Case5
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息子が酷い怪我を負って帰って来た。
ここのところ毎日こうだ。
原因は分かっている。どうやら、学校で常習的に不良に殴られているらしい。息子は口を閉ざして語ろうとはしないが、私も親だ。それくらいは分かる。
それにしても今日の怪我は普段に増して一段と酷い。心なしか、顔からも血の気が引いているようだった。
流石に私も心配して息子に声を掛けようとしたのだけれど、彼は私の声を無視して部屋に閉じこもってしまった。
多感な時期の子供は、何かと難しい。
(柏田……と言っただろうか、あの不良の名前は)
色々調べたところでは、どうもこの辺りでは札付きのワルが息子を標的にしているらしかった。
自分の若い頃を思い出す。
昔の不良には、それなりの仁義というものもあった。
任侠とまでは言わないが、理由のない蛮行はほとんどなかったし、あったとしても『正しい暴力』によってそれらは押さえつけられていった。
最近の若い奴らにはそういったものは一切ないらしい。
暴力に恐喝は当たり前、弱きを挫き強きに巻かれる。怪しげな薬に手をだす輩もいると聞く。
最近の子供の手口は陰湿で、悪質だ。
もう私の理解の範疇などとうに超えている。
グラスに残ったビールを煽りながら、昔は良かったな、と思う。
悪いことをすれば、きちんと叱れる大人たちがちゃんといた。
家庭のみならず、社会が子供を教育していた。
今の社会にはそういった姿勢がすっかりと失われてしまった。
このままでは、この国はいったいどうなってしまうのだろうか――憂慮は決して尽きることがない。
大体女が強くなりすぎた。それに反比例して男が弱くなりすぎた。
先ほどの柏田にしてもそうだ。
彼の後ろに、何やら女がいることを私は知っている。
そしてそのお陰で、彼は検挙もされずにのうのうとのさばっているのだ。
大臣の娘――いわゆる彼の「オンナ」は、時の厚生労働大臣の一人娘だった。結局あの男を検挙してしまえば、それとセットになってあの娘も逮捕される。だから柏田の悪行はことごとく封殺されてしまうのだ。
こんな蛮行が許されていいのだろうか?
いつの間にこの国はこうまで腐ってしまったのだろうか……。
とめどなく溢れてくる呪詛に飲み込まれそうになりながら何とか平静を保とうと努力した。今日は久しぶりに早く帰れた。
が、結局それは仕事を持ち帰っただけにすぎなかった。明日からの仕事に備えて今日目を通しておかなければならない資料は山ほどある。
机の上に資料の束を広げた。空になったグラスを脇に置き、その一番上にある資料を手に取る。
見覚えのある一通の書類を手にした。見覚え、といってもそれは決してポピュラーであることを意味しない。おそらくこの冊子を手にしているのは現在、特殊な地位で仕事に従事している私だけだろう。だからこれは、私だけにとっては卑近な書類なのであった。
【極秘 先月分血液型に関する報告】
「ふん……」
私は鼻を鳴らして書類に目を通す。
先月は国内において、α種の血液例が1件報告されたようだ。
私はその部分を黙って0へと書き換える。
もはやこれは通例行事のようなものだった。
とは言え、このα種の報告書が最初から0でないことの方が珍しい。
何でもかなり稀有な血液だそうで、世界でも僅かにその存在が確認されたに留まる程度の血液だそうだ。
私はそれを発見する度に「存在しなかった」ことに書き換えている。
α種。
私を含め、ほんの数名しか知らないことではあるが、厚生労働大臣はどうやらこの血液を探すのに躍起になっているらしく、それが為にあの天下の悪法 ――売血法―― を策定した、とのことだ。
全国の売血センターで採取された血のデータは、一度私の勤める血液統合管理ファームに集められる。その時点では血に含まれる成分の数字が羅列された資料が手元に集まるに過ぎないのだが、そのデータをファームで再解析することでα種の存否が確認されるのだ。これを一手に引き受けているのが我がファームであり、更にそれをチェックするのが私に与えられた仕事である。
つまるところあの法案は、このα種発見のためだけに作られた。
(あのろくでもない娘のために、息子は……)
役得、と言えるのかどうかは分からないが、私はこの仕事を始めるにあたり国内の売血液が大あの娘の病気を治療するために集められていることを知った。
「あんな娘を生かすがためだけにこんな法案を?」
知った時、私は呆れてものも言えなかった。それ以上に、息子を苦しめている原因たる娘のために、一国の法律までもが左右されていることに強い憤りを覚えた。
(絶対にα種をあの娘のもとに渡すことはしまい)
この仕事の任に就いてから思うことは、ただそれだけだった。
(腐敗した社会に成り代わり、私が若者に制裁を下さなければならないのだ。
そしてこの手で、息子を守ってやるのだ)
私は再び報告書を手にすると、【α種】欄の横の0を黒く、何度も何度も黒くなぞり返した。
(息子よ――間もなくあの娘は、死ぬ。
私の手により、粛清されるのだ。
そうすればお前への暴力もなくなるだろう。
だからもう少し、いま少しだけ――辛抱してくれ)
朱肉を取り出すと書類をと閉じ、その末尾にしっかりと判を押した。
[検印 血液統合管理ファーム所長 鮎川潤一郎]
(終)
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つーかすげぇよこの文才・・・
んー、満足。
彼の本を読んでいるかのような感覚。そして他の書き物のユーモア。一テキストサイト管理人でおさまるのは勿体無いくらいの器です。だと思います。
僕は、NUMERIというサイトが大好きでしたが、肉欲企画は……。
これからも頑張ってください。あなたは素晴らしいです。
まぁいいか
御見逸れしました
悔しいが、見事に引き込まれた。
すごいなぁ。
600mlも血抜いたら立てねぇ。
ネタな文もシリアスな文も書けるその文才に脱帽です。
この文の面白さに思わずコメントです。これからもこういうネタ待ってます。
先日献血のポスターに「ちょっと痛いけどイイコトしよう」って書いてあるの見つけました。ハレンチな!この国はどんどんおかしくなっていきますね。。。
すげぇすw
想像力や表現力なんでしょうかねぇ
話の流れがうまい・・・
いつものごとく肉欲ワールドに連れ込まれました
話の落とし方、膨らませ方によってはもっとバラシースな作品になると思われ(´・ω・`)
肉欲サマ、続き書かないっすか?
とても、興味深い内容で且つ楽しく読ませていただきました。
老婆心ながら一つ。非常に上手い流れでしたが書いている世の中が狭すぎて親近感がわきません。偉い人の息子や娘=アバズレってだけではつまらないので最後のチェックの人はもう少し話を膨らませて、例えば娘の診察をした医師だったりとかすれば意外性というか、本筋からは離れるかもしれませんが医療倫理の方面からも訴えられて良かったんじゃないかなぁって。偉そうにしかも人のideaに意見ごめんなさい
真面目に書きすぎた。ちんこちんこ
おちんちんビローン
おまんまんビラーン
才能に嫉妬