肉欲企画。

twitterやってます。

1999年12月25日

ドラえもん のび太とサンタ大戦 全文

いつもの昼下がり、いつもの空き地。そして顔を合わせる、いつもの面々。けれどもそこに、"在るべき" いつもの空気感は、絶無だった。

「その話、ほ、本当なのか……?」

全ての説明を聞き終えた後、沈鬱な静寂を打ち破ったのは、剛田武の声だった。普段の彼らしくない臆したそのトーンは、彼らを取り巻く状況の凄絶さを、図らずも雄弁に物語っていた。

「ウソを吐くメリットがない」

言下にドラえもんは言い返す。瞳の中に、しかし、その感情の色は見てとれない。曇天を受け鈍色に輝く双眸のガラス眼は、放たれる一切の疑義を拒絶するかのような雰囲気ですらあった。

「でも、ドラちゃん……」

源静香はただただ不安げな表情を浮かべている。並び立つ骨川スネ夫も同様だ。だがドラえもんは揺るがない。四人の小学生から向けられる怯えの視線を受けてもなお、彼の依って立つ場所には一毛の動静もない。

「全ては既定路線なんだ。逃げ場はどこにもない。だから」

闘るしかないんだ。品の字に並べられた土管の最頂点に腰を据えたドラえもんは、見るともなしに地面を見つめて、無表情に言い捨てた。

時は12月22日、都内某所。
小学生4人と、未来からやって来たロボットと。
その日、その場所で、彼らは静かに受け入れた。

『サンタ大戦』

無秩序で暴力的な、濁流の如き運命に呑み込まれるほかない自らの、その存在を。



−−これは、後に歴史の闇に葬り去られることとなる、血塗られたものがたり。





話は12月上旬へと遡る。
迫り来るクリスマスを憂いたのび太は、その旨をドラえもんへと告げた。煌びやかなネオン、街中に流れるポップなミュージック、連れ立ち歩くカップルの影、そして影……その状況を想像するだに、のび太の心には暗い陰が落ちていくばかりだった。

しかしドラえもんの反応は異なる。クリスマスの何が楽しいというのか?呆気に取られたような風情でそう言い放った。のび太ははじめ、それがドラえもん流の皮肉かジョークに違いない、と捉えた。けれど、その虚妄はすぐに打ち消されることとなる。

『クリスマスといえば、ホラ、サンタ大戦だろうが』

要約すると、22世紀のクリスマスの日。世界では人類とサンタとが血で血を洗う殺戮を繰り返しているそうなのだ。なぜそうなったのか、いつの段階からかかる陰惨な光景が展開されることとなったのか。永らくその由来は判明していなかった。

そう、判明していなかったのである。
あの日の、あの瞬間を迎えるまでは。

・・・

ドラえもん「22世紀ならいざ知らず、この20世紀の安穏とした世において、まさか"ヤツ"らもこの時期に襲われるとは思うまいて……」

のび太「そ、そうか……どういうわけか、現代ではまだS.A.N.T.Aの動きは活発化していない……そこを叩けば、あるいはッ……!!」

・・・

こうして二人は、サンタの棲家であるフィンランドへと発った。獰猛なる翼、戦術戦闘機F-22にその身を委ねて。

短い刻の経過の後、サンタ陣営が壊滅的な被害を受けたことは、最早説明するまでもないだろう。圧倒的な奇襲、無秩序なる暴力を前に、被害者が出来ることは、無きに等しい。サンタはただ、ただひたすら、蹂躙されるに任すほかなかった。

