【リツブ攻防戦】
「固まるな!散開しろぉぉ!」
叫んでタカベはパンツァファウストを撃ち込む。狙いも付けずに放った砲弾は、木々の間を掻い潜りパルスタの群兵の中に炸裂した。その凄まじい爆風と破片はパルスタ兵の身体を引き裂き、その後に襲う数千度の高熱の火球が、その引き裂かれた肉と骨を焼き尽くす。一瞬の苦痛さえも与えない劫火。即座に森を不自然な灯りが包んだ。
「伏せろ!狙われるな!明かりのあるうちに撃て!撃ちまくれぇぇ!」
激しい銃撃の音にタカベの声は半ば掻き消される。
強襲だった。素早い進軍と、獰猛なまでの火力。パルスタ陣営にケンジュが破られたことが未だ伝令されていなかったのが功を奏した。体勢も整わないままに襲われたパルスタの兵に、なす術はなかった。
「中心を制圧しろ!敵をかく乱しろ!直線に動くな!常に狙いを逸らせ!」
タカベは激しく動きながらも適切な指示を飛ばす。トリユにすれば円の中心にある本部を狙えばいいのだから進軍は容易だ。けれど、パルスタにとってみれば。環状に攻め込まれたとあっては、果たして円のどの部分を狙えば良いのか?パルスタ軍は混乱に陥っていた。
「後方支援しろよクソが!」
「馬鹿野郎!味方が吹き飛ぶぞ!」
パルスタ兵の間に怒号が飛び交う。パルスタは軍を波状に展開しているため、後方からパンツァファウストを撃ちこむことも叶わないのだ。もちろん最前線の兵士の幾人かは火力の強い兵器を持っているのであるが、彼らは最前線に出た瞬間タカベの手により正確に葬り去られるのである。
「すまんな、代わりに俺が使ってやろう」
パンツァファウストを抱えたまま朽ちた兵の手を蹴り上げると、タカベは再び砲弾をパルスタ兵群に向けて構えた。
轟音。
禍々しい光が森に明滅する。
(パルスタにさえたどり着ければ――)
タカベは頭の中でシミュレートする。おそらくパルスタ軍は現在全兵力を前線に傾けているだろう。逆に言えば城内に兵はほとんどいない、いたとしてもそいつは木偶だ。使えないから前線に送られなかった兵士、タカベはそれらを兵力とは考えない。
(ここを突破できればパルスタは制圧できる)
タカベはパンツァファウストを森に投げ捨て、闇に溶け込み西へ走った。
・・・
軍本部周辺は、タカベの強襲により蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。
慢心がなかった、といえばそれはウソになる。数にして遥かに劣るトリユが、まさか本部に特攻してくることはなかろう――
『まさか』
全ての敗戦は、ここから始まるのだ。
「引け!兵を引けぇぇ!」
苛立つ頭でパルスタ軍大佐・ギノ=レケマスは叫ぶ。相手がタカベと聞いた時点で油断は握りつぶしたはずだった。しかしそれでも斥候からトリユ軍勢の概要を聞いた後、どこか『ゆるみ』が生じなかったかと言えば――
「前線にはもう兵を送るな!本部を固めろぉぉ!」
ギノは己の甘さを呪った。
そして、タカベ。
その血に眠る最強の遺伝子を畏怖した。
「パルスタを突破するには本部を越えねばならん!敵の策にはまるな!散開すればトリユの思う壷だぞ!」
ギノのその指示は決して間違っていない。けれどその声は遅すぎた、そして遠すぎた。ケンジュの草原で散った兵士が全体の3割、そして今――更にその3割がリツブの地に朽ちた。ケンジュでの手痛い敗戦、リツブの森から360度全方向より明滅するマズルファイヤーに、パルスタの兵力は4割にまで削ぎ落ちる。
・・・
「動かなければ死ななかったのにな」
中心に向かって収斂していくパルスタ兵の様を見ながら、タカベは喉の奥で笑った。そう、最初から兵を中心にだけ集めていればトリユの策は軌道にも乗らなかったのだ。
