「……何のことだい?」
「さっき!僕はドアの外で聞いたんだ!ミヤイさんが『タカベの首を』って言ってるのを!あれは、パルスタも恐れるタカベさんを向こうに差し出して戦争を止めさせようとか、そういうことを話してたんでしょ?!ねえ、ロイさん!」
「何を言ってるのか、よく分からないな……僕はタカベにそんなこと……しないよ」
ロイは悲しそうな顔で呟いた。自分の顔を鏡で見たようなその表情に、のび太は感情的になり過ぎていた自分の胸中を恥じる。
「ごめん、ちょっと言い過ぎた……」
「いや、いいんだ。さあ、じきに外も真っ暗になる。そうなると足元も危ない。食事、本当にありがとう。気をつけて帰ってね」
ロイが椅子から腰を上げると、それにつられて4人も席を立つ。ふと会議室に設えられた大枠の窓を見ると、外は薄っすら西の空が明るくなっているばかりでもうほとんど夜だった。
「じゃあ僕たちはこれで」
スネオが代表して挨拶すると、ロイは笑顔を浮かべながら軽く手を上げた。のび太はテーブルかけをギュっと握り閉めながら会議室のドアをくぐる。
「どうしたの、のび太さん?」
そこで足が止まった。瞼の裏に、タカベの煤けた背中がフラッシュバックする。戦争の因果、と悲しい顔で語ったタカベ。死ぬことも恐れずにナシータから外に出ようとしたタカベ。優しい顔でスネオの頭をくしゃくしゃと撫でたタカベ。一緒にいた時間を越えて、いつの間にかタカベはのび太の心に深い足跡を残していた。
「ロイ!」
振り返ってのび太が叫ぶ。薄暗い会議室の中で、ロイは黙ってのび太を見つめた。
「君が守りたいのは、トリユっていう国なの?それとも、トリユの国に住む人たちなの?ロイ、答えてくれよ!」
「のび太くん……」
「ロイ、どうなんだ!?ロイ!」
「おい、お前ら!何を大声出してるんだ!」
会議場の入り口から咎めるような声が響いた。4人が一斉に振り返ると、そこにはミヤイが立っていた。
「国王への無礼は許さんぞ!」
「おいのび太、行くぞ!」
強い力でのび太を引っ張るジャイアン。それでものび太はロイから視線を外さない。
「ロイ、ロイ!人も何もないところで、自由もへったくれもないじゃない!なあロイ、そうだろ!ロイ!」
静寂に包まれた図書館に、のび太の声だけが木霊する。その様子をギロリと睨み付けるミヤイの脇を抜けて、のび太はずるずると会議場から外に引っ張り出された。
「国王、この危難の時にあのような者たちと……慎んでいただきたいものですな」
「うん、分かってる。すまない。ところでミヤイ、何かあったのか?」
「はい。先ほど伝令が来まして……ケンジュにて、交戦が開始された模様です」
「そうか……」
ロイの脳裏に、先ほどののび太の叫び声が蘇る。人か、国か――か。
(それは択一的に選ばなければならないのだろうか?)
ロイは考える。できることなら、人も国も一緒に守りたい、そう考えてしまうのは自分のエゴなのだろうか、そんなことを。それでもどちらかを選ばなければならないのだとしたら……。
(父さん……)
「国王、どうしますか?」
「よし、まず公民館に傷病兵を受け入れる体制を整えよう。そこに手の空いた者を集めて、それから――」
こうして、ついにパルスタとトリユ、両軍勢による本格的な激突が開始されたのである。
・・・
「のび太、あれはまずいよ。いくらフランクだって言っても、仮にも一国の王様なんだからさあ」
「そうそう。せめて『さん』くらいは付けないと。お前、客商売と出世には向いてないぞ!」
ジャイアンが商売人の息子らしい言葉でのび太をたしなめる。のび太も口を尖らせながら、そんなこと分かってるけどさ、などとブツブツ呟いた。
「でも私も気になってたわ。私たちが会議室に入る前にロイさんとミヤイさんが話していたことは、確かに不穏な感じがしたもの」
「そ、そうだよね!」
静が賛同してくれたことで、のび太は元気を取り戻した思いだった。スネオとジャイアンも「まあそれはそうだけどさ」と言った表情を浮かべる。
「それでもさ、結局僕たちにできることなんて何もないんじゃないの?友達のケンカじゃなくて、これは戦争なんだよ?第一トリユとパルスタの戦争なんて、僕たちには何の関係もないじゃない」
