【9月24日 肉欲の手記】
今日は神木キュンと生活用品の買い物に行った。
突然家族が増えたから、色々もの入りで大変だ。
正直、今月は家計にゆとりがないからこの出費は痛いけれど、それでも大切な弟のため。ここでの散在を渋るわけにはいかないのだ。
僕たちは洋服を買いににやって来た。
今時の小学生がどういうファッションをしているかは分からないけれど、とりあえずたくさんのテナントの入った店に来ておけば大丈夫だろう。ここは流行の最先端。チラリと神木キュンの横顔を見る。うん、神木キュンも嬉しそうにしている。
「これなんかどうだろう?神木キュン」
そう言って僕は神木キュンに幾つかのズボンを手渡した。
特に赤色のズボンなんて中々ハイセンスでいいな、と思った。
「うん、やっぱりそれがいいと思うよ。買おう買おう」
僕は幾つかのズボンを手早く選ぶとそれらをレジで清算し、次の階に向かった。
その他、シャツや肌着、ちょっとしたアクセサリーや本などを買って僕たちはしまむらを出た。
外は暖かな陽光が降り注いでいた。季節は初秋、爽やかな風が僕らの頬をくすぐった。僕はコンビニで食事と飲み物を購入すると、事前に購入していたお皿を持って一緒に近くの公園でそれらを平らげた。おだやかな9月の陽気は公園の草花と相俟ってとても気持ちよかったのだけれど、育ち盛りのはずの神木キュンがあまり食欲がない様子だったのが気になった。少し疲れているのかもしれない。寂しさも、あるのかもしれない。
(僕がしっかりしなければ)
そう思った僕は、少しでも神木キュンの疲れが癒えれば、とお気に入りのサウナに連れて行こうと思ったのだけれど、神木キュンは「ちょっと昼寝がしたいので……」と僕からの申し出を遠慮した。気を遣わせてしまったかもしれないな。反省反省。
そんな一日だった。
頼れるアニキとしては、80点ってところカナ?
【9月24日 神木キュンの手記】
朝目覚めると、なぜか肉欲さんが僕の隣で眠っていた。
「ちょ、ちょっと肉欲さん!アンタこんなところで何してるんだ!」
僕は狼狽してベッドから跳ね起きる。
昨日は確かに別々に寝たはずなのに……ていうか、なんでこの人はブーメランパンツ一丁で寝てるんだ!
「一富士、二鷹、三ナスビ!一富士、二鷹、三ナスビ!」
狼狽する僕をよそに、急にそんなことを叫び始めた肉欲さん。
このままでは僕の危険が危ない。色々と問題がトラブルしかねない。
僕は慌てて部屋を飛び出し、トイレに駆け込んだ。
「なんなんだあの人……なんなんだよ一体……!」
僕は先ほどの光景を思い出すと、一人ブルブルと震えた。
肉欲さんのあの様子、あの目つき。
間違いなく狂人のそれだった。
「おおーい、神木キューン、ごめんよー、なんだか寝ぼけちゃったみたいで……」
いや、有り得ないって……どういう寝ぼけ方だよそれ……おかしいだろ、常識的に考えて……。
僕が呆然と立ち尽くしていると、突然ガチャリ!という音がして鍵を掛けていたはずのトイレのドアがゆっくりと開いた。
「ちょ、ちょ!なんでドアが開くんですか!」
「ここでマメ知識だよ神木キュン。この手のタイプのドアの鍵は、コインを使えば開くのだよ」
見ると、肉欲さんの右手には鈍く光る10円玉が握られていた。
最悪や。最悪のトリビアや。
するとなぜかスルスルとズボンを脱ぎ始める肉欲さん。
僕が呆気にとられている隙に、いつの間にか黒光りするオチンチンを取り出していた。
「な、何を!アンタ何してるんだ!」
「何って、日本の兄弟なら朝、連れションくらいするだろ。常識的に考えて。これが伝統形式(traditional style)なんだよ。野暮ダナァ」
「し、失礼します!」
どこの……伝統だよ……クソが……!
