「失礼します」
ノックをして静が会議室に足をいれる。次いで、のび太。部屋の真ん中にはラウンドテーブル、西日を受けて部屋全体が真っ赤に染まっているようだった。ロイはその中でひとり眉間に手を当てて座っていたが、4人の来訪に気付くとにっこりと笑った。
「やあ、地球の――どうしたんだい?何か不都合でもあった?」
声に疲れが滲んでいた。無理のないことだろう、いくら建前的な国王といえど、今は戦時中である。平民ですら疲弊するというのに、一国の元首たる者がどれほどのプレッシャーを感じているのか。それはいくら考えても及びのつかないものだ。
「あのう、もしお食事がまだだったら、私たちと一緒にいかがかなと思いまして。地球の料理に、ご興味はありませんか?」
「地球の?」
「そうです!こうやって知り合えたのも何かの縁ですし、ヒストリアと地球との文化交流ということで、ひとつ!」
相変わらずスネオは弁舌にベラベラと喋る。末は詐欺師か弁護士だな、そんなことを考えながらのび太は国王の隣に歩み寄った。
「ねえ、ロイさん。色々大変だろうけどさ、ご飯はきちんと食べないといけないんじゃないかな。ロイさんが倒れちゃったら、それこそ大変なことになると思うよ」
「お、おいのび太!お前国王にそんな失礼な口……」
「いや、いいんだ。僕と君たちはそんなに年齢も変わらないみたいだし、変にかしこまった態度を取られたらこっちが恐縮しちゃうよ」
ロイはそう言って機嫌よさそうに笑うと、4人に席を勧めた。ロイから一つ席を空けた横にのび太、その隣に静、スネオ、ジャイアンと続く。
「じゃあせっかくの厚意に甘えることにするよ。でも、見たところ何も持っていないようだけど?」
「ここから食事が出てくるんですよ!」
のび太は得意気に言うと、机の上にグルメテーブルかけを広げた。
「ただの布切れに見えるけれど」
「カツ丼!」
脇からジャイアンがすかさず叫ぶ。それと同時に、テーブルの上にできたてのカツ丼が現れた。目を剥いてその光景を見るロイに、4人はにやにやと笑った。
「こうやって好きな食べ物を注文したら、ここからぽんぽん出てくるんですよ」
「あたし、スパゲッティー」
「僕はビーフシチュー!」
静、スネオが立て続けに注文した。机の上に注文どおりの品が並ぶ。出来たての食事のいい匂いが会議室を包んだ。
「すごいな、これは……」
ロイは心から驚嘆した様子でその模様を見つめた。ジャイアンはいただきますを言うこともなく、早くも丼を半分空にしていた。
「じゃ、ロイさんもどうぞ!」
のび太はそうやって勧めたが、ロイは困ったような表情を浮かべた。
「僕には地球の食べ物のことがよく分からないから……そうだな、のび太くんと同じものでいいよ」
「ぼ、僕と?」
「ロイさん、こいつと同じ食べ物だったらおこちゃまランチになっちゃいますよ」
スネオがビーフシチューをすすりながら混ぜっ返した。のび太はスネオのことを睨みつけたけれど、図星だったのだろう、小さな声で「おこさまランチ」と注文する。チキンライスにハンバーグ、スパゲッティーに、そしてデザート。彩りだけは豊かなランチプレートだった。けれどロイはそれをもの珍しそうな目で見る。
「きれいな食事だね。うん、僕もそれを貰うよ。ええと、『おこさまランチ』!」
テーブルにのび太と全く同じおこさまランチが現れた。のび太がそれを手に取ると、ロイの目の前に差し出す。
「これが地球の食べ物かあ。美味しそうだね!ところでこれは何ていう食べ物なんだい?」
そう言ってロイはチキンライスに突き立てられていた小さな旗を手にした。
「ろ、ロイさん!それは食べ物じゃないんだよ!それはその、飾り?」
「え?食事なのに飾りが付いてるの?」
予想外ののび太の言葉に、ロイがびっくりした声を上げる。そのやり取りを聞いて静がくすくすと笑った。
「じゃあ、他のみんなの食事にも飾りが付いてるの?」
「さ、さあロイさん!とにかく食べましょう!」
全く同じ顔をした二人が漫才のような掛け合いをしているのを見て、残りの3人は大声で笑った。
「とっても美味しかったよ。こんな食べ物、ヒストリアにはないな。どうもありがとう」
皆がすっかり食事を終えた頃、ロイは4人に向けて感謝の言葉を述べた。ジャイアンの目の前には、丼のほかにカレーライスの器も転がっていた。
