のび太が家に帰ると、ドラえもんがニコニコと機嫌よさそう顔で出かける準備をしていた。のび太が帰ってきたことに気付くと、おかえり!と声をかけながら体に香水のようなものを振りまいた。
「嬉しそうだね、何かいいことでもあったの?」
「これからミイちゃんとデートなんだ!」
ミイちゃんというのはドラえもんのガールフレンドの一人(一匹?)だ。ずんぐりむっくりな体型にも関らず、ドラえもんは意外とモテる。面倒見のいい性格と、普通の猫にはない博識さが異性を惹きつけているのかもしれない。
「ああ、そうなんだ。楽しんできてね」
のび太が興味なさげにそんな声を掛けると、ドラえもんは相変わらずしまりのない笑顔を浮かべながらタケコプターを付けて飛び立った。窓からその後ろ姿を眺めていると、澄み切った青空にドラえもんの真っ青な体がすいすいと溶け込んでいくように見える。
「無理に外に出かけさせる必要もなかったな」
のび太の背後にあるふすまがガラリと開き、ジャイアンとスネオがどすどすと大きな足音を立ててのび太の部屋に入ってきた。声のした方に振り返ったのび太は二人と無言で目配せをすると、ドラえもんが寝床にしている押入れを開く。薄暗い押入れには布団が敷きっぱなしになっているが、じめじめとした様子などはなく清潔さが保たれていた。布団の足元には四次元くずかごがあるばかりで、たまにドラ焼きが隠されていることを除けば、押入れの中には何も置かれていない。もちろんそれは「一見すれば」の話であるが。
「おい、どうだ?」
「たしか枕の下だったかな……あった!」
一人呟きながらドラえもんの枕の下をゴソゴソと漁っていたのび太は目当ての『それ』を探り当てると、後ろでじっと見守っていた二人の方に向き直った。
「あったよ、スペアポケット」
「よし、よくやったぞのび太!」
ジャイアンが大きな手でのび太の肩を揺すし、のび太はえへへ、と照れくさそうに笑った。しかしスネオだけは険しい表情を崩さない。
「安心するのはまだ早いよ。もしかしたらドラえもんが急に帰ってくるかもしれないしね。とりあえず、それを持ってもう一度裏山に集まろう!」
スネオが相変わらずのリーダーシップを発揮しながら二人に指示を出す。ジャイアンとのび太もそのことに特に異論はないようで、コクリと頷くと一斉に駆け出した。
「あら、スネオさん、タケシさん、もうお帰りになるの?」
「まった来まあす!」
「すいませんおばさま、また来ます!あ、今日もお綺麗ですね!」
「あらやだスネオさんったら……」
スネオは走って玄関に向かいながらも、のび太の母に対するおべっかは忘れない。このあたりは流石、と言うべきであろうか。二人に少し遅れて、のび太がドタバタと階段から駆け下りてきた。
「あ、のびちゃん!宿題は終わったの?」
「今日はないよ!行ってきまーす!」
本当は今日もたっぷり宿題が出されていたが、今はそれどころではなかったのでとりあえずウソをついた。ま、大事の前の小事ってヤツかな?と、のび太は今日学校で習ったばかりの言葉を頭に思い浮かべつつ、玄関を飛び出した。
「ねえ、スネオ!」
「なんだよ!」
「宿題が出されるのも、大人の勝手なツゴウだと思わない?」
のび太は走りながらスネオに声を掛けた。スネオはしばらく何も言わず前を見据えたまま走り続けたが、しばらくするとのび太の方に顔を向け、「そうかもな!」と大きな声で言ってニッコリと笑った。
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「とりあえず何を出そうか?」
裏山に着いた3人は、地面に置いたスペアポケットを取り囲むようにぐるりと輪を描いて立っていた。しばらく皆黙っていたが、眉間に皺を寄せて考え込んでいたスネオが最初に声を上げた。
「違う星に行けばいいんだよ!」
「違う星?」
スネオの提案にのび太が頓狂な声を上げる。ジャイアンも「どういうことだ?」という風にスネオの顔を覗き込んだ。
「僕らも随分と色んなところを冒険したけど、やっぱり日本……いや、そもそも地球であれこれするのって、無理だと思うんだ」
スネオの言葉にのび太は自分の記憶を紐解く。確かに彼の言葉には一理あった。海底、地底、過去、雲の上――どんな場所に行っても、大抵示し合わせたように事件が起きたものだった。