僕はすっかり疲れて、リビングのソファーにドサッと腰を下ろした。
右手に何かが当たる。
それは雑誌だった。
『薔薇族』
本能が警告を発した。
僕は表紙を開けることもなく、それを台所のゴミ箱に放り込んだ。
「神木キュン、今日は買い物に行こう」
昼前、僕がテレビで「この町大好き」を見ていると、肉欲さんが急に声を掛けてきた。僕は何が何やら分からないうちに、促されるままに外出の準備を整えさせられた。
「どこに行くんですか?」
「いや、これから生活するとなればやはり衣類とか色々必要だろう?だからそれの買出しに行こうと思ってね」
「え、でも僕、私服だけはバッグに入っていたじゃないですか」
そう、僕はいつの間にか肉欲さんの家にいたけれど、どういう訳か私物の入ったバッグだけは手にしていたのだ。そこにある程度必要な物は入っていたはずなのだけれど。
「ああ、アレ。ヤフオクで全部売った」
「は?」
「中々いい値が付いてねえ。やはり【使用済み】ってタイトルに入れたのがポイントだったみたいで」
「ちょ、ちょっと待って下さい、訳が分かりませんよ!どうして僕の衣類が売られなければいけないんですか」
「神木キュン」
そう言うと肉欲さんは真剣な眼差しで僕の方を向き直った。
緊迫した空気が走る。一体……。
「世の中にはね、コクのある変態さんたちがたくさんいるんだよ。ゲヒョヒョヒョ」
僕は眩暈に倒れそうになった。
「僕はね、こう見えてもオシャレにこだわりがあるんだ」
肉欲さんはその後も問わず語りに喋り始めた。
「人間、外見じゃないって人もいるけれど、やはりある程度の身なりは大切なんだ。だから僕は洋服も決められたところでしか買わないし、気に入ったモノしか買わないんだ」
それには僕も同意だった。
自慢じゃないけれど、僕だってそれなりにオシャレには気を遣う方だ。
ここに来る前は、ポールスミスやABAHOUSEなどの細身のシルエットの洋服を好んで着ていたのを思い出した。
それだけに、肉欲さんのこの言葉は僕にとってとてもありがたいものであり、安心できた。
「さ、着いたよ、ここで好きな物を買うといい」
看板を見上げる。
『ファッションセンターしまむら』
僕は周りを見渡し、バールのような物を探した。
そんな物はどこにもなかった。
当たり前の話かもしれないけれど、僕は子供服売り場に連れてこられた。
普段はセレクトショップでしか買い物をしない僕なのに……こんな所に連れてこられ、ひどく屈辱的な気分になった。
(でも、探せば色々掘り出し物もあるかも……)
「神木キュン!こっちこっち!」
肉欲さんは周りの目も憚らず大声を上げる。
他の客の目が突き刺さる。キュンはねえだろキュンは……!
「あ、あの肉欲さん!その呼び方はちょっとやめて下さいよ……!」
「ん?なんだい、隆タンの方が良かったかい」
ダメだこいつ。
僕はガックリとうなだれると、促されるままに肉欲さんの後に着いていった。
「僕なんてこれがナウくてハクいと思うんだけどなあー」
そう言った肉欲さんの手には、一枚のズボンが握られていた。
「節子お前これ……半パンやないか!」
僕は思わず嬌声を上げた。
半パン。
僕の美学からしたら、どう考えてもありえない旧世代の遺物。
ギャグ?これはギャグなの?
「ハ、ハハ、中々面白いですね肉欲さん。ハイセンスでいらっしゃ」
「やっぱこれかなー。これ、うん、これだね!」
そう言って一枚のズボンを広げる肉欲さん。
そこにはデカデカと星条旗がプリントされた、常軌を逸した半ズボンがあった。
「これなんて神木キュンにピッタリ似合うよー」
「アレか。これは新手のテロですか。俺は西城秀樹か。もしくはテリーマンか何かか」
「すいませーん。同じもの10着下さーい」
「オイコラお前聞けよ。少しは鼓膜を揺らせよ」
その他にも肉欲さんは「I LOVE NY」と描かれた半ズボンも10着購入すると、売り場を後にした。ていうかアレを僕が履くの……?ウソだろ……!