「ところでロイさん、一つ聞いてもいい?」
出し抜けにのび太がロイに問いかける。ロイは振舞われた日本茶の熱さに悪戦苦闘しながらも、なんだい、と答えた。
「こんなこと聞いていいかは分からないんだけど……さっき、ミヤイさんと一体何の話をしていたんですか?」
ロイが表情を強張らせた。急に雰囲気が変わったことに、思わずのび太もたじろいでしまう。けれど先ほどの胸騒ぎが忘れられないのび太は、なおも黙ってロイの言葉を待った。
「まもなく我が軍がケンジュ草原に進軍を開始するんだ。だから、そのことに関する話し合いだよ。君たちに関係のある話じゃない」
ケンジュ草原に進軍する――のび太は昨日パルスタ兵をショックガンで撃ったことを思い出した。おそらく、あんな小規模な戦いではいられないのだろう。何百、何千、いやもしかしたら何万もの兵士があそこで戦いを繰り広げるのだ。そうなればタカベさんだって……。のび太は胸騒ぎの意味が分かった。
「そ、そんな!戦争は、戦争は避けられないの!?」
こんなことを言うのは筋違いだと分かっていてものび太は言葉を止められない。タカベの優しい言葉、笑い顔。今までに会ったことのない種類の大人だった。一緒にいた時間は短かったけれど、タカベはどこか人好きされる何かがあった。それは静も、スネオも、ジャイアンにしても同じらしく、皆一様に複雑な表情を浮かべている。
「そうは言うけれど、これは僕たちが持ちかけた戦争じゃない。パルスタが一方的にトリユに宣戦布告をしてきて、戦争を仕掛けている。だからこそ僕は、僕たちにはトリユを守る義務がある。トリユを守る、そのためには武力で応じるしか途はないんだよ」
「でも、トリユの人たちを守りたいんだったら、パルスタの言うことを聞いて、ある程度譲ってもいいじゃない!」
「じゃあ君は、僕たちにしたくもない勉強を、やりたくもない労働をやれって、そう言うのかい?偉い人からあれこれ強制されて、自分の時間もないままに毎日を過ごして、そうやって死んでいけって言うのかい?パルスタに戻るってことは、そういう意味なんだよ」
「でも、それでも死ぬよりは――」
言いかけてのび太はハッと口をつぐんだ。学校、遅刻、宿題、居残り……ヒストリアにやって来た当初の目的が次々と思い出される。
『学校ってそういうもんだから、我慢しないとだめなのよ、のびちゃん』
いつか母親に言われた言葉が、急に頭に蘇った。学校に行きたくない、どうして宿題があるの?遅刻したらなんでダメなの?そんなことを素直にぶつけたあの日。
『学校だって、楽しくないことばかりじゃないでしょう?』
最後には決まってそう言った。友達と遊べるんだから、日曜日は休みなんだから、夏休みだってあるんだから、だから、だから、だから……。
『我慢しなさい』
死ぬほど納得できなかったその言葉と。
「死ぬよりはマシ」と言いかけた僕の言葉と。
では一体何が違うと言うのだろう?思わずのび太は考えこむ。しかしのび太の幼い頭では、頭のどこを突いても答えは出てきそうになかった。
「心配してくれてるんだね。ありがとう。でも、大丈夫だよ。トリユの人たちは強い。それに……」
すっかりぬるくなった日本茶の器を手の中で弄びながら、ロイは一つ息を継いだ。
「トリユには、タカベがいるからね」
「タカベさん……?」
「うん、君たちは聞いてないかもしれないけれど、タカベは兵士の中でも別格なんだ。ヒストリアの歴史は聞いたかい?」
「ええ、それは。30年前にパルスタが独立した、って」
「そう。それと前後して、この星では大きな戦争があった。小国同士が潰しあい、大国が小国を取り込んだ。血で血を洗い、更にまた新しい血が大地に流れる。僕の生まれるずっと前の話だけどね、それはもの凄い戦いだったらしい。ま、その辺はどうでもいいんだけど、のび太くん。タカベの父親は、その長く続く戦いの中で『伝説の傭兵』として名を馳せていたんだ」
「ヨーヘイ?」
「雇われ兵士のことさ。それぞれの国が全部軍隊を持ってるわけじゃないからね。戦争ってのは金食い虫なんだ。小さい国なら、軍隊のない方が普通だ。だから、戦争になれば兵士を雇う。雇われた兵士は、金を貰って戦場に赴く。戦争が終わればまた違う国に行く。『戦争はありませんか?』って言いながらね」