「確かにそうかもな」
ジャイアンも同じようにかつての体験を思い起こしたのだろう。険しい顔でスネオの意見に賛同した。黙って顔を見ながら二人の意見を確認すると、スネオは再び言葉を接いだ。
「もしもボックスを使うっていう手段も考えたよ。『学校の始まる時間を遅くして下さい』って。でもさ、そんなんだったらキリがないじゃん。さっきのび太も言ってたけど、宿題にしても何にしてもとにかく今の世の中には大人が勝手に決めた取り決めが多すぎるんだよ」
「それに、あんまり今の世の中を変えすぎちゃうと、タイムパトロールがやって来るしね」
「それもあるね。だから歴史は変えない方向で考えなきゃならない。で、どうも地球上には僕たちが自由にできそうな土地もない。となると……」
「他の星に行って、自由に過ごすってわけか!」
結論の部分をジャイアンが大声で叫んだ。スネオは嬉しそうにうんうんと頷く。
「そうは言うけどさ……」
それでも、のび太は一人不安そうな声を上げた。確かに様々な冒険を経験しているとはいえ、突然「他の惑星に行こう」と提案されては戸惑うばかりだろう。
「他の星に移住して、実際どうするってのさ?一生そこで暮らすわけ?僕、さすがにそんなのは嫌だよ!」
「馬鹿だなあ、何もそんなことをする必要はないんだよ。いいかい……」
スネオは手近にあった木の枝を拾い上げると、二人を近くに招いて地面に図を書きながら彼の抱いた着想を説明し始めた。その内容は以下のようなものである。
・・・
最初にのび太・スネオ・ジャイアンの3人で手ごろな無人惑星に移動する。そこでドラえもんの道具を使いながら、ある程度の生活基盤を築き上げる。そうしてそれなりの環境が整ったら、クラスメイトや他の友達、最終的には学校全体の生徒を惑星に移住させる。
・・・
「全校生徒を移住させるだって!?」
「まあ、それはあくまで最終的な理想だけどね」
スネオは木の枝をポイ、と後ろでに放ると改めてのび太とジャイアンの顔を見渡した。
「いいかい、僕たちの目的は惑星に移住することじゃない。あくまで『子供を無視した勝手な決まり』をどうにかすることなんだ。そこまではいいよね?」
「まあ、そうだな」
ジャイアンが相槌を打ち、のび太も頷く。二人が自分の話に着いてきていることを確認して、スネオは更に話を続けた。
「でも、僕らは選挙に行けない。この前社会で勉強したろ?国の仕組みを変えるには、選挙で自分と似たような考えを持っている人に投票するしかない、って」
「おうおう、やったやった。それか自分が国会選手になるかなんだよな!」
「国会議員だよ、ジャイアン。野球じゃないんだから……まあいいや。とにかく、僕らにはそのどちらも参加できないんだ」
「どうしてなんだよ!」
スネオの言葉にジャイアンが声を荒げる。あまりの剣幕にのび太とスネオは一瞬たじろいだ。
「ぼ、僕に言わないでよ!法律でそう決まってるんだから仕方ないじゃん。だから僕はさっきのアイデアを出したんじゃないか。いいかい、もし僕たちが今のままで『登校時間を変えろ!』って主張しでも、誰も取り合ってくれないよ。所詮子供の言ってることだしね。一々聞いちゃいられないさ。でも僕たちは本気だ……そのことを分かってもらわなくちゃいけない。ところでのび太、サボタージュって言葉知ってるか?」
「知らないよそんな言葉」
「ま、そうだろうな。これはフランス語で『怠ける』って意味の言葉なんだけど……ほら、僕らも『サボる』って言葉使うことあるじゃない」
「おう、それなら分かるぞ。俺もたまに家の手伝いをサボったりするしな」
「そうそう。でね、この言葉は本来、資本家……ああ、うん。まあ偉い人たちに『俺たちのこともちゃんと考えろよ!』っていうのを主張するための行為を指してたんだ。ほら、会社の人が皆休んじゃったら、社長は困るだろう?」
「そうだなあ、うちの店も母ちゃんがいなかったら閉めるしかないもんなあ」
「そこなんだよ!」
スネオはパンと両手を打つと、ここが話しの勘所、といった様子で大きく手を広げた。のび太も押し黙ってスネオの話に耳を傾ける。
「だから僕たち生徒が学校からサボタージュしたら、どうなると思う?」
「そりゃ、学校を閉めるしかないだろうな」
「え?先生たちだけが来るんじゃないの?」
