「ここがヒストリア星かぁー!」
ドアを開けると、一面に広がる緑の平原。空は抜けるように青く染まっていて、気候は汗が出そうなほどの暑さだった。
「なんて心地のよい緑の匂い……」
静は目を瞑ってヒストリアの空気を胸一杯に吸い込むと、陶然とした表情を浮かべた。その可憐な横顔を盗み見ながら、のび太は「やっぱりしずかちゃんが一緒でよかったな」と改めて思った。
「さあさあ皆さん、僕たちは地球人でこの星に来た最初の人間になったわけです。これは非常に喜ばしいことです!」
スネオがおどけたような口調で演説を始める。堅いことを言っているようだが、口元はだらしなく緩んでいた。どうやらスネオも興奮しているのだろう。ジャイアンに至っては、着いた瞬間から大声を上げてそこらを走り回っていた。
「スネオ、最初に着いたのがここっていうのも何かの縁だよ。とりあえずここから全部を始めようよ!」
「そうだな、賛成!」
「異議なーし!」
いつの間にか皆のところに戻ってきていたジャイアンものび太の提案に賛同した。チラリと横目で静の方を窺う。相変わらずこの土地の空気を楽しんでいるようで、別段のび太の話には興味がなさそうだった。
「じゃ、まずは住むところからだね……よし、これだ!ポップ地下室!じゃ、とりあえず地下室作るからちょっと離れてね」
のび太は皆を遠くに行くように言って、ポップ地下室の操作に取り掛かった。
「広さは……とりあえず教室くらいの大きさにして……これでよし!」
道具の調整が終わったところで、のび太はポップ地下室の取手を握り、一気に垂直に押し込めた。その瞬間、のび太の足元で『ドド……ン』と静かで重い音が響く。無事に地下室が完成したようだった。
「できたよー!」
「よし、じゃあ早速中に入ろうぜ!」
遠くでその様子を見守っていた3人がのび太の下へ駆け寄る。のび太がドアを開けると、4人は地下室になだれ込んだ。
「なーんか、殺風景な部屋だなあ」
地下室の中は一面白く、がらんどうとしていた。
「そりゃあただの地下室だからね」
のび太が言うと、静かはたちまち顔を曇らせる。
「こんなところに住むの?あたしこんなところいやあよ!お風呂もないじゃない」
憮然とした様子でのび太に抗議する静。彼女にとって風呂もない居住環境というのは、まず有り得ないものなのだろう。早くも帰りたそうな雰囲気を出し始めていたので、のび太は慌てて言葉を付け足した。
「ち、違うんだって静ちゃん!それぞれの住む部屋は今から別に用意するんだよ!そこにはちゃんとお風呂もあるからさ!」
「あら、そうなの?なら良かったわ」
お風呂がある、と聞いた途端に静は機嫌を良くした。女心ってのは中々面倒なんだな……そんなことを考えながらのび太は安堵のため息をつく。
「じゃあ、とりあえず外においてある道具をある程度こっちに運んじゃおうか」
スネオの音頭でもう一度地上に戻る。空は相変わらず青く明るく、日の落ちる様子もなかった。
「あれは、太陽なのかしら?」
空に燦燦と光る星を指差し、静が聞いた。
「さあ、どうなんだろう?なんせ地球から随分遠い星だからね。もしかしたら、太陽系ですらないのかもしれないし。ま、とにかく住めるんだから難しいことは言いっこなし!運ぼう運ぼう!」
静の疑問を適当に受け流すと、スネオは両手一杯に道具を抱えて地下室に運んだ。
「のび太、大きい道具はどうする?」
「全部持っていっても狭くなっちゃうし、入り口も狭いから、どこでもドアとかはとりあえず外に置いておこうよ。別に雨が降ったからって壊れるような代物でもないしね」
「こういう時、四次元ポケットがないと不便だよな……おいのび太、四次元カバンとか、なかったのかよ?」
「し、知らないよそんな道具」
軽口を叩きながらも作業は順調に進み、5分程度で全ての道具を地下室に運び終えた。
「よーし、じゃあ次はそれぞれの部屋を作ろうか!」
「まあ作るって言っても、かべ紙を掛けるだけなんだけどね」
そう言いながらスネオは、道具の山の中から『かべ紙ハウス』を取り出した。
「これ、中身の構造は全部一緒だよな?」
「うん、そのはずだよ」
「じゃあ皆、好きな家を選んでいいよ」
スネオの言葉にめいめいが思い思いのかべ紙を選ぶ。のび太が黄色、スネオが青、ジャイアンがオレンジ、そして静がピンクのかべ紙だった。