平和な日本に住むのび太には、その『傭兵』という職業の存在をにわかには信じがたい気持ちだった。お金を貰うために戦争に行く?なんでそんなことを?どれだけ考えても、のび太にはその気持ちは理解できそうになかった。
「タカベの父親は先の戦乱の中で、あらゆる国を渡り歩いた。その実力は各国の間に響き渡り、どの国もこぞって彼を欲しがった。そして終戦の1年前、タカベの父親はパルスタの前身・クレキガへとその身を預けたのさ」
ナシータの中で淡々とこの国の歴史を語っていたタカベの口からは、そんな話は一言も出てこなかった。あそこまで詳細に歴史を話しておきながら、どうしてそのことを話してくれなかったのか?色んなことが頭を巡ったけれど、とにかく今はロイの話に集中することにした。
「一進一退だった戦況は一変したらしい。タカベの父は個体の兵士としても優秀な能力を擁していたけれど、その真価はむしろ戦術や師団を指揮する部分にあったそうだ。少数の兵を率いてその何倍もの数の兵力を打ち破る……とにかく凄まじい実力だったらしいよ。それに、噂っていうのは一人歩きするものだからね。『クレキガにはタカベがいるらしい』っていう噂が広まるにつれ、敵軍の兵士の士気は相対的に下がっていって、クレキガの勝利はどんどんと数を増していった。そしてタカベの父がクレキガに付いて1年後、ついに統一国家パルスタが誕生したってわけさ」
長い話だった。けれどのび太は一言も口を差し挟まずに聞いた。理由の一つには、単純な好奇心から。もう一つには、あの優しいタカベにそんな獰猛な血が流れていたのか、という思いからだった。
「でも、その話とタカベさんと一体どんな関係が……」
「一つには、彼に流れる最強のDNA。そんな親父さんの子供だからね。普通の兵士とは違って当たり前さ。それともう一つは、タカベに施された英才教育だ」
「英才教育?」
「そう。確かに戦争は終わったけれど、タカベの父親の中には戦闘の血が流れ続けた。父親はしきりと言っていたそうだよ、『このパルスタには再び必ず戦争が起こる。その時に必要なのは、人をどう殺すか……そのスキルだ』って。タカベにしても小さい頃から戦場を転々としながら育ったんだ、父親のその言葉にも、タカベは特に疑問を持たずに格闘術や戦術のあれこれを学んだらしい」
タカベは見たところ30代中ごろの年かさだ。ということは、今ののび太よりもずっと幼い頃から戦争を経験していたことになる。小学校に上がるよりも幼い子供が――と思わないでもなかったけれど、あの時ナシータで静に見せた刺すような殺気の理由が分かった気がした。
「それが、どうしてトリユに?」
「……最初はタカベも優遇されたらしい。戦勝の最大の立役者と言っても過言ではなかったからね。けれど国が安定し、最早戦争が起こることもないだろうと分かり始めた頃から周りの見る目が変わり始めた。『あの親子は殺人しか取り柄がない』『いつか何かをやらかすに決まってる』ってね。それでトリユに、ってわけさ」
「え?でもおかしいじゃない。そんなに実力のある兵士なら、パルスタの軍だって放っておかなかったんじゃないの?是非来てください!ってのが普通だと思うんだけど」
「その辺のことはよく分からないんだけど、タカベが言うには『軍人っていうのはプライドの塊なんですよ』って。どうも傭兵上がりが軍隊の将校に上り詰めたりするのは、軍のお偉いさんが認めなかったらしいんだ。タカベの父親にしても自分より実力のない上官の下に就くのは耐えられなかったらしく、そうこうしているうちにどんどんと溝が生まれた……ってことだそうだよ」
軍人にもなれず、平民にもなれなかった最強の男。功を立てたはずなのに、年を追うごとに嫌われ、疎外されて。それは一体どういう気持ちだったのだろうか?
「そういう訳で、タカベの実力は折り紙付きってわけさ。確かに戦力に劣るトリユの軍勢だけど、タカベがいればあるいは……そんな風に僕は考えているんだ」
「……もしくは、その最強のタカベさんの首を差し出してパルスタに命乞いをしよう、とか?」
突然、おだやかでないことをのび太が言う。その言葉にロイがぎくり、とした顔を浮かべた。
【続き】
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