森の中のキャンプに戻ると、残った兵士とスネオたちがブルドーザーのような勢いで食事を掻きこんでいた。
「おおのび太!遅かったな!お前も食え食え!」
机の上を見るとグルメテーブルかけが広げられている。続々と現れる兵士たちが、グルメテーブルかけの前に立って次々に注文した。
「カツ丼!」
「カツ丼!」
「カツ丼!」
言葉と共にもの凄い数のカツ丼が机の上に現れる。その異様な光景に思わずのび太は目を丸くした。
「か、カツ丼、大人気だね」
「おう!カツ丼って言葉しか教えてないからなガハハハハ!」
ジャイアンが二杯目のカツ丼を頬張りながら大声で笑う。のび太はその胸中で
(カツ丼以外にも美味しいものはたくさんあるんですよ、トリユの皆さん)
と静かに呟いた。
・・・
「少し落ち着いたかしら」
呟きながら、静は服の袖で額を拭う。公民館は既に傷病兵で一杯になっており、入りきらなかった兵士は図書館に運ばれた。
「あんた、よく働くねえ。助かったよ」
背中から恰幅のよい中年女性に労いの声を掛けられ、はにかんで振り返る。その女性はこの夜、大声を張り上げながら公民館を指揮していた人だった。
「これ以上、怪我する人が増えないといいんですけど」
「戦争だからね。どうなるかわかりゃしないさ」
平板な声でその女性は言いのけた。確かにそういうものなのだろうけれど、更に怪我人が増えることを想像すると静の心が鈍く痛む。
「次に誰か運ばれてきたらカーテンでも巻くしかないねえ」
「どういうことですか?」
「もう包帯なんてないってことさ。ていうかね、うちの国は慢性的に物が不足してんだよ」
「え?」
静は不思議そうな顔をして女の方を見る。物がない?
「そりゃそうさ。この国にはそもそも真面目に働こうって人間が少ないんだから。その日暮らしっつーのかね。ま、生きてれば御の字みたいなところがあるんだよ。そんな国さ。余分なモノなんてありゃしないよ。よく働いてる方だよ、今日なんかは……」
その言葉に、タカベの言っていたことを思い出す。
『何も強制されない。自由に、気ままに』
『物なんてありゃしないさ』
頭の中で2つの言葉がぐるぐると回る。物のない暮らし、その日暮らし、自由と怠惰。
『自由』とは『何もしないこと』なのだろうか?
「あんた、お湯沸かしてきてちょうだい!」
「は、はい!」
流転する思索は、突然の大声に立ち消えた。今はとにかくお湯だ。静は火のある場所に走った。
・・・
「じゃ、これ。何かあったらすぐに連絡しろよ」
のび太はスネオから『糸なし糸電話』を受け取ると、分かったと頷く。捕虜はキャンプの中央から少し西に下ったところに設営されたテントに収容された。
(僕だけで大丈夫かな……)
内心に沸く不安がどうしようもなく膨らんでいく。いくら拘束されている状態とは言え、敵兵を一人で監視するのだ。のび太が重圧を覚えるのも無理のないことだった。
「スネオたちはどうするの?」
「ジャイアンはトリユの人たちと一緒に見張り、僕は武器のメンテナンスさ」
そう言ってスネオは『技術てぶくろ』をひらつかせる。プラモにも詳しいスネオのことだ、その役割は適任だろう。のび太は軽く手を上げつつスネオに別れを告げた。
「こ、交代にやって来ました」
テントの外からおどおどと声を掛ける。少しすると中からがたがたと音が聞こえて、テントの入り口が開いた。
「ありがと。暴れることはないと思うから大丈夫だろうけど、何かあったらすぐに言ってな」
優しそうな顔のその兵士はのび太にそう伝えると、あー腹減った、と呟きながらテントを後にした。のび太はおそるおそるテントの中に入る。
テントの中は自分の部屋と同じくらいの広さだった。簡単な椅子と机、上ではランタンが煌々と光る。
そして――中央の柱に縛り付けられた捕虜。目はとっくに覚ましているらしく、のび太がテントに入ると力なく顔を上げた。
「……随分若い兵隊ですね」
のび太の顔を見て捕虜が呟く。捕虜の言葉とは反対に、のび太は「随分歳の食った兵士だな」と率直に思った。相変わらずびくびくとした様子を崩さないのび太は、なるべく捕虜の傍には近寄らないように気を回しながら椅子に腰を下ろした。
「そんなに怯えなくても平気ですよ。暴れたりはしませんから」
年配の兵士とはいえ、彼に老獪さは見て取れない。僅かに口角を上げ、むしろ優しい口調でのび太に語りかけた。どこかで見たことのあるような顔をした捕虜に、のび太も少しだけ親近感を覚える。
「……」
今、何時なのだろう。そんなことを考えながら無為な時間が過ぎていく。捕虜の方を見ると、どうしても何かを喋らなければならない気がしたのび太は、地面を見たり貧乏揺すりをしたりして息苦しい時間を過ごした。
「きみ……」
不意に捕虜が口を開く。のび太は思わず腰につけていたグッスリガスのグリップを握った。
「きみは、戦場に出たのかい?」
出し抜けに問いかけられたその言葉の真意を汲み取ろうとしたが、困惑するのび太の頭では何も分からない。
(もしかしてバカにされてるのか?)