「部屋の様子を確認したら、一旦ここで食事をとろうよ!」
「おお!俺もう、お腹ペコペコだよー」
「ジャイアンはいつもペコペコでしょ……」
「何か言ったか!」
「いえ何も!」
「そう言えば、お着替えはどうするの?あたし、持ってきてないわよ」
「着せ替えカメラがあるから大丈夫だよ。着たい服があったら、自分でスケッチしてくれたらいいよ」
そんなことを言い合いながら、ヒストリアの初日は更けていった。
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【パルスタ・軍本部】
「大佐、ようやくトリユの斥候が口を割りました」
のび太たちの位置する場所から、北方に50kmほど上ったところにパルスタ国は位置している。ここはパルスタの抱える軍本部司令室。国の中心地からは、およそ20kmほど南に下った場所にあった。
「何と言った」
「はい、どうやらトリユの軍勢はケンジュ平原を超え更に南、ウガクスの森の中にキャンプを張っているそうです。大佐。この戦い、ケンジュをどちらが先に越えるかが鍵になるかと……」
パルスタ兵と思しき男は、かしずいたまま『大佐』と呼ばれた男に報告を行なった。戦闘服をよく見ると、ところどころにドス黒く変色した血がこびりついている。おそらくは、返り血であるところの血が。
「報告は以上か?」
大佐は燭台の上にある蝋燭の炎を眺めながら、兵士に問いかけた。
「……トリユの指揮を執っているのは、やはりタカベでした」
その言葉に大佐の眉がピクリと動く。けれど表情が変わることは一切なく、吐き出すように「そうか」と呟くと、天井をゆっくりと仰ぎ見た。
「……ご苦労だった。あとはその情報を基に、こちらで今後の動きを練る。指示を待て。では、下がれ」
「はい!」
兵士は敬礼をすると、機械のような動きで回れ右をして部屋から去った。
「タカベ……」
大佐はぼんやりとした目つきで地図を見る。パルスタ国とトリユ国、両国は距離にして僅か100kmほどしか離れていない。そしてその中間地点にあるのが、ケンジュ平原だった。
「先手必勝だな……」
顎にたくわえられた髭を触りながら大佐が椅子から腰を上げると、部屋の外にいた兵士に指示を出す。各部隊の将校を招集するよう、伝令を飛ばした。
「手加減はできんぞ、タカベ」
――のび太たちが、未だ深いふかい眠りの中にいる時のことであった。
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「ふああああ……よく寝たなあ……いま、なんじ――」
そこまで言って慌てて飛び起きるのび太。学校!大慌てで枕元にあったメガネを掛けた。随分深い眠りに就いていたようだが、一気に眠気が醒めたようだった。
「ドラえもん!どうして起こしてくれなかったん……あれ?」
視力を取り戻した視界で辺りを見渡して、のび太はやっとそこが自分の家でないことに気付いた。未だよく働かない頭を回転させ、少しずつ記憶の糸を手繰り寄せる。
「ああ、そうか。ここは地球じゃないんだった……へへへ」
のび太はコツン、と自分の頭を小突くとベッドから起き出して寝巻きを脱いだ。スネオのデザインしてくれたこの寝巻きは、普段袖を通しているものと違って随分着心地が良かった。
「あいつ、いつもこんなパジャマ着てんのかなふあああああ」
安心したところで大きな欠伸が漏れる。もう一眠り、しようかな――そう思わないでもなかったけれど、移住して二日目からぐうたらしてたらジャイアンにどやされそうだな、と思ったのび太は、手早く着替えて部屋を出た。
「おはよう!」
大きな声で朝の挨拶をする。中央の部屋にはしかし、誰もいなかった。きょとんとした顔をして部屋を見渡すと、机の上に3人が食事をした跡があった。どうやら皆、先に朝食を済ませてどこかに出かけたらしい。
「なんだよ、薄情だなあもう!」
のび太がひとり憤っていると、急にぐるぐると腹の虫が鳴るのを感じた。さっさと地下室から出ようと思ったけれど、どっちにしても皆いないのならすぐに外に出ても食事をしてから出ても同じことかな、と思い直したのび太はとりあえず食事の準備をする。
