「……この星には、トリユ国とパルスタ国の二つ国がある。それはさっき話した通りだ。ただこの二国は必ずしも友好的ではない。いや……その関係は、極めて険悪なんだ。その理由、それは少し長い話になる」
タカベはそのまま静かな調子で話し続ける。タカベによれば、ヒストリアにはかつて大小様々な国がひしめいていたのだそうだ。自然も豊かで気候も温暖なこの星は、人が生活を営むのに好適な状態だった。
しかしそれは生来のものなのであろうか、ヒストリアの民はいずれも戦闘を好んだ。あらゆる国家がそれぞれにぶつかり合い、国が興されては潰えていった。穏やかな土壌とは裏腹に多くの、夥しい量の血がヒストリアの大地に吸い込まれていった。
戦争ばかりしている国が発展するはずもない。兵器や戦術などは一定程度発達したけれどそれ以外の文化的なもの、あるいは民の繁栄などは望むべくもないものだった。
しかし30年前その状況は大きく変わる。その当時、ヒストリアで最も大きな国家であったクレキガがついにヒストリア全土の国家統一を果たしたのだ。
激しい戦いだったらしい。何千、何万もの命が失われた末の和平であった。もっとも、戦争が終盤に近づくにつれてクレキガの優勢が様々な国家に伝わっていき、無条件にクレキガに併合された国家も多くあったそうだ。その事実は、大昔から続く戦乱に次ぐ戦乱に民も、そして元首すらもとうに疲弊しきっていた現実を雄弁に物語っている。
「そうしてできたのがパルスタなんだ」
4人はタカベの話をじっと押し黙って聞いた。この穏やかな大地にそんな忌々しい歴史が隠されていたなんて……のび太はにわかに信じられなかったが、タカベの真剣な眼差しと口調からすればとてもウソをついているなどとは思えなかった。
「それが30年前ってことは……トリユは、それからできたんですか?」
スネオが沈黙を破った。タカベは、ああ、と頷くと会話の残りを喋り始める。
統一国家パルスタに、初代皇帝にレオーンという人物が即位した。彼はヒストリアの歴史に明るい人物で、この星から戦乱を根絶しようと尽力した。
最初に徹底した身分制を敷いた。様々な国家を寄せ集めるようにしてできたパルスタである。元より民の間には『平等』という概念がなかった。まず、最大の戦勝国であったクレキガ出身の民が最も優遇された。とはいえそれは意識レベルの選民に過ぎず、貴族の地位を与えた、経済的な援助を受けた、などの事実は存しない。
一番の狙いは身分差を民の意識に植えつけることだった。上の者には決して逆らわない。人は皆、平等ではない――そう考えさせることによって騒乱が起きることを回避しようとしたのだ。結果、その政策は今に至るまで成功している。
次に行なったのは教育制度改革だった。様々な国家が有していた独特な知識を抽出し、それを民に教育していく。それは義務という形で民に背負わされ、1年中休みなく教育は施された。それが終われば、強制された労働。これに関しては身分差に関係なく課されることとなる(もちろん職業の貴賎は存したが)。
「休みがない?!」
タカベの説明にのび太が驚きの声を上げる。1年間、自分の時間がなく過ごすだなんて……ぐうたらなのび太からすれば到底考えられないことだった。
「そうだよ。まあそれでも人民は『戦争が続くよりは随分マシだ』って思ったのだろう。血が流れるよりは、国の政策に従って安穏に過ごした方がいい……そういう風に。もっともそれは、段々と崩れていくのだが」
「トリユ国の登場、ですか」
「その通りだ」
圧政とまでは言わないが、それでもパルスタには自由が全く存しない状態だった。そして、そのことに対して徐々に不満を述べ始める者が増えてくる。自由を、もっと自由を、国家からの自由を――声は次第に大きくなった。
「そして10年前、パルスタから逃げた大勢の人間でトリユ国が立国されたってわけさ。パルスタからすれば、せっかく安全に住む場所と、高度な教育環境を与えてやったのにも関わらず逃げ出した『裏切り者』国家、っていうところだろうな」
『裏切り』。その言葉が4人の頭の中でぐるぐると駆け巡る。民を統括していた国家と、そこから逃げ出して作られた国家と。そしてさっきの爆発音。ヒストリアの歴史――様々な情報を得ることによって、4人はようやく現在この星を取り巻く状況を理解し始めた。
「トリユが標榜したのは『自由闊達』。パルスタで様々なことを強制された反動だろう、トリユの国王はまず人民から一切の義務を排除した。働きたい者が働き、学びたい者は学べばいい、寝ていたい者は寝ていていい。その代わり、生活は皆で扶け合う、困った人には手を差し伸べる――それがトリユ国なんだ」
「素晴らしい国じゃないですか!」
タカベの説明を聞いて、興奮の面持ちでのび太が叫んだ。ひたすら自由に、そして気ままに。皆で皆を扶け合って作る社会……もしかしたらそれは、僕がヒストリアに求めていた世界そのものなのではないだろうか?まだ見ぬトリユの情景を思い浮かべて、のび太は馬鹿に嬉しい気持ちになった。しかしそれとは逆にタカベは険しい表情を崩さない。
「問題はパルスタだった。戦乱を収めるべく国家を統一したにも関わらず、ほんの20年で独立国家が現れる、これは決して気分の良いことではない。それでもパルスタは、最初のうちはトリユの存在に目を瞑っていた。小さい国家が世界の片隅でささやかな生活を営んでいる、そのくらいのことに目くじらを立てることはない、とね。けれど段々とそうも言っていられなくなるんだ」
「どうしてですか?」
