「ここがトリユかあ」
「なんだか、さっぱりとした所ね」
「さっぱりっていうか、何もないっていうか……」
見渡してみると家らしき建物はそれなりに存在しているのだけれど、華美な建築物などは一切なかった。それに付けても目に付くのは、人々の元気のない顔だった。木陰に座り、木の幹にもたれ掛ってぼんやりとしている人、険しい顔をして立ち話をしている人、つまらなさそうに石ころ遊びをしている子供……。皆が笑顔で、幸せそうに暮らしている街、そんな群像をトリユに求めていたけれど、そこにあったのはどんよりと停滞した、疲弊と諦念を孕んだ空気であった。
「何だかみんな、元気ないね」
「仕方ないさ、今は戦争中なんだ」
のび太の言葉にスネオがあっけらかんとした口調で返す。『戦争』、先ほどまで他人事のように考えていたものが、トリユの現実を目の当たりにするにつけ急に現実のものとして意識された。
「何かさっきから、街の人たちが俺たちの方をチラチラ見てるよなあ」
「僕たちの着ている服が見慣れないから、もの珍しいんでしょ」
「でもよ、それにしてはのび太としずかちゃんばかり見られてる気がすんだけどなあ」
ジャイアンとスネオの何気ないやり取りだったが、タカベはその言葉にハッとした様子だった。少し急いだような口調で「こちらだ」と4人を促すと、ほとんど人気のない道を歩いた。
「これから国王と会ってもらう」
「国王、ですかあ?!」
「心配することはないさ。トリユでは平民の国王との間にそんなに差異があるわけではない。こう言っちゃあなんだが、あくまで便宜的な呼び名だったりするもんだよ。それに、しばらくここで過ごすのなら最初に国王に会っておいてもいいんじゃないかな」
「ううん……そうですね、タカベさんがそう言うなら」
「もうすぐ着くからな。……まあ、少し驚くかもしれんが」
緩やかな坂道を登りきると、視界が開けた。そこは小高い丘のようになっており、だだっ広い広場のような場所の中心にひときわ大きな建物があった。その後ろには見上げるばかりの巨大な木。先ほど空から見た木と建物に相違なかった。
「ここがトリユの中央会議場だ。平時はほとんど使われることはないんだが、今は非常時だからな。この中で国のあれこれを決めるのさ。中には図書館もあるんだ」
説明しながらもタカベはずんずんと歩んでいく。どうしてそんなに急ぐのだろうか、と思わないでもなかったけれど、おそらく先ほど口にしていた『任務』と何らかの関係があるのだろう。そのまま後に続いて会議場の中に入った。
施設の中には本を読んでいる人がまばらにいるだけで、ほとんどがらんどうだった。外から見ると大きな建物に見えたけれど、じっくり見てみればのび太たちの通う学校のワンフロア程度の大きさしかないようである。図書館と会議場を兼ねた建物にしては幾分小さいような印象を受けた。もっとも、個人がそれぞれやりたいようにやる、という国家にあってはそもそも会議場が必要になることがないからかもしれない。
「突き当たった部屋が会議室だ。最初に俺が入るから、皆はその後に着いてきてくれ」
タカベはそれだけ言って、一度姿勢を正すと目の前のドアをノックした。扉の向こうから「誰だ」という声がする。
「タカベです。失礼します」
重々しい声でそう応えたタカベは機械のような動作でノブを回すと、正しい軍人のような所作で会議室の中に入っていった。4人がその後にぞろぞろと続く。
部屋の中にはラウンドテーブルが1卓あり、その背後には大枠の窓。入り口から一番遠い場所に3人座っているのがシルエットで見えたが、背後にある窓から降り注ぐ光が逆光となって、顔はよく見えなかった。
「ご苦労だったね、タカベ。無事に帰ってこれて何よりだったよ。ところで、後ろにいる人たちは?」
「はい。パルスタから帰還する途中に、森で倒れていた私を救出して手当てしてくれた者たちです。しばらくトリユに留まる、ということでしたので一度国王に面通ししていただこうかと」
「ああ、そうなんだ……タカベ、もっと中に入ってもらって」
はい、と返事をしたタカベは4人を会議室の中に促す。国王に、そして会議室。大層重苦しい雰囲気なのだろうな、と思っていたけれど、予想とは裏腹に会議室の空気はフランクなものだった。おそらく、国王の口調が柔らかいからだろう。その一点からも、トリユという国がどんな様子なのか窺い知れる気がした。
一歩、二歩と会議室の中に歩んでいくにつれ、座っているテーブルに座っている3人のシルエットが明るくなっていく。よく見ると、真ん中に座っている国王の影は横の二人に比べてひどく小さく、あたかも漢字の『凹』の字のような風情だった。ばかに小さい人だな、のび太がそんなことを思いながら国王の顔に目を遣る。そこにあるのは黒髪に丸メガネ、あどけない顔。
「え……」
のび太は一瞬狐につままれたような気持ちになり、目をしばたたかせる。しかし何度見てもそこには自分とそっくりの人間が、それこそ分身ハンマーで飛び出した分身のような存在が座っていたのであった。
「ぼ、僕?!」
「の、のび太が二人!?」
のび太は、先ほどナシータでタカベが自分のことを『国王』と呼んでいたことを思い出した。あの時は何のことか皆目見当がつかなかったけれど、今目の前に座っている国王の顔を見ると、タカベの誤解はすぐに理解できた。
「お、驚いたな……」
狼狽しているのは国王にしても同じようで、何度も目をぱちくりとさせながらのび太の顔を見た。着ている服こそ違うものの、髪型も、輪郭も、声のトーンも何から何まで一緒なのである。そのまま国王とのび太はしばらく見詰め合っていたが、ふとその視線がのび太から外れる。そのままスネオ、ジャイアンと目線が動いていき、最後に静の顔の上に行き着いた時……国王の目がピタリと動かなくなった。