「次は下着だね。さあ神木キュン、好きなのをお選び。下着の好みは人それぞれだからねー」
「はあ……」
何その無駄に深い理解。それだったらさっきのズボンも僕に選ばせてくれれば良かったのに。
とにかく、過ぎたことは仕方がない。選んでいい、というのなら好きな物を選ばせてもらうことにした。
「そうだな、うーん……これと、これに……」
僕はいくつかのカジュアルなトランクスを選んだ。
体育の時間など、意外とパンツでバカにされるヤツが多い。
だから、パンツ選びは慎重でなければならないのだ。
「じゃ、これにします」
そう言ってCKのトランクスを幾つか手にとって肉欲さんのところに帰った。なぜだか冷ややかな目で僕を見下ろす肉欲さん?え、僕何かしたっけ……。
「え、と。これが欲しいんですけd」
「じゃ、レジに持って行きなよ」
冷たい声でピシャリと言い放たれた。どうしたんだろう、さっきと態度が大違いだ。まあいいや、僕はトコトコとレジに向かった。
「えっと、これ下さい」
「はい、ありがとうございます」
レジには20代半ば、といったお姉さんが働いていた。
うっすら栗色をしたショートボブに大きな瞳、厚さの薄い唇にほんのりとしたメーク。清楚な人だった。
(お嫁さんにするなら、こういう人がいいな……)
僕は仄かな恋心を抱いてしまった。
「全部で3360円になります」
「はい。えーと、肉欲さん?」
振り返ると、肉欲さんは元居た場所に憮然として立っていた。何をしてるんだろう?支払いをしてもらわないと……。
「あの、肉欲さん……?」
僕は慌てて肉欲さんのところに駆け寄る。
相変わらず冷たい目で僕を見下ろしている。感じ悪いな……。
「あ、お会計お願いしてもいいですか?3360円ですって」
「え?神木キュンはお金もないのに買い物してたの?困った子だな」
「ハ?」
コイツは何を言っているんだ。
アンタが何でも選べって言ったからこうしてるんだろうに……。
「え、ええ。だからお会計をお願いしたいんですが……」
「え?そんなつもりだったの?ゴメンゴメン、言い忘れてたけど、僕の諭吉はブリーフ専用のお金なんだよー。だからトランクスは買えないんだよね」
「ハ?」
何そのスネオ理論。見ると肉欲さんはニヤニヤと下卑た笑みを浮かべていた。殺りてえ。
「仕方がない、どうしても下着が欲しいっていうのなら、僕が選ぶしかないね。全くしょうがないなー」
そういうと肉欲さんは背後に隠していたカートをゴロゴロと押し始めた。そこには、ザッと見ても50枚程度の色とりどりのブリーフが投入されていた。
「ちょ、ちょ!何ですかそれは!」
「やっぱ少年にはブリーフだよな……常識的に考えて……」
虚ろな目で何やらブツブツと呟いている肉欲さん。
ダメだ。狂ってらっしゃる。
「あ、あの、全部で63点、お会計は9800円になります」
「ねえお姉さんもそう思いますよね!男の子のはブリーフ!常識ですよね!これって!」
「に、200円のお返しです」
お姉さんはレジ越しに僕のことをチラチラと見た。
その目には哀れみの色すら浮かんでいた。
僕はその時思った。この恋終わった。始まる前に終わった、と。
「さて、神木キュン。ランチにしようか」
グッタリとした様子でしまむらを出た僕らを、初秋の柔らかな風が優しく包んだ。ささくれた心を少しだけ癒してくれた気がした。
「でもねえ。ちょっと今月は財布が苦しくって……コンビニでお昼を買ってもいいかな?」
テメエがブリーフ63枚も買うからだろ!このボケが!どれだけ下半身にケアフルなんだよ!と、思わず叫びそうになったがグッとこらえた。深く考えたら負けだ。僕は曖昧に、ええ、いいですよ、と頷いた。
「ていうか、なんでシリアルと牛乳だけなんですか?」
「育ち盛りにはシリアルと牛乳に決まってるよ。野暮ダナア」
ダメだダメだ。考えたらダメだ。
僕はチラリとパッケージを見た。
マスコットの虎が、僕を嘲るように笑っていた。
僕は静かに足元を這っていたアリを踏み潰した。
「じゃあ、食べようか神木キュン!」
「食べようって、お皿がないじゃないですか」
「大丈夫、こういうこともあろうかとお皿は買っておいた」
こんなこともあろうかってお前……それどんな未来予想図Uだよ……けれどあれこれ口にするのもバカらしいほど疲れていた僕は、黙って皿が出てくるのを待った。
「…って肉欲さんその皿、ロイヤルコペンハーゲンじゃないですか!」
「やはり一流にこだわらないとね。セレブ志向っていうか」
テメエ今すぐその皿叩き売って昼飯代作ってこいよ!おかしいだろ!基準が色々とよー!
