「おうのび太、無事に持ってこれたか?」
「うん、この通り!」
ジャイアンの問いかけに、誇らしそうにハンマーを振りかざすのび太。スネオが安堵の表情を浮かべた。
「よし、じゃあまずは僕たちの分身から作ろうか。のび太、このハンマーの使い方を教えてくれ」
「使い方って言っても、ハンマーで頭をコツンと叩くだけだよ……あ、でも」
「でも、何だよ」
「分身のやる気がないと、やる気のないぶん色が薄くなっちゃうんだよね。だからやる気のない分身だとすぐにバレちゃうかも……」
のび太は思い出す。一度、家の手伝いと静との用事がブッキングした時にこの道具を使ったことがあるのだが、その分身の色が随分と薄かった。とは言えその時は用事をこなせればよかったので、色が薄くとも不都合はなかったのであるが。
「ま、とりあえず出してみるか。よしのび太、とりあえず頭貸しな」
「ええー?僕からあ?」
「経験者からすんのが一番でしょ!どうせみんなやらなきゃいけないんだし。ほら、出す出す!」
スネオにせっつかれて、しぶしぶといった様子で頭を垂れるのび太。それを待ってからスネオは振りかぶるようにハンマーを持ち上げ、のび太の頭をガツンと叩いた。
「痛ったー!!」
ピョコン!のび太の叫びと同時に、体から分身が飛び出す。
「おお、出たな!」
ジャイアンが目を大きくした。そこにはのび太と身長も見た目も全く同じの人間、まさにのび太の分身そのものが立っていた。
「でもやっぱ、薄いなあ。これじゃドラえもんにすぐにバレちゃうな」
二人ののび太をしげしげと眺めながら、スネオが眉をしかめた。
「じゃ、分身じゃない方ののび太が残ればいいんじゃないの?どっちにしたってのび太はのび太なんだしよ」
「嫌だよ!僕が惑星に行くよ!」
「僕だって惑星に行きたいよ!」
「何を!僕のくせに!」
「なんだよ、そっちだって僕のくせに!」
ジャイアンの言葉に、二人ののび太がケンカを始めた。のび太がのび太とケンカする――最初はその様を面白がって見ていたスネオとジャイアンだったが次第に何が何やら分からなくなってきて、最後の方にはうんざりした顔になっていた。
「ああ、もう!うるさいうるさい!とりあえず一つに戻れ!」
スネオは一喝すると、オリジナルののび太の頭をもう一度叩く。コツン。その瞬間、分身ののび太が本体ののび太の体にスポンと収まった。
「自分とケンカして、どうするんだよ!バカ!」
「だってえ……あんまり生意気だったから……」
「それも含めてのび太でしょうが!もう、真面目にやってくれよ!いいか、どっちが惑星に行ってもいいけど、どっちものび太なんだから3日おきに交代、とかにすればいいんだよ。最初の目的は生活の基盤を整えるだけなんだから!サボタージュする時は分身は不要なんだし」
「あ、そうか。えへへ、忘れてた」
「忘れてた、じゃないっつーの!」
だらしなく笑うのび太の頭にジャイアンのゲンコツが飛んだ。ゴチン、と鳴ったその音は、ハンマーで叩かれるよりもよっぽど痛そうだった。のび太は涙目になって、声もなくうずくまる。
「じゃ、もう一回叩くよ。僕の説明で少しはやる気出たろ」
「もう少し優しく叩いてくれよ」
スネオはOK、と言ってから再びハンマーを振りかぶる。コツン。今度は先ほどよりも控えめに振り下ろされた。と、同時にピョコンとのび太の分身が飛び出す。
「おお、今度はどっちがどっちだか分かんないぞ!」
「うん、これなら本体も分身も同じようなもんだね!」
どっちが行っても同じ、というのが分かってのことだろう。のび太の分身は少しも色が薄くなることなく飛び出してきた。
「ま、じゃあ後は二人で話し合ってくれよな。今度は僕たちが分身を出しとくから」
「じゃ、とりあえず一カ月おきに交代するってことでいいんじゃないの?」
「そんなに待てないよ!3日おきにしよう!」
「何言ってんだい!3日じゃ短すぎるよ!」
