「子供が増えるんだったら、遊び場も必要だよな……」
のび太がぶつぶつと考えながら地下室に戻ると、3人はとうに食事を摂り終え、めいめいがグラスを片手にくつろいでいた様子だった。
「みんな、すごいね!あんなに立派な畑を作っちゃうなんて……」
「この前、大昔の日本に行った時も僕が畑を作ったからね。お手のもんさ」
スネオがへへ、と笑いながら胸を張った。あの時の僕はそう言えば……そう、僕の、僕だけのペットを作ったんだ。ペガ、グリ、ドラコ……みんな元気にしているのだろうか?思わず感傷的な気持ちになったのび太は、ふと目頭が熱くなるのを感じた。慌てて服の袖で目をゴシゴシとこすると、改めて3人の方に向き直る。
「ねえみんな!畑もいいけどさ、そろそろこの星を探検してみない?何か面白い遊び場があるかもしれないよ!」
「探検か……ううん。確かにその意見には賛成だけどさ、ほら、見ろよのび太」
スネオが顎でしゃくって「左を見ろ」とのび太に促す。見ると、ジャイアンがこくりこくりと頭で大きな舟を漕ぎながら、すうすうと軽いいびきを立てていた。
「お前はいいかもしれないけど、僕らは結構早くに起きたんだよ。加えて今の時間まで農作業。少し休みたいんだよな、ねえしずかちゃん」
「ええ、のび太さんの提案は素敵だけど、あたしお風呂に入りたいわ」
みんながもろ手を挙げて賛成してくれると思っていたのび太にとって、あまり乗り気でない二人の言葉は少しショックだった。けれど言っていることはもっともだったので何も反論できずに黙り込む。
「ま、あんまりあくせくすることもないって。せっかく親も先生もいないんだからさ、スローライフってやつを楽しもうよ」
のび太にはスネオの言う『スローライフ』という言葉の意味はよく分からなかったものの、とにかく今日はもう働いたり遠出したりはしたくない、という意図だけは伝わった。スネオの言う通り、せっかく目当ての惑星に来れたのだから敢えてまで気ぜわしく動き回る必要はないのかもしれない。とは言えこのまま一人だけ怠けたままでいるというのも何だか気の引けることだった。
「じゃ、皆はここで休んでおいてよ!働かなかった分、僕がこの辺の様子を観察してくるからさ。何かあったらここに、ええっと、地下室……」
そこまで言って、のび太は考え込む素振りを見せる。
「ねえ、この場所に何か名前を付けない?何だか地下室っていう呼び名のままなのもさ、味気ない気がするんだよね」
「うーん、言われてみればそうかもね。僕たちの家、僕たちの場所。何か、僕らだけの名前を付けてもいいかもしれないな。でも、何て名前にする?」
「そうだなあ……」
言い出したはいいものも、のび太自身特に深い考えがあっての提案ではなかった。何かに名前を付けることなんて、これまでほとんど経験したことがない。ピースケ、フー子、キー坊……いやいや、これは生き物の名前だ、のび太は色んな名前を頭でぐるぐると考えながら、それでも何も思い浮かばなかった。
「スネオ、何かある?」
「骨川京、とかどうだろう?」
「ふざけてんの?」
のび太は言下に却下した。けれどスネオは存外本気でそのネーミングを考えていたらしく、のび太の言葉になんで?と目を丸くした。頼りになるのか頼りにならないのかよく分からないやつだな、とのび太は思った。
「ねえ、『ナシータ』っていうのはどう?」
そこに、それまでずっと黙っていた静が声を上げる。
「ナシータ?何だか聞きなれない言葉だね」
「ね、ね、しずかちゃん。その言葉にはどんな意味があるの?」
のび太とスネオが興味深そうに静の方に首を伸ばす。二人から急に詰め寄られた静は、少し恥ずかしそうな表情を浮かべたけれど、すぐに説明を接いだ。
「ママから聞いたから、直接はよく知らないんだけれど……ナシータって言うのは、どこか外国の言葉みたいなの。意味は確か、誕生、とか。そんなことを言っていたと思うわ」
「誕生、か……」
のび太はナシータという言葉の響きと、その言葉の持つ意味をすぐに気に入った。口の中でナシータ、ナシータ、と呟いていると、むしろその名前以外は有り得ないような気持ちになってくる。
「うん、いいんじゃない!ナシータ、それにしようよ!なんだか響きも『あした』に似てるしね。縁起もよさそうじゃない!な、スネオ!」
「え?骨川京は?」