「それを言っちゃあおしまいだけどさあ……」
あれこれと言っているうちにタカベの家に着いた。ドアを開けると部屋は真っ暗だった。
「ちょっと誰か電気点けてよー」
「あるのか?そんなもん」
「えっ、ないの?!」
「ちょっと、足踏まないで!!」
「うわ、何か踏んだ!」
「あーもう、うるさいうるさい!」
暗闇に広がる喧騒がようやく収まったころ、タカベの家は暖かな明かりに包まれた。
「電気もないんだな……」
ジャイアンがぽつりと言った。テレビもない、と嘆いていた彼だったけれど、それどころか電気すらなかったのである。思わずタカベの言葉を思い出した。
『戦争ばかりしてきた民族だから』
ナシータで聞いたあの爆発音。あれは確かに大きな兵器のそれだった。そんな技術力はあるのに、反面、人民は電気すらも享受できない文化、社会。
「考えちゃうよなあ」
パルスタでは各国家独特の知識を抽出して、それを体系的に教育していると言っていた。勉強、という言葉の字面に囚われてネガティブな印象しか抱いていなかった4人だけれど、もしかしたらそういう教育の結果として色んな文化というのは生まれるものなのかもしれない。もちろん、勉強を無理やり押し付けられるのはまっぴらだけど。
「おっし!カラオケでも歌おうぜ!」
ジャイアンがベッドから飛び起きた。その言葉に3人は一瞬ギクリとした様子になる。ジャイアンの歌……それは説教よりも宿題よりも、何よりも大きい災厄のようの思われた。
「えーと、カラオケキングはっと……」
「ジ、ジャイアン!こんな非常時に歌なんて!歌なんて非常識だよ!」
「馬鹿野郎!こんな時だからこそ、だろうが!元気がない時は歌を歌う!歌を聴く!これが一番なんだよ!俺の歌を聴けば争いも一発で解決だぜガハハハハ!」
違う意味で解決しそうだけれど……と3人は思ったが、それは口には出さなかった。
「そうだ!いきなり歌ったら喉に悪いって!とりあえずこのアメ、喉によく利くアメだから舐めてみてよ」
「おうスネオ、気が利くじゃねえかガハハハハ」
ジャイアンは機嫌よさそうにアメを口に放り込む。スネオのやつ、調子いいよな……と思いながらため息をつくのび太。ふとスネオの方を見ると、にやりと笑ってのび太に近づいてきた。
「あれ、声のキャンディーなんだよ。だからジャイアンの音痴も問題ないってわけさ」
さすがスネオ、である。
「ところで、誰の声紋をコピーしたの?」
「まあ聞けば分かるさ」
「それでは剛田武、心を込めて歌います。お聞きください、『少年期』」
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悲しいときには町のはずれで
電信柱の明かり見てた
七つの僕には不思議だった
涙浮かべて見上げたら虹のかけらがキラキラ光る
瞬きするたびに形を変えて
夕闇にひとり夢見るようで
しかられるまでたたずんでいた
ああ 僕はどうして大人になるんだろう
ああ 僕はいつごろ大人になるんだろう――
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「よっ!日本一!」
歌が終わるとスネオが大声ではやし立てた。ジャイアンもまんざらではない様子で手を上げる。
「これ、ピリカ星で聞いた曲かあ!」
「そ。懐かしいでしょ?あの後、この曲を日本でも発売したみたいだよ」
目を閉じると、ピリカ星での光景が瞼に浮かぶ。そう言えばあの星でもクーデターが起きたんだよな……パピ君、元気かな……のび太は遥か遠く、ピリカ星の友人に思いを馳せた。
「えー、それでは次の曲です――」
勢いに乗ったジャイアンは、更に次のナンバーをカラオケに打ち込んだ。
・・・
「あのう、さすがにもうそろそろ苦情がくるんじゃないかなあ?」
カラオケを始めて一時間半。途中スネオが声のキャンディーを継ぎ足したりしながら、延々とジャイアンのリサイタルが催されていた。いくら道具のおかげで音痴ではないとは言え、一時間半も同じ人間の歌を聴かされてはたまったものじゃない。3人はうんざりとした表情を浮かべていた。
「ん?そうか?まあ夜も更けたしな。いくら俺の美声でも、さすがに睡眠の邪魔になっちまうかなガハハハハ」