全ては油断と、混乱から起こった結果である。
往々にして敵は身内に潜む――そんな言葉のよく似合う戦場だった。
そしてこの展開もタカベの想像の範疇にある。撹乱して兵を蹴散らせば、自ずと兵は内に戻る――。攻撃が意味を持たない以上、防御に兵を回すのはある意味必然だ。
『兵が引いたら、一度リツブの入り口に戻れ』
それは事前にタカベが指示していたことである。パルスタの兵を蹴散らすことはそもそも本懐ではない。中央突破――その成否こそが勝敗を分けるメルクマールなのだ。
(ここからが、戦争だ)
頭の中で呟きながら、続々とリツブ入り口に集結する兵を眺めた。
「いいか。先ほども話したと思うがここからはもう小細工なしだ。敵も完全に目が覚めただろうよ。総力戦だ。一つだけ付け入る隙があるとすれば、奴らのオツムには俺たちが円状に攻めてきたことが宿便のようにこびりついている。そこを逆手に取るんだ。『やつらは俺たちがどこから突っ込んでくるか分からない』。いいか、奴らは今本部に固まってる。それは球体のようなもんだ。でもな、球体を潰す時には律儀に周りから圧殺する必要はない。
針だ。俺たちは針になって奴らを潰す。
一点突破だ。腹を括れ。戦力差は甚大だ。死ぬかもしれん。
でもな、仮に銃弾に倒れても、俺たちは笑って、負けてやらんのだ!」
咆哮は上げない。けれど兵の目にみるみる内に力が篭る。常に率先して前線を駆け抜けたタカベの一言一言は、誰のどんな言葉よりも説得的で扇情的で、トリユの兵を鼓舞した。
無言でタカベに敬礼するトリユ兵。そのシルエットだけがリツブの森に浮かび上がる。
「……行くぞ!」
低い声でタカベが唸った。
・・・
「誰だよ、トリユの軍なんて楽勝だって言ってたヤツは……」
パルスタの一兵が銃を構えながら呪詛を漏らす。突然の強襲、そしてあらゆる方向から降り注ぐ銃弾。気付いた時には本部に逃げ戻っていた。本来なら敵前逃亡で処罰されるところであるが、大佐が「本部帰還」の指示を出していたことが幸いした。
「来るなよなあ、来てくれるなよな……」
軍にいれば職にあぶれることもない、志願の動機はそんな安易なものだった。統一国家、そこにおいて戦争に駆り出されることなど永劫ないと信じていた。
宣戦布告にしても形だけのものだとタカを括っていた。
トリユだろ?どうやって負けるんだよ。
軍内で聞こえる声はいつも同じで、だから今直面する光景は未だに受け入れ難い。
「どっから来るんだよ……」
本部を取り囲むように展開した大量のパルスタ兵、数は……把握していない。
「いくらなんでもここを突破するのは無理だろ……どのみち右翼には門がないし……」
ギノ大佐の指示で、兵の大半は門前に集められている。来ない、俺の所にはきっと来ない。頭の中で呟いていた。
目の前に、タカベのシルエットが現れるその時までは。
「え……トリユ……トリユだ!右翼にトリユが来たぞぉぉぉ!!」
叫びながら一兵は銃を構える。けれどそのトリガーは永遠に引かれることはない。
痛みもない。熱さもない。
仮に死への苦痛が存在するとしても、死ぬ『その』時は常に刹那だ。
パルスタの一兵、名をノムと言った。
パンツァファウストの劫尽火に焼かれ、命を散らす。
・・・
タカベは一人右舷に回った。ゆっくりと足音を立てずに本部に近づく。
しばらくすると右翼を固める兵の姿が見えた。松明の火を受け、数十名の兵が銃を構えて森を睨んでいるのが分かる。
タカベはギリギリまで近づくと、『その時』を待った。
数分もしないうちに狙い通りにことが運ぶ。一人の兵がタカベの姿を捉えると、ギクリとした顔になった。
「トリユが来たぞぉぉぉぉ!!」