「バカだな、のび太。先生たちの仕事ってなんだ?」
「そりゃ、僕たちに勉強を教える……あ」
「そうなんだよ、僕たちが学校に行きさえしなければ、先生たちの仕事はなくなっちゃうんだよ!そうなったら、僕たちの要求を呑むしかないんじゃないの?」
のび太はなるほどな、という風に頷いた。確かにこの方法ならあるいは……僕らの主張も受け入れられるかもしれない。むしろ選挙にも参加できない以上、主張を通すにはこの方法を選ぶほかないようにも思えた。
「……でも本当に成功するのかよ、それ」
「さあ」
ジャイアンの問いかけに、スネオはあっさりと答えた。熱弁をぶっていた割には随分といい加減な調子である。
「さあって、お前……」
「いいかい、ジャイアン。いきなり制度が変わるなんてのはやっぱり無理なんだよ。世界的に見てもクーデターが成功した例っていうのはほとんどないんだ。だから、もっと長いスパンで見ないといけない」
クーデター?のび太とジャイアンは新しく出てきた単語に頭の中で疑問符を浮かべたが、何となくは言葉の意味は理解できたので黙ってスネオの話の続きを待った。
「でもね、もしすぐに僕らの主張が通らなくても……僕らが実際に『学校をサボタージュした』っていう事実は残る。そしてそれが僕らだけでなく、10人、50人、100人、そして全校生徒にまで数が増えれば……ま、全校生徒とまでいかなくても、その半分もサボタージュすれば、相当大きな事件になるだろう。そんでもって、それがテレビでニュースになれば全国の子供が僕たちの行動を知ることになる。そうなったら大人は大パニックになるんじゃないの?」
「そうか!もしそれで他の子供たちも『僕たちもサボろうか』ってなったら!」
「そうなんだ!今回の狙いはそれなんだよ。僕たちは選挙に行けないけれど、子供が、それも日本全国の子供が本気だって分かったら、大人だって黙って見ているわけにはいかないと思うんだよ」
「選挙に行けない代わりに、実力で大人を動かすってわけだな!スネオ、お前は天才だ!」
思わずのび太とジャイアンが拍手する。スネオははにかんだように笑うと、それほどでもないよ、とニヤニヤ笑いながら胸を張った。
「よし、その方向でいこう!」
「さんせーい!」
「じゃあ、まずは適当な無人惑星を探すか。おいのび太、お前何かそういうのができる道具知らないの?」
「そうだなあ……」
のび太は腕組みしながら、これまでドラえもんに出してもらったあれこれの道具を思い出す。宇宙救命ボート?いや、以前あれを使って有人の惑星に行ったことがあったな。たずね人ステッキ?いやいや、人を探したいわけじゃない。ええと……うんと……。
「そうだ!」
何かを閃いたのび太は足元に置いてあったスペアポケットを取り合げると、乱雑に手を突っ込んだ。
「お、おいのび太!あんまり乱暴に探るとドラえもんにバレるって!」
スネオは慌ててのび太をたしなめた。スペアポケットは、四次元空間を通してドラえもんのポケットに繋がっている。そのため、あまりポケットを乱雑に扱うとその感触がドラえもん本人に伝わってしまいかねないのだ。
「あ、そうだった。えへへ、ごめんごめん」
再び、静かな手つきでポケットを探るのび太。しばらくゴソゴソとやっているうち、あった!と声を上げた。
「これで調べれば分かるはずだよ!」
「なんだい、それ?」
「宇宙完全大百科端末機、って道具なんだ。この世のありとあらゆる情報が取り出せるんだよ。ほら、一回ジャイアンズ対チラノルズの試合結果で揉めた時に証拠写真を出してくれたじゃない。それがこの道具なんだよ」
「おお、あの時の!」
「よし、じゃあそれで調べてみてくれよ!」
「OK!」
のび太は端末に設えられたマイクを手に取ると、口を近づけて喋り始めた。
「無人の惑星を探して!」
【続く】
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画面メモしてまたゆっくり読もうと思います。
肉さん、愛してるぜ!
出てくるエピソードがマニアックすぎるw
読んでると実際の絵が頭に浮かんできます
これから3話以降読んできます。
まあそれはさておき物語としては申し分のない面白さです
3話以降もじっくりと読んでいきますね
宇宙に行っても事件に巻き込まれていることに・・・