相変わらずのび太同士はケンカを止めない。ジャイアンはやれやれ、とため息をつきながら苦笑いを浮かべた。
「じゃあ、ジャイアンもなるべくやる気だしてね」
「おう、朝寝坊のためだ。やる気はバッチリだぜ」
コツン!スネオがジャイアンの頭を叩く。やる気バッチリ、その言葉の通り、のび太と同じく本体と遜色のない分身が出てきた。
「何か、自分で自分を見るのってあんまりいい気持ちじゃねえな」
「そりゃ、俺も同じ気持ちだって」
「それにしても……」
「ああ、いい男だな……」
うっとりと互いを見詰め合うジャイアンとジャイアン。そのあまりにも異様な光景を見てスネオは総毛立つ気持ちだった。
「ぼ、僕も分身を出そう」
ぶるり、と震えながらスネオは己の頭上にハンマーを振りかざす。コツン、と音を立てて頭に当たると、スネオの横にその分身が立った。
「これで皆揃ったね。おいのび太、話はまとまったか?」
「分かった、じゃあ一週間交代でどう?」
「うーん、じゃあそこで手を打つよ。ちゃんと一週間したら戻ってきてよね!」
「俺らも一週間ってことでいいよな、俺」
「おう、それでいいぜ、俺!」
のび太もジャイアンも、それぞれの分身と話がまとまったところのようだった。スネオはその様子を確認すると、チラリと自分の分身の方を見る。
「僕らは……」
「ああ、僕はこっちで待ってるよ。読みたい漫画もあるし、それに元に戻れば記憶とか経験とかが一緒になるでしょ?だったらどのみち同じことじゃん」
さすがは自分の分身だな、とスネオは思った。分身の方もそれを察したようで、お互い無言でにやりと笑う。
「よーし、これで準備万端整ったわけだな!それじゃ、ヒストリア星に向けて、しゅっぱーつ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
勢いよく声を上げたジャイアンをのび太が慌てて留めた。ジャイアンとスネオ、そしてその分身が一斉にのび太の方を睨みつける。
「なんだよ!」
「しずかちゃんがまだじゃないか!しずかちゃんも連れてこないと出発できないよ!」
「もう、モタモタしてんなよ!」
「さっさと行って、分身作ってきなさいよ!」
叱咤の声がステレオで飛ぶ。のび太はうるさそうに「分かった、分かったから!」と叫ぶと、スネオからハンマーを受け取って静の家に向かった。
「今度は了承してくれるといいんだけど……」
不安げな呟きを漏らしつつ空を飛ぶのび太の眼下に校庭が見える。放課後のグラウンドには、サッカーやドッヂボールをしている生徒がちらほらいた。
「学校、ずっと昼休みか放課後だったらいいのにな……」
そんな無茶な願望を、本気で祈っているのび太であった。
・・・
「しずかちゃーん!」
玄関の前で大きな声を上げて静を呼び出すのび太。今度は首を縦に振ってくれればいいのだけれど……やっぱり一緒に惑星に行きたいよ……そんなことを考えながら、ドアが開くのをドキドキしながら待つ。
「あら、のび太さん。また来たの?」
「あ、うん。さっきの話なんだけどね」
「またなの?あのことだったら、私は行けないって……」
静は説明も待たずにのび太の誘いを断ろうとする。その言葉を慌てて押し留め、のび太はハンマーをポケットから取り出した。
「ほ、ほらこれ!覚えてないかな、ドラえもんの道具で、自分の分身を作るハンマーだよ」
「分身?ああ、そう言えば一度のび太さんが使ってたことがあったわね。でもそれがどうかしたの?」
「だからさ、これがあればしずかちゃんが二人に増えるんだよ!学校にも行けるし、惑星にも行けるようになるんだ!だからさ、行こうよ惑星!ね、一緒に!」
「分身って……」
突然の提案に戸惑いを隠そうともしない静だったが、今度は無下に断るのではなく少し冷静に考えている様子だった。静は優等生ではあるが、男勝りに活発な部分もある少女だ。かつて一度のび太と体を入れ替えて、男の子と野球をしたり木登りをしたこともある。そんな静のことなので、惑星を開拓するというのは興味のない話ではなかった。
