のび太の声にゴトン、と機械が少し揺れたかと思うと、一瞬後に端末の後ろ側から検索結果を記した紙が出始めた。
「おお、出始めた……っておい、のび太!」
「ええ!?何これ、紙が止まんないよ!」
「当たり前だろ!この広い宇宙に、無人の惑星が一体どれだけあると思ってんだよバカ!」
「そ、そんなこと言われたって!」
端末からはもの凄い勢いで紙が排出され、ついには10mほどまでに伸びていた。
「ええい、もういい!僕に貸せ!」
スネオが声を荒げてマイクを引っ手繰ると、端末にある『検索中止』のボタンを乱暴に叩いた。
「少しは考えて検索しろよ!」
「だ、だってそんなにあるとは思わなくって……」
「もういい、黙って見てろ。あー、テステス。うん、大丈夫みたいだな。それじゃ……『無人の惑星で、かつ地球と同じ大気の状態を備えた星、更に水や資源も豊富で、一年を通して温暖な惑星』を検索してちょうだい。あ、『危険な生物はいない』ってのも付け加えてね」
スネオはスラスラと条件を読み上げた。
「さすがはスネオだな」
「最初からそうやって言ってくれればいいのに……」
スネオの指定が終わると、端末の画面には『OK』という文字が現れた。しかし、しばらく待っても検索結果が排出される様子はない。3人は固唾を飲んで見守ったが、どうにも紙が出てくる気配はなかった。
「やいのび太!お前のせいで紙がなくなったんじゃないのか!」
「し、知らないよ!僕のせいじゃないよ!」
「どう考えてもお前のせいだろうが!この野郎、ぶっ飛ばしてやる!」
「いや、ジャイアン。そうじゃない。ほら、コレ……」
拳を振り上げたジャイアンを制止すると、スネオは端末の画面をジャイアンとのび太に指し示した。画面には『Now searching…』の文字が浮かんでいる。
「何だ?これは」
「インターネットとかで同じような英語を見たことあるけど、多分まだ検索中なんだろうね」
「で、でもさっきはあんなにすぐに紙が出てきたよ!」
「そりゃ、数が多かったからさ。逆にこんなに時間が掛かるってことは、僕の指定した条件に当てはまる星があまりにも少ないってことなんだよ。いや、もしかすると……」
「もしかすると?」
「この宇宙には存在しないのかも。地球ほど人が住むのに環境の整った星なんて、ほとんど奇跡みたいな確率でしか存在しないからね。こりゃ検索条件を変えるしかないか……」
「そんなあ……」
のび太は力なく肩を落とした。ジャイアンも心なしか落胆したような表情を浮かべている。スネオの横顔にも、それは少し。
「仕方ない、一旦検索を中止してもう一度条件を変えないと……」
「待て、スネオ!」
ジャイアンが言葉を遮った。それとほぼ同時に端末がガタン、と音を立てる。3人が黙りこくって結果の排出される部分を見つめていると、ガガガ、と音を立てほんの10cmほどの紙が出てきた。
「……出、た!」
頓狂な声を上げて、スネオは吐き出された紙を指差した。
「やった!やったぞスネオ!のび太!」
「イヤッホーー!」
3人は検索結果を見ることもなく声を上げて抱き合う。これで、ようやく計画の第一歩が踏み出せる!彼らの喜びは存外に大きいものだった。
「おっと、喜ぶのはまだ早い。ちゃんと何て星か確認しないとね」
ひとしきり喜んだ後に冷静さを取り戻したスネオは、二人を落ち着けるように喋ると再び端末に取り組むと、後部から排出された紙を千切り取った。もしかしたら『Not found』なんて書かれているかも……と少し憂慮したスネオであったが、心配とは裏腹にそこには一つの惑星の名前が記されていた。
『惑星ヒストリア』
「ヒストリア?聞いたこともないような星だね、それ」
「そりゃそうさ、この星は地球から何万光年も離れてるみたいだからね」
「コーネン?遠いのか、そりゃ」
「そりゃ遠いさ。光の速さでも何万年も掛かる距離にあるってことなんだから」
「新幹線でそんなに掛かるんだったら、確かに遠いよね」
「のび太、お前は本当に馬鹿だよな。いいか、光ってのは新幹線の種類じゃなくって、太陽から出てる光、つまり分かりやすく言うと『1秒間に地球を7回半回る速さ』ってことなんだよ」
「地球を!?」
「7回半!!?」
のび太とジャイアンは同時に声を上げて驚いた。ジャイアンものび太も、同じような説明は既にドラえもんに何度となく受けているにも関らずこの体たらくである。スネオは少し参ったような表情を浮かべたけれど、この二人は興味のないことにはてんで頭が働かないんだな、と思って納得することにした。
