東京都練馬区月見台すすきが原、正午。
いつもの空き地、いつもの面々、いつもの日常。
しかしその日、スネ夫にとって予期できなかった黒き光が、一条。彼の頭上にさして蠢く。
「スネ夫とおしりセックスがしてえな」
「おい、アンタ何言い出すんだ」
「おしりセックスかあ。ジャイアン、僕もそう思っていたところだよ」
「メガネ、お前ついに少ない脳細胞が全崩壊したか」
おしりセックス……いくら可愛い言葉でデコレーションしようとも、その発言が意味するところは紛れも無く肛門性交だ。勿論、そのような嗜みを好む人間が世にいること、それはスネ夫も知っている。だが、だが。その好奇心が自らに向けられようとは、あまつさえ年幼い同級生から投げかけられようとは、およそスネ夫が想定できるところではなかった。
「そうと決まれば善は急げだ。さっそく裏山に向かおう」
「待て、ジャイアン待って。ときに落ち着いて。冗談だよね?疲れてるんだよね?そんなおしりセックスだなんて、ちょっとハイボリック過ぎるギャグなんでしょ?」
「伊達や酔狂でこんなことが言えるか。俺は決意を持ってお前にこの熱い想いを打ち明けたんだ。それをお前は交ぜっ返すっつーのか?バカにしてんじゃねえぞ!」
字面だけを追えば中々に情熱的なテイストであるが、それが故、比類なき狂気を感じさせられる。こいつ、ガチだ。ジャイアンの眼に浮かぶ極彩色の感情を読み取ったスネ夫は、身に迫る危機をリアルに感じた。
「いや、まあ、確かにジャイアンのパッションは分かったよ。でもさ、普通に考えたらさ、こういう時の役回りっていうか、キャラ的に考えたらっていうか、ホラ、僕とジャイアンが共謀してのび太を犯す……いや、別に犯したくなんかないけれども、とにかくまあ、被害者はのび太、という感じじゃない?いつもの物語的にはさあ」
「メタな話はやめろよ。俺たちは物語の登場人物なんかじゃない。いつだってヒリつくほどの現実、真実の中に生きているんだ。そこにあってお仕着せのような役割?キャラ?ちゃんちゃらおかしくてよ!」
なんでオネエ言葉なんだよ……スネ夫は脳内で突っ込んだが、最早そんな問題は瑣末な事項だ。目下の大問題は、このままいけば確実に自分の菊座がめちゃくちゃにされる、そればかりだ。
「ジャイアン、運搬の手はずは整ったよ。さすがドラえもんだね、便利な未来道具が満載、って感じで」
ゲタゲタと笑いながら両手を掲げるのび太。その手には猿轡、荒縄、目隠し、鼻フック、手錠……などなど、各種重犯罪行為の場面でしか日の目を見ないインモラルなツールが目白押しだった。未来って、一体何かね。
「流石だな心の友よ。いや、その呼称は改めよう。なぜなら俺たちはこれから兄弟になるわけだからな。グッフフフフフ」
世界で一番知性のない会話が、そこに。じゃあジャイアンがラオウで、僕はトキだね!などと雑な三味線を弾くメガネ。クソが。秘孔をこじらせて死ねよマジで。
「ぼ、僕に乱暴なことをしたら、どうなるか分かっているのか?!僕の親戚には警察関係者もいるんだぞ!それだけじゃない、パパの仕事仲間にはドス黒い人脈を持った、具体的には実話ナックルズなどの3流ゴシップ紙に掲載される類の半グレなどの人材が、それこそ山のようにウッ!」
首筋にチクリ、とした痛みが走る。次いで、耐え難い眠気と気だるさ。全身の力が抜けてゆく。最後の力を振り絞り、スネ夫が振り向いた先にいた人物、それは。
「は、ハルオ……」
「君も好きなんだろう?『3人用』って考え方」
ヌホホホホ!人外のそれに近しい笑い声を鼓膜に受け止めながら、スネ夫は、深い闇の中に、堕ちていった。
迎える夕刻。
千年杉のたもとで。3匹の獣と、一体の家畜が、乱れて狂う。
「スネ、スネ夫、ス、ス、スーーーーーーーーーーー!!!」
ビブラートを利かせた絶叫を木霊させつつ、町一番のガキ大将が放精する。その脇ではのび太がハンディカムを構え、ハルオは画コンテを切っていた。
「しかしのび太くん、君も酔狂だな。わざわざそんなデジタルデバイスを使わずとも、君のところの居候、なんて言ったっけ、あの、名状しがたい青い何か、アレがタイムテレビ的なものを持っているんじゃないの?それを使えば、わざわざ録画することも」
「分かってないね、ハルオ。それだと侘び寂びってものが足りないんだよ。それに、こういう録画形式でないと、後から恣意的な編集を施せないだろう?」
