『相談なんですが、私はセクロスするイコール付き合うとか付き合ってからという意識がありました。
だが、しかし、先日突発的にまだ付き合ってない人とのデートの後ラブホにふらふら着いていき、セクロスまがいのことをしでかしました。
(中略)
世間では、付き合ってない人とのチョメチョメはお互いに恋人がいなけりゃありなんですか?それをセフレとは言わないのですか?
性生活には厳格な肉欲さんと聞いていたので是非意見を下さい。
よろしくお願いします。』
モラル、という言葉がある。翻訳すれば『倫理』とか『道徳』だなんて意味合いの言葉だ。たかだか三文字のカタカナなのだけれど、僕らが『モラル』という言葉の真の意味を考えた時、モラルは様々な表情を見せる。
モラルの意味は地域によって、あるいは時代によって変化する。時間的に近接した状況においてはそれほど変わらないけれど、数百年単位でモラルというものを考えれば、やはりモラルは常に変容し続けている。
セックスという話題に取り組んだ場合、僕たちはモラルという概念から自由ではいられない。それは、おそらくセックスという行為の背後には『生命』あるいは『家族』といった重厚なテーマが流れているからかもしれない。セックスは、その後に懐胎・出産などの現象が待ち構えている。だからそこから逆算して、セックスに対してモラルが唱えられるのではないだろうか。
自分が親であるならば、我が子がセックスに狂っているのを知った時、やはり心に苦しい。自分自身がどれだけ破廉恥な人間であったとしても、我が子だけは清廉でいて欲しい!と願ってしまう。それはエゴだ!と言われても、そう思ってしまうのだから仕方がない。
もしかしたら、モラルというのは所詮ただのエゴなのではないだろうか?僕はセックスが好きだ!これは自信を持って言えることである。セックスを『観る』方に関しては、AV童貞を小4の時に捨ててからこっち、既に14年選手である。14年、これはもう中堅の域に突入した、と言ってもいいだろう。
セックスを『する』方に関しては、あれは花芽吹く18歳の春の頃だったので、今年で6年目に入るということになるだろうか。こちらの方は諸先輩方からすれば、僕は未だ雛鳥みたいなもんだろう。6年、幼稚園をやっと卒園するくらいの期間だ。無論陰毛も生えていない。
いや、まあ陰毛はどうでもいいんだけれど、とにかくセックス。やはり僕も健全な成人男子である以上セックスをしたいし、また将来的に健全じゃなくなり、鼻からガンガンにチューブを突っ込まれて病院のベッドで3分粥を食べるくらいの、どこに出しても恥ずかしくないような老人になったとしても、僕はセックスをしたがっているに違いない。証拠はない。だけどなぜだか確信はある。
であるにも関わらず、僕は我が子はもとより彼女、ないし妻には貞淑でいて欲しいと願う。誤解して欲しくはないのだけれど、僕自身は恋人を選ぶならセックスが大好きな人がいいと思っている。「ただいま」と僕が家に帰ったら、マンコが火を吹いて月にまで飛んでいってしまいそうな勢いでオナニーをしているような彼女だなんて、とってもステキだ。いや、ぶっちゃけそれは勘弁して欲しいけれど、まあ少なくとも寝て起きたら当たり前のように僕のモーニングショットをガンガンにフェラチオをしているような彼女なんて、結構悪くない。
そういう人は実際にいた。性獣、淫豪という名を欲しいままにしているような女性だった。目覚めた時、僕の横に彼女の姿はない。未だ寝ぼけて、感覚もどことなく麻痺している状態だ。僕はぼんやりとした頭で彼女の姿を探す。凄烈な朝の日差しがカーテンから差し込み、僕の頭は徐々に明晰になっていく。この間、約10秒未満。そしてようやく、僕は股間を襲う違和感に気付く。
「な……何してんの?!」
「あ……おふぁよう」
どんな状況にあっても決して挨拶は欠かせない、そんな礼儀正しい彼女なのである。違う!そうじゃない。そんなことを言いたくて僕はブログをやっているんじゃない。
しかしここで彼女が「おふぁよう(≒おはよう)」と語ったという事実は大きい。つまり彼女にとって、起き抜けのフェラチオなんて大したことではないのである。それはまるで、ブレックファーストにシリアルを啜るように自然な行為で。
僕も若かった。今よりも角度が3度は上向いていた頃である。それが何の角度であるかは、どうか聞かないでいただきたい。僕はアニマルになって彼女に襲い掛かると、彼女もまた僕の腰の上でサンバのリズムを刻んだ。それは確実に世界一親には見せられない、見せてはいけない姿である。まあ両親もそんな姿、見たくなんてないだろうけど。
そんな彼女のことを、僕はどんどん好きになった。けれどそのうちに不安になり始めた。好きになるほどに相手に対して独占欲が沸く、それ自体は仕方のないことなのだけれど、【起き抜けのフェラガール】の名を欲しいままにしていた彼女である。彼女のエロスは僕の内心から『こいつ、こんなにエロくてちょっとヤバいんじゃねえのか?』という猜疑心を引き出した。
「もしかして俺の知らないところで、とんでもないフェラチオをしているのでは……」
不安の種は音速で息吹き、芽はすぐさま茎を伸ばして禍々しい花を咲かせた。僕はいつしか、彼女のことを信じられなくなっていたのである。
それはおそらく、心のどこかで『セックス=秘するもの』とマイ・モラルの中で定義していた僕のエゴだったのだろう。自分はいい、けれど女性がエロいのはやっぱダメだ!そんな、根拠も何もない自分ルールが僕の中に咲いた不安の花の養分だ。男であれ女であれ基本的にはいつ、どこでどんなセックスをしても自由なはずだ。結局僕は、自分の中のちっぽけなモラルに我を失い、男女の関係性において最も大切な『信頼』という感情を忘れていただけだったように思う。
