【話は少し遡る】
「……そういうわけだから、僕とタカベさんが入れ替わってエイレーネー帝のところに行ってくる。静ちゃんはトリユで待っておいて欲しい」
公民館に突然どこでもドアが現れた時は、思わず絶句した。しかもその向こうから出てきたのはよく見た面々で――更にドラえもんまでいたのだから、静の驚きは大きかった。
「終わったら必ず戻ってくる!」
タカベがパルスタの皇帝を説得するという。しかし戦争の規模が益々大きくなっている現状において、果たして説得が功を奏するのであろうか。静は胸に沸きあがる不安を抑えきれない。
「……もう、いいじゃない!皆頑張ったじゃない!タカベさんも、ロイもみんな、地球で暮らせばいいのよ!戦争なんて、したい人にさせておけばいいじゃないの!」
思わず、気持ちを言葉にしてぶつけてしまった。言ってから静はハッと口をふさぎ、忸怩たる気持ちを抱く。のび太、スネオ、ジャイアン、ドラえもんそしてタカベ。彼らのボロボロになった姿を見るにつけ、綺麗な服をまとって綺麗な言葉を吐く自分は何と卑怯な人間なのだろう、と思った。分かったふりをして身勝手な言葉をぶつけてしまった。
けれどタカベは、怒るでもなくにっこり笑って口を開く。
「ありがとう。でもね、静くん。戦争をしたい人なんて、どこにもいないんだよ。だから僕は行かなくちゃならないんだ」
それだけ言ってタカベはどこでもドアの扉をくぐり、その後に4人が続いた。静はそれ以上はもう何も言わず、ただただ黙ってその背中を見送る。
「……行かなくちゃ!」
気持ちよりも先に体が動き出した。どこでもドアが消えた瞬間、静は公民館を外に駆け出す。静の胸に早朝の鮮烈な空気が流れ込んだ。一つだけ深呼吸をすると、静は空を見据えてロイの下へと飛び立った。
・・・
「ロイ!」
体当たりをするように会議室のドアを開けると、そこにはロイとミヤイが神妙な顔をして座っているのが見えた。静はそのままツカツカとロイの下に歩み寄ると、力任せに机を叩いて詰め寄る。
「あなたは!戦争がしたいの!?それともしたくないの!?どっちなのよ!」
「おい娘!国王に向かって何て口の聞き方を」
「あなたは少し黙ってて!私はロイと喋っているの!」
荒々しく叫ばれるその言葉に孕まれた語気は、およそ小学生のものとは思えなかった。ミヤイはすっかり気圧されて黙り込む。静は無言でロイの顔を見つめた。
「……んないよ」
「え?」
「僕だって、どうしたらいいのか分かんないよ!こんなの、トリユがこんな風になってどうしたらいいかなんて、誰にもわかんないじゃないか!」
「何言ってるのよ……あなた、国王なんでしょう?」
「そんなもの、そんなもの別になりたくてなったわけじゃないよ!父さんが死んで、いつの間にか国王にさせられて……そうだよ、父さんが死ななければこんなことに……タカベだって死ななくてよかったんだ……」
パーン。静まり返った会議場に乾いた音が響いた。静がぜいぜいと息を荒げてロイを見下ろす。その頬が真っ赤に染まっていた。
「そうやって人のせいにしてたら!戦争が終わるの!?終わると思ってるの!?」
「いい加減にしろ!」
突然ミヤイが静に掴みかかる。ものすごい力で押し込められた静は、一息に会議室の壁の端まで追いやられた。
「黙ってパルスタに従っていれば戦争は終わるんだ!タカベが抵抗するから!あいつが全部悪い!」
「あなたたち大人がそうやって……何もかもから逃げようとするから……」
静は苦しそうな声を上げながらポケットの中を探る。ミヤイはなおも力を緩めない。
「こうなったんでしょ!」
怒声を上げて静かは右手を振り上げた。手の中にはタケコプター、素早くミヤイの頭に付けると叩きつけるようにスイッチをオンにした。
「わ、わわ!」
ふっ、と静の体に掛けられていた力が解かれる。それと同時にごん、と鈍い音が天井から響いた。次の瞬間、静の目の前には気絶したミヤイが突っ伏していた。
「あなたは!」
静は再びロイの下に詰め寄る。肩の辺りがズキズキと痛んだけれど、奥歯を食いしばって無理やり痛みを忘れた。
「戦場にも行ってない!たぶん図書館の負傷兵の姿も見ていないわ!どうしてあなたは目を逸らすの!ここは、あなたが守りたい国じゃないの!?」
「もうたくさんだよ!放っておいてくれよ!どうして皆、そうやって僕に、トリユに構うんだよ!放っておいてくれよ!パルスタがトリユのことを欲しがってるんならいつでもあげるから、僕のことは放っておいてよ!僕らはただ、自由に暮らしたかっただけじゃないか!パルスタには合わなかった、だからパルスタから出てきた。それなのになんで今更パルスタがあれこれ言ってくるんだ!」