「とにかくそのくらい遠い星なんだ。今の地球の科学ではまだ確認できてなくても全然不思議じゃないってことさ」
「ふーん。でもまあ、関係ないかそんなこと!とにかく住めればいいんだしよ!」
「そうそう、住めば都、って言うしね!」
多少意味の合っていない慣用句を使うのび太のことは無視して、スネオは話を先に進めた。
「これだけ条件の整っている星だ、ドラえもんの道具は最小限のもので足りるだろうね。あまり余計なものを持っていっても荷物になるだろうし、第一勘の鋭いドラえもんだ。あれこれ道具を持っていくような行動は慎んだ方がいいと思うんだよ」
それはそうかもしれないな、とのび太は思った。ドラえもんは妙なところで勘が鋭い。その代わり肝心なところで役に立たなかったりするのだけれど……。のび太はそんなことを考えながら、じゃあ、どんな道具を持っていけばいいのだろうか?と考えた。
「どこでもドアは、必要だろうね」
「意義なーし」
「ちょ、ちょっと待ってよ!そんな大きな物持ってったら、それこそドラえもんにすぐ気付かれちゃうよ!」
ドラえもんはどこでもドアをタケコプターの次によく使う。そんな物を持っていったら、たちまちのうちにドラえもんに気付かれてしまうに違いなかった。
「あのねえのび太。何もオリジナルの道具を持っていく必要はないんだよ」
「ど、どういうこと?」
「必要な道具は、フエルミラーで増やしてから持っていけばいいってことだよ!もう、何で僕の方が詳しくなってんのよ」
スネオは苛立たしげにのび太を怒鳴った。全く、どうしてこいつはこんなにもオツムの巡りが悪いのだろうか。スネオはイライラしながら顔を上げると、のび太は「ああそうか」とだらしなく笑いながら頭を掻いた。
「あ、でも……どこでもドアじゃ大きすぎてミラーに納まらないかも」
「スモールライト使えばいいでしょ!もう次、次!」
こいつに付き合っていると日が暮れても時間が足りない、そう思ったスネオは、独断で必要と思しき道具を次々とリストアップしていった。のび太とジャイアンはその提案に特に反対することもなく頷いていた。
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「全部でこんなもんかな」
「結構多いなあ。もう少し減らせるんじゃねえの?」
ジャイアンがリストアップされた道具の名前を見て、横から口を挟んだ。
「そうだよ。このカラオケキングとか、特にいらないんじゃないかな」
「何だとのび太!俺様の歌がない生活なんて考えられるか!カラオケは最優先だ!分かったか!」
「ま、まあまあジャイアン!とにかく、そういう風にジャイアンの娯楽とか色々考えてリストアップしてるんだから、これだけ持っていけば間違いないんだよ。それでいいか?のび太」
語気荒くわめき散らすジャイアンをなだめながら、スネオはのび太の方を見た。まあ実際に歌うことはないと思うし……とその目は訴えていた。どちらにしてもこれ以上暴れられても困るのでそれ以上の議論を打ち切る。それでものび太には疑問の残る道具があった。
「でもさあ、武器はいらないんじゃないの?だって人のいないところだろ。ショックガンとか、ぶっそうじゃない」
「いや、万が一ってこともある。一応危険な生物のいない星を選んでもらったけど、ほら、狂犬病の犬とか、暴れ牛とかいたら僕たちだけで対処できないだろう?」
なるほど、スネオはそのあたりのことも考慮して道具を選んでいたのか。自分だけなら決して思い至らなかったことだな、と思いながらのび太はスネオの機知に感謝した。
「で、ほんやくコンニャクはどうするんだよ?まさか、食料代わりか?俺はコンニャクだけなんてまっぴらだぜ!」
「違うよジャイアン……僕らは何も知らない星に行くんだよ?これを使って、その星の動物と色々話せたら情報も集められるし何かと便利じゃない。もちろん非常食にするっていう手もあるけどね」
一通り道具を検討すると、3人は「スネオの選んだ道具を持っていけば充分だろう」という結論に達した。それでも随分な数である。
「じゃ、とりあえずスペアポケットから道具出して、フエルミラーでコピーしようか!」
「OK、僕がどんどん出すから、二人はそっちでコピーしておいてよ」
「任されよーう!」
