case2
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「鮎川のヤツ、連絡着かないっす」
「ふざけんなよ。早くとっ捕まえて売血の金持って来させろやカス!」
俺は声を荒げると康文の頭をはたいた。康文はしぶしぶと言った様子で部室を後にする。その姿を見送りながらタバコを取り出すと、机の上に転がっていたライターで火を点けた。
唇の端でタバコを咥えつつ、懐から手帳を取り出して今月の『集金』の額を確認した。
『集金』。カツアゲなんて犯罪めいた言葉は使わないし、第一古い。この高校に入ってから数ヶ月した頃から俺は『集金』を始めた。理由は金が欲しかったから。遊ぶ金は幾らあっても足りることがない。とは言えバイトなんて面倒くさくてやってられない。だったら、あるところから掠め取るだけの話だ、単純に。
もちろん誰彼構わず金を巻き上げているわけじゃないし、大体がそんな見境のないことをしたらたちまち足が着く。警察沙汰になるのはご免だった。少年院に行けばハクが着く、そんなのはセンパイたちの古い古い美学でしかない。だから俺らの『集金』は、決まった奴らから決まった期日にだけ行っていた。
そしてそれが今日――つまり売血の日だった。
全く、便利な世の中になったものだと思う。どんなやつでも健康な体一つさえあれば簡単に小銭が手に入るというんだから。血を売って金にする。金が手に入った奴は喜ぶし、病院にいる奴らも血が手に入って喜ぶ。本当に素晴らしい仕組みだ。 これを考えたヤツはマジで天才だと思う。
改めて手帳を見てみる。先月、血の買い取り価格が上がったから今月はおよそ30万円ほど手に入る予定だ。今のところ集まっている金が22万円。残りの8万円のうち7人分はこれから間もなく収められることになっている。問題は後一人の鮎川のヤツだけだ。康文の野朗、そろそろとっ捕まえた頃か?
ピリリリリリ
と、その時電話が鳴った。康文か?ひったくる様にして携帯のディスプレイを覗き込む。しかしそれは康文からの連絡ではなく、目に入ってきた画面には最も忌むべき男の名前が表示されていた。思わず奥歯を噛み締める。数秒悩んだが電話に出る後悔と、出ないことへの後悔を頭の中で天秤に乗せ、結局通話ボタンを押した。
「……はい、柏田です」
「電話にはさっさと出ろって言ってんだろうが」
もしもし、という言葉すらなく相手は出鼻から電話越しに凄んできた。不快感に思わず舌打ちをしそうになるが、慌てて押し留める。そんなことをしたら間属いなくアウトだ。
「すいません。ちょっとトイレに行ってて」
「持ち歩いとけやそんなもん。まあそりゃどうでもいい。で、今日が返済日だってのは分かってるよな?」
「はい、それはもう……」
「おし、じゃあ今から取りに向かうからな」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ!」
「あ?何だよ、払わないつもりかよ?」
「いや、そういう訳じゃなくて……あの、今日中には必ず払うんで……」
この男に払うべき金は、丁度30万円。残り8万円は、未だ手元にない。今こっちに来させるわけにはいかなかった。
「今日中っていつよ?俺も暇なわけじゃねえんだぞ、コラ」
「いやホント……もう少ししたら必ず連絡しますんで……」
「3時な」
「え?」
「今日の午後3時。その時間にお前のとこに向かう。その時までにきっちり返す金用意しとけよ。じゃあな」
一方的にそう告げると、電話は掛かってきた時と同じように無遠慮に切れた。俺は身勝手な男の態度に思わず携帯を叩きつけそうになったが、拳を握ってじっと堪える。呼吸を落ち着けながら怒りが引くのを待って、携帯に表示される時刻を見た。丁度1時を回ったところだった。俺は康文に電話を掛けた。
「……あっ、柏田さん」
「あっ、じゃねえよカス。で、鮎川は見つかったのかよ」
「あー、他の7人の分の金は回収できました」
「んなこと聞いてねえよ!鮎川は見つかったのかってんだよ!」
「いやそれが……あの……いるにはいたんですが……その……」
歯切れの属い言葉に思わずキレそうになる。しかし目の前にいない相手を殴りつけることもできない。
「てめえコラ、さっさと喋れボケ!」