「エイレーネー帝?」
どこかで聞いたことのあるその名前、それはタカベが静を見た時に発したのと同じ言葉だった。国王はのび太を見た時よりも更に驚いたような表情で静を見据える。国王の左右にいた側近と思しき二人も、静の顔を見て一気に表情を堅くした。
「国王、その娘はエイレーネー帝ではありません。私も最初に見た時は随分と驚きました。にわかに信じ難いかとは思いますが、この者は赤の他人です」
タカベはそのままのび太たちとの一部始終を国王に話した。怪我をすぐに治してくれたこと、パルスタ兵を撃退したこと、不思議な道具を持っていること、そしてこの星の人間ではないこと……。
「チキュウ……そんな星があるんだね」
「国王、信用されるのですか?私にはどうにも妖しいように思えるのですが……」
側近の一人が不信感を隠そうともしない様子で国王に耳打ちした。その不遜な態度に思わずムッとした気持ちになる。
「お言葉ですがミヤイ殿、この者たちの持つ技術は我々では到底考えられないものばかりです。国王も、一度ご覧になれば疑われる気持ちも晴れるかと」
「いや、いいんだタカベ。お前の言うことなら僕は信用するさ」
「しかし国王!」
「ミヤイ、死ぬ思いでパルスタへの斥候から帰ってきたタカベが、どうして僕を騙そうっていうんだい?」
国王はピシャリと言ってのけた。そのキッパリとした口調に、ミヤイは反論の接ぎ穂を失ったのか不承不承といった風情で黙り込む。
「のび太さん、そしてそのお連れの方。遠い星からはるばるこのヒストリアまでようこそお越し下さいました。紹介が遅れましたが、私はトリユ国国王、ロイです」
国王の口調が急に改まった。自分と同じ容貌をした人間が『らしからぬ』言葉を吐くのを見て、のび太は急にむずかゆい気持ちになる。
「国は今こんな状態でおもてなしはできそうにありませんが、せめてお帰りになるまでの間はごゆっくりしていって下さい」
ロイはそう言って目を細めて笑った。その笑顔は未だあどけなさの残るものだった。つられてのび太もえへへ、と締まりのない笑顔を浮かべる。
「さて、来てもらって早々で悪いんだが、これからタカベに報告を行なってもらわなくっちゃいけない。だから君たちは……」
「そうですね。のび太くん、申し訳ないんだが国王との会議が終わるまでしばらく図書館の方にいててくれないか?そんなに長い時間は掛からないと思うのだが」
「あ、はい。分かりました。じゃ、外で待っておきますね!」
「うん、すまないね。それと……静くん、だったかな」
「はい?」
「君は、極力トリユの人たちの目に付かないようにしてくれ」
「え?どうしてですか?」
「理由は後で話す。とにかく今は、言われた通りにしてはくれないだろうか?」
突然のことに静は何が何だか分からない、という表情を浮かべたが、タカベの真剣そのものの眼差しを見て「分かりました」とだけ言った。
「じゃ、失礼しまーす」
間の抜けた声でジャイアンが言うと、会議室にはトリユの人間だけが残る。ロイはタカベの顔をじっと見つめた後、ふう、と長いため息をついた。
「心配したよ、本当に。もう帰ってこないんじゃないかって」
「申し訳ありませんでした。離脱する際に思わぬ怪我を負ってしまって」
「何はともあれ、無事に帰って来れて良かったよ。それで、パルスタの方はどんな状況だった?」
「……パルスタ軍の戦闘準備は既に整っていました。いつ攻め込まれてもおかしくない状態と言えます」
「やっぱり激突は避けられないんだね」
「国王、我々のとれる最善の策は奇襲だけです。けれどそれも我が軍の斥候が捕まったことによってほぼ不可能になりました。それに、戻ってくる途中にもパルスタの兵と思しき斥候がケンジュにまでやって来ているのを確認しています。国王、このまま戦力に劣る我々がパルスタとやり合うのは、みすみす死にに行くようなものです」
「タカベ!口が過ぎるぞ!」
タカベの報告を聞いたミヤイが激しい口調で意見を差し挟む。タカベは表情を変えずに、申し訳ありません、と小声で言った。
「タカベは、どうしたらいいと思うの?」
「兵士のこと、民のこと、そして国王のことを考えれば……パルスタの要求を呑む他ないかと、思います」
一言一言、確かめるような口調でタカベはロイに進言する。再びミヤイが何か言おうと腰を上げかけたが、ロイはそれを無言で制した。
「もう一度、パルスタに併合されろっていうことか」
「仰る通りです」
張り詰めた空気が会議室に充満する。兵力も足りない、策も利かない。『降伏するべきだ』、それはあらゆる状況を勘案した上での言葉だった。国王は眉間に皺を寄せて押し黙っていたが、数分の沈黙ののちに口を開いた。
「それでも戦って、勝ってくれ。僕らの、ヒストリアの自由のために」
「……承知しました」
「パルスタ兵がケンジュにまでやって来ていたことから考えると、もう一刻の猶予もないだろう。できるだけ早くケンジュに進軍してくれ。それから先の軍の指揮権はタカベに預ける。使える物や人は全部持っていってくれてかまわない。残った者には、後方で負傷兵の手当てをさせる」
国王の言葉にタカベが無言で敬礼すると、くるりと回れ右をして会議室のドアに向かった。その背中に国王が声を掛ける。
「……死なないでね」
その言葉にタカベは足を止めたが、それも一瞬のことで、大声で「失礼します!」と言うとそのまま足早に会議室を後にした。
【続く】
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