生家は朽ちた。
トナカイは、死んだ。
クリスマスに向け子供達に用意したプレゼントも、何もかも。

それは、サンタに内包される精神の死という、あまりにも当然な結論と、共に。

粉雪が降っていた。その一つが虚空を見上げるサンタの頬に舞い落ち溶ける。雫となった雪は表皮を伝い、雪面へと零れ、儚く消えた。

ただ粉雪が、降っていた。
サンタは虚空を見上げていた。

「殺す。全てを消す。何もかも、全てを」

その感情の色が憎悪ひとつに染まりきる、その寸前までサンタは、いつまでも虚空を。

・・・

最初に異変の発生を察知したのはドラえもんだった。サンタを襲撃した3日後、定期メンテナンスのために22世紀に帰ろうとした時のことだった。いつものようにタイムマシンに乗り込んだドラえもんは、やはりいつものように、行き先を22世紀へと設定する。だがタイムマシンはちくとも動こうとしない。しまった、故障だろうか。慌ててタイムテレビで妹に連絡を取ろうとする。けれどスイッチを入れた後、画面に映るのは、無情なる砂嵐ばかりであった。

「察するに、現状のままであれば、『あるべき22世紀への道』が途絶されるのだろう」

ドラえもんは重々しい口調で状況を分析する。その顔には、相変わらず何の感情の色も浮かんでいない。淡々と、プログラミングされたロボットのように平板な声で、言葉を紡いでいった。

「それが証左に、僕が試したところによれば、タイムマシンで行けるのは12月25日までだった。つまるところこの地球の運命は、22世紀どころか、あと3日で、終わる」

目を瞑り、腕組みをしたまま、言った。同時に一同の生唾を飲む音が鈍く響き渡る。

「で、でもおかしいじゃないか!」

沈黙が横たわるのび太の自室のなか、議論の口火を切ったのは出木杉だった。空き地からの道すがら、皆の総意が 『出木杉は仲間へと引き込んでおくべきだ』 そこに向かって収斂していった故のことだった。

「もしもこの世界があと3日で終わるとして……22世紀の、いや、3日後から先の世界がなくなるとしたならば!ここに、こうやってドラえもんくんが居続けること、それは確実な意味での矛盾だよ!未来への道が途絶された時点で、ドラえもんくんの存在もまた、消え去るほかないはずなんだ!」

最後の方はほとんどがなり立てるようにして喋っていた。クラスの、地域随一の秀才と目される出木杉も、この状況を前に冷静ではいられないらしい。肩で荒い息をつきながら、睨めつけるようにしてドラえもんのことを見ていた。

「もっともだと思う。当然、それは僕も考えた。『どうして僕はまだ存在しているんだ?存在できている?』、その辺りのことを。でもね、出木杉くん。この僕の存在こそが、この世界を未来へと繋ぐ希望の鍵なのかもしれないんだよ」

「それは、どういう」

「君の言うとおり、もしも22世紀という世界の在り方が根元から滅しているのであれば、僕は既にこの場に存在していない。というより、存在する根拠がない。しかし、現に僕はここに存在する。いま、この瞬間だけじゃない。君たちと出会った時からいまに至るまで、僕は僕として連綿と存在し続けている。その結果として、僕はサンタに攻撃を仕掛けた。その帰結として、未来への道は途絶された。未来から来たはずの、僕の未来が」

「あ、そうか……」

ドラえもんの言葉を聞いた出木杉は、途端に口の中で何やらぶつぶつと呟き続けている。時に頷き、時に首を振りながら、彼は彼の脳内において無数にロジックを積み上げる。のび太を含む他の小学生たちは、苛立ちながらもその光景を黙ってみつめるほか、なかった。

「もしも真実の意味で未来への道が途絶するのであれば、22世紀という存在そのものが無くなるのであれば……そこで生じるのは、ドラえもんがいなくなる、だなんてチープな現象ではない。もっと壊滅的で、もっと絶望的な」

「あらゆる因果が根こそぎ拗じ変えられるんだ。そこに待ち受けるのは、宇宙の破滅さ」

「けれどもまだ、宇宙は破滅していない。ドラえもんもまた、ここに居る」

「そう、出木杉君。僕たちの運命はいま、まさに揺蕩っているのさ。22世紀からの使者である、僕という存在を担保に」

出木杉は大きく息を吐くと、静かに天井の方に顔を上げ、目を閉じた。鼻梁の通った横顔からは、規則正しい呼吸音以外、何も伝わってこない。ドラえもんを含め、居合わせた全ての者は、まんじりともせず彼の言葉を待った。

