「おはよー!」
「お、のび太!今日は早いじゃん」
級友の言葉に「まあね」と軽い調子で返すと、のび太は教室を見渡しジャイアンとスネオを探す。実のところ計画のことをあれこれ考えると、いても立ってもいられなくて早起きしてしまったのだ。のび太の母もドラえもんも、普段はギリギリまで起きてこないのび太が余裕を持って起床したのを見て随分と驚いていた。
「おいのび太、こっちこっち、来いよ!」
見ると、スネオとジャイアンもすでに教室に来ていた。3人は顔を見合わせると、へへへ、と笑った。どうやらみんな気持ちは同じらしい。
「悪かったね、昨日は先に帰っちゃって」
「いいってことよ。それより、ドラえもんの方は大丈夫だったか?」
「うん、何とか!ギリギリだったけどね。そっちの方こそ道具は大丈夫だったの?」
「おう!スネオの提案でな、裏山の崖に『あなほりき』で穴掘ったんだよ。それで、『おもかるとう』で道具を紙みたいに軽くして、一気にその中に運んだんだ!」
「え?裏山に置いたままなの?それじゃ、見つかっちゃわないかなあ……」
「はは、それは平気だよ。運んだ後はもう一回『おもかるとう』でものすごい重さにしといたから。ブルドーザーでも持ってこない限り運べやしないさ」
そう言ってスネオは朗らかに笑う。話しながらのび太は、相変わらずの機転を利かせているスネオを頼もしく思った。
「当番は誰だー?授業を始めるぞ!」
振り返ると教卓に先生が立っていた。話に夢中で、いつの間にか予鈴の鳴っていたことに気付かなかったらしい。各々の机に向かいながら、スネオが小声で「昼休み、グラウンドな!」と呟くと、のび太とジャイアンは親指を立てながら大きな笑顔を浮かべた。
・・・
「のび太くんったら、せっかく枕を干すくらいなら布団も一緒に干してくれればよかったのに……」
「ドラちゃん、ありがとうね。助かるわ」
「あ、いいんですこれくらい!」
のび太の母の言葉を笑顔で返しながら、ドラえもんは竿竹に布団を干し終えた。たまには家事も手伝っておかないと……居候であるドラえもんは、こうしてしばしば野比家の雑事をこなすようにしている。
「はー、終わった。どうして僕ってば、もう少し背の高い設計にしてもらえなかったんだろう。腰がメリメリいうよ」
ぶつくさと文句を言いながら階段を上がる。身長僅か129.3cmのドラえもんは、何をするにも一苦労だった。
「もう一眠りしようか……ん?」
欠伸をかみ殺しながら押入れに向かおうとしたドラえもんだったが、のび太の部屋の畳の上に一枚の紙が落ちていることに気付いた。部屋を出るまでは確かに何もなかったはずなんだけど……不思議に思いながら、ドラえもんは紙を拾い上げ目を通した。
「何だ、未来デパートからのお知らせじゃないか。どうせまたDM……ん?ちょっと違うみたいだな。なになに、えー
『平素より未来デパートをご利用いただきまして云々……昨日、午後3時より午後7時までの間、弊社の製品である【宇宙完全大百科端末機】のデータベースに障害が発生しておりました。現在は通常通り稼動しておりますが、該当する期間にご利用になられたお客様におかれましては、早急に新しいデータをお調べになるようお願い申し上げます。これからも我が未来デパートを……』
ふうん。相変わらずいい加減なところがあるなあ、あのデパートも。ま、僕には関係ないや。寝よう寝よう……」
・・・
「じゃ、決行は明日にしよう」
鉄棒に体を預けながら、スネオが提案した。
「明日!?それはちょっと急すぎないかなあ」
「バカ、こういうのは早いほうがいいんだよ。それに、僕らが向こうの惑星で生活基盤整えないと、皆がやって来れないじゃんか」
「そうそう、早ければ早いほどいいっつーの」
スネオの言葉にジャイアンも賛同した。そういうもんなのかなあ、と呟きながらのび太は首をかしげる。
「で、メンバーはどうするの?やっぱり、最初はクラスメートくらいから始めた方が……」
「バーカ、何言ってんの。この3人だけで行くに決まってるだろ」
「ええ!僕らだけなの!それはちょっと……」
さすがののび太もこの提案には承服しかねた。いくら無人の星とは言え、3人だけであれこれができるとは思えない。どうせ後から学校の友達を移住させるのならば、最初から誘っておいた方が楽なんじゃないか?そんな思いを抱いていたからである。しかし――
「あのねえ、のび太くん。キミ、自分の胸によーく手を当てて考えてみたほうがいいんでないの?」
