わずかに紅潮した顔で4杯目のビールを傾けながら、彼はそう呟いた。
アイツ−−昨年の夏の盛りに交通事故で命を失った、同級生のことだ。
遠く東京の地にいた僕は、葬儀に参列していない。
それどころか、彼女がこの世を去ったと言う事実を知ったのも−−随分後になってからだった。
「挨拶に来たって…事故だろう?どういうことなの、それ」
高校時代、彼とアイツは付き合っていた。アイツは相当に奔放な性格で、僕の仲間内の男とはほとんど付き合ったことがある、なんていうかなり無茶苦茶なことをやっていた。
そんなアイツは、突然に死んだ。交通事故による失血死−−らしい。真夜中の、急カーブの道で、アイツは誰にも看取られることなくひっそりと、死んだ。
アイツは病院を退院したばかりだった。アイツは交通事故で入院していた。仲間4人で乗り込んだ車で、高速道路を法定速度を越えて突っ走っていたその時、ガードレールに突っ込んでの事故。運転していた男は死に、残りの3人も重傷を負った。その中にアイツも、いた。
だから、アイツが事故に遭ったのはその時の傷もようやく癒え、退院した直後のことだったのだ。なぜ真夜中にそんな所にいたのか、誰にも分からなかった。アイツは癒えた体を再び傷つけ、誰にも何も語ることなく、僕たちの前からいなくなったのだ。
「うん、いや、挨拶に来たっちゅーか…会うたんよ、夢で」
「夢?」
僕の目の前にいる彼は、粗野で、無骨で、でも優しくて…有り体に言えば九州男児を絵に描いたような人間だ。だから、彼の口から『夢で会った』なんて少しばかりロマンチックな言葉が出てきたことに、僕は驚いた。
「俺その日さあ、酒にぶち酔うたままデタラメに車運転しよったんよ。電信柱に突っ込むわ、工事現場に突っ込むわで、もうワヤしよった。後で車修理にだしたら、即廃車になったっちゃ。でもさあ、俺、何でか知らんけど、無傷やったんよね。すごいやろ?それって。有り得んやろ…」
その話は、友人から聞いていた。しこたま酔った彼は、友人が止めるのも聞かずに運転席に乗り込み、乱暴に車を発進させたらしい。彼の他に同乗者が4人。皆、『絶対に死ぬと思った』と、後になって語った。無傷だったのは、本当に奇跡としか言いようがなかった。
「でまあ、何とか家に帰ったら、もう速攻で寝たんよ。したらさあ…夢ん中で、なーんか、俺の前を誰かが通り過ぎて行くんよね。誰かはよう分からんかったんやけど、とにかく『お前、どこ行くんかあ?』って聞いたら、『じゃあねー』とか言うんよ。そこでパッと目が覚めて、考えたら、ああ、あれはアイツやったんやなあ、って……んで、しばらくしたらマサから電話掛かってきてさあ、『アイツ、死んだらしいよ』って、電話が掛かってきたんよ。マジで…」
ウソだろ−−と、軽く笑い飛ばすには、彼の口調はあまりにも重かった。だからたぶん、マジ、なのだろう。
「まあさあ、アイツも高校辞めたりネズミ講やったり散々好き勝手やっとったけど、最後に挨拶に来るとか、変なとこで義理固てえとこがあらあね」
言いながら、彼はテーブルに突っ伏して、泣いた−−そんなのは、きっとドラマの中にしかないのだろう。僕の目の前の彼は、へへ、と軽く鼻で笑うだけだった。だから、これは現実なんだろう。アイツは死んで、その前にちゃんと挨拶をして、もう絶対に帰って来なくて−−そういうのを全部ひっくるめての、現実。
「…まあ、とりあえず乾杯しようぜ」
「おう、アイツへの餞やなあ」
「…そんなんじゃないけど」
まあ、どっちでもええわ、と彼は笑いながら呟いて、少しだけ面倒くさそうにグラスを持ち上げた。
「じゃあ、乾杯ってことで」
「お前、ええ加減東京弁やめれえや」
言われて、気付いた。
「ああ、そうやな。乾杯しようや」
言うと、どこか遠かったアイツの『死』なんて現実が、近くに寄って来た−−気がした。
「乾杯」
僕らは、残っていたビールを一息に飲み干した。
−−−−−−−−−−−
これはGWにあった本当のお話です。たまには真面目くさった日記でも書いてやろうかと思ったら、マジ何か途方もないくらい臭い仕上がりになってしまい、アップするのを迷ったんですが、まあ、折角書いたことですし、適当にアップしておきます。飲酒運転は、絶対にしないで下さいね。
「あ」さんが言うように、この話にレスがついてないなんて、どういうことなんでしょう。
書かれたのは既に一年以上前ですが、過去の記事にリアクションしたっていいじゃないかと。
コメントとはいえ、私事長文失礼致しました。肉欲企画、支持応援しています。これからも頑張って下さい。