前回→サンタ大戦 5
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雪が、雪が降っていた。
はらはらとか細い、いまにも虚空に消えてしまいそうなほど、儚い雪が。
「準備はいいかーー」
F22に乗り込んだドラえもんが全員に告げる。どこからも返事はない。それで良かった。決戦を前に、言語化された意思表示などあまりにも無意味だ。いまや応諾の有無を問う段階は、遥か彼方に過ぎ去っている。
「ジャイアン隊、突撃」
そう言い終えるが早いか、サンタ本陣に向かい黒山の人だかりが特攻を開始する。瞬間、出木杉隊とスネ夫隊が右翼と左翼とに展開した。それと呼応するように、敵方本営からS.A.N.T.A.の先発隊が獰猛なる勢いで進撃を開始する。
「ジャイアン隊とS.A.N.T.A.……やはりと言うべきか、戦力は拮抗しているらしい」
右翼へと広がった出木杉が双眼鏡を目に当てながら呟いた。『基本的にヤツらは、遊んでいる』ーーいつかドラえもんと交わしたやり取りが耳朶に蘇る。だからやはり見えてこない、敵の底が。
「ガ隊、射撃用意」
「し、しかし出木杉サン!それでは、ジャイアン隊もろとも……!」
「繰り返す。射撃用意。ガ壱号、俺が貴様と戦術会議をしたいと言ったか?これは相談ではなく、号令だ。命令なのさ。故にお前らは俺の指示に粛々と従うべきだ」
双眼鏡を覗き込んだまま言った。レンズの向こうにジャイアン隊の先端とS.A.N.T.A.の先端とが激突せんとする様子を目の当たりにする。一人が一体を倒す。一体が一人を倒す。その戦力、まさに五分。出木杉はそれを確認すると、満足気に笑ってから、言った。
「撃て」
ガ壱号は声なく喘ぐ。抗議の意を表せんと出木杉を見遣る。視線の先にあったのは、無表情にゲーム盤へと目を落とす優秀なる司令官の横顔だけだった。
「……総員、放テ」
ガ壱号の号令一下、放射状の光線がS.A.N.T.A.へと向かい収斂してゆく。次いで、火球。次いで、轟音。禍々しい色彩が明滅し、大気は鳴動する。超兵器ガ壱号の放つ光線銃は、着弾した周囲1キロを軒並み虚無へと飾って消した。そしてそれは、ジャイアン隊の一部も例外ではなく。
「さあ、どう出る……?」
出木杉は全ての事象をデジタルにしか捉えない。そこに一切の感傷はない。生じたもの、残るもの、あるいは、消えるもの。全ては彼の脳内において数値化され、記号化され、無限の蓄積とリセットとが繰り返されるばかりだった。それは学生生活においても、生殺与奪の場においても。出木杉はデジタルに考える。現況、S.A.N.T.A.の戦力は8割が削がれた。比して、ジャイアン隊の減少は2割に満たない。であるならばーー
「来、た……!」
出木杉は見る。遥か遠方にて禍々しい光が点滅するのを。同時に出木杉は直感する。あれは、あの光は。最前こちらの放ったそれと、ほとんど同意義の排除力を持つそれであると、そのことを。
ほぼ同刻。
出木杉の見たものと全く同じ光を目の当たりにしながら、剛田武はひとり呪った。
「結局俺には、戦術的価値しかねえってことかよ……!」
呪いの対象は、自己。地下空間に閉じ込められて2年、何度となく命のやり取りを強要された自分であるはずなのに、地上に出てもなお自らの命を賭すことしかできない、己の不甲斐なさを。剛田武は静かに呪った。そしてその呪いの最中ーージャイアン隊は、その6割を滅失させる。直前に見たS.A.N.T.A.の撃滅、それと全く同じような風情で以て。
「アンタは、どう見る」
眼下に広がる凄惨な光景を眺めながら、ドラえもんは口を開いた。その問いかけに須羽ミツ夫ーーいつかの頃、パーマン1号と呼ばれた人物が、楽しそうに口を開いた。