思わずそんな思いが頭をもたげた。
「で、出たさ!立派に戦ったんだからな!あんただって僕が倒したんだからな!」
咄嗟に口からでまかせが出た。この兵士を打ち抜いたのはジャイアンの空気砲だ。けれど、僅かばかり頭に血の上っていたのび太は、その言葉を訂正することなく捕虜を睨み付けた。
捕虜は厳しい顔をして黙り込む。こんな子供にやられたとあって、兵士のプライドが傷ついたのかもしれない。
のび太は、再び息苦しい時間を押し付けられた。
「……寒い時代だとは思いませんか」
「え?」
難しい顔をして黙り込んでいた捕虜はしかし、怒るでも昂ぶるでもなく、相変わらず静かな調子でのび太に喋りかけた。
「さ、寒い?むしろ暑いくらい……」
「君みたいな子供まで戦場に駆り立てられ、勝ち目もないくらい少ない兵士で戦争に向かう」
まあそれでも私は負けてしまったんですがね、と呟いて捕虜は苦笑した。けれどそれも少しのことで、再び硬い表情になると男は言葉を続けていく。
「君たちの国は一体何のために戦っているんでしょうね」
「お、お前たちが言うな!」
椅子から腰を上げてのび太は叫んだ。
「あなたたちが、パルスタがトリユに戦争を仕掛けなければ、何もこんなことには」
「本当にそう思ってるんですか?」
予想外の言葉に、思わずのび太はえ、と間の抜けた声を出した。ロイの声を思い出す。
『1年前にパルスタがトリユに宣戦布告をしたんだ』
確かに彼はそう言った。ケンカを売ったのはパルスタのはずだ。では、この男の言葉は一体――
「パルスタの物資輸送者を襲って。
精米工場を襲って。
我々の国に忍び込んでは窃盗を繰り返して。
そんな国が戦争をしてでも守りたいものとは、一体何なのですか?」
男の声が鼓膜のあたりで空転する。
「何をそんな、襲うって……ふざけたこと言うな!」
その不可解な言葉を吹き飛ばさんと、のび太は男を怒鳴りつけた。『襲撃』『窃盗』、けれどその単語は未だ耳から離れず、のび太と脳裏でふわふわと悪戯っぽく回転する。怒鳴りつけられた男はしかし、少しも表情を動かさずのび太の目を見た。中空でぶつかり合う二つの視線。男の目は馬鹿にまっすぐだった。
「なんだよ……」
そして、のび太は先に目を逸らす。同時に男は短いため息を付いた。
「子供には教えてないんですか。そうですね、子供には関係のないことでしょう。私が同じ立場でも隠すかもしれない」
一人ごちるように男が呟く。のび太は相変わらず何のことか分からない様子だったけれど、さりとて男がデタラメばかり言っているとも思えなかった。
「……話、聞かせてよ。僕、実はあまりこの辺りのことに詳しくないんだ」
「いや、うん、そうですね……知りたいのなら、話します」
パルスタの側から語られるヒストリアの歴史をのび太は初めて聞くこととなる。男はひとつひとつ確かめるような口調で、トリユとパルスタの真実を語り始めた。
【続く】
人気ブログランキング←支援下さいな( ^ω^)