気分よく笑うジャイアン。ようやくカラオケから解放されるのかと思うと、一同は揃って安堵のため息を付いた。
「それじゃ、〆の一曲を歌って……」
予想外の言葉に3人がぎくりとした、その時のことだった。
「こっちだ!こっちに運べ!」
「あまり動かすな!もっと慎重に!」
喧騒、怒号。家の外で大きな声が飛び交っている。
「何かあったんだ!」
言葉より先にのび太が家を飛び出すと、残りの3人も後に続いた。
通りには先ほどまで存在していなかった松明があちこちに立てられていた。そしてあちこちで散見される人、人、人。空気はすこぶる緊張しており、みな気ぜわしく動き回っていた。4人はとりわけ人の声のする方角に向かう。
「何かあったんですか?!」
走りながら、のび太が途中にいた人を捕まえて尋ねた。
「戦闘だよ!ついにパルスタとの戦闘が始まったんだよ!」
のび太に掴まれた腕を振りほどくと、その女性は再び走り始める。遂に交戦が始まった――その言葉がのび太の頭の中で空転する。しばらく動けないまま、その場に立ち尽くした。
「もっと!もっとお湯を沸かして!」
公民館は騒然としていた。中にいた大半の人は女性だった。体育館ほどの広さの公民館には所狭しと布団が敷かれている。その上には幾人かの負傷した兵士。まだ全体の二割程度の布団しか埋まっていないけれども、このままいけばここが満杯になるのもそう先のことではないのかもしれない――のび太はそんなことを思った。
「邪魔だよ!」
どん、と背中を突き飛ばされる。女性も皆険しい顔をしていた。おそらく彼女たちも戦争に参加している意識があるのだろう。たとえ直接的な参加はできなくとも、彼女たちもたしかに戦争に参加しているのだ。その自負は彼女たちの表情を見ればよく分かった。
「あんたたち、ぼーっと突っ立てるくらいなら何か手伝いな!」
女性の一人がのび太たちに向かって叫ぶ。ここには何もしない人間がいてはいけないのだ。公民館の中に目を遣る。血を流しながら呻く兵士が横たわっていた。
「ううっ……」
初めて見る光景。胃の中からこみ上げてくるものがあった。手近に洗面器がないか探すが、どこにもなかった。のび太は慌ててトイレに駆け込むと、胃の中の物を全て吐いた。
「う、うう……」
嗚咽を漏らしながら顔を洗う。どうしてこんなことに――誰も戦争なんて望んでないはずだろ――自問自答を繰り返すけれど、答えはどこにも見つからない。
(ドラえもん……助けてくれよ……)
心の中で呟く。今は遥か遠い、故郷の親友。少し前まで毎日顔を合わせていたはずなのに、その顔をばかに懐かしく感じる。帰りたい、帰りたい、何もかも見なかったフリをして、今すぐにここから逃げ出したい――口の中で呟いて、のび太は顔を上げた。
『守りたいのは国なの?人なの?』
「ロイ?!」
見上げた先には一枚の鏡。土気色になったのび太の顔が映し出されていた。その表情が国王ロイのそれと、そして――先ほど発したのび太の言葉とリンクする。
『……るよ!』
ねえタカベさん。
あの時、あなたが言おうとしたことは一体何だったんですか?
ねえタカベさん、教えて下さいよ。
ねえ、タカベさん。
ねえ、僕はもっとあなたと色んなことを話したいですよ。
タカベさん、タカベさん……。
『しずかちゃん!包帯とお医者さんカバンを持ってくるんだ!』
『はい!』
トイレの外から、スネオたちの声が聞こえた。『強いな』、ジャイアンの背中で穏やかに呟いたタカベさんの声も、少し。のび太は自分の顔を両手で叩くと、トイレを外に出た。
「ジャイアン!スネオ!」
外で慌しく動き回っていた二人の姿を見つけると声を掛ける。
タカベさん、僕は、僕らは強くなんてありません。
学校からも逃げようとしました。
朝は寝坊してばかりです。
立派な大人になれるのか、いつだって不安です。
でも、それでも――
「僕はタカベさんのところに行ってくる!二人がどうするかは任せる!」
僕は人を、あなたを、守りたいと思ったんです。
【続く】
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ぼぉ〜くはぁ どおしぃてー
おーとぉなにぃ なぁるんだろぉ〜
あれは名曲だよね…
宇宙小戦争と鉄人兵団は特にいい