「なあ、付き合おうや」
メールのやり取りがはじまって、しばらくしてから。僕と彼女は一度、昼間に会ってデートした。確か、渋めに小倉城とか見に行った気がする。とりあえず場所は問題じゃなかった。会える、というその事実が何より大切だったんだと思う。まあそれにしても、城はないだろうよ、俺。
「肉さん、受験があるんでしょ?だったら、付き合えないよ。邪魔にはなりたくないもの」
撃沈した。なまじ、嫌いだとか言われていないぶん、生暖かく切なく心に沁みるフラれ方だった。僕は小倉城の周辺で討ち取られた武将を自分の感情にフィードバックしながら、無念、と呟き小倉の街を後にした。
そんなやり取りのあったその夜。僕は一人、部屋で悶々としながらもついに携帯を握り締める。
「すまん、やっぱり付き合ってくれ!」
諦めきれない!若者の心は叫ぶ。実際はこの100倍ほどの長さの文面だったけれども、要するに14文字の僕の気持ちを改めて伝えたくって、僕はメールを発射した。
「受験なんてどうでもええ!」
よく覚えてませんが、おそらくこのくらいのことは言ったでしょうな。これでダメならもう知らん!そんな気持ちで僕はメールのリターンを待った。
「本当にいいの?……こんな私でよかったら、よろしくお願いします」
こうして僕は、受験も間近に迫ったあの冬。
初めての彼女をゲットしたのであった。
「そんなこともありましたなー」
昨年末、僕は友人の家に赴くために小倉の駅で一人降りた。
北口の夜景を眺めながら、ほとんど景色が変わっていないことに少しセンチメンタルな気持ちを抱く。
結局、その彼女とは三ヶ月だけ付き合って別れた。
あの時はとても長く感じられたけれど、振り返ってみるとばかに短い三ヶ月という期間。
僕の大学合格が決まったその日のことだ。
「これで遠距離が確実になっちゃうから、別れようね」
そんな理由で別れを告げられたのを覚えている。
その言葉が本音でないことは僕にも彼女にも分かっていたけれど、同時に、もうこれ以上は付き合っていけないこともお互いに分かっていた。
中々会えない二人の距離と、受験を心配する彼女と、受験なんてどうでもいいと身勝手に主張する僕と。少しずつ気持ちがすれ違っていって――などといえば綺麗に聞こえるけれど、単純に子供だったのだろう。お互いが、それぞれに。
「大学、頑張ってね」
悲しさは、あまりなかった。
けれどボロボロと泣く彼女を見て
「ああ、俺はこの子のことホントに好きだったな」
そんなことを、柄にもなく思った。
なぜって意気地のなかった僕は、付き合って3ヶ月の間にキスの一つも出来なかったのだから。手を繋ぐだけで胸が張り裂けるくらいにドキドキして、喋るときは顔もきちんと見れなかった。
あの時、あの子と過ごした時間。
僕の中に住んでいるゲスな『肉欲』は、はにかむ僕に気を使ってだろうか、少しも出てこようとしなかったのだ。
「キスくらい、しとけばよかったんじゃねーの?」
心の中の肉欲が苦笑いして僕を小突いた。
本当に好きな人には手を出しづらい、切ないあの気持ち。
男だったら誰もが持つ青春のカサブタなのかもしれない。
「これ、チョコレート……」
その日、別れるために会ったはずなのに、彼女は律儀にもバレンタインのチョコを用意していた。僕は少なからず驚いたけれど、少し照れくさそうに「ありがとう」と笑って受け取った。
「お前も、受験、頑張れ!」
彼女の受験は来年だった。これからその足で絵の塾に向かうと言う。僕は「頑張れ、頑張れ」くらいしか言えなかったけれど、精一杯激励した。
「頑張って、東京来いよ」
そんなことを言いながら、彼女を軽く抱きしめた後に、手を振って別れた。
大学から合格通知をもらい、女の子からチョコレートをもらった。