ありがとう。俺がその叫びをどれだけ渇望したことか。
タカベはリツブで拾ったパンツァファウストを持ち上げると、即座に砲弾を射出した。
「撃て!撃て!撃ち殺せぇぇ!」
兵が続々と本部の東側に集まる。
まさかの方向からの砲撃に、パルスタ兵は三度目の混迷に陥った。
一点突破はギノ大佐も予測していた。けれどそれはあくまで『正面から』に限ってのものである。誰が右翼からトリユが突っ込んで来ると予想できようか。正面に固まったパルスタ兵は爆音を聞きつけると、弾かれたように右翼に回った。
パルスタの兵の放つ銃弾が光の矢となってタカベのいた位置に降り注ぐ。いくら『あの』タカベといえども、この火力にあっては生きてはいられないだろう。誰もがそう思った。いや、タカベだけじゃない。トリユのやつらはこれで全滅だ。
パルスタの兵は小銃を掃射しながらそう思っていた。
けれどタカベの思惑は、更にその上を行った。
「正面!正面!正面からトリユ兵ぃぃ!!」
「何ぃぃ?!!」
「っんざけんなぁ!!」
パルスタ兵の鼓膜を怒号と銃撃音が激しく掻き鳴らす。正面から?じゃあ右翼は一体どういうことだ?この軍勢に単騎でタカベが突っ込んだのか?まさか!?
敗戦は『まさか』から始まる。
タカベはこの鉄則を徹底的に遵守した。
「突破しろぉぉぉ!!」
タカベに変わって指揮を執るクロダが叫んだ。
球体を貫く鋭い針。トリユ兵は今、何よりも先鋭な刃となってパルスタ軍本部へと突撃した。
・・・
では激しく掃射されたタカベはどうなったのであろうか。特攻?否、そうではない。常識的に考えれば、どれだけ左右に散ろうともあの射撃からは逃れる術があろうはずもない。
けれどタカベは知っていた、戦に勝つ術は、常識を超えることだと。
それは父の教えから、あるいは本能から。
「撃ちすぎだろ……幾らなんでも!」
呪詛を吐きながらタカベはパルスタ軍本部東から撤退する。背中に、リツブで拾った体躯の大きいパルスタ兵の遺体を抱えながら。パルスタから放たれた鉄の礫はまとめてその死体にめり込んでいた。
「 だ ・・ るぞ ・!」
喧騒は司令室の中にまで響き渡る。ギノは苛立ちながら外からの伝令を待った。まさかこの堅牢なパルスタ軍本部が突破されることはあるまい、そんなことを考えながら。
「大佐!トリユが右翼を強襲!その間隙を縫って手薄になった正面が破られました!」
叫ぶようにしながら司令室に飛び込んできたのは一人の兵士。その顔が青ざめている。正面が突破された?馬鹿な!門扉にどれだけの兵を固めたと思っているのだ!ギノはぎりぎりと奥歯を噛み締めながら力を限りに机を叩きつけた。
「カノン砲を放て!蹴散らせ!」
「不可能です大佐!自軍の兵まで消し飛びます!城壁も無事ではいられません!」
ギノはその馬鹿げた抗戦方法しか思いつかない自分を呪う。
平和にかまけて能力を後逸させたパルスタの兵を呪う。
猛然と攻め込んで来るトリユ兵を呪う。
そして――親子二代に渡り己の無能さを痛感させてくれる、タカベの血を呪った。
「これが貴様の、貴様らの復讐か!」
叫びと共に、足元の椅子を蹴り上げられた。
「大佐!草から報告が来ました!!タカベは今単独で行動しています!もう間もなくトリユの兵が、タカベを捕捉します!!」
パルスタの遥か上空、雲を抜け大気を貫き宇宙の外の遥か外、そこに浮かんだ運命の歯車。それが今この瞬間、決して誰の耳にも聞こえない音を立てて噛み合いだす。
これより後、数分のこと。
全てを決する破滅のトロッコが、パルスタとトリユの行く末を乗せて猛然と動き始めた。
【続く】
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