言って道夫の方に何かを差し出す恵子。言われるがままにそれを受け取った道夫であったが、まっさらな白い布にくるまれたそれは、見た目と相反して両の手にずっしりとした重みを伝えてきた。
「け、恵子。これ、これは……なに?」
「備前長船」
ほう、一目見た時から随分な業物だとは思ったけれど、見立てに間違いはなかったようだ。祖父が古美術商で良かった!道夫は数年前に天国へと旅立った祖父に感謝した。
違う!そこはどうでもいい。問題は、どうして恵子が道夫に日本刀を渡したか、という部分だ。というか、なぜ目の前の娘はごく当たり前のように日本刀を所有しているのか?それと、弓矢も。もしかして、自分が知らないだけで、それが今の流行なのだろうか……などと、道夫は混乱のあまり下らないことばかり考えてしまう。
だから気づいた時――目の前の恵子が白装束に身を包んでいたのを見た時は、既に脳内の混迷は一周して『ああ、きちんと左前になっている』などと冷静に思っていたのだった。
「お……おい恵子?!お前何してんだよ!!」
「それがしの行い、その非礼を詫ぶるとすれば、最早切腹をするしかないって感じっていうか……さあ、ひと思いにそれがしの首を刎ねちゃおう」
「おかしいって!とりあえずその短刀を手放して!」
「人間50年……下天のうちをくらぶれば……」
「敦盛?!大体お前50年も生きてないだろ!つーか待て、待てって!な?俺はほら、全然怒ってないから!」
その言葉が功を奏したのか、短刀を持つ恵子の手から力が抜けたように見えた。
「怒って……ないの……?」
「ああ……怒ってない、全然怒ってないよ……だからほら、その物騒な物はもう仕舞うんだ」
「よかったー!」
恵子はあまりにも唐突に笑顔を取り戻した。目いっぱい破顔している恵子の様子を見て、道夫の肩からもどっと力が抜ける。一体これは、どういうことなんだろう……すっかり脱力してしまった体に、備前長船のあまりにもな重量感だけがリアルだった。
「じゃ、行こっか!あっ、そうだ。道夫くんはもうご飯食べた?」
気づくと、恵子は音の速さで着替えたのだろう。目の前には寸前までの白装束は風と消えうせ、着衣は元通り今風の女の子のものになっていた。思いっきり臑当してるけど。背中にはアシタカばりの弓矢が装備されてるけど。
「い、いや……まだ、だよ」
「よかったー!私ね、今日はお弁当作ってきたんだ!一緒に食べよう〜」
道夫はすっかり忘れていたが、そもそも今日は楽しいデートの日だ。休日の昼下がり、晴天、意中の女の子と弁当を……外形的に見れば、それは最高のシチュエーション。それを受けて道夫も
(確かに色々狂った出来事が続いたけど、まあ何かの間違いだろ!多分!)
と、無理やり思い込むことにした。
「へえー、こんな所に公園があるんだぁー」
「うん、それがしこの公園が好きなんだー!はい、あーん」
あ、あーん?!いきなりのことに戸惑いを隠しきれない道夫。ただの友達としか認識されていないとばかり思っていたが、これはもしかして脈があるのだろうか?胸の中がにわかに興奮していく。道夫は口をあんぐりと開けると、差し向けられた弁当を勢いよく頬張った。
弁当をじっくりと味わう。口の中で激しい自己主張をし、刺々しくそれでいてしつこい、たとえるならば路傍の石を無理やりねじ込まれたようなその食感は、総合するとつまり……
「か……固ぁーっ!!」
「ご、ごめん道夫くん!も、もしかして乾飯(かれいい)は苦手だった……?」
「そういう問題じゃねーよ!つーかオイ、どうしてこの状況で保存食めいたものが必要になるんだよ!炊けよ!米をよぉー!……お?」
ふと見ると、恵子はさめざめと泣いていた。まずい、キツく言い過ぎただろうか?もしかするとあれは、恵子なりに考えた精一杯のジョークだったのかもしれない。そうだよな、普通に考えてデートに乾いた米を持ってくる女の子なんていないんだし……思わず声を荒げてしまった自分を省みながら、道夫は恵子に優しく声を掛ける。
「ごめんな。珍しがらせようとしてくれた恵子の気持ちも考えないで、何か逆上しちまっ」
「ほら道夫くん!見て!」
「え?」
「乾飯の上に涙落として、ほとびにけり。はい、アーン」
「あ、東下り?!いやそういう問題じゃねーよアホか!それだったらコンビニのおにぎりで代用きくだろうが!何考えてんだよ恵子……恵子?」
「道夫くん、これをお願いし申す」
「……これは、何?」
「長曽祢虎徹」
ほう……これがあの伝説の虎徹……思わず道夫の中の中の近藤勇部分が熱くなってくるのを感じる。確かにこれならばなんの痛痒も感じることなく恵子は涅槃へと旅立てるであろう。今宵の虎徹は、血に飢えている。
シャラップ!道夫は自分の頬を思いっきり叩く。というか、どうして恵子は次から次へと日本刀を取り出すのか?!あのCOACHのバッグのどこにこれが入ってるんだ!?などと道夫が思う間もなく、恵子は再び白装束に身を包んでいた。
「だから何してんだよ!恵子!」
「是非に及ばず……」
「いや、及ぶし!すげー及ぶ!て、てか言い忘れたけど俺、俺っ!」
ほとんど左脇腹に差し掛かっていた短刀が動きを止める。緊迫した空気が二人の間を包んだ。遠くの方で「お母さん、あれなにー?」「シッ!見ちゃいけません!」という親子のやり取りが聞こえた。気がした。
「……何ぞ?」
決然とした目で恵子は言い放つ。あまりにも胆力の込められたその言葉に、道夫は思わず気おされそうになった。