なのに、世界で一番切ないバレンタインを過ごしているように感じた、あの日。僕はその時の気持ちを、ブラウン管越しに写る三浦理恵子の顔を見て、疼痛のように思い出してしまった。
時間は過ぎる。
明日が今日になり、今日は昨日になり、昨日はいつか昔になる。
決して長くは付き合えなかったけれど、今思い出してみて浮かぶあの子の顔が全部笑顔なのは、少しは良い付き合いができてた証拠なのだろうか。
家に帰ってから、生まれて初めて食べた生チョコはとても甘くて、舌の上ではらりと溶けた。
追憶の中にいる彼女。
もう、そこにしかいない、彼女。
今も、元気に絵を描いてるのかな――。
(↑キレイに終わりたい人はここまで)
(↓肉欲死ね!と思った人はここから)
「絵を描いてるのかな?」どころの話じゃない。
去年東京で会ったっちゅー話です。
ずっと連絡とってなかったんですけど、僕は高校の頃から携帯変えてなかったもんで、いきなりその子から連絡きた時の、あのサプライズ具合。
「肉ちゃん、あたし彼氏と別れてさー」
へ、へえ。そう。僕は勃起するチンコを抑えながら冷静を装って会話を続けた。
「じゃ、ま、一軒行こか?」
青春を潜り抜けた大人の対応である。
僕はその日、国分寺に向かって走った。
「よおー!久しぶりじゃーん!」
久しぶりに会った彼女は随分大人っぽくなっていて、僕は勃起するチンコを抑えながら冷静を装った。
「ま、飲もか!」
事前のリサーチで、彼女はこのすぐ近くに住んでいることが判明している。僕は極めてクレバーに終電の時間を確認すると
「すいません!冷酒!」
特に飲みたくもない冷酒をオーダーした。
あの日の僕がこの姿を見たら、一体何と言うのだろうか。
「家行こ!家!な!」
計画通りに僕はベロベロになっていた。
「もー、家散らかってるよ?」
(言うてもお前、覚悟はできとるんじゃろうが!)
僕の中で広島弁の極道がシャウトする。
あの日果たせなかったキッスを、いや、キスだけじゃない!もっと!もっと先まで!GO!前へ!僕は脳内天国に花を咲かせた。
「ベッドも一個しかないしさー。狭いよ?」
(覚悟はできてるんディスカー!)
僕の中で大陸系マフィアが咆哮を上げた。
とりあえずテレビを点けて「いや、別に性欲とかないんだけどねー」という素振りを見せると、丁度『情熱大陸』の情熱的な音楽が流れ始めるところだった。
「あたしもう眠い」
(そう来たか!)
僕は「そ、そうだよね」なんてジェントルに言うと、いそいそと部屋の電気をオフする。同時に股間がオンになる。世界は、上手くできている。
「あ、肉ちゃ……ん……」
キスをする。酒臭い!まあ当然か。結構飲んだしね。とにかくミッション1、クリア。僕はミッション2をこなすべく首の下あたりにある山に登山を開始した。おや、結構標高の高い山です。
「肉ちゃん、キスはいいけどエッチはダメよ」
(何言うてまんねん!)
即座にベタベタの関西芸人がツッコミを入れた。この状況で何をおっしゃるのか?そういうプレイなのか?僕の脳内で各種言語が入り乱れたが、人生は不思議だね。目の前の彼女は、本気で寝に入った。グーグー。えっ、マジで?僕は試しに乳を揉んでみる。フニフニ。反応はない。フニフニ。その所作は、リアルドールの乳を揉んでいるようで実に味気ない行為だった。
「キミとは、やっとられんわ……」
僕はベッドの残り半分に寝転がり、布団を被って泥のような眠りを眠ると翌朝、もてなされた紅茶を飲んで帰った。
――1週間後
「肉ちゃんあたしさあ、飲み会で知り合った人とその日のうちに『しちゃって』さあ、付き合うことになったんだよね。だから連絡は取れなくなると思うんだ!」
こういう電話をよー、一体女はどういう顔で掛けてくるんだ?!知りたい!その顔を心から見てみたい!