「え?僕の?」
「のび太、お前一度地底に子供だけの国を作ろうとしたことがあったろうが。その時、クラスの奴らをあれこれ連れて行ったけど、それでどうしたよ?お前は」
「あ……」
のび太は記憶を振り返った。あれはそう、ドラえもんに「どこでもホール」という道具を出してもらって地下の大空洞を見つけた時の話だ。調子に乗った僕はその洞窟を「のび太国」と名付けて、独裁者を気取って、それで……。
「いいこと?のびちゃん。ある程度の人数が集まっちゃえば、必然的にそれをまとめるべき人間が必要になるし、お前の時みたいに反発する人間も出てくるの。面倒でしょ?そういうのは。だから、まずは生活環境を整える!それまでは余計なところにエネルギーを使いたくないわけよ」
「そうそう。それに惑星を整えてから友達を連れてくるんだったら、それからは最初に色々働いた俺たちが文句なしにあれこれ指示できるだろ?ルールも決めやすいし。ま、確かに労力はかかるかもしれないけどな。ヘマするよりかはマシだろうが」
ジャイアンとスネオの言葉に、何も言い返えせずに頷くのび太。それでも、3人だけというのにはやはり不安が残った。
「じゃ、せめてしずかちゃんくらいは誘ってみようよ!これまでだって、色んなところを一緒に冒険してきたんだしさ。それに、女の子がいたほうがあれこれ細かいところに気が回ると思うよ?」
「しずかちゃんか……」
「まあ、のび太の言うことにも一理あるかもな。でも……来るかあ?しずかちゃんが何もない惑星に、いきなり」
「学校をパニックにさせるなんてとんでもないわー、何て言いそうじゃんか」
「それは、まあ……でも、とりあえず声を掛けてみるだけ損はないんじゃないの?何も、氷河期の日本に行こうってわけじゃないんだしさ。それに本当のこと言わなくても、とりあえず『惑星開拓に行くんだ』ってことだけ伝えれば充分じゃない!終わってから目的を告げればいいわけだし……」
しつこく食い下がるのび太に、初めは多少不服そうだった二人もついには折れた。「のび太が誘うってことなら」という条件付きで、ヒストリア星開拓のメンバーに静が加わることが了承されたのであった。
「じゃ、一回家に帰った後に裏山で!」
「おう!」
「じゃあ!」
声を掛け合い、3人は校門でバラバラに別れる。のび太はその足で静の家に向かった。
(やっぱり、しずかちゃんは必要だよ!)
心の中でその言葉を何度も繰り返しながら、のび太は走る。学校が始まるのが遅くなっても、宿題がなくなっても、それでもそこに、しずかちゃんがいなかったら――そんなの、何にも意味がない!そんなキザな台詞を頭に思い浮かべて、のび太は一人はにかんだ。
・・・
「あらのび太さん、いらっしゃい。どうしたの?」
源家のチャイムを押すと、静はすぐに顔を出した。大急ぎで走ってきたせいか、のび太の息はぜいぜいと荒い。すこし、まって……と絶え絶えに告げると、ようやくと深呼吸して3人の計画を話し始めた。
「実はね……」
・・・
太陽が少し傾いて、段々と空が橙になり初めた頃。スネオとジャイアンが昨日コピーした道具を前にあれやこれやと話していると、のび太が力ない足取りで2人の下へやって来た。
「遅いぞ、のび太!」
「あれ?何だか随分元気がないじゃん。どうしたってのさ。あ、分かった。お前のかあちゃんに何か怒られたんだろ!」
のび太は2人の質問には答えずに洞窟の中に入ると、声もなく座り込んで顔を腕の中に沈めた。スネオとジャイアンは、どうしたのだろうという風に顔を見合わせるのだけれど、のび太は一向に口を開こうとしない。しばらく待ってみてものび太は相変わらず何も喋ろうとしなかった。その様子に短気なジャイアンが業を煮やして大声で怒鳴りつける。
「やい、のび太!せっかくこれから惑星に飛び立とうってのに辛気くさいヤツだな!一体何があったってんだよ!何とかいいやがれ!」
ジャイアンは大声で威圧しながらのび太の襟首を掴んだ。のび太は突然のことに一瞬狼狽したような表情を浮かべたのだけれど、すぐにまた悲しげな表情を浮かべ、やはり黙っているばかりだった。
「ジャ、ジャイアン!暴力は!落ち着いて聞いてみようよ、ね?な、のび太。一体どうしたんだよ。もしかして、ドラえもんにバレたのか?」
「おい!そうなのか、のび太!?」
