肉欲企画。

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2007年12月29日

花の上、芽吹いた緑 @

 
(いつだかに書いたフィクション。あんまり笑う要素はないです。あと、舞台は現実の日本とは少しだけ異なる世界だと思って下さいな)

    
「どんな場所にも、物にも、仕事は施されている。ケイくんが何気なく歩いているこの道、あそこに立っている電信柱、俺が今履いているサンダル。どんな物にだって、それが人工の物である限り、およそ人の手からは自由でいられないのさ」

僕が小さい頃から、ゲンさんはいつもそんなことを語ってくれた。モノはモノでしかないけれど、時にモノ以上の意味を有することもある――それは、そのモノの背後に潜んでいる人、職人たちの存在を考えた時、一層顕著に。あの頃、僕には少し難しかったゲンさんの言葉。今ではとてもよく分かる気がする。

「でも僕は、どうせ働くんだったら、お医者さんとかタレントとか、そういう仕事がしてみたい!だって電柱を作る仕事とか、ダサいじゃん」

夕暮れの空の下、僕は公園のベンチに座ってゲンさんと語り合っていた。当時の僕の遠慮のない言葉に、ゲンさんは僅かに困ったような表情を浮かべた。けれど、それも一瞬のことで、ゲンさんはすぐに口を開いた。

「お医者さんやテレビの人たちの仕事も、とっても素晴らしいと思うよ。でもそれと同時に、電柱を作る人の仕事だって素晴らしいと思わないかい?電柱がなければ、俺たちの家には電気が届かない。電気がなければ病院の機械も動かせないし、テレビだって点かないのさ」

ゲンさんはそこまで喋ると、うんうん、と一人満足そうに頷いた。僕はその説明に、分かったようなはぐらかされたような気持ちになったのだけれど、右手に持っていたアイスがほとんど溶けかかっていたことに気づき、慌てて残りを頬張った。

「それで、ゲンさんは今、何の仕事をしているの?」

指先についたアイスの液体をごしごしとズボンにこすり付けながら、僕は聞いた。ゲンさんは色々な仕事を転々としているらしく、だから母にはゲンさんと接することを強く咎められていたのだけれど、子供相手にもきちんと向き合って話をしてくれるゲンさんのことを、僕は好きだった。

「シューマイの上にグリーンピースを置く仕事さ」

「それって楽しいの?誰かのためになってるの?」

振り返って思えば、当時の僕はゲンさんに対して随分直裁で残酷な言葉をぶつけたものだと思う。それでもゲンさんは怒ることなく、参ったな、という風に頭をぼりぼりと掻くだけで、次の瞬間には再びにこやかに喋り始めた。

「もちろん楽しいし、誰かのためにもなるよ。俺も色々仕事をやってきたけど、今のこの仕事こそが天職だと思っているくらいさ」

「てんしょく?」

「神様が与えてくれたお仕事、ってこと」

突然ゲンさんが、脇に隠し持っていたススキで僕の頬を悪戯っぽくくすぐる。不意にやってきたその刺激にすっかり驚いてしまった僕は、思わずゲンさんの向うずねを蹴り上げてしまった。

「シューマイの上にグリーンピースを乗せるのが神様がくれた仕事だなんて、意味分かんないよ。そんなの、ありえっこないじゃん」

ゲンさんを蹴ってしまったバツの悪さから、思わず悪態を突いてしまった。けれど僕の発した言葉だってまるっきりウソというわけではなく、どちらかといえば本心に近かったように思い出す。

「そんなのって、誰にでもできる仕事だし――」

「そんなことはない」

それは、僕から反論の接ぎ穂を刈り取るくらいピシャリとした一言だった。いつになく真剣な表情を浮かべるゲンさんの顔、それを見ていると僕の口からは何の言葉も出てこなかった。