「あ、ああ。そうなんだ……」
(何だよ!俺とのエッチは拒否したくせに!)
虚しく乳だけを揉んだあの日。
この電話を受けた時
「揉まなきゃよかった!むしろ、会わなきゃよかった!」
と強く感じたのは、言うまでもない。
「揉めただけ、得じゃん!」
違うんだ!そういうことじゃないんだ。
上手く言葉にできないけれど、あの乳は揉むべきじゃなかった、いやむしろ!会うべきでは、なかったのである。上手く言えないけれど、本当に。
『これ、チョコレート……』
清純そのものだった、あの日の彼女。
いや、それは単に俺が騙されていただけだったのか?
まあ、それでも、いい。
とにかく、今はもう追憶の中にしかいないあの頃の彼女。
美しかった思い出は、その当人たちの手によってコナゴナに破壊された。こうやって僕たちは、カルマを積み重ねていくのだろうな……と、僕は中野にある行きつけの居酒屋で一人熱燗を啜りながら、思った。
「肉ちゃん、今日はよく飲むねぇー!」
「マスター、もう一杯熱燗つけて!」
「あいよっ!」
何ていうことはない話さ。
僕はこの経験から
「別れた恋人となんて、会うもんじゃない!」
という、当たり前すぎる教訓しか得られなかったのである。
ピュアだった自分を踏みにじり、思い出に泥水をぶち撒け、その果てに手にしたのは、どこにでもあるような切ない教訓。
思い出はみな美しい!と言うけれど、その美しいものをあえてまでこの手で汚した僕が、途方もなくバカ野郎のように感じられた。
♪恋人よ 君を忘れて
変わってゆく ぼくを許して
毎日愉快に 過ごす街角
ぼくは ぼくは帰れない
あなた 最後のわがまま
贈りものをねだるわ
ねえ 涙拭く 木綿の
ハンカチーフ下さい
ハンカチーフ下さい
変わってゆく ぼくを許して
毎日愉快に 過ごす街角
ぼくは ぼくは帰れない
あなた 最後のわがまま
贈りものをねだるわ
ねえ 涙拭く 木綿の
ハンカチーフ下さい
ハンカチーフ下さい
「肉ちゃん、そろそろ看板だよ?」
一人酒の好きな僕、今日だけは特に沁みる。
心に、そして頭に。
「会計、ここに置いとくから……」
後ろ手に、カラカラと音の鳴るドアを閉めた。
「毎度ぉー!」
外に出るとピン、と音を立てそうなくらい張り詰めた寒さが体を包む。
「ここで雪でも降れば絵になるんだけどな……」
そんなことを思ったけれど、現実はそんなに綺麗じゃない。いやむしろ、汚いからこそ現実なのか?しこたまに酔った僕にはもう、その辺りのことがよく分からなくなっていた。
家に帰り、布団を敷いて潜り込む。
ひどく冷たい掛け布団、その中で嗚呼。
早く大人になれますように、僕は祈った。
-fin-
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【おまけ】
木綿のハンカチーフ
椎名林檎ver (youtube)
俺のモトカノたちは元気だろうか…
切ない…と思ったらやっぱり肉欲さん、期待を裏切らないですね〜笑
そんなところが大好きなんですけどね(はぁと
)
思い出を作るのも壊すのも所詮は自分自身なんですね(^^;
読みながら自分が犯した過ちを思い出してしまいました。
僕の追憶の彼女の顔は、最後に見た泣き顔です(つД`)
男は誰でも同じなのネww
違うのは自分は去年振られて今年受験だってことかな、受かる気しねぇ・・・
チキンだから手さえ繋げなかったさ( 'A`)
あの時、肉さんが僕にいったカルマが深い・・・意味が分かってきた気がします
肉欲企画応援シテマス^^
でもほんと、別れた後も美しい思い出で終わってる人とは会わないほうがいいと思います。実際がっかりくる。あの清純だった頃とは別人になっている。太っていたり禿げ始めていたりと。
次は第二章に…続くといいな
もしかしたら、勢いで会ってしまったけど、もう昔みたいな関係には戻れないことを悟った元カノさんが、「思い出をありがとう。肉ちゃん、サヨナラ!」という気持ちをこめて、自分を蔑むようなネタで電話したんじゃないでしょうか? 他人事なのに妄想ひどくてすみません…
同時に一番醜いモノなのかもしれませんが…。
前半で綺麗に終わるかと思いきや、さすが肉欲さんですねww
これからも更新楽しみにしてます。
なきました・・・!!