スネオの思わぬ言葉に狼狽を隠せないジャイアンは、のび太の襟首から手を離すとその小さな肩をぐいぐいと揺すった。のび太は後ろに前にガクガクと体を揺さぶられながら、ようやく静かに口を開いた。
「違う、そうじゃなくって……ゴニョゴニョ」
「はあ?!しずかちゃんに断られたあ?!」
「お前、たったそれくらいのことで、そんなに落ち込んでたってのかよ!?全く、驚かせやがって……」
「そんなことくらいだって!?違う!それだけじゃないんだよ!」
2人言葉にのび太は剣幕を変えて怒鳴った。
「しずかちゃんが言うには
『惑星に行くのはいいとしても、その間ずっと学校を休むの?そんなことしてたら、すぐに大騒ぎになっちゃうじゃない。バイオリンのお稽古もあるし……。だから、ごめんなさい。勉強に遅れちゃうのも嫌だから、今回はタケシさんとスネオさんと一緒に行ってね』
って……」
「……」
確かに静の言うことにももっともだった。開拓をすると言っても、その間地球に3人の姿がなければすぐに計画は露見しかねない。そこを何とかせずに、移住も何もあったものではないだろう。
「やっぱり、無理だったんだよ最初から……」
のび太が再び力ない声を上げた。ジャイアンもここに至って計画が重大な暗礁に乗り上げたことに気付いたのか、何も言わずに黙って目を閉じている。そしてその横のスネオは――
「――つまり話を総合すると『僕らが地球にいたまま、僕らがヒストリア星を開拓すれば』何の問題もないわけだ。そうなるよな?のび太」
「そ、そうだけど!そんなの、無理に決まってるじゃないか!」
スネオのバカげた提案にのび太は声を荒げて反論した。地球にいたままヒストリアを開拓する?そんなメチャクチャな話があるか!のび太は内心で憤った。しかしそんなのび太の気持ちとは裏腹に、スネオは何やら確信めいた目つきをしている。
「……ドラえもんの協力が必要になるな」
「ドラえもん?何言ってるんだスネオ、だからドラえもんは――」
「いいから聞け。協力って言っても、別に計画のことを話すわけじゃないさ。のび太、お前はまず適当な理由をこじつけてドラえもんから『分身ハンマー』を借りてこい」
「あ……」
のび太は思い出した。『分身ハンマー』、かつて二度ほど使ったことのある道具。やらなければいけないことが2つできた時に、そのハンマーで頭を叩くと自分の分身が出てくる道具だ。なるほど、確かにこの道具があれば静の要望も、僕らの心配も一度に解決されることになる。しかし――
「でも、ドラえもんが貸してくれるかなあ?」
「そこはちょっと頭を使えよ。まあ、お前自身の都合で道具を出してもらおうとしたら渋るだろうよ。でもさ、例えば『しずかちゃんが家の手伝いと学校の宿題を両方しなくちゃいけなくて困ってるんだ』とか言えば、案外すんなり貸してくれると思うぜ」
なるほど、確かにスネオの言う通りかもしれない。ドラえもんはのび太の頼みには中々厳しいところを見せるが、その友達のため、とりわけ静の頼みには結構簡単に応じる部分がある。
「確かにそうかも……うん、じゃあその方向で頼んでみるよ!」
「頼んだぞ、のび太。そこが上手くいくかどうかが計画の成功を握る鍵なんだからな!」
「失敗したら、ぶっとばす!」
スネオが知恵を出し、ジャイアンが檄を飛ばし、のび太が道具を調達する。それぞれがそれぞれの役割を果たしている分、これはこれで存外いいトリオなのかもしれない。
・・・
のび太が家に帰ると、ドラえもんは大きな口を開けて昼寝をしていた。自分は気ままに生きてるくせに、僕に偉そうに説教しないで欲しいよな……と内心で苦々しく思ったのび太だったけれど、本来の目的を思い出しドラえもんに声を掛けた。
「ねえドラえもん、起き……」
起こしかけたところで、はたと気付く。
(寝てるんだったら勝手に借りてっちゃお)
何も馬鹿正直に頼むこともないな、と思ったのび太はドラえもんの押入れを開けるとスペアポケットを引っ張り出す。口の中で分身ハンマー、分身ハンマー、と呟きながら目当ての道具を探し出した。
「あった!これだこれだ」
ふと、振り向いてドラえもんの様子を確認した。相変わらずガーガーといびきをかいて眠っていた。本当に呑気なものだ。
(もうすぐ僕が家出をするっていうのに)
そんなことを思いながら、のび太はタケコプターを頭に付けて再び裏山に向かった。
【続く】
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