「すいません!あの、こいつ、売血金、どっかのバカに毟られたらしいんですよ。一円も持ってないんですよ。どうしましょ」
「は?」
思わず間の抜けた声を上げてしまった。鮎川のヤツが本当に金を持っていないとすると予定が狂う。
「それマジで言ってんの?」
「マジっすよ。俺も適当言ってんじゃねえかって二、三発殴ったんですけど、どこひっくり返しても金持ってないんですよね。どうしましょ」
「どうしましょ、じゃねえよカス!お前は死ね!」
ついにキレて俺は電話を切った。
最近は、何をするにも金がかかる。酒を飲むのにも、ガソリン代にも、デート費用にも、とにかく金がかかって仕方がない。特に金を食うのが、女だ。
(晴美のヤツ、来月は何が欲しいって言ってたっけ……)
こんな時だというのに、思わず手帳を繰る。とにかく今付き合っている女にはやたらと金がかかるのだ。毎月のようにブランド物の品をねだってくる。見栄っ張りな俺はそれを断ることが出きず、要求に応えてプレゼントをしてしまう。あいつに笑顔で頼まれると、断る言葉を忘れてしまった。古き良き不良の美学は理解できない代わり、女を大事にするくらいの硬派な部分は備えているつもりだ。
そうすると、自然と金が追いつかなくなった。自分が遊ぶ金程度なら『集金』でなんとか賄える。けれど女の分までとなると話が違った。バイトもしていない未成年が金銭を得る手段などそうあるものではない。月何十万かの『集金』も、好き勝手に遊べばたちまちに尽きていく。
そして困った俺はついに闇金に手を出した。もちろんその前にサラ金へと赴いたりもしたが、18歳にも満たない俺には契約に必要な書類さえ用意できなかった。
闇金業者。結局奴らにとって年齢など大した問題じゃない。審査もない。法律の枠など端っから無視している奴らにとっては返済できそうな借り手は誰でも『客』なのだ。
俺としても金が入ればそれで良かった。
ほんの数万なら、と思って俺は気軽に手を出したのが始まりだった。
数万の金なら、いつでもどうにでもなる、という目算もあったかもしれない。
甘かった。俺は世間を知らなかった。
奴らの金利と取り立ての仕方は常軌を逸する。ほんの数万のつもりが、いつの間にか借金は何倍かに膨れ上がっていた。おかげで毎月末には取り立てに苦しんでいる。それもこれも金、金、金がないのが全部悪い。どうしてこんなに金がないのだろうか。
考えているうちに俺は苛立ちが募った。机の上の灰皿を掴むと、壁に向かって思いっきり投げつけた。ステンレス製の灰皿はへこむこともなく、クワンクワンと音を立てて俺の足元に転がる。
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2時に差しかかろうかという頃に、康文が部室に戻ってきた。
「おい、金は」
「あ、はい。これっす」
俺はひったくる様に差し出された金を掴むと、一枚ずつ勘定する。そこには丁度7枚あった。
「おい、てめえ7万円しかねえじゃねえか」
「あ、はい。鮎川の野朗がバカなせいで……」
「鮎川が、じゃねえだろうが。俺は8万円必要なんだよ!どうすんだよ。足りねえじゃねえかよ!」
俺は叫んで、持っていた竹刀で康文のわき腹を思いっきり叩き付ける。ここは元々剣道部の部室だった。それを俺たちが乗っ取ったのだ。康文をわき腹を抑えると、ううう、と低いうめき声を上げた。俺はそのまま竹刀を背中に叩きつける。康文は、すいません、すいません、と情けない声で呟くばかりだった。
「死ねよカス!どうすんだよ!オイ!どうすんだよ!」
俺はハアハアと肩で息をつきながら竹刀を脇に置くと、康文のポケットから財布を抜き取った。開いて中を見るが、案の定小銭が幾らか入っているばかりで1万円など到底望むべくもなかった。俺は舌打ちして康文の頭を蹴り上げそのまま部室を後にした。
時間はいくらもなかった。まだ日も高いこの時分、人通りも少ないこの辺りではさすがに恐喝はできそうになかった。歩きながら色々なことを考えたが、最早他に方策のないことは理解していた。
俺はその足で売血センターに向かった。
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僕はあまり小説とか読まないんですが、肉欲企画のおかげで辛うじて文に触れられてます。毎度、ありがとうございますw