「……人手が、必要だね」

5分か、3時間かあるいは10秒ほどが経過した頃、出木杉はようやくそれだけを言った。

「やはり、出木杉君は賢しいな」

呼応するように、ドラえもんは歪な筋動作でほくそ笑む。そこでようやく、たまりかねたようにのび太が叫んだ。

「ちょ、ちょっと待ってよ!僕には難しくて出木杉君やドラえもんの言ってることがよく分かんないけど、とにかくサンタを襲撃したのがまずかったんだろう!?だったら、タイムマシンであの日に戻って、僕たちを止めたらいいじゃないか!」

「のび太くん。それは少し違う。確かにそうすることで、『君の戻った過去の世界においては』 僕たちを取り巻くような状況が生じることは回避されるだろう。だけどその回避された世界っていうのは、僕たちがいまいる世界とは、何らの関係もない世界なんだ。その世界はその世界として別の軸として流れ続け、この世界はこの世界として、やはり独自の軸として流れ続けるほかないんだよ」

「え?ん……いやでも……過去を変えれば未来も……だって僕としずちゃんのことにしたって……」

「いいかい、のび太くん。それとこれとは話が別なんだ。君の場合、僕という特異点の介入を契機に、偶然変わっていく未来……という体で、実際のところ、全て『決まった』未来なんだ。君はジャイ子と結婚するほかないほどダメなヤツとして生まれる、そして子孫は不遇の目に遭う、だから過去に僕を送り込む、そして歴史に介入し、見事君はしずちゃんと結婚する……そこまで込み込みで、『一つの未来の在り方』として成り立っているんだよ。ある種のお約束、みたいな事例なんだ。だけど今回の話は、全く違う」

「違う……?」

「そう、違う。なぜなら、僕たちがあの日、F22でサンタのところに乗り込もうとした瞬間、未来から誰も現れなかっただろう?誰も僕たちのことを止めなかっただろう?そこからすれば、僕たちがこれから過去に乗り込んだとしても、『僕らの世界において』未来の僕たちが現れなかった以上、この世界はこの世界として、『あの日、誰も僕たちを止めなかった世界』として、あり続ける。だからこの話は、ここでおしまいなのさ」

「な、なんだかよく分からないけど!タイムマシンがダメなら、もしもボックスがあるじゃあないか!『もしもあの日、僕たちがサンタのところに襲撃にいかなかったら』ってやれば、それで全部終わる話でしょ?!」

「無意味だよ、のび太くん。まあ、まるっきり無意味だとは言わない。だけどそれは、『あの日、あの時点において』僕たちがF22での襲撃をif性において否定するだけの行為でしかない。じゃあ次の日に行かなかった、と言えるのか?その次の日は?このやり取りをしている、まさにこの瞬間、そのコンマ1秒前までの行動まで延々ともしもボックスで規定し否定し続けるの?」

「な、何を……難しすぎて、よく分かんないよ……」

「あの日の僕たちの行動原理は、何だ?思いだせよのび太くん。君の場合は『クリスマスが憎い』、それだけのことだ。そして僕の場合は『20世紀の時点でサンタに奇襲をかけたい』、こいつだ。だから、もしもボックスで『あの日の行動がなかったとしたら』と願い、それが叶ったとしよう。のび太くん、のび太、ここでよく考えろ。そこで変わるのは、何だ?」

「ええっ?そこで変わるのが、何……?」

見る間にのび太の顔が紅潮する。まるで頭から湯気でも立ってきそうな風情だ。見ればジャイアンも同様であるらしく、眉間に深い皺を寄せながら必死に何事か考えている。

「その日の行動、だけ」

「その通りだ、スネ夫くん」

先生と生徒とのやり取りに似た光景が眼前で繰り広げられる。違うところがあるとすれば、彼らの関係が上下のあるそれではないこと、そして、スネ夫の回答が正解であるとて、誰も何も喜ばない、マルをつけてくれない、そのあたりのところであった。