ほどなくして僕は彼女と別れた。理由は特にない。反省も後悔もなかったけれど、ただ寂寞とした気持ちだけは残った。僕はその後しばらく酒に荒れ、そのうち徐々に普段の生活に戻っていった。
振り返って思う。きっと弱かった僕は、彼女のエロさを受け止めることができなかったのだろう。セックスと同時に、歌うことや食べることが大好きだった彼女は、いつも全身で『生きる喜び』みたいなものを感じようとしていた。それを『享楽的』とか『快楽主義』と断ずることは簡単だ。安易な快楽は、ともすれば強く批判されがちである。しかし、そのことを『どうしてダメなの?』という部分にまで立ち入ってみれば、案外明確な答は見つけにくい。
快楽を追求することを糾弾することは確かに可能なのだけれど、その際の論拠となるのは快楽を求め続けた人が犯した最大公約数的な失敗談であるとか、それこそ抽象的な『モラル』だとかいったものでしかないのではないだろうか。結果としてシャブをキメキメで誰かをぶっ殺した、なんてことが起きていない以上、安易にその人を批判することは難しい。
『世間では、付き合ってない人とのチョメチョメはお互いに恋人がいなけりゃありなんですか?それをセフレとは言わないのですか?』
奥田英朗の『サウスバウンド』(角川書店)という作品に、こんな一節がある。
>世間なんて小さいの。
>世間は歴史も作らないし、人も救わない。
>正義でもないし、基準でもない。
>世間なんて戦わない人を慰めるだけのものよ。
もし誰彼構わずセックスをする、という行為を評する時に、世間という尺度を持ち込んでしまえば、それは心に厳しい声が飛んでくることと思う。世間を動かすものは様々なルールであり、あるいは上述したモラルである。そしてルールやモラルは、不道徳な性交渉に少々厳しい。かつ、付き合ってない人同士が定期的にセックスをしている、という関係は、やはりどう取り繕っても『セフレ』と称されることだろう。
しかしそれが何だというのだろうか?確かに蔑まれ、嘲られることもあることと思う。けれど、そこさえ理解しておいて、それでもなおフリーなセックスに望むのであれば、話はそこで終わりだ。人の自由な内心を侵すことなんて誰にもできないし、やりたいのならやっちまえばいい!の世界でしかない。結局、腹を括った人間が一番強いのかもしれない。
そして冒頭の質問なのだけれど、いやー、どうですかね。これはもう、ヤッちゃっていいんじゃないですかねー。ていうか僕を含め、色んな人の経験を聞くと、極めて高い確率でセックスをしてから付き合っている状況があるように思われます。付き合ってからセックスする、だなんて都市伝説なんじゃないかと……。
あるいは『付き合う』とかいう概念が、そもそもチンカスのような意味しか持たない昨今にあって、それほど厳格に『付き合ってるかどうか?』なんて考えること自体が、もはや無意味なのかもしれません。だってああいうのって気の持ち様でしょ?
「付き合ってくれ」
「うん!」
と言ったから今日から二人は恋人だね!だなんて、これ冷静に見たら宗教よりヤバいって。互いに好きな気持ちさえあれば、いや、もっと言えば、目の前の人とセックスがしたい!ってお互いが思ってさえいれば、セックスという行為自体は成り立つじゃないですか。あとはもう、それによって誰かを傷つけるのかどうか?って部分だけを考えていればいいのではないでしょうか。
難しい話をすると頭がハゲてくるけれど、少なくとも僕の中の神はこう叫んでいる。
『ゴム着けとけばなんでもいいんだよ』と。
それで狂ったようにセックスしてだな、25歳くらいを過ぎたら彼氏のゴムに北斗百烈拳でも浴びせかけて、妊娠⇒結婚したらマジで勝ち組でロハスって感じ。その際の選択肢を増やすべくたくさんセックスの相手を見つけておいて、然るべき時に好きなのを選べば全然オッケーだと思います。
それでもなお『やっぱきちんと付き合いたい』と思うのであれば、いっそ13人くらい彼氏作ればいいじゃない。彼氏をたくさん作ってはいけない!という法もないわけですからね。人生設計って、きっとそういうことだと思う。
肉欲企画はふしだらな女性を生暖かく応援しています。ただ、僕には近づかないで下さい。絶対に騙されるので。ソースは、俺だ。
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にっくよく!にっくよく!
朝一ファックは、あんま気持ちくないよな
朝一ファックは口臭が気になるから出来ればしたくない。
まあSにも目覚めたけどwww
だってお泊りしたことないんだモン。
ツッパるくせになだめてやっても感度が鈍いこと甚だし
日本は元々モラルあるセックスしてた筈なんだけどなあ。
と童貞(中二病患者)が言ってみる。
強烈ですな。
信頼って難しいんですね
AV童貞は小2で卒業したけどさ。
ソースは、俺でした
突然ですが、うちの高校で女子生徒の制服がスカート→スラックス
になることになりました。
それが世界の選択か・・・
私も朝のガッチガチを貪るのが大好きですが、彼が怒ります。
どうせ朝からオナーヌするくせにどうしたもんでしょうか怒ります。
どうしたらいいですか、肉さん。
そんな私は、女性はやはり貞淑であるものと思います!!!
お付き合いの前にセクロスだなんてとんでもない!
もっと自分の体を大事にして欲し肉たんをフェラしたい
そんな女性にいてほしいような、いてほしくないような。
開き直ったが、
開きオナったに見えてくるから不思議だ。