「グリーンピースにも、色々あるんだ。それは、俺とケイくんとが全然違う人間であるのと同じようにね。そしてそれぞれのシューマイにも、やっぱり色んな個性がある。その二つの個性をしっかりと見抜き、一番ベストな組み合わせを見つけてやること……これは僕たち職員にとっての試練でもあり、同時に誇るべき矜持でもあるんだよ」

穏やかな声色ながら、峻厳とした調子を保ちつつゲンさんは僕に説明してくれた。シューマイの、グリーンピースの、個性。そんなものがあるだなんて、これまで考えもしなかった。そして同時に、僕は何だかゲンさんから自分の無知を詰られているよう感じてしまい、心の内に恥ずかしさとも憤りともいえない不思議な感情を抱いてしまった。

「そんなもん、あるわけないじゃん!ゲンさん、バッカじゃねーの!」

もう一度、思ってもいなかった罵詈雑言が口から出てしまった。今度こそは取り返しがつかない、と思った僕は、アイスの棒を地面に叩きつけると、振り返ることもせずに家路を走った。

本当にバカな子供だったのだ。あの頃の僕は。いや、バカだったからこそ子供でいられたのかもしれない。

その日を境に、僕はゲンさんと会うことはなくなった。
今から数えて、もう15年も前の話になる。
振り返っては切なくさせられる、実に苦い思い出の一つだ。

僕はそのまま、大人になった。

・・・

「ゲンさん?」

「ん?君は――もしかして、ケイくんかい?」

社会人となった僕は、盆休みを利用して久方ぶりに実家に帰った。数年ぶりとなる息子の帰省に両親は大層喜んだけれど、魚が美味いというだけしか取り柄のないこの街で過ごす時間は、うんざりするほど退屈だった。

「懐かしいなあ。ケイくんが小学生の時から会っていないから、かれこれ10年ぶりくらいになるのかな?」

「いえ、おそらく15年ぶりになりますね……」

僕の言葉に、そうかそうかと嬉しそうに頷くゲンさん。その目尻に刻み込まれた深い皺が、15年という歳月の流れを如実に僕に訴えかける。当時で既に30歳は迎えていたはずのゲンさん、だから今目の前にいるゲンさんは50歳前後ということになるだろう。

小学校を上がった僕は、母親の勧めと自分の意思とで名門の私立中学に進学した。勉強をすることは嫌いじゃなかった。テストでも常にトップクラスをキープし、僕はそのまま当たり前のように東京・駒場にある国立大学へと進学した。適度な好奇心と、一般的な保守性をバランス良く持ち合わせていた僕は、大学も平穏無事に卒業し、その春には外資の某大手証券会社に入社が決まった。

「ケンくんはいま、何をしているの?」

「働いてますよ、フツーに」

フツー、と言った僕の声のトーンに、図らずも差別的な色が含まれてしまった。それは無意識の内に、ゲンさんは『フツー』に働いていないだろうと思っていた僕の心の現われなのだろう。僕はすぐにしまった、と思ったけれど、ゲンさんはさして気にした様子もなく穏やかに笑っていた。

実際のところ、僕は仕事のことで深い悩みを抱えていた。入社してから2年、ようやく今の職場にも慣れ始めてきたものの、現在の環境に馴染めば馴染むほどに己の内側に芽生えた名状しがたい違和感は大きくなるばかりであった。

自分は、こんなことがしたかったのだろうか――

それは、青春期に誰もが抱くノイローゼのようなものなのかもしれない。現に、親しくしている先輩にそのことを打ち明けると

「俺もそんな時期があったけど、バリバリ働いてれば自然と忘れるって!」

と明るい叱咤を受けたばかりだった。その時は酒の力も相俟って「なるほど。そういうものか」と納得したのだけれど、今こうして懐かしいゲンさんの顔を眺めていると、再び違和感の芽が大きくなっていくのを感じてしまう。