「ホットケーキ!」
のび太が声を出すと、『グルメテーブルかけ』の上にできたてのホットケーキが現れた。ナイフとフォークで皿の上のホットケーキをぞんざいに切り分けると、誰もいない食卓でひとり頬張った。
「みんなどこ行ったんだろうな。あんまり遠くに行ってなければいいんだけど……」
『なんでも蛇口』からグラスに注いだ牛乳を飲みつつ、のび太は考える。部屋をぐるりと見渡すと「それにしても時計がないのは不便だな」と、そんなことを思った。
「ひー、疲れた疲れた」
「畑仕事なんて、あたし初めてよ」
「力任せじゃダメみたいだな」
のび太が丁度食事を終わった時、地下室への入り口からどやどやと3人が降りてくる声が聞こえた。のび太は降りてきた3人をキッと睨みつける。
「おお、のび太。おはよう」
「おはよう、じゃないよ!みんなひどいじゃないか!僕を起こしもしないで勝手にどっかに行っちゃうなんて!」
ヒステリックにわめき立てるのび太。それでも3人はあまりそのことを意に介していないようで、バラバラに椅子に座ると昼食の準備を始めた。
「もう!何とか言ったらどうなんだ!」
「おいおいのび太、お前は朝ゆっくり寝たいだろうと思って起こさなかったんだよ。そんな優しい僕たちのことを怒るっての?それはちょっとひどいんじゃないの」
グルメテーブルかけから出したハンバーグランチを口に運びながら、スネオがのび太を見据える。全く悪びれた様子もなく言ってのけるスネオの口調に、思わずのび太も口をつぐみかけた。
「で、でも!僕を放っておいてみんなだけ遊びに行くなんてひどいよ!」
「いやだわ、のび太さん。別にあたしたち、遊んでたわけじゃないのよ」
「のび太。お前ちょっと表に行ってみろよ」
そう言って地上の方を指差すジャイアンの目の前には、すでに空になったカツ丼の器が転がっていた。ジャイアンはそれに蓋を閉じると、もう更に一杯カツ丼を注文する。のび太はその旺盛すぎる食欲に唖然としながらも、ジャイアンの言葉通り地上へと足を向けた。
「うわあ……今日もいい天気だなあ」
ドアを押し開けると、そこには昨日と同じような清清しい空が広がっていた。暑さはかなりのものだったけれど、日本にくらべて湿度が随分低いのだろう、カラッとした気候はむしろ気持ちよいくらいだった。
「外に何があるってんだよ……あれ?」
ぐるりと見渡した視線の先、地下室の入り口から少し離れたところにそれはあった。
「これ、畑だあ!」
のび太は駆け寄って歓声をあげた。そこには、まだ規模は小さいながらも確かに畑があった。
「でも、畑なんて一体何に……あ!」
一人ごちながらのび太は思い出す。記憶の隅にこびりついている、どこか見覚えのある目の前の光景。それはかつて、大昔の日本を冒険した時に見たのと同じものだった。
「畑のレストランかあ……」
田を耕し、そこにドラえもんの道具『畑のレストラン』の種を蒔く。土にもぐり、雨を受け、日の光をいっぱいに浴びた種はやがて芽を吹き、立派な大根……のような形をした、ランチプレートに育つのだ。
「これを作ってたんだ、みんな」
のび太は、みんながこの暑い最中せっせと農作業に勤しんでいる姿を思い浮かべた。すると途端に顔が真っ赤になる。しずかちゃんたちが頑張っている時に、僕は一人ぐうぐうと寝てたんだ……そんな風に思うと、穴にでも入りたい気持ちになった。
頭をぶるぶると振って気を取り直すと、のび太はもう一度畑に目をやった。
「そっか、たくさんの子供がやって来るんだもんな……」
確かに、今の四人だけだったら食事もグルメテーブルかけでまかなえる。けれどそのうち100人単位で人が増えていくのならば、とてもじゃないがその食事をあの道具だけでまかなうことはできないだろう。スネオはきっと、その辺のことまできちんと考えていたのだ。
「僕もしっかりしなくちゃ!」
パンパンと自分の頬を叩き、気合を入れなおすのび太。ふと、頭上からピーヒョロロ、という音が聞こえた。見上げたのび太の視線の先に、トンビのような一羽の鳥。この星の生物と地球の生物の生態系は、意外と似ているのかもしれない。
【続く】
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