違いない、ハルオはそう言いながらコンテを切りつづける。彼の描く構想は、まさにアート。手元で乱れ描かれる未来の情景(シーン)は、スネ夫の菊門が荒々しく散るクライマックス『第六天月下妖星・邪宗門之奈落』へと差し掛かっていた。
「おうハルオ、次はどんなプレイに臨めばよろしくて?」
ハアハアと乱れた息をつきながら、怒張したイチモツをスネ夫の菊座から引き抜く剛田。その硬度は幾重もの放精を経てもなお微塵と衰えていないというのだから、若さというものは真に向う見ずなものである。
「そうだね、次はタケシ君がスネ夫のイチモツに口淫を仕掛けるんだ。タチのキミからすればあまり好ましくない行為かもしれない。しかしこの場面のテーゼ、それ即ち『破壊と再生』……キミの手で破壊したスネ夫を、君の手で再生させる、これだよ」
ホフフホッハ!最早笑い声と認識することすら難しい何かを発しながら、ハルオはジャイアンに指示を飛ばす。ジャイアンは腕を組み目を瞑って、言葉なく頷いた。
「じゃあスネ夫、失礼するぜ。何、心配するな、俺の手……もとい、俺の口にかかれば、そこにあるのは完膚なきまでの楽園、ネバーエンディング・ネバーエンドだわよ」
ジュボボボボ!!家業である雑貨屋で鍛えたジャイアンのフェラテクが唸りを上げる。刹那のうちにスネ夫の快楽は閾値にまで高まり、そして音の速さで、果てた。
「ヌヌヌッ!やだ、もうフィニッシュしてからに!あまりにも早い、早すぎる終結。そして何やら口腔に広がるほのかな甘味。馴染みのある味覚、これはそう、糖ね。スネ夫、不摂生はいけなくてよ」
陸に打ち上げられた魚のようにビクビクと体を震わせるスネ夫。その鼓膜には、もはや、何事の声も届かない、届かない。
「うーん、これは困ったな。破壊と再生を演出する上で、スネ夫くんの雄々しくそそり立ったイチモツの画はマストだったんだが、これではうまくない」
名脚本家・ハルオが渋い声を発した。およそ100章に及ばんとするスネ夫戯曲『魔羅之放精 菊座之明滅 骨川受肉於千年杉』は、その一つのパーツが欠けただけでも完成することはない故である。
「そのことだったら心配には及ばないよ、ハルオ」
それでも打開策を導くのは、いつだって巨匠・のび太だった。彼はポケットに手を突っ込むと、すぐさま明日を紡ぐ夢の架け橋を取り出す。
「ドラえもんに借りたんだ。『どこでもバイブ』、っていうらしい。これで前立腺をアレしてコレすれば、寿命寸前の老人だってイチコロ、って寸法さ」
「さすが22世紀だな。オーバーテクノロジーに過ぎるぜ」
ニッヘヒャァウッフ!怪しく笑い、笑う、運命の3人。彼らとスネ夫の何が同じで、何が違って。それは誰にも分からない、分かる意味もまた、ない。
「じゃあ、派手に頼むぜのび太」
「ようがす。じゃあスネ夫をうつぶせにして、と。スネ夫の右の尻たぶをX軸、左の尻たぶをY軸、アヌスをZ軸と考えたとき……波動関数を鑑みると……なるほど分からん、とりあえずブチ込めばいいか……奥さんヨネスケです!」
ズヌヌヌヌ!22世紀のテクノロジーが地鳴りのような音をたてつつスネ夫の菊座を侵食する。瞬間、スネ夫のイチモツが屹立し、裏山の土を裂いて抉った。
「マーベラス……予想以上だよスネ夫……!」
ハルオが驚嘆の声を上げた。眼前に展開されるはスネ夫の、スネ夫による、前人未到のアースファック。後にハルオはこの予期せぬ追加演目を『知徳合一 大地讃頌之型』と名付けることとなる。
「陰茎の硬度の高さゆえ、スネ夫の身体、少し地面から浮いてるよね。ちょっと引くわ」
「若さとは時として天衣無縫なものだからな」
「天衣無縫だかインリン・オブ・ジョイトイだか知らないけどよ、これから俺はどうすればいいんだ?おあずけを食らいすぎて、もう収まりがつかなくてよ」
ジャイアンが監督・脚本サイドに対して苛立った声をぶつける。名優、剛田武。少々せっかちなのが珠に瑕である。
「本来ならここで二人にアドバルーンの上でファックして頂きたいんだよね。イメージとしては『空から見守る無償の愛』という感じで。しかし肝心のスネ夫が意識不明の状態だからな。困ったものさ」
「さすがにその絵面は、少々刺激的に過ぎるかもね。官憲の手が及びかねない」
「それは困るな。俺もこの歳で履歴書の賞罰の欄を埋めることになるハメは、ちょっとな……」
腕組みをしながら考え込む面々。若さとはいつでも無軌道なものだが、それは決して、冷静さを欠くことを意味しない。本気であればあるほど理知的になれる瞬間も、確かにあるのだ。
