不意に廊下から聞こえ始めた銃撃音にエイレーネー帝はビクリと肩を震わせる。目の前の少年、ロイ・ベーツと名乗った彼は落ち着いた様子でエイレーネーの下に歩み寄った。
「突然の来訪をご容赦下さい、エイレーネー帝。今日は大事なお話があってここにやって参りました」
丁寧な口調でロイは喋る。その目に敵意のないことを読み取ると、エイレーネーは少しだけ体の力を抜いた。
「……パルスタの軍は、負けたのですか?」
トリユの人間が、あの堅牢な軍本部を破らずしてこの部屋にまでやって来れるはずがなかった。だから国王のロイがこの部屋にいるということは、それは即ち我が国の敗北を意味しているのではないか?エイレーネーは瞬間的にそのようなことを考える。
「いいえ、違います。遠い遠い星から来た友人が、無力な私をここまで導いてくれたのです。さあエイレーネー帝、時間はあまりありません。私とお話する時間を頂けますか?」
なぜだろう。歳の頃は同じはずなのに、目の前に立っているロイ・ベーツはその体よりも一回りも二回りも大きく見えた。しかし彼女も一国の皇帝である、すくみ上りそうになる己の心を胆力でねじ伏せると「どうぞ」とロイに椅子を薦めた。
・・・
「ガトリング、来ました!」
「よし、前線下がれ!ガトリング、前へ!」
ドラえもんの目にとんでもなくでかい重火器の姿が飛び込む。スネオが引きつった表情で「あんなの、反則だろ!」と叫んだ。
「スネオくん、腰を落として!」「放てぇぇぇぇぇ!!」
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ
銃軸の周辺に配置された六本の銃身が獰猛な勢いで回転する。それと同時に吹き出される、光の礫・毎秒数十発。懸命にヒラリマントをはためかせるが、徐々にその周辺が削り取られていった。
「もっと弾もって来い弾ぁぁ!!」
中尉が唾を飛ばしながら兵士に指示する。必死になってガトリングの弾を受けているスネオとドラえもんの顔が、みるみる蒼白になるのを見て中尉はニンマリと笑った。これで終わりだ――
「このままじゃあもたないよ!」
「ママー!!」
「畜生、ここまでなのかよ!」
3人がもはや諦めかけたその刹那。ドラえもんの背後からゴツゴツと節くれだった手が伸びてきて、彼のポケットを素早く探った。
「消えろぉぉぉ!!!」
絶叫とともに光のシャワーがガトリング砲を包んだ。その瞬間ガトリングは、みるみる内に姿を小さくしていく。
「スモールライトか!」
ドラえもんが小さくガッツポーズをした。中尉、ならびに周辺の兵士が呆然とした様子でその様を眺めている。なぜガトリングが小さくなるのだ?もはやその状況は、彼らの理解を遥かに超えていた。
「今だ!ジャイアンこれを!」
この機を逃さんとばかりにドラえもんがポケットに手を突っ込むと、ジャイアンに道具を手渡した。ジャイアンはまかせろ、と叫ぶと一気にそれを喉に流し込む。
「ええいもういい!突っ込めぇぇ!」「叫んでぇぇ!」
ウオオオオオオ!!!
ジャイアンの咆哮が城内に轟く。その轟音は声となり形となって、パルスタの兵に襲い掛かった。
「なんだこれは!何かが飛んで っ・・・!!」
もの凄い勢いで飛んできた声の塊に軒並み押し倒されるパルスタ兵。これでしばらくは後続する兵も来ないことだろう。コエカタマリン。道具の使い方に関しては、ドラえもんに一日の長がある。
「油断するな!蹴散らそうぜ!」
ジャイアンが叫んだ瞬間、まだ少し残っていたコエカマリンのお陰で声の塊が飛び出した。
「熱っつーー!!」
巨大な『ぜ』の塊がスネオの頭をあわやの距離でかすめていく。
「ガハハ、悪い悪い!でもお前、背が低くてよかったな!」
「放っておいてよ!」
廊下に束の間の安堵が訪れた。
・・・
「エイレーネー帝。戦争は、もう終わりにしましょう」
ロイは唐突に喋り始めた。おそらくそのようなことを話しに来たであろうことはエイレーネーも予想していたことだ。そうでなければ、わざわざ寝室まで来ることもなく一思いに殺してしまえばいいのだから。
「なぜです?未だ戦闘は終わってないのでしょう」
「あなたはどうして戦争を行なっているのですか?」
質問を質問で返されてエイレーネーは少々気色ばんだ。それにしても、と彼女は考える。自分を人質として確保してしまえば、いやもっと言えば……こんな話し合いなどせずに無理やり従わせてしまえば、戦争を止めるという目的は簡単に達成されるのではないだろうか。ロイの雰囲気はしかし、およそそのような暴力的な解決を採ろうとするものではなかった。
「たくさんの兵が死にました」
ロイは椅子から立ち上がり、窓の外に目を遣る。うっすらと目を細めて朝日を眺めているようだった。
「……それは我が国とて同じことです。我が軍の兵士は今回の戦いで多くの犠牲が」
「バルグ、ケント、ヨーデハイム、イガ……まだまだ沢山います」
「何のことです?」