「……あのー、スプーンは?」
「ゴメン、ないや」
「え、どうやって食べろってんですか?」
「直食いだね」
「じ、じかにって……」
「あ、そうだ神木キュン。君に似合うと思ってさっきこんな物を買ってきたんだよ。アクセサリーだよー」
そう言って肉欲さんは鞄から何やら取り出した。
「何スかこれ。首輪じゃないですか」
「きっとよく似合うよ」
「いや、似合うてアンタこれ」
「パンク・イズ・ネバー・ダイ。そういう精神だよ神木キュン」
「……」
考えたら、考えたら負けだ。
僕は促されるままに首輪を着用した。
「いい、すごくいいよ……!」
「ハア……じゃ、とりあえずいただきます……」
そして僕は両手で皿を掴むと、ペロペロとシリアルを食べ始めた。
「し、失敬!」
その姿を見た肉欲さんは、突如立ち上がるともの凄いスピードで公園のトイレに向かった。これは既視感?肉欲さんは存外胃腸が弱いのかもしれない。
「「アッーーーーーーーーー!!!」」
どこかから絶叫が轟いた。
季節の変わり目には変な人が増えると聞くけれど、どうやら本当みたいだ。
「ふう、ごめんね。突然腹痛に襲われて。じゃ、行こうか」
そう言って右手を差し出す肉欲さん。
その掌から、有り得ないゴールに向かって吐き出された者たちの3億数千万にものぼる怨嗟の叫びが聞こえてきたような気がした。
「い、いえ、自分で歩けますから!」
そういうと肉欲さんは少しだけ悲しそうな色を瞳に浮かべた。
「疲れたろう?少し体を休めよう」
そう言って肉欲さんが向かった先は、サウナだった。
(サウナかぁ…)
以前は何度か来たような気もするけど、こうして店を前にするのは随分久しぶりな気がした。サウナ、うん、悪くない。
「じゃ、入ろうか!」
そう言ってズイズイと店に入ろうとする肉欲さん。
僕もそれに倣って店に入ろうとした。と、その時店の看板が目に飛び込んできた。
『ザ・ハッテンサウナ』
『開き直って営業しております』
『開き直って営業しております』
その表示を見た瞬間、全身の細胞が全力でアラートを発し始めた。
ない、これはない。この店だけは有り得ない。入れば終わる。終わりが始まる!
「に、肉欲さん!ぼ、僕なんだか気分が悪くなったので帰って休みたいです!」
たまりかねて僕は叫んだ。
「ん?店の中にも休憩施設はあるよ」
「い、いえ!僕は家で、部屋で休みたいんです!だ、だから」
「そっか……」
その言葉に、ひどく落胆した様子で肉欲さんは家へと歩みを進めた。
僕はドッと疲れ、ガックリと肩を落として家路に着いた。
街には、どこからか去り行く夏を惜しむよう、最後のセミがミンミンと鳴いていた。
僕は無力だ。

神木キュン・・・テリーまん知ってるの・・・?
こりゃ、100回は抜けるな
宗旨変えっすかwwwサーセンwwwww
何人と岩盤ファックするつもりなんスかwww
僕の…僕らの神木キュ…神木くんを虐めるな!もっと!もっとやれ!!
まだブリーフ姿じゃないはずなのに不思議だね♪
さすが神木キュン…
思わず肉欲に自分を重ねて妄想しちまったぜ…
いい意味でも、悪い意味でも。