【あらすじ】
ペンション『シュプッール』に来た俺こと阿部高和と道下正樹は、スキーを楽しんだ後ペンションで楽しいひと時を過ごしていた。
そんな時、ロビーから何やら騒がしい声が聞こえる。
どうしたものかと駆けつけたそこには、正樹の兄のボブさんがいて……。
「アッーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
その時。
ペンション全体に響き渡るような叫び声が聞こえた。
俺は手の中に未だ握っていたメモに目をやる。まさか……
こんや
12じ
だれかが
アッーーーー!!!
(まさか……そんな……!)
「な、なんですか今の叫び声は!」
声を聞きつけてボブさんが談話室に現れた。
「に、兄さん、今、上の方から叫び声が聞こえてきたんだ!み、見に行かないと!」
「そ、そうだな。すまないが二人ともついて来てくれ!」
俺たちは揃って頷くと、バタバタと2階に駆け上がった。一体……一体何が起こっているんだ……?!俺は胸の奥から湧き上がる不安を抑えきれずにいた。
階段を駆け上ると、がらんとした廊下が目に飛び込んだ。
「誰もいないな」
俺は二人に向かって声をかけると、彼らは黙って頷いた。緊迫した空気が走る。
「……正樹、阿部さん。とりあえずご自分の部屋を調べてもらえますか?その間に僕は一部屋一部屋ノックして回りますから」
「分かりました」
マスターの言葉に促され、俺と正樹は自分の部屋へと向かう。
「一体何だったんでしょう、あの声は……」
「さあな。けどまあ、随分気持ちが良さそうな声だったぜ?」
不安げな正樹を安心させるために俺は少しおどけた様子で話す。けれど正樹は曖昧に口角を上げるばかりで、俺のジョークに心を落ち着けた様子はなかった。
「じゃ、調べようか。万一何かあったら大きな声で知らせろよ、いいな?」
「はい、阿部さんも気をつけて下さいね」
そう言って俺たちはお互いの部屋に入った。
ここで部屋の間取りを紹介しておこう。
まず、ドアから入ってすぐ右手に洗面所と風呂場がある。
部屋は大体7畳程度の広さで、セミダブルのベッドが設えてあり、その向かい側にテレビ、その脇にクローゼット、そしてドアから向かって突き当たりの壁に窓が備え付けられている。まあ、ごくありふれた感じの一室だ。
「最後に出て行った時のままか……」
部屋には特に変わった様子はなかった。ベッドも綺麗にメイキングされたままだったし、水回りも使用された様子はない。つまり、状況からすればこの部屋には誰も入っていないことになる。よくよく考えてみれば大金を置いているわけでもなし、連れも正樹だけの俺の部屋から叫び声など聞こえるはずもないのだ。
ざざざざざ
不意に窓の方から大きな音が鳴り、俺は思わずビクッと肩を震わせる。
(なんだ……?)
窓の外では、先ほどまでとは打って変わって吹雪が景色を白く染めていた。この分だと明日は随分積もりそうだった。それにしても今の音は何だったのだろうか。俺はまんじりともせずに窓を見つめたままでいると、再びざざざ、と大きな音が聞こえ、それと一緒に窓の外を白いものが落ちていくのが見えた。
(雪か……)
何のことはない、この吹雪である。屋根の上に積もった雪が重さに耐えかねて軒下に落ちる音だったのだ。全く驚かされた俺がバカみたいだな、と苦笑しながら部屋を後にした。
部屋を出た丁度その時、正樹も自分の部屋から出てくるところだった。俺は正樹に向かって軽く手を上げる。
「よお、どうだった?」
「特に変わった様子は……阿部さんの部屋は?」
「俺も来た時のままだったな。まあ、誰もいない部屋から叫び声が聞こえるはずもないんだけど。それよりボブさんの首尾はどうだったのかな?」
そう言って俺は廊下を見渡したが、ボブさんの姿はそこになかった。
「あれ?アニキどこに行ったんだろう」
「下に降りたのかもな」
正樹と会話しながら、そう言えばと思った。
一体この二階には俺たちの他にどれくらいの客が泊まっているのだろう?