「そうだ!そういえばドラえもんにこの道具も借りてきてたんだった。これを使ってどうにかできないかしら」
言いつつ、のび太がごそごそとポケットを漁る。数分、あるいは数秒が経過して後、彼の手の中に黒光りする仰々しいマテリアルが姿を現した。
「おっ、クールな佇まいだ。時にそれは、なに?」
「ちきゅうはかいばくだんだよ」
「ヒュー、いなせだね」
「よくそんなバカでかい代物をポッケにナイナイできてたもんだな」
「為せば成る、ってヤツさ。これでどうにかなるかな?」
ハルオは瞳を閉じると、しばし考え込む。上空ではカラスが鳴き、遠い遠い校庭から、同級生のものと思しき嬌声が聞こえる。柔らかな薫風が三人の頬を撫で、だからそれは、季節が確実に春へと向かっていることを、雄弁に物語っていた。
「とりあえずアナルにブチ込んでみたらいいんじゃないかな?」
「なるほど、その発想はなかった」
「ハルオはいつだって蒙昧だった俺たちを啓いてくれたよ」
そこからの初動は早かった。手馴れた手つきでポッケからローションを取り出すと、それをスネ夫の菊座に塗りたくるのび太。追加の場面のためのコンテを切り続けるハルオ。最高のシーンを演出するべくストレッチに余念のないジャイアン。一同、紛れもなく流れるような外道であった。
「各々がた、準備はよろしいか」
殆ど光の残されていない裏山に、のび太の声が響いて轟く。顎に手を当て俯くハルオ。大仰な道具を両手に抱えるジャイアン。ラストシーンは既に幕を上げているのかもしれない。物語が……はじまる。
「――――ァクション!」
「孤独は山になく、街にある!一人の人間にあるのでなく、大勢の人間の『間』にあるのである!スネ夫ォ!お前のものは俺のもの、お前の孤独もまた、俺のものだ!ヌオオ、ウオオオオアアア!!!」
チンポチンポカーマカーマチンポカーマチンポカーマ!何やらもうワケの分からぬ擬音を上げつつ、スネ夫の菊座を侵食してゆくちきゅうはかいばくだん。その時少年は何を思うのだろう。何を思わないのだろう。アンドロイドは電気羊の夢を見るか。骨川スネ夫は、人の夢を、見るか。
「止まっ、た……」
ちきゅうはかいばくだんがスネ夫の腸内(なか)に完パケで納品された、刻。光の動きが止まって鎮む。夕景の中に溶け込むスネ夫の神々しく神々しい御姿は、まるで神羅万象を詳らかにしたかの如き説得性を持って、三人の網膜へと飛び込んできた。
「永遠はここにあったんだね」
「のび太、ハルオ。俺は今、もうれつにかんどうしている」
「言葉で、あるいは他の何かで。この世の何がしかを表現しようとすること、そんなのは土台無理なことなのかもしれない。それでも、少なくともいま、ここに」
全てが在った。或いは、全て無かった。有と無の狭間、始まりと終わり、終わりと始まり。払暁、晩冬、男と男と、そして、男。
「夜明け、だね」
「それは現象的な意味で?」
茶化すなよ。のび太は乾いた笑みを浮かべながら、億劫そうにかぶりを振る。夜明け、それは誰にも等しい。街にも、大地にも、あるいは、少年たちの心にも。
「帰ろう。僕たちの日常に。何でもない日々に」
ハルオは立ち上がり、パンパンとズボンに付いた土を払う。次いでのび太とジャイアンがそれに倣った。一同はそれぞれが同様の所作を行なっていることに気づいて、何となく、笑う。
「じゃあ、また明日……」
言葉を飲み込み、ジャイアンが笑う。ほどなくしてのび太とハルオも、笑った。
「また、今日」
「うん、また、今日」
「また、今日だね」
それぞれが背を向け、三々五々、裏山を下った。三人が振り返ることは、ない。全てが終わったいま、少年たちが後ろを振り返る必要は、もうどこにもない。
こうして狂乱の一日は幕を閉じた。そこに何の意味があったのか、と問われれば、客観的な意味、あるいは意義など、何もなかったと言うべきだろう。しかし、彼らは知っている。固有の意味など、自らが知っていればそれで足りるのだ、と。他に理解されずとも、疑義を唱えられようとも。自らが納得さえしていれば、そこにこそ全ての真実が宿るのだと、ただそのことを。
「いらない……こんな地球は……もういらない……!」
それは、翌日。裏山で目を覚まし、己が菊座からちきゅうはかいばくだんを引き抜きつつ、全世界的に向けて呪詛を発したスネ夫にしても……同じことであった。
(ドラえもん スネ夫の創世日記 完)
ワロタwww
どうも内容が引退の揶揄と取れてしまった
忘れていた青春時代の追憶にふける、そんなセンチメンタルを感じました