相変わらずバカなことを言っているスネオのことは無視して、地下室の名前は『ナシータ』に決定された。ジャイアンはと言えば、よだれを垂らしながら相変わらず深い眠りの淵にいた。
「じゃ、何か見つけたらナシータに戻ってくるよ!」
付けられたばかりの名前を嬉しそうに使うのび太。その背中に静がいってらっしゃい、と声を掛ける。スネオはまだ諦めきれないようで、骨川京、骨川宮、などとぶつくさ呟いていた。
「とりあえず、あっちの方に向かってみるか!」
のび太は頭にタケコプターを装着すると、南の方角に向かって飛んだ。
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【遡ること6日前】
「タカベ、ケンジュにはまだ進軍しないのかい?」
トリユ国・中央会議場。
タカベはこの日、国家首脳の前でこれからの進軍方針を諮問されていた。とは言え小国のトリユでは『首脳』と呼ばれるほど大した存在の人物はおらず、基本的には国を統括する王のような存在の人物と、それを脇でサポートする者が二人ほどいるばかりである。今、タカベに質問を行なったのが、トリユ国の王たる存在の人物その人であった。
「はい。先日パルスタの様子を探るべく斥候を送り込んだのですが、どうやら敵に捕まってしまったようでして……パルスタ軍勢の動向が把握できない以上、ケンジュに攻め込むのは時期尚早かと」
「数も力も劣る僕たちの国がパルスタに勝つには、奇襲しかないって言ってたのはタカベだよね?」
国王から率直な疑問をぶつけられ、タカベは押し黙った。彼も分かっているのだ、このままパルスタに攻め込まれでもしたらトリユが敗北するのは確実だということを。
「……私が斥候となって、パルスタに忍び込みます」
「タカベが?」
タカベから発せられた意外すぎる言葉に、国王は驚きの声を上げる。普通、斥候というのは一般の兵がこなすべき役割のものであり、タカベのように軍を指揮する人間がこなす役割ではないのだ。
「でも、それじゃあ……」
「これ以上能力に乏しい斥候を送り込んで、こちらの動向を察知されては元も子もありません。なに、心配には及びませんよ。あらかたの動向を掴んだらすぐに戻って参りますし、それに――」
「パルスタのことならよく分かってる、ってね」
国王が目を細めながらタカベの言葉を補う。タカベはその通りです、と返事をすると、黙って国王の判断を待った。
「……うん、そうだね。それがいいのかもしれない。トリユの軍で一番強い兵士はタカベだし、僕たちもいつまでも手をこまねいているわけにはいかないし。ただし、二日以内には帰ってきてくれよ。みんなの士気に関わるからさ」
「ご理解いただけて何よりです。それでは早速向かいます。失礼します」
タカベは敬礼をすると、機敏な動きで会議室を後にした。バタン、という音がして扉が閉まると、会議室が沈黙に包まれる。
「国王、果たしてパルスタに勝てるのでしょうか」
出し抜けに国王のサポート役の一人が問いを発する。その言葉に、難しい顔をして黙っていた国王がゆっくりと口を開いた。
「分からないよ、そんなの。でも、勝つしかないんだ。それと一つだけハッキリしてるのは……」
国王はそこで一息つくと、手元にあった水を飲み干してから言葉を続けた。
「……タカベが斥候に失敗したら、その時点で僕らの負けは確実になるってことさ」
窓の外に強い風が吹く。ざざ、と音がして、トリユの国で最も背の高い木が、大きく揺れた。
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「空から見ると、ホントに大きな原っぱだなあ!」
タケコプターで地下室から飛び立ったのび太は、眼下に広がる広大な平原を見下ろしながら率直な感想を漏らす。目を凝らすと、遥か遠方のほうにきらきらと光るものが微かに見えた。おそらく、海もあるのだろう。
「海水浴もできちゃうし、本当にいい星だなあ……おや?あれは森かな?」
しばらく飛んでいると、のび太の目に大きく広がる森が飛び込んできた。
「森かあ、これは探検のし甲斐があるぞ!」
のび太は湧き上がる興奮を覚えながらゆっくりと地上の降り立つと、タケコプターを外してポケットに突っ込む。見上げると、生えている木々は随分と背が高い。森の中はうっそうとしている様子だったが、不気味な様子はほとんどなかった。