食堂で何人か見かけたが、別にお互い自己紹介をしたわけじゃない。もちろんこれから改めてしようとも思っていないが……。
「そういえば何部屋あるんですかね?」
正樹も同じようなことを思っていたらしく、廊下を左右にきょろきょろと見渡している。
俺もその横で2階の部屋数を数えることにした。
「ひい、ふう、みい……」
「うん、俺たちの部屋を含めてちょうど10部屋みたいだな」
「結構ありますね。中にはダブルとかトリプルとかもあるだろうし」
「シーズン中は混むだろうからなあ」
そんな他愛もない話をしていると、階段の方からバタバタと足音がしてマスターが昇って来た。
「ああ、ボブさん。どこに行ったのかと思いましたよ」
ボブさんは答える代わりに軽く会釈しながら俺たちの方に歩いてくる。見ると、手にはジャラジャラとした鍵の束が握られていた。
「ボブさん、それは?」
「ええ、このペンションの合鍵の束です。いやね、阿部さんと正樹の部屋以外をひとつひとつノックして回っていたのですが、どうも一部屋だけ反応がなかったものでして」
「ああ、そうなんですか。それで合鍵を」
「ええ、普段は滅多なことではお客様の部屋に入ることはないのですが……先ほどの件もありますし」
ボブさんは表情を強張らせながら俺に説明した。そうだ、あのメモ……。
先ほどはいたずらだと決め付けたものの、偶然にしてはどうも奇妙な感じがする。それに大の男があんな大声を上げるほどなのだ、合鍵を使って部屋に踏み込むのもやむなしというものだろう。
「一応、付いてきていただけますか?」
俺と正樹はコクリと頷くと、歩き出したボブさんの後に黙って続いた。
その部屋は一番奥まったところにあった。丁度正樹の部屋のはす向かいである。何となく正樹の表情をうかがってみたが、別段変な様子はなかった。
「奥田様!奥田様、いらっしゃいますか?」
合鍵を使う前にもう一度ドアをノックするボブさん。二、三度同じような調子で繰り返してみたが、ドアは頑として動かなかった。
「やっぱりダメですね……」
「ホントにこの部屋にいるはずなんですか?兄さん」
「チェックインしてからは一度も下に降りてないはずだからね、食事にも来ていなかったし。だから部屋にいるはずなんだけど……」
「とにかく、開けてみましょう。話はそれからだ」
「そ、そうですね」
ボブさんは俺の言葉に促されるように合鍵を持ち直すと、神妙な面持ちで鍵穴に鍵を差し込んだ。ウホッ!
ガチャリ、という音がして鍵が180度回転する。どうやら無事に開錠したらしい。合鍵なのだから当たり前なのだが。
「奥田様、入りますよ?」
ボブさんは律儀にもう一声掛け、部屋のドアを開けた。
「奥田様……」
先頭にボブさんが、そしてその後に俺、正樹と続く。
ドアの向こうは真っ暗だった。誰もいないのか?それとも電気を消しているだけなのか……俺たちは廊下から差し込む光だけをよすがに、少しだけ部屋に踏み入った。
見ると、部屋に入ってすぐ右手に洗面所と風呂が設えてある。どうやら俺の部屋とは正対象になっているらしい。
「ん?あれは」
「え?」
ボブさんの声に顔を上げて見ると、廊下からの微かな光に照らされて朧げに部屋の様子が浮かんでいた。そして俺の視線の先、壁際からのぞくベッドの上に男のものと思しき足があった。
「なんだ、部屋にいるんじゃないか」
おおかた熟睡でもしてて声に気付かなかったのだろう。
「ボブさん、たぶん寝てるんじゃないですか?邪魔したらまずいですよ」
「そうだね。考えすぎだったのかな」
僕らはひそひそ声で話すと、そのまま踵を返そうとした。
その時、ずっと黙っていた正樹が突然口を開いた。
「……兄さん、部屋に入ろう」
「寝てらっしゃるんだからまずいって」
「いや、だっておかしいよ。ほら見て、あの人、踵が天井を向いてる」
「え?」
「普通寝る時って、つま先が天井を向くはずじゃないか。うつ伏せで寝る人なんて、普通いないし、もしさっきのが寝言にしても、うつ伏せの状態であんなにも大きな声が出るわけないよ」
正樹は一気にまくし立てる。部屋の方をもう一度振り返ると、確かに奥田という男はうつ伏せで寝ているらしく、踵が上を向いていた。よく考えれば異様だ。しかし正樹のやつ、よく気がついたもんだ。普段は冴えない感じなのに意外と目端が利くのかもしれない。
「確かにおかしいですね。ボブさん、ともかく部屋に入りましょう」
「そ、そうですね」
寝ているだけなら、後で謝ればすむことだ。けれど寝ていなかったとしたら……。
瞬間、嫌な想像が頭を過ぎる。前に出そうとする足が思わずすくみかけたが、とにかく今は確認することが先だ。ボブさんは恐る恐る部屋に入っていく。俺も後に続いた。
「ボブさん、さすがに暗すぎる。電気、点けますよ」
「……頼みます」
俺は壁を探ったが、スイッチはどこにもない。おかしいな……。
「あ、そっちじゃないです。部屋の作りは逆になってるのでこっちに」
カチリ、と音がして突然部屋が明るくなった。目が慣れていないものだから、一瞬目がチカチカとして、そして――
「お……奥田様……!!」
絞り出す出すような、声。
ボブさんは口をわなわなと震わせて、部屋を凝視している。
視線の先には……。
「なんだ、あれ……」
男が一人、全裸で突っ伏していた。
あれが、奥田という男なのだろうか?