でも後編・・・
笑いましたw
が
なかなかそこで終われないのが人間!
青春ストーリーを見事に打ち破ってくれました。
寝ている時の胸を揉むほど虚しいことはありません。
後半で別の意味で涙
明日が今日になり、今日は昨日になり、昨日はいつか昔になる。
これ感動しました!すぎた時間は戻らない。切ないね
過去は何であんなに美しいのかな
私の胸なら揉み放題ッスよwww
僕も過去に元彼と遊んで、最高の雰囲気になりつつも乳山に登頂しただけってことがありましたお(;^ω^) まぁ後々考えると、それが正しかった気がしています
消〜えてくれないか
い〜ますぐ〜
ぼ〜くの目の前から
い〜ますぐ〜
死〜ぬほ〜ど〜
お〜まえ〜を〜
あ〜いし〜て〜い〜るか〜ら〜♪
棒の兄貴のカオス臭を鼻からコークのごとく吸い込まして頂やした!
ノスタルジーな兄貴テラ萌えス( ^ω^)
友達に戻ったけれど今彼女の話とかされるとなんとなく悔しくって…
あまりにも目をそらしちゃうからほっぺ掴まれて『ちゃんと俺の顔みろよ!』って言われた懐かしい思い出。
肉さん切ない…(++。)でもキュンとしました。恋の話またして下さい!
今の純粋さゆえに過去の純粋さに傷つけられるのですね。
とウゼー解釈をしてみた!ヒャハッ
これのことかな?
http://2949.seesaa.net/article/9601219.html
と思いきやちゃんとオチがあるんですね(^_^;)流石肉欲さん☆
彼女じゃないけどこの間会った女友達は変わってた。
まさかあんな美人になっているとは・・・・こっちはぶくぶく太ってるだけなのに。
揉むべき乳はここにあ(ry
ところでこの前夢に肉さんでてきました。私が肉さんを雪の中につき倒して喜んでたら、半切れの肉さんに藁で殴られましたww
…で?
あと肉さんがわたし以外のひとの夢にも出演していてちょっとジェラシーww
( ^ω^)ナンツッテ☆
に思わず泣いたー!感動系の肉さんも好きです。
と思ったら最後はいつもの肉欲クオリティ GJ!
文体が別人のようでした。引き出し多くて改めてすげぇな、と。
やっぱ元カノとは縁切るべきですよね。 はあ
肉ちゃんは間違った道を歩かずに済んだんだよ
♪こっいっびとーよ〜ぼくゎーたーびだーつーぅ〜
⊃◇←ハンカチーフ
嬉し恥ずかしくホロ苦い感じ、
共感しました。
でも肉さんはいい恋をしてますよね。
普通の青春をおくりたかったよ…
とても切なくなりました…。
同時に、肉さんの様な方に愛された元カノさんを、羨ましく思いました。温かくて、素敵なお方なんですね。やはり好きだ。肉さん好きだ。
みんな幸せになろーぜ!!
肉さん、俺はこれが妄想じゃないと信じてますよ!がんばってください。
まで読んだ。
の方かと思ったw
よう!俺!
ずっと前からいつも楽しく拝見させていただいてます。
この記事が特に大好きで、今までに何十回も読みましたが、何度でも泣けます。「本当に好きな人には手を出しづらい…」の部分、切なすぎますね。
僕は今年で21になりますが、今でも肉さんみたいな本気の恋がしてみたいなと思います。
これからも応援してます!いつも楽しい文章をありがとうございますm(__)m