「トリユに移民する人間が徐々に増え始めたんだ。パルスタが最初からかん口令でもでも敷けば良かったのだろうが、政府はトリユなんて歯牙にも掛けていなかったからな。そして噂は徐々に広がっていく。『トリユに行けば、何も強制されずに自由に過ごせる』ってな。この噂によって、それまで無批判にパルスタで過ごしていた人々の隠れた不満が顕在化していって……パルスタを離れる人間が止め処なく増えたのさ。そして昨年。ついにその状況を捨て置けなくなったパルスタは、トリユに対して宣戦布告を行った。国家を解散して、パルスタと併合しろと」
皮肉な話である。パルスタ帝が行なったのは、争いを絶無にするために行なった政策であったはずだ。しかし結果的に発生したのは新たなる騒乱。そんなことは、誰も望んでいないにも関わらず。
「結局、パルスタとかトリユとかは関係ないのかもしれない。我々がヒストリア人であり続ける限り、戦争という因果の螺旋からは逃れられないのかもしれない――」
タカベはそんな言葉でヒストリアの成り立ちの説明を締めくくった。
『戦争という因果の螺旋』――その言葉の孕む重さ、意味。戦争も何も体験したことがない4人だったが、海底、地底、魔界、鉄人兵団……様々な戦いを経験した彼らにはタカベの、いやヒストリア人の抱く苦悶や絶望の声がありありと聞こえてくるようだった。
「でも、それでも!そんな素晴らしいトリユがパルスタから戦争を仕掛けられるなんて、やっぱりおかしいですよ!自由気ままに暮らしたいって願うことの何が悪いんですか!」
たまりかねてのび太は叫んだ。おそらく、学校からサボタージュしたいと願った自分の姿と、トリユを興した人々の姿が重なったのだろう。それにどんな理由にせよ、戦争が肯定されて良いはずがない、そんな思いが根底にあった。
「良し悪しの問題ではないんだ、のび太くん。国家には国家の論理があるし、自分の存在を脅かす存在が現れた時、そこに歩み寄って共に歩く道を選ぶのか、それとも対象を叩き潰して国家の安定を図るのか……国家がある行為を選択した場合、そのどちらの目的でそれを行なっているのかは、外部からは必ずしも判然としないのさ」
「ど、どういうことですか?」
「だからのび太、こういうことさ。のび太がラーメン屋をやってるとして、突然隣に別のラーメン屋ができたとするよね。その影響でお客さんが減ってしまった。お客さんからすれば、食べられるラーメンの種類が増えたから嬉しいはずだけど、じゃあのび太にとってはどうだ?」
「邪魔、に思うかも……」
「だからその時、『こんなに近くの場所で客を取り合ってもいいことないですよ、一緒にラーメン作りませんか?』って持ちかけるのか、あるいはいじわるをしてそのラーメン屋をぶっ潰すのか。それはどっちがいいか分からないってことだよ。そうですよね、タカベさん」
「多少語弊があるけれど、そんなには違ってないな。結局皆、自分の大切なものを守るのに必死なんだよ。それが今、個人ではなく国家の間での意地の張り合いになってるってことだな」
自分の大切なもの、とのび太は頭の中で呟いた。トリユが守りたいもの、それは『自由』だ。じゃあ、パルスタが守りたいものは一体何なのだろう?人に恨まれ、騒乱を生み出して、また新たなる血が大地に流れる。その果てにあるものは、一体何なのだろう――のび太は腕を組んで考える。その時。
ドオオオオ……ン
「追撃か!」
再びナシータが鳴動する。激しい爆発音とともにタカベが立ち上がった。
「タカベさん、どこに行くんですか!」
「怪我の手当て、本当にありがとう。もうしばらく君たちと話していたいが、俺には俺の任務がある。トリユで俺の帰りを待っている人がいるんだ。だから、ここでお別れだ。早くこの星から離れるんだな」
それだけ言うと、タカベはバンダナを巻き直してナシータの出口に向かった。のび太がその後を慌てて追う。
「タカベさん無茶だ!今外に出るなんて死にに行くようなもんですよ!外が落ち着くまでここで待っていた方が!」
「……行かなければならないんだ。分かってくれ」
説得するのび太の方に向き直り、力強い目でそのように語るとタカベは再び踵を返した。
「みんな、口をふさいで!」
背後にスネオの叫ぶ声が聞こえた。振り向いたのび太の視線の先には、何かを構えるスネオの姿。
「タカベさん、ごめんなさい!」
言葉と同時に、スネオの手からタカベにグッスリガスが噴射される。突然のことで何も対応できなかったのだろう、タカベはガスを顔一杯に浴びると「な、何を……」と呟いた後に、その場に倒れこんだ。
「こうでもしないと、こうでもしないと、タカベさんが……」
「いや、スネオ。お前はよくやった」
スネオの肩にぽんと手を置いて、ジャイアンは労いの言葉を掛ける。そして4人は、ふと天井を見上げた。今は爆発の音は聞こえないけれど、またいつ次の爆発が起きるとも限らなかった。それに、もしここにパルスタの兵士が踏み込んできたとしたら。
「……追っ払おう!僕たちの手で!」
【続く】
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すばらしい文才に脱帽します!
シモなしでも読ませる文章
肉さんはやっぱ素晴らしい^^
肉ドラの世界にずっぽりっす…
あぁた、やっぱり スゴイです(^3^)
著作の動機の何割かは、秘密道具への愛着ではないかと感じました。
続きが読みてぇお(;^ω^)
って位凄いです。
今更ながら読ませて頂いてます。
トリユゆとり
パルスタすぱるた
他にもありそうだな……