「見たことあるような植物と、そうでないのとが、ごちゃまぜって感じだなあ」
きょろきょろと辺りを見渡しながらのび太は森に分け入っていく。のび太は半ズボンのままで歩いているけれど、虫に刺されないところを見ると、この暑さだというのに蚊の類は存在しないようだった。
「はあー、かなり広いなあこの森は。こりゃ、一人で歩いて探索するのはちょっと無理がありそうだぞ……」
しばらく森を探索したのび太は少し疲れたのだろうか、脇に生えていた木の幹に背中を預けると、どっかりと腰を下ろした。
「一旦戻って、みんなと探検しよ……」
そんなことを呟いて、目を閉じる。木々の葉っぱの隙間から木漏れ日がさしているのを瞼に感じた。森の風が土の香りを運んで、優しくのび太の頬を撫でる。ざざ、ざわ……という木々の葉のこすれる音が、心地よい子守唄となってのび太の鼓膜をそっと揺らした。
「気持ちいいな……」
のび太は、頭の隅の方から甘く広がっていく眠気を感じながら、そのまま眠気の海に身を委ねようとする。僕がしたかったのは、こういう生活なんだ……そんなことを考えていた、その時。
「ユダレユカ……イユルノユカ……」
「な、何?!だ、誰かいるの!?ジャイアン?!スネオ?!」
不意に耳に飛び込んできた、奇妙な音。聞きなれないその音は喋り声のようにも聞こえた。無人の惑星で喋り声?まさか!のび太は馬鹿らしい、と考えながらも、あまりにも鮮明に聞こえたその声が幻聴であったとも思えず、慌てて立ち上がった。
「まさか……オバケ?!」
無人の惑星にもオバケがいるのだろうか?動揺しているのび太は、下らないことを考えてしまう。逃げ出したい、一刻も早く――怯えきったのび太は前を見たまま後ろに歩き始めた。その膝がプルプルと震えている。
「うわっ!」
後ろ足に軽い衝撃が走った。のび太はそのままバランスを崩し、尻餅をついて倒れる。
「あいたたたたた……何だよ一体……」
腰をさすりながら顔を上げた。するとそこには信じがたい光景があった。
「ひ……人?!」
無人の惑星、ヒストリア。しかしのび太の視線の先には、確かに人が、それも血の着いた戦闘服に身を包んで――倒れていた。
「どうして、どうして人が……誰もいないはずじゃ……」
のび太は相変わらず膝を震わせながら、それでも少しずつその『人間と思しき』人に近づいていった。さっきの声の主はこの人なのだろうか?パニックに陥りそうになる頭を必死に押さえつけながら、のび太は様子を窺う。
「怪我、してるのかな……」
戦闘服の太ももの辺りにべったりとこびりついているのは、初めて見るドス黒い模様。乾燥した血はドス黒く変色するのであるが、血は赤いものと思い込んでいるのび太の目には、それが血であるとは考えることができなかった。
「生きて……ますか?」
のび太は目の前の人――性別があるかは分からないが、おそらく男――に向かって、恐る恐る声を掛ける。するとのび太の言葉に反応してか、うつぶせに倒れていた男は弱弱しく顔を上げると、鋭い目つきでのび太を見た。刺すように鋭い目つき、ぎらぎらとした生の色を発するその瞳が、のび太をまっすぐに射抜いた。思わず、ひっ、と声を上げて後ずさりする。するとその時、男がわななく口で声を発した。
「ユコクオユウ……ナユゼコユコニ……」
ほとんど掠れたような声だったが、狼狽している様子だけは確かに感じ取れた。のび太は相変わらずがたがたと震えていたが、目の前の男が息も絶え絶えであることが分かると、誰だかは判らないけれどこのままにしてはおけない、という思いが募った。
「お、おじさん、僕のところに行こう。怪我、手当てしてあげるからさ……」
「トリユ……ユモユドル……」
言葉がお互いに通じない。それも無理のないことで、ここは日本では……いや、地球ですらないのだ。男はまだ何か言いたそうな目をしていたが、のび太は強引に男の体の下にすべりこむと、そのままタケコプターを付けて空に舞い上がった。
【続く】
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今日もうれしいです
本気で20まであるんでは…
ノビータ国王似?
しかしこのままいくと、ちょっとしたライトノベルぐらいの長さになりそうだな…。
ネタバレすんなよ