「どういうことなんだよ、スネ夫!」

「もしもその日に襲撃に行かなかったら、次の日に行くかもしれない。次の日に行かなかったとしたら、その次の日に行くかもしれない。その次の日に行かなかったらその次の次の日に行くかもしれないーーそういうことなんだろ?ドラえもん、出木杉」

「そういうこと。問題の所在は『あの日にあそこに行かなかったら』なんて、チープな場所にはないんだ。のび太くんの憎悪と、僕の好奇心と。その二つが存在し続ける限り、少しずつ状況の時間軸が動いたとしても、起算点自体は永遠に消え去らないんだよ」

「分かったわ、のび太さんとドラちゃんが、のび太さんとドラちゃんであり続ける以上……!」

「そう。いつか必ず起こるはずなんだ。どれだけなかったことにしようとも。行くはずなんだ。僕は、僕とのび太くんは。フィンランドへ。それは僕の記憶の中に『22世紀にはサンタ大戦が生じている』という事実が存する限り、確実な意味で」

ドラえもんの言葉を最後に、部屋にいる誰もが口を噤んだ。

仮に、空気に色があるとすれば。
その時、のび太の部屋を包んでいた静寂が色を持つのだとすれば。

それは確実に、現存するどの色よりも濁り淀んだ、薄暗い色であったに相違ない。

「んじゃあよう!!」

畳を強く踏みしめながら、立ち上がる。
無理矢理にでも場の空気を明へと転じせしめんとする。
そんなタフなメンタリティを持つのは、やはりガキ大将にしか有り得なかった。

「もうどうしようもねえ、つうんなら、出来ることをやるしかないじゃんか!ウジウジしたってしょうがないだろ!ドラえもん!俺達を呼んだってことは、何かあるんだろ!さっさとそれを言えよ!」

「だから、揺蕩っているのさ」

ジャイアンの言葉を遮るようにして言うと、出木杉はドラえもんの方へと向き直った。

「途絶された22世紀、ここに在る22世紀のドラえもん。アンビバレントな二つの事象。それが意味するものは」

ひとつひとつ、言葉の意味を確認しながら出木杉は声を発する。

「ここが分水嶺、ってことなんだね−−ドラえもん。君が先に言った『希望』という趣旨も、だから」

「……ここで踏みとどまれるか否かなんだ」

初めて感情を顕にしたドラえもんの表情は、実に苦々しげなものであった。あえぐようにして口を開け閉じするのだが、どうにも言葉は続いてこない。顔を上げたり俯いたりを繰り返すその所作を見るに、彼の中で浅からぬ葛藤が渦巻いているであろうことは、容易に推知できた。

「どうあがいても、絶望」

乾いた笑いと共に発せられた言葉の主は、スネ夫だった。一同は弾かれたように彼の方に目を遣る。

「そういうことなんだろう?希望だなんて、よく言ったもんだよ。ドラえもんが存在する、ってことは、ドラえもんが造られた未来、要するに22世紀が存続する可能性も、いまの時点で残されてる、ってことなんでしょ?つまりそれが、希望。だけどそうならない可能性を示しているのがタイムマシンの、22世紀への道が閉ざされた時空航路の存在。僕ら人類がサンタに滅ぼされた先に待ち構える、虚無」

出木杉が何か言おうと立ち上がりかける。ドラえもんはその肩を無言で押さえつけた。出木杉が抗議の視線をその横っ面に浴びせかけるも、ドラえもんは平然とそれを受け流す。受け流し、ただ口角ばかりを釣り上がらせたスネ夫の言葉の続きを、静かに待った。