『どんな場所にも、物にも、仕事は施されている』

じゃあ、僕の仕事は一体何なのだろうか?、有価証券の売買や売買の仲介などを行うのが僕の仕事だ。給料もいいし、やりがいだって十分にある。けれど、金と証券という目に見えないものを相手にして仕事をしていると、時に自分の存在意義を見失ってしまうのだ。

俺はこんなことでいいのだろうか――

「ゲンさんは、今何のお仕事をされているんですか?」

ともすれば塞ぎがちになってしまう気持ちを押さえ込みながら、僕は努めて明るい調子でゲンさんに聞いてみた。

「俺?俺は相変わらず、シューマイの上にグリーンピースを置く仕事をしているよ。これが楽しくってね」

「ハア?」

大きな声が口をついてしまった。あの日から、そして今に至るまで、ゲンさんはずっと同じ仕事を続けていたというのだろうか?いや、それは別段不思議なことではない。未だそれなりに終身雇用制が保たれている日本にあって、15年間働き続けることくらいは珍しくも何ともないだろう。

しかしゲンさんが従事しているのは、シューマイにグリーンピースを乗せるだけの仕事である。傍から聞けばギャグにしか聞こえないその仕事を、ゲンさんは15年間も続けているのだ。僕が心に覚えた狼狽は、決して小さくはなかった。

「よ……く、そんな仕事をずっと続けてきたもんですね……楽しいんですか?楽しくないでしょ?シューマイにグリーンピースだなんて」

「ケイくんは生きてて楽しいかい?仕事をしていて、幸せかい?」

藪から棒にゲンさんから質問を投げかけられて、僕は言葉を失った。なぜならゲンさんの言葉は、今僕が抱えている悩みそのものに対する問いかけだったからだ。

「暗い目をしているね。きっとケイくんは、仕事をしてはいないのだろう」

「何言ってるんですかゲンさん。僕はきちんと就職して、東京で頑張って――」

「今のケイくんにとって、それは仕事じゃなくて『なりわい』になってるんじゃないのかな」

ゲンさんの発した『なりわい』という言葉が、僕の頭で『生業』という漢字に結びつくまでそれほどの時間は要しなかった。仕事ではなく、生業?僕はゲンさんの語っていることの意味を図りあぐねた。

「生業っていうのは、生計を立てていくための仕事、すぎわいのことだ。生きていくためにはお金がかかるけど、お金を稼ぐだけの仕事なら世の中に腐るほどある。だから俺は、そういう仕事を生業と呼んでいる。仕事があって、お金があるのか、お金があって、仕事があるのか。それは些細な違いかもしれないけれど、ケイくん、俺はそこのところが何よりも重要だと思っているんだ」

金が先か、仕事が先か。まるで禅問答のようなその問いかけに、僕は啓を開かれたような思いになる。僕は一体これまで、何のために仕事をしてきたのだろうか?

「生きるために金が必要なわけであって、誰も金のために生きてはいないだろう?」

「……なんの話ですか?」

ゲンさんは僕の質問には答えず、曖昧に笑いながら首にかけていたタオルで額を拭った。

「時間があるなら、俺の勤めている工場に寄らないかい?」

「工場?ってあの――」

「シューマイにグリーンピースを乗せる工場さ」

そんな工場が本当にあると思わなかった。いや、ゲンさんがこうして働いている以上、工場が存在するのは当たり前だ。けれど、普段は東京のオフィス街で働いている僕にとって、その姿形はおよそ想像の及ぶところではなかった。

「あっ、ゲンさん!どうしたの?もう今日は仕事ハネたんじゃないの?」

守衛と思しき快活そうな老人が、大きな声でゲンさんに話しかける。住宅街の中に突然姿を現したゲンさんの工場は、僕が想像していたのよりも随分と大きかった。

「結構大きいんですね」

「ああ、ここ数年の未曾有のシューマイブームのおかげさ。前はもう少し小さかったんだけど」

僕が大学に在籍している当時、東京に突然シューマイブームが訪れた。シューマイ・ルネッサンスとマスコミに名付けられたその現象は瞬く間に日本各地に広がり、今では老若男女誰しもが数日に一度はシューマイを口にしている。女性誌はこぞって『頑張った自分にご褒美の点心』などのコピーと共に購買意欲を煽り、テレビコマーシャルではジャン・レノが静かなバーでシューマイを頬張る姿が連日放映された。