裸ということを差し引いても、それはひどく奇妙な光景だった。
まず、男はただうつ伏せているのではなく尻を突き出したような格好、譬えて言うならばイスラム教徒がアッラーに祈りを捧げるような状態でベッドに鎮座していた。手はだらりと前に投げ出され、顔は枕にしっかりと埋まっている。あまりの光景に動くこともできず、ただただじっと眺めるばかりだったが、確認するまでもなくあれは、あの男はおそらくもう……。
「に、兄さん、とにかく、近くに行ってみないと!」
突如発せられた正樹の声を受けて弾かれたように動き出す俺とボブさん。
とにかく今は彼の安否を確かめるのが先だ。たとえそれが無駄な行為だと分かっていても。
ボブさんは足をもつらせながらもベッドの脇に行くと、奥田様、奥田様と声を掛けながら男の手を叩いたり、背中をさすったりしている。しかし反応ない。やはりもう……と思いながら俺は目を上げた。
「ボブさん、あれ……血じゃないんですか?」
「え?」
「枕の下、ほら、うっすら赤くなってるあれ……血、ですよね」
正樹とボブさんが俺の指し示す方に視線を向ける。突っ伏した男の顔のした、顔と枕の間から、赤い染みが確かに広がっていた。
「どうなってるんだ、一体」
「確かめなければ……ならないですね……」
ボブさんは半ば泣きそうな顔をしながら俺の方を振り返る。俺にしてもどうするべきか何て分かったものじゃなかったが、生きている可能性も捨てきれない以上気道を確保することは不可欠であるように思えたので、静かに頷いた。ボブさんは一瞬眉間に皺を寄せ苦虫を噛み潰したような表情を見せたが、意を決したのだろう。肩の間から男の顔を両手で掴むと、左方にゆっくりと男の頭を動かした。
初めて見る奥田の顔。
目は開かれていたが、まな尻は下がっており、笑っているようだった。
頬もどことなく吊ったようになっており、その下にある口は大きく開かれている。
そしてぱっくりと開いた口には本来あるべきもの――舌が、根元から削ぎ落とされているようだった。口元には、失敗した口紅のように、血が、赤くべったりと広がっていた。
「う……あああ!」
血に気付いたのだろう、ボブさんは弾けるように奥田の死体から離れた。その衝撃で奥田の体はごろりぐにゃりと横を向く。笑ったような、泣いているようなその顔、およそ生きているとは思えなかった。
「死んでる……こりゃ……殺されてるよ!」
こうして、僕らの長い夜が始まった―――
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【登場人物】
阿部高和 28歳 配管工
道下正樹 21歳 大学生
ボブ権田 34歳 ペンション経営 正樹の兄
権田花子 42歳 ボブの妻
ジョン=ムルアカ=俊夫 26歳 アルバイト
オマ谷みどり 23歳 アルバイト
スマタ加奈子 19歳 派遣OL
北野ヘラ子 20歳 ショップ店員
河村ケメ子 19歳 看護婦
マラ山誠一 49歳 会社経営
マラ山春子 38歳 誠一の妻
奥山カリ造 28歳 職業不明
妻夫木ペロ 25歳 芸能人
中田 氏 32歳 妻夫木のマネージャー
ボボ田 照美 28歳 会社員
田中 一 27歳 カメラマン
【ペンション2階 見取り図】
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(今月中に真相編)

楽しみにしてます
ボクはよく奥田状態で寝てます。
細部まで作り込んでありますねb
楽しみです♪
アッーーーー!!!
待ってますおー^^
飼い猫が居た事も忘れないで下さい。