「パルスタにトリユをあげるって……あなた、自分の言っていること分かってるの?!その後あなたはどうするのよ!」
「またどこかに行くさ!そこで自由に暮らしてやるさ!」
「バカ!」
パーン。強い力で静がロイの頬を張り、会議室に再び乾いた音が鳴り響く。静まり返った会議室に嗚咽の声が漏れた。
「バカよ……あなた、バカよ……」
涙を流しているのはしかし、頬を張った静の方であった。
「ロイ、ねえロイ……あたしは確かに無関係かもしれないけど、でもお願い、これだけは言わせて……」
静は嗚咽を堪えながら、瞳をぐっと拭うと再びロイの目を見つめた。
「逃げても、逃げても、どれだけ逃げても。
逃げ出した先に、楽園なんてあるわけないじゃない……」
静の言葉に、ロイが大声で泣いた。
・・・
【パルスタ軍本部前】
「凄まじいな……」
リツブの森の入り口に立ったタカベは、パルスタ軍要塞を見つめながら呟いた。夥しい数の死体、その8割はパルスタ兵で、残りの2割はトリユの兵だった。本部の外でこれなのだから、一体要塞の中にはどれだけの数の死体が転がっているのだろうか。
「ひどい……こんな……」
「タカベ……これ……」
凄惨な戦場の現実に、両国の頭首が言葉を失う。ロイはそのままタカベの腕を掴むと、激しくえづいた。タカベはロイの腕を撫でつけながら、その傍にいたエイレーネーの方に目線を遣る。彼女は顔色こそ真っ青になっていたが、決して目を逸らそうとせずに戦場の現場を見つめていた。この幼い帝は、周りが思っているよりもずっと強いのかもしれない。
「……ロイ、これがあなたが守ろうとしたもののために払われる、犠牲なのよ」
諭すような口調で静がロイに語りかけた。ロイはなおも激しい嗚咽を漏らしていたが、静が優しく背中を撫でるうち次第に収まっていく。
「自由を得るためには、責任を取らなきゃいけないんだ……」
ロイにハンカチを手渡しながら、ゆっくりとのび太が呟いた。彼の脳裏には、ウガクスのテントで話した捕虜の言葉が今も残っている。のび太の顔色も優れたものではなかったが、それでもエイレーネー同様瞳を逸らさずに戦場と、そして要塞前に散っていった兵士の最期を見つめた。
「のび太くん、あんまり見ない方が……」
「いいんだ、ドラえもん。僕はこれを見るべきで、これを覚えておく義務があるんだ。僕がこの星に来たのは、学校を変えるためだった。もちろん今だって、学校の始まる時間が遅くなればいいと思ってるさ。けどね、今あることを、『セイド』って奴を変えようと思ったら、それがどれだけ大変なのか……」
そこでのび太は一つ息を付く。
「……僕はバカだから、ちゃんと覚えておかないといけないと思うんだ」
言い終わったのび太の横に、スネオとジャイアンが並び立つ。3人は誰ともなしに手を繋ぎ、視線を真っ直ぐとパルスタの方に定めた。
「エイレーネー帝」
のび太から受け取ったハンカチで口を拭くと、ロイがしっかりとした口調でエイレーネーに語りかける。エイレーネーは短く「はい」と答えると、眼差し強くロイの顔を見た。
「僕は戦争を放棄します。戦いは、我々の敗北で構いません。トリユ国民の処遇はパルスタに一任致します。一つだけ、もし我がままを言わせてもらえるのならば……どうか国民の命だけは助けてあげて下さい。私はどうなっても構いませんから、どうかこの通りです……」
ロイはエイレーネーに対して深く頭を下げた。エイレーネーは下げられたロイの頭をじっと見つめる。ロイも、そのままの姿勢を崩さなかった。数十メートル先、城壁の向こうでは相変わらず銃声が止まない。
「……トリユの地は、木と、水と、土が豊富だそうですね」
突然のエイレーネーの言葉に、少しばかり戸惑いの表情を浮かべながらロイは頭を上げる。エイレーネーは穏やかな笑みを浮かべながらロイに語り続けた。
「パルスタにあるのは石と鉄と、それに火ばかりです。私はずっとそういうものだと思って過ごしてきましたが……一度見てみたいものですね。トリユの世界が、どういうものなのかを」
ロイは一瞬言葉を考えあぐねるような様子を見せたが、すぐに明るい顔になって「は、はい!」と大きな声で首をぶんぶんと縦に振った。
――その言葉がどれだけ真剣なものなのか、それは2人にしか分からない。人は、歴史はそう簡単に変わるものではなく、いくら美辞麗句を連ねても変え難い現実というのは絶対的に存在するものだ。
それでも今、この瞬間に限っては。パルスタ国皇帝エイレーネー、そしてトリユ国国王ロイは、確かに心を通わせたのである。