「ここで作っているんだよ」

作業着に着替えさせられた僕の目の前には、工場が茫洋とした様子で広がっていた。工場は24時間フル稼働であるらしく、男女様々な職員たちが僕の周りを気ぜわしく歩いている。

全てが、手作業だった。菜箸ほどの長さの箸を持ち、真剣な目つきでグリーンピースを摘み上げ、そっとそれをシューマイの上に乗せていく職員たち。その光景をシュールだ、と笑い飛ばすことは簡単だけれど、漂う空気は真剣そのものである。

「機械化はしないんですか?」

「できないんだよ。技術的に困難でね……」

「いやあ、専門外だから分かりませんが、そのくらいは簡単な技術なんじゃないですか?」

「もちろん、実際に機械を導入しているところもある。しかし……グリーンピースってのはワガママな生き物なんだ。こんなことを言うと変に思われるかもしれないけれど、たまにグリーンピースの声が聞こえるんだ。『そこじゃないよ、もっと左に置いて』『僕はあっちの、もっと大きなシューマイの上がいい』ってね。そんなの、機械には分かりっこないだろ?だからこそ、俺たち職員は存在できるのさ」

確かに、見るからに緻密な作業である。グリーンピース、それはともすれば簡単に潰れてしまいそうなほど儚い存在だ。それを、機械による無遠慮な作業に任せるというのは、いかにも無謀であるのかもしれない。

「どうだい?」

「どうだい、と言われましても……自分とは違う世界だな、としか」

「何だかこうして見ていると、シューマイの一つ一つに、グリーンピースの一つ一つに、性格や、あるいは表情があるような気がしてこないかい?」

ゲンさんの声に、追憶の彼方から一つの記憶が蘇る。

『グリーンピースにも個性があるのさ……それは、僕とケイくんとが全然違う人間であるのと同じようにね』

グリーンピースという個性と向き合い続けたゲンさん、金という無個性の中に己を没しつつある自分。目の前で行われている仕事をやりたい、だなんてことは思わないし、思えない。ただ、今の自分の仕事を続けていたいとも、やはり思えなかった。

「俺はね、今の仕事を心から楽しいと思ってやっている。俺のためにこの仕事がある、とすら思っている。そりゃ、こんな仕事さ。時には他人からバカにされることもあるけれど……でも、そんな声は全く気にならないんだよ。給料だって安くてもいい、ただこの仕事を続けることができて、誰かを幸せにできて、その結果としてお金を貰えるのなら――」

そこでゲンさんはひとつ息をつくと僕の方に向き直り、瞼を細くして笑った。

「こんなに嬉しいことはない」

目の前では、シューマイの白い肌が次々とグリーンピースの眩い緑色を施されている。それは芽吹く春を想起させるような、幸福を呼び寄せる種であるように、僕には思えた。

posted by 肉欲さん at 00:19 | Comment(7) | TrackBack(0) | 日記 このエントリーを含むはてなブックマーク
この記事へのコメント
今俺は…何のために勉強してるんだろう…
Posted by   at 2007年12月29日 00:32
シューマイ食べたい
Posted by at 2007年12月29日 00:35
ひきこまれた。棒太郎さんは良い話を書きますね。
Posted by at 2007年12月29日 00:37
やぶからスティック
Posted by at 2007年12月29日 02:10
長井
Posted by   at 2007年12月29日 23:58
頑張った自分にご褒美(笑)
Posted by at 2008年01月01日 11:27
何のために生きてるのかなぁ・・・
Posted by at 2008年01月04日 18:16
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