「今回の戦争で死んだ兵士たちのことですよ。いえ、私の国には『兵士』なんて存在はいません。それは二次的な呼び名です。彼らにはそれぞれの名前があって、それぞれの……人生があった。そして多分、心の奥底に『ユメ』も」
「ユメ?」
初めて聞く言葉に首をかしげるエイレーネー。けれどその様子を気にかけることなくロイは喋り続ける。
「月並みな言い方になりますが――私たちの眼球は、胴体の上に位置します。決して高くはありません。高くはありませんが――私たちは、時に分からなくなってしまうんですよね」
「話が見えません」
「ずっと、毎日。その位置からだけ見ていると、地面を這っている蟻の姿がいつしか見えなくなる。分からなくなることが、あるんです」
「国民が蟻で、私は傲慢な為政者……とでも言いたいのですか?」
弁舌に語るロイの言葉に、負けじとエイレーネーが語気を強めて受け答えた。それでもロイには少しも参った様子はなく、それどころか子供を諭すような調子で微笑んでいる。
「いいえ、そうではありません。ただ、気付かなくなる時がありますよね、という話です。答のある類の話じゃない。けどね――」
そこで言葉を区切ると、ロイは背中に朝日を受けながらエイレーネーに向き直る。逆光になったので、途端に彼の表情が見えなくなった。
「足元に蟻がいるのを知ってて、そのまま踏み潰す行為。それは殺生というものですよ」
「何をそんな、私はパルスタ国民を踏み潰してなど……!」
怒気を孕んだ声でエイレーネーが呟く。この男は一体何を話しにきたのだろうか。敵国の王からの説教など、まっぴらだった。
「違いますよ」
「え?」
けれど相変わらずロイは飄々とした様子を崩さない。言下に自分の言葉を否定されたエイレーネーは、未だ彼の真意を汲み取れずにいた。
「トリユの国民のことです」
その瞬間、部屋の外から一際激しい銃砲音が鳴り響いた。寝室全体が少なからず鳴動する。
「な、何?!」
「ガトリングか……!」
ロイが険しい顔で部屋のドアを睨み付ける。あまりのことに狼狽したエイレーネーは反射的に寝室のドアノブを握った。
「動くな!」
地を這うような低い恫喝。エイレーネーの全身の筋肉が硬直した。
「出たら、死ぬぞ」
口調が変わった。これがあの『自由国家』トリユの国王なのだろうか。想像していた姿とは、随分乖離があった。
「……なぜそこでトリユ国民の話が出てくるのです」
ドアノブから手を離しながらエイレーネーは呟いた。
「トリユ国民の命も、それは等しく尊いでしょう。しかしそれを守るのはロイ国王、あなたの仕事なのではないですか?」
「いいえ、それはあなたの仕事です」
ロイはキッパリと言い切った。その断定的な口調にエイレーネーは思わず鼻白む。
「勝手なことを……」
「少なくともレオーン帝はそうなさっていましたよ」
動揺した。どうしてここで父の名前が出てくるのか。
「レオーン帝は偉大な方でした。確かに彼はパルスタ立国当初に階級制度を敷いた。未だにそれに関しては否定的な声が多いことを私は知っています。
けれどもそれは、ヒストリア人の好戦的な気質、そして排他的な性質を熟知していたからこそのことです。身分を以て区別する、人と人は違って当たり前……そんな意識を植え付けるために。
更に帝は徹底した教育制度を設けた。それに関しても反発はありましたけれどね。しかしながら、それまでおよそ教育に触れたことのなかったヒストリア人です。少しでも早く国を大きくし、人々の生活を充実させる。そのためには多少性急でも、強引と詰られようとも、『新しい時代が来た』ということを叩き込まなければならなかったのです。戦争も終わったばかりで世情が動揺していたことも、政策を後押ししました。
――とにかく、帝の政策には賛否両論があることは認めます。けどね、帝の素晴らしいのは、国民を一切差別をしなかったところです」
「何を……現にパルスタには階級が……」
「帝は国民を、等しく『ヒストリア人』として見ておりました。だからこそ教育の機会は平等に与えたし、かつクレキガの民を特別優遇することもなかった。
『いつかは、ヒストリア人の気質が少しずつ変わって争う性格も穏やかになれば――』
その時には階級制度を撤廃する、帝はその旨のことをしきりに仰っておりました」
「どうしてあなたが……そんなこと……」
そこでエイレーネーはふと彼の言葉の中にある違和感に気付く。
『仰っておりました』
なぜこの年端もいかない少年が、私が産まれた時と前後して死んでいった父と関わりあったような風に喋っているのだろうか。
「あなた……誰!」
「……申し訳ありません。私は一つだけウソを申しました。改めて名を名乗ります」
少年はそこで一息付くと、真っ直ぐと正面を向いて口を開いた。
「私の名はマサキ……マサキ・タカベと申します」
【続く】
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