一生というのは瞬間の積み重ねだ。もしかしたらこの時点の出来事は、2人がこれから手にする膨大な量の『瞬間』の積み重ねの中に埋没していくのかもしれない。
けれど、譬え”それ”がどこかに埋もれていったとしても――起こった事実は消えない、決して。
もちろん”それ”は限りなく奥深くに堆積していってしまうのかもしれない。大切な瞬間を手にしたことのある人でも、結局残りの人生の中でそれを拾い上げて見つめ直すことなく死んでいく……それは往々にしてよくあることだ。それはきっと、人が何度となく同じ過ちを繰り返すことの理由なのだ。
けれども”それ”は、人が生きている限り確かにどこかに残存する。”それ”はいつか、ふとした時に光り輝いて己の内を照らすべく体の、心の奥深くで残り続ける。
だから。
瞬間を瞬間として蔑まず、慈しみ、何度もその時の気持ちを、そして心を見つめなおせることができれば。決して彼らはつまづいたりはしないだろう。
そうすればきっと――
・・・
「行きましょう。要塞の中へ」
「はい」
エイレーネーとロイは互いに頷くと、軍本部入り口に向かって一歩足を踏み出した。戦争を終わらせるために。これ以上ヒストリア人の血を、散らさないように。
「待って!そのまま歩いていったら危険だよ!」
その背後からドラえもんが待ったを掛ける。要塞の中は未だ銃声が止んでおらず、かなりの混戦状態である。このまま歩いていけば二人が銃弾に当たってしまいかねない。
「これを使おう。手作り雲セット!みんな手伝って!」
ドラえもんがポケットから道具を取り出すと、5人は手早くテキパキと雲を作り上げた。
「さ、2人ともこの上に乗って」
おそるおそる、といった様子で雲の上に乗るロイとエイレーネー。そこにドラえもんがマイクを渡す。
「これで空の上から叫んであげな。『戦争は止めなさい』って」
ドラえもんからマイクを受け取ると、エイレーネーはニッコリと笑ってお辞儀をした。
「分かった、ありがとう狸さん」
「ぼ、僕は猫です!」
「そんなの、今はどうでもいいじゃないの!早く2人を要塞の中に!」
不満げな表情を浮かべていたドラえもんだったが、のび太にせっつかれるままに雲コントローラーを操ると、二人を要塞の中まで導いた。
「ちょっと派手すぎない?あれ」
「あのくらいの演出があった方がハッタリが利いていいの!それよりのび太くん、これからどうするの?」
「道案内は、もう終わったよ」
のび太はすっきりとした口調で、しかしどこか寂しそうな口調で呟いた。
「これから、ヒストリアはどうなるのかな」
「分からない。歴史はそう簡単には変わらないからね。一時の感情だけで国の政治が変わるほど世の中は単純じゃないさ。お金、地位、名誉、見栄や誇り……様々なものが複雑に絡み合って、その上に国や社会があるんだ」
スネオの問いかけに、ドラえもんが難しい言葉を並べる。のび太は全ての言葉を理解することはできなかったが、この星の人たちがそう簡単に変わることはない、というドラえもんの意見はよく理解していた。
「でも……」
少し間を置いてから、再びドラえもんが口を開く。
「どんなことがあっても、たとえ社会が粉々に壊れちゃっても。最後に残るのは、やっぱり人間なんだ。たとえゆっくりでも、少しずつでも……一人一人が変わっていくことができたら」
「すぐに、一遍に変わることを望むんじゃなくて、一人一人でも、ゆっくりでも……」
「うん、大事なのはその『気持ち』さ。それさえ忘れなければ、何度だってやり直せるんだから」
「ドラえもんって、たまにすげえ人間臭いこと言うよなー!」
ジャイアンがドラえもんの言葉を混ぜっ返す。ドラえもんが負けじと「僕は22世紀のハイテクロボットだもの」と返すと、5人はドッと笑った。
「とにかく、どうなるかは分からないけど……前より少しは前進できたみたいで良かったよ。ねえ、タカベさ……」
不意にのび太の声が消える。振り返った先、視線の向こう。
タカベの姿はどこにもなかった。
「タカベさん?!」
そしてのび太の目に映る。どこでもドアの扉が、僅かに開いているのが――。
【最終話へ】
肉欲さんのネタもハイクオリティですが、小説も素晴らしいです
肉さんクオリティ高すぎだよ
はじめは大長編シリーズな展開だったけど
肉欲テイストがマジって、すごいシリアスな文章になってますね
パパの煙草(チェリー)とか、いちいち挟む小ネタもドラ愛感じますね
最終回wktkして待ってます
義務教育の一環として
死んだ魚の目になっちまった日本国民全員で
見なければいけない気がする マジで
本当に面白い小説を読み終わったとき、空虚になるような感じがするけど、
今まさにそんな感じだ。