「いい……実にいいねェ!!これぞ正に "地球のピンチ" ってやつじゃァないか!!まァ仮にそのピンチを招いたのが他ならぬ君なのだとしても!?まるごとそれが "自業自得" ってヤツなのだとしても、だ!!いい、いいじゃァないか!!これでこそパーマン……否!『バードマン』としての面目躍如ってやつじゃァないか!!そう思わんかね?!きみィ!!」
壊れた人形のように両手を叩き、笑う。それはかつてのパーマン1号。それは現在のバードマン。灰色のタイツに身を包み、動力源の不明な装置で空を飛び、狂人のような鳥人、超人は、笑った。
「剛田隊長!左舷より急襲した兵力により、戦力の大半は消失!の、残ったのはいま、ここから見える範囲にいる兵力、それだけであります!!」
「……言われなくても分かってるぜ」
図らずも見通しの良くなってしまった雪原を睨みつけながら、ジャイアンは感じる。焦土と化してしまったこの戦場の向こう、雪の彼方に。おそらく自分と近い、あるいは同等以上の "暴力" を有した敵士官のいることを、その本能で以て。
「戦略的勝敗の帰趨は、出木杉、ドラえもん。お前らが好きに考えてりゃいい。そのためなら俺はいくらでも捨石になってやらぁ」
雪原を踏みしめ、極北を歩む。その右手に血塗られたバットを握り締めながら。
「剛田隊長!指示を、指示をお与え下さい!!」
「微速前進。ジャイアン隊に小細工は無ぇ。見つけて、襲う。叩いて、潰す。お前の敵は俺のもの。俺の敵は俺だけのもの。分かるか。分かったな。分かったら黙ってついてこい」
背中で言い捨て、黙々と雪原を踏み越える。どこかから出木杉の、ドラえもんの、あるいは誰だか分からない者の視線を感じた。
観測者の視点、ゲームマスターの掌。世界は、規律は、全てあずかり知らぬところで決定されている。だから俺は、ただの駒だ。どれだけ駒として優秀だとしても、規律から外れたところではただの木偶なのだ。
それは、麻雀牌で将棋を指せないのと、同じくらいの意味合いで。
「あれは……ダッシャー、か?」
およそ数キロ先、ジャイアンとほぼ対置した場所にいる巨像を見ながら、ドラえもんは言った。ダッシャー、それはサンタクロースに仕えるトナカイ、"オリジナルエイト" と呼ばれる最古参の猛者の一体だ。ジャイアンと、そしてダッシャーとは、寸分違わぬ行軍速度で互いの陣を率いんとしていた。
「サンタは遊ぶ……か。さて、その仮説が正しいのであれば。あのデカブツと剛くんとの実力差はほとんどない、ということになるが……しかし、どうにも信じがたいな。あんなのはまるでーー」
バケモノじゃあないか。双眼鏡を覗き込みながら出木杉は言う。歌うように、弾むように、どこか自分とは関係のないフィクションを楽しむような、口ぶりで。
「俺には分かる。この雪を越えたところ、白の果てに。人ならざる獣のいることを。そいつだけじゃあない。その後ろには、それと同じような獣が何匹も何匹もいることを。俺には分かる、俺にはーー」
葡萄色に染まったバットの先が、雪面に滑らかな線を描いた。それはジャイアンの行く先をいつまでもいつまでも、どこかの童話の一節のように、刻銘に実直に、描き描きながら。
「"俺殺しの俺" には、どうしても分かっちまうのさ」
ぶつかり合うは、獣と化物。
人間を超越した存在と。
自らを調伏した少年と。
それは正しく、ふたつのケダモノ。
こうして、12月24日午前0時。
ドラえもん陣営とサンタ陣営とが、遠くフィンランドの地において、激突を開始した。
・・・
時計の針は、再び少し遡る。
(つづく)
アツい…アツい話ですね…
まだまだ続編期待しております
速く続きが読みたい!!
もちろんちゃんと読んでます
続き楽しみに待ってます。
続きが待てない