「それならいいけど……でも、学校の勉強に遅れちゃわないかしら?」
「それなら大丈夫だよ!分身がしずかちゃんの体に戻ったら、その間に分身が見たり聞いたりしたことは、しずかちゃんが実際に経験したことになるんだからさ!」
のび太は早口でまくしたてた。ここで不安を与えるようなことを言ってしまえば、また断られてしまいかねない――直感的にそう考えたからだ。静は口に手を当てたまま黙って考える素振りを見せたが、それも少しのことで
「……分かったわ、行きましょう」
と朗らかに笑った。
「本当?!やった!じゃ、さっそく分身出すね!しずかちゃん、ちょっと頭出してもらっていいかな?」
「あんまり強く叩いちゃやあよ」
のび太は大丈夫、大丈夫、と得意気に腕をまくると、ゆっくりとした動作で静の頭をハンマーで叩いた。コツン。同時に静の体から、分身が飛び出す。
「出た!……って、あれ」
「本当に私そっくりなのね。でも……なんだか色が薄くない?」
静は自分の体から飛び出した分身をまじまじと見た。背格好は全く同じなのだけれど、全体的に何か色が薄く……いや、色がというよりは、存在感そのものが希薄な感じがしたのである。
「これじゃあダメだよ、しずかちゃん。このハンマーで出てくる分身は、あんまりやる気がないと色が薄くなっちゃうんだ。だからもう一回やり直さないと……」
「え?どうして?ちゃんと分身ができたじゃない」
のび太の言葉に、静はひどく不思議そうな声を出した。
「どうしてって、この分身じゃあしずかちゃん本人じゃないって皆にバレちゃうじゃないか」
「ううん、そうじゃなくって……この分身さんの方が惑星に行けばいいんじゃないってことよ。元に戻ったら、経験や記憶は一緒になるんでしょう?それに全く一緒の分身さんだったら、私が行っても彼女が行っても何も代わりはないんじゃないの?」
静は淡々と語った。最初は釈然としなかったのび太であるが、静の説明を聞きながら「なるほど、それもそうか」と納得する。
「じゃあ惑星開拓して来てね!記憶、楽しみに待ってるわ!」
「うん、私も勉強とかバイオリンのお稽古とか、頑張ってね!」
目の前で二人の静が快活に話しているのを見て、のび太は何となく照れくさい気持ちになった。自然と頬が赤くなるのを感じたので慌ててそっぽを向くと、静の方を見ないようにしてタケコプターを渡す。
「裏山、みんないるから。行こう!」
飛び立つ静を静が見送る。少し色の薄くなった静は髪の毛が栗色になっていて、太陽の光を受けてまばゆく輝いていた。
・・・
「遅いぞのび太!」
「やあしずかちゃん、いらっしゃい!あれ?髪の毛染めた?」
やって来た二人をジャイアンとスネオが出迎える。違う違う、そうじゃなくて……と言いながら、のび太は一部始終を説明した。
「ふうん、じゃあしずかちゃんだけは分身の方が来たんだ」
「分身って言われるのは何だか変な気分だわ」
スネオの言葉に複雑そうな顔を浮かべる静。それもそのはずで、いくら分身といえどそれは便宜上の呼び名に過ぎず、実際はどちらが本体でどちらが分身かという区分にはあまり実益がない。スネオもそのことに気付いたのか、慌てて
「ごめんごめん!変な意味はなかったんだ。しずかちゃんはしずかちゃんだもんね」
と紳士的な笑顔で対応した。
「じゃ、これでメンバーは揃ったわけだな!」
改めてジャイアンがこの場を仕切る。こういう空気の運び方に長けているのは、やはりガキ大将だからかもしれない。
「よし、じゃあ行くぞ!」
「今すぐに行くの?寝るところは大丈夫なの?ドラちゃんは?」
ジャイアンの言葉に、静が不安そうな声を上げた。
「あー、と。うん、大丈夫大丈夫、寝るところとかは心配ないよ。ドラえもんに色々道具借りてるからね。ドラえもんは、そう、ちょっと体の調子が悪いみたいで、しばらく22世紀に帰ってるんだって!そうだよな、のび太?」