「のび太、くれぐれも慎重に、ドラえもんに気付かれないようにやれよ!」
「分かってるって!」
こうして、ドラえもんには秘密裏に3人の計画は動き始めたのである。
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「バカ、のび太!どこでもドアだけ出してどーすんだよ!スモールライトとビッグライトも一緒に出せよ!」
「ああ、ごめんごめん!」
「ちょっとジャイアン、タケコプターは余裕もって4つくらい作っといた方がいいんでないの?」
「おお、そうだな。悪い悪い、ガハハハハ!」
20分、30分と作業を続けていく内に、次第に道具の山が出来始めていった。ふと耳をそばだてると、遠くの空からはカラスの鳴き声が聞こえる。いつの間にか辺りを夕景が包んでいた。
「のび太、あと幾つだ?早くしないとドラえもんにバレちゃうぞ!」
「待って!あと一つだから……はい、これ!」
そして最後の道具『ほんやくコンニャク』をジャイアンに手渡すと、素早く4つのコンニャクがコピーされた。
「結構な数になったなあ」
人数分をまかなうために一種類の道具を何個かコピーしたものもあるため、作業が終わって見直してみるとボリュームは相当なものになっていた。
「なあ……コピーしたのはいいけど、どうするんだ?これ」
「うーん……ま、僕が何とかしておくよ。とりあえず、だ。のび太は先に帰った方がいいね」
「え?どうして?」
「見ろよ」
そう言って、スネオは空を仰ぎ見た。木々の隙間からは真っ赤に染まった空がところどころ顔を出している。
「もうすっかり夕暮れだぜ。いい加減スペアポケットを元のところに戻しておかないと……」
「あ、そうか……じゃ、悪いけど先に帰るよ!また明日学校で!」
のび太は少し慌てたような口調で二人にそう告げると、駆け足で裏山から下りていった。
「ふー……じゃ、とりあえず道具を人目に付かないところに隠すから、ジャイアンちょっと手伝ってもらっていいかな?」
「任されよーう」
真っ赤に色づいた夕日が、西の空にゆっくりとその姿を隠そうとしていた。
・・・
「ただいまー!」
勢いよく玄関を開けると、乱雑に靴を脱ぎ散らかして一目散に部屋へと向かった。ドタバタと廊下を駆け、階段を走りあがる。のび太は背中に「廊下を走るんじゃありません!」という母親の怒鳴り声を聞いたが、今は構っていられない。
「ただいま!」
部屋にドラえもんはいなかった。どうやらギリギリで間に合ったらしい。のび太は安堵の溜め息をつくと、ドラえもんの寝室に向かった。
「ええと、枕の下に……と」
カラカラカラ。その時、背後で部屋の窓の開く音が聞こえた。タケコプターを外す音も、一緒に。のび太の背中に、冷たい汗が流れる。
「ただいま。……ん?何やってんの、のび太くん」
ドラえもんが家に入ると、何やらのび太が自分の寝室をいじっているのが見えた。心なしかドラえもんの目には、のび太の背中がギクリと反応したように映った。
(なんだ……?)
訝しい気持ちを抑えながら、ドラえもんはのび太の背中に近づいていく。
「やあドラえもん、遅かったじゃないの」
振り返ったのび太は、にこにこと穏やかな笑顔を浮かべてドラえもんに言葉を返した。
「うん、それで君はそこで何をしてるのさ?」
「僕?ああ、今日は天気が良かったろ?だから、僕の枕と君の枕を天井のところで干してたんだよ。たまには干さないと、ダニがわいちゃうしね」
「へえ、君にしては気が利くじゃないか。どうもありがとう」
のび太はへへへ、と笑うと、後ろ手に襖を閉めた。その顔をよく見るとしかし、笑顔はどうも引きつっているように思える。ドラえもんは「どうも不自然だなあ」と直感的に思った。
「ねえキミ……」
「のびちゃーん、ドラちゃーん、ご飯よー!」
丁度その時、階下からのび太の母親が晩御飯を呼びかける声が聞こえた。はーい、のび太は返事をすると一目散にキッチンへと向う。ドラえもんは未だ釈然としない気持ちを覚えながらも、自分の腹が随分減っていることに気付いたので「ま、いいか」と呟きながら階段を降りていった。
【続く】
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週一ペースでやってたのに・・・まぁいいけど少し寂しいかな
受験生も聞いてるらしいから
肉ちゃん優しぃ〜
スペアポケットをコピーしたのかどうかが一番気になるな。