「だからその……」
「……」
「その……俺、乾飯とか……めっちゃ好きだし……」
その瞬間、恵子の表情がぱあっと明るくなるのが分かった。一体どこがスイッチなんだよ、この女……ため息と共に、道夫の懊悩は一層深くなっていく。
「もー、ビックリしちゃった!道夫くん、一瞬すっごい怖い顔したんだもん!でも知ってるよ、それがし知ってるよ!」
「……?何を?」
「フフ……嫌いに見せかけて、実は好き。そういうのって『つんでれ』って言うんでしょ?それがしこの前書物で見たんだー!」
ちげーよバカ!道夫は心の中で全力でシャウト。しかし、その思いが声となることはない。そんなことを言って、恵子から天叢雲剣でも渡されたらそれこそたまったものじゃない。道夫は「そうそう……俺のツン部分は少々長くてね……」など曖昧に語ると、どっと疲れた体をベンチに預けた。
「オー!ビューティフルジャパニーズガール!」
その時、公園の入り口の方から嬌声が聞こえた。何だろう?と思い声のした方向に目をする道夫。そこには、観光客と思しき外人が3人、道夫らの方を指差していた。なるほど、おそらく恵子の白装束が珍しかったのであろう。確かに今の日本でこんな格好をしている女は絶滅寸前だもんな……道夫はそんなことを漠然と考えていた。
「……がぁ……」
その時、恵子がポツリと何かを呟く。押し殺したようなその声を、道夫はハッキリと聞き取ることはできなかった。
「え?何ですって?」
「この……毛唐の下郎どもがぁぁぁ!!」
咆哮。それはまさに魂の絶叫。恵子から発されたあまりの大音声に木々はざわめき、その枝で体を休めていた鳥たちが一斉に飛び立っていく。次の瞬間、恵子はまだ見ぬ長物を片手に掴むと、雷鳴のような勢いで砂を蹴って地を駆けた。
「オー!ジャパニーズクレイジー!」
「おい恵子待て!時に落ち着け!!」
「この刃、暁に散っていった英霊たちの恨みと知れっ!!十万億土に朽ち果てろっ!!」
オーマイゴッド!そんなことを口に叫びながら外人たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。それでもジョイナーを凌駕するような健脚で外人たちを追っていく恵子。道夫はその後ろ姿を茫漠と眺めながら、傍らに残っていた乾飯を口の中に放り込んでみた。
とても食えたもんじゃなかった。
「そこの女!止まれ!止まりなさい!!」
気づくと、近隣からの通報で駆けつけたであろう警察隊と押し問答を繰り広げている恵子。道夫の耳には、どこか遠くの方から『義は我にあり!鬼畜米英、帝の声をしかと聞け!』という世迷言が聞こえたような気がしたけれど、全て幻聴であったと信じたい。
「クッ、もはやこれまで!恨みは尽きぬが、これにて退却!道夫くん、週明けに経済原論の授業でね!」
「ギャッ!な、なんだこの煙は?!」
「え、煙幕?!」
おい、お前は忍者なのか武士なのかハッキリしろよ!?道夫は心の中でそんな無為なツッコミを入れながら、刻々と騒々しくなる下北沢の街をただただ眺めるばかりなのであった――。
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明日医学部受験です!
頑張ってきます!
噴いたww
物凄く面白かったです(笑)
「それがしってドジだから!ほんっとマジかたじけない!」
とか、この言葉遣い流行らないかなぁ・・。゚+.ヾ(´∀`*)ノ
恵子と道夫のその後がきになる!
古典の授業懐かしすぎ笑
好きな子を喜ばせるための嘘が最高だな
小学校の時、国語の教科書に出てきた。
とくに口調が・・・組み合わせるというその発想は無かったわwww
なんだかんだ普段から男張りな女の子でも、愛する男の前では、実際、恥じらい頬を染めるものだと思います◎
大和撫子と武士ガールとのギャップが笑えました!慎ましい姿はいづくにかあらん!
武士ガール強ぇww
ある意味尊敬⌒+゜笑
昔から普通と違うって言われてきたけど
本当に違うんだなヽ(´ー`)ノ
肉さんの書く文章にはもっと滋味があったはず・・・
正直残念でなりません。
おもしろかったわ!
『それがしこの前書物で見たんだー!』
ってトコすごく可愛いww(≧▽≦)
恵子無邪気だなぁww
日本語の話。遅刻を謝る時は「かたじけない」ではなく「面目ない」でしょう。このような箇所が幾つかあります。「東下り」等引用する割には単純な誤り。ドジな恵子ちゃんの可愛さアピールを意図しているのでしょうけど、それにしては、さりげなさすぎる。
武士の概念が随分間違っているのは元々ギャグだから逆に誇張表現として面白い。
しかし、絶対にいけないのは、三種の神器が出てきたり恵子ちゃんの尊皇攘夷や右翼発言であったり。武士社会の封建制度は右翼ではありません。武士が国家として「毛唐」と争った歴史はありませんし、太平洋戦争とゆうデリケートな問題をネタとして用いるのは良くありません。理屈はともかくも、教養が疑われるから。
武士の概念や在り方については戦国好きから見たらめちゃくちゃなので、惠子ちゃんは武士には見えんが…おちゃめです^^
しかし自分の理想は武士の妻です…武家の女はたまりません
でもワロタwww
自分は素直におもしろかったですおヽ(^ω^*)
かわいかったので描いてしまいました。
事後報告ですみません。