「え?う、うん!そうなんだ、ドラえもんのやつ、今メンテナンスしてるんだよ!終わり次第、来るんじゃないかなー?」
スネオのウソにのび太が合わせる。少しだけ声に動揺の色が出てしまったけれど、静はそれには気付かなかったらしく「そう。でもドラちゃんの道具があるなら安心ね」と言ってそれ以上は異議を唱えなかった。
「ようし、じゃあ改めて!スネオ、どこでもドア!」
「はいよ、ジャイアン!」
洞穴の奥にあった道具の山からどこでもドアを取り出すスネオ。のび太には鮮やかなピンク色のそのドアが、これから待つ楽しい未来を象徴しているように思われた。
「じゃ、行ってくるね。分身ハンマー、こっそり戻しておいてね」
「任せてよ!それと、きっかり一週間だからね」
「店番とか大変だろうけど、任せたぜ!俺!」
「おう、心配すんな!」
「じゃ、ママによろしくね。あ、ちゃんとゲラゲラコミックと少年ジャプンは買っておいてね」
「大丈夫だって、安心して行ってきてよ!」
それぞれがそれぞれの『自分』に別れの挨拶をすると、のび太、スネオ、ジャイアンは連れ立って裏山を下って行った。
「よし、それでは記念すべき第一歩です!みんなで力を合わせて、がんばろー!」
のび太が音頭を取ると、4人は声を揃えて「オー!」と叫んだ。
「惑星、ヒストリアへ!」
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(遡ること6日前――)
「どうだ?斥候は帰って来たか?」
「いえ、まだです。この分ではおそらく……」
「そうか……」
薄暗いテントの中で男が二人、声を潜めて話し合っていた。
「タカベさん、もう一度斥候を出すよりはいっそ進軍した方がベターだと思います。斥候が捕まったとなれば、こちらの動きも向こうに知れているでしょうし」
「いや、このままパルスタ軍とぶつかってもジリ貧になるだろう。戦力に劣るこちらの血が無駄に流れるのは自明のことだ。とりあえずは様子を見た方がいい」
「しかし!」
タカベと呼ばれた男は大声を出した男の口に無言で手を当てた。男は息だけの声で、すみません、と呟いた。
「どちらにしてもう夜更けだ。兵も休んでいる。我々も一度体を休めてから作戦を練り直そう」
タカベはそれだけ告げると、ランタンに灯った火を消してテントを後にした。もう一人の男も無言でそれに着いていく。
「今日は星がよく見える……」
呟いたタカベは、懐から煙草を取り出した。
「明日は暑くなりそうだな」
「この季節ですからね……」
タカベは男と他愛もない会話をしながら、胸一杯に吸い込んだ煙をゆっくりと虚空に吐き出した。
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【続く】
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ドラえもん、果たしてどうなるのか?
楽しみにしています!
果たしてこれからどうなるのか…
最低その20くらいまではいきそうですね( ^ω^
大量投下うれしいです
眠れなくなりました
応援してますお(^ω^)
しかし…カオスが入らなかったのが予想外w真面目なのもいいッスねwwwwww
続きたのしみにしてます!!
なんだか戦国自衛隊みたいな感じですね。
おれの数学がwwwwwww
wktk
肉欲サンの語彙の豊富さや文章力には毎度の事ながら脱帽です。続き楽しみにしてますねっ(=゚ω゚)ノ☆
続き楽しみにしてます。
明日が早く来てほしい( ^ω^)
すぐにうpされるなって思って
読まなくて正解だったよ
続きwktkでまってます
こうゆう作品を書く肉欲さんに、また好感度が上がりました。
いつものシモネタに走る文章も好きだけど、この「のびたと傭兵」は走らないで正解。