「22 世紀への道が残されているのだとしたって!その22世紀ってのは、サンタと陰惨な戦いを繰り広げているドラえもんが存在する22世紀、っていうことでしょ?!じゃあ、どうあっても、いまの僕たちはサンタと戦う以外に生き残る方法はない、ってことじゃんか!それだけじゃあない!目の前のドラえもんが、いまここにいるドラえもんが!サンタと戦い続けている未来から送られたドラえもんである以上、いま僕たちがサンタと戦ったとしても、絶対に勝てはしないんだ!勝てるんだったら、そもそも22世紀でサンタと人類が争いをしている、なんて前提がないはずなんだよ!もし勝てるのだとしたら、ここにいるドラえもんは『サンタと争いをしていない、平和な22世紀で造られたドラえもん』であるはずなんだ!そこから逆算したら、僕たちの迎える結末は、良くて引き分けがせいぜい、そういうことだろ!?」

「だから、揺蕩っていると」

「黙れよ出木杉!お前だって分かってんだろ!僕に分かったくらいなんだ、君に分からないはずがないじゃないの!勝てもせず、負けもできない戦い、その難しさくらい!!」

「待てよスネ夫!なんで勝っちゃいけない、なんてことになんだよ!!」

「そ、そうだよスネ夫!この際、皆で力を合わせてサンタなんてコテンパンにやっつけちゃえばいいんだよ!!」

スネ夫の怒声に怯みつつ、どうにかのび太とジャイアンは反論を試みる。静香はと言えば、何かを悟ったようにだらりと頭を垂れていた。

「ハッ!勝つ?コテンパン?よくもまあそんなことが言えたもんだ……じゃあのび太、一つ聞くけどな。もしもサンタに勝てたとして、だ。その時ドラえもんは、どうなる?」

「ええ?それはもちろん、戦いに勝つわけだから……」

「いなくなっちゃうんじゃ、消えちゃうんじゃあ、ないかしら……」

唐突に発された声の主は静香だった。のび太は驚いてその方に振り返る。静香は戸惑いと諦念とを含んだ瞳の示しながら、なおも言葉を紡ぐ。

「いえ、私にもよく分からないけれど、仮にさっきドラちゃんと出木杉さんが言い合ってたような『因果』が変わるってことになるのなら……勝ったその時点で……」

「消滅するだろうね、宇宙は」

ため息混じりに静香の結論を補完するのは、ドラえもんだ。脇に座る出木杉は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。色を失ったような顔つきになる静香と、当を得たように卑屈な笑顔を作るスネ夫とが、醜く並び立つ。のび太とジャイアンとは、なおも理解が追いついていない様子だった。

「僕は『サンタと戦争を続ける22世紀』から来たドラえもんだ。だから、仮にもサンタを根絶やしにする、殲滅する、なんて事態を引き起こせば、その時点で概念矛盾が生じる。『サンタのいなくなった過去』に、『サンタのいる未来から来た僕』が存在してしまう、ってことになる。それは即ち歴史の改編だ。22世紀へと繋がる固有の因果が根底から否定される。その時に何が起こるのか」

「どうせのび太とジャイアンのオツムじゃ分からないよ。簡単に言い換えてやる。のび太、もしお前がタイムマシンで過去に戻って、お前が産まれる前にお前のママを殺したら、どうなる?」

「ママを!?」

「お前を産んでくれた人がいなくなるんだ。当然お前も産まれなくなるだろうさ。でもそれだけじゃあない。お前のママはお前を産むためだけにこの世界にいた訳じゃないんだ。買い物をしたり、近所の人と仲良くなったり、どこかに旅行に行ったり……沢山の、実に色んなことをしているはずなんだ。その全ての行動が根こそぎ消え去る。及ぼしたであろう夥しい数の影響が、まるっきりなかったことになる。その時、お前が産まれなくなるだけじゃなくって、そもそもこの世界が存続し続けるのかどうか?全ての理が、あるがままであり続けるのか否か?そんなのは誰にも分からない、誰にも保証できない。保証できないんだよ、のび太!ジャイアン!!」

最後の方はほとんど叫ぶようになりながら、スネ夫は言った。その内容を完全に理解できた訳ではなかったが、あまりの剣幕にのび太は反論の接穂を見つけられない。それはジャイアンにとっても同じようで、憤怒とも狼狽ともつかない感情を眼に浮かべながら、ただ押し黙っていた。

「それでも、このまま手をこまねいていたところで、待ち受けているのは確実な意味での終焉、世界の破滅だ。それが分かっているからこそ、ドラえもんくんはこうして僕たちを集めたんだろう」

淡々と話す出木杉の表情からは、相変わらず何らの感情も読み取ることができない。とはいえ、淡々と事実を分析する彼の物言いが、集まった面々の心の平静を保たせるのに一役買っていたのは紛れもない事実であった。

「やるしか、ないんだ」

「ドラえもん……」

「のび太くん、しずちゃん、スネ夫にジャイアン、そして出木杉くん……やるしかないんだよ。僕たちに出来ることは、残された選択肢は、それだけなんだ。どれだけ困難な道のりであろうと、可能性が0.1%でも在る方を、僕たちは選ぶべきなのさ」

「たとえそれが、血塗られた道であっても、ってね」

混ぜ返すようなスネ夫の物言いに、思わずジャイアンが気色ばむ。ドラえもんは視線でそれを制すると、そっとスネ夫の手を握った。

「スネ夫くん。君が怖いと言うのなら、僕はその感情を否定しない。君が無理だと叫ぶなら、僕はその言動を否定しない。だからこそ、僕は君と一緒に戦いたい」

「な、何を……」

「怖い、というのは、生きたい、という気持ちの表れからだ。無理だ、と言えるのは、現状を冷静に分析できてのことだ。死にたくないと願う人間の逞しい生命力を、無理を認識する人間の聡明さを、僕は知っている。そんな君であればあるほど、僕は君と、この戦いに臨みたいんだ」

聞けばそれは、馬鹿に陳腐な言葉遊びだった。怖いと、無理だと唱えたスネ夫の真意は、それ以上でもそれ以下でもない。いかに美辞麗句を連ねようとも、あの瞬間スネ夫にあった心持ちを捻じ曲げることは出来ない。

「ど、ドラえもん……」

だがその感情も、1秒後には過去となる。絶えず堆積されていく時間の中、精神は目まぐるしく新陳代謝していく。スネ夫の心にあった絶望という古皮は瞬く間に剥がれ落ち、克己という新皮が、芽吹いて覆う。

「無理に、とは言わない。それはスネ夫だけじゃない。ジャイアンもしずちゃんも、出木杉くんも、のび太くんだって。逃げ出したかったら遠慮なく逃げ出してくれていいんだ。そこにあるタイムマシンで原始時代に行ってもいいし、海底世界や地底世界に行ったっていい。僕にそれを止める権利はない」

「に、逃げないよ!」

「いいんだ、のび太くん。さっきも言ったけど、臆病になることは決して悪いことじゃないんだ。歴史も証明している通り、蛮勇と無謀は違う。君たちは君たちなりに永く生きるチャンスを、幸せになれる選択肢を、適切に判断すべきだ。だから、逃げたっていいんだ。その決断を責めることは誰にもできやしない」

曖昧に笑いながらドラえもんは語る。だがのび太には見えてしまった。言いながら、ガクガクと震えるドラえもんの膝のことが。

「ドラえもん、水くせえじゃねえか。俺様の辞書に『逃げる』なんて言葉が存在しないのは、とっくに知ってんだろ?」

ドラえもんの肩を引き寄せ、町一番のガキ大将は力強く宣言する。俺は逃げない、と。お前の目指す先は、俺の目指す先でもあるのだ、と。

「ぼ、僕だって!」

「私もよ!」

のび太と静香が続けざまにジャイアンの言葉に呼応した。スネ夫は相変わらず卑屈に笑っていたが、次第にそれは能面のような表情へと変わり、ついに大きなため息をついたかと思うと、唐突に弾けるような笑顔を見せた。

「僕だけ仲間はずれになんて、させるわけにはいかないでしょ!」

言うが早いか、スネ夫の頭頂部にジャイアンのゲンコツがお見舞いされた。それを見て一同は腹を抱えて笑いあう。先ほどまで室内に蔓延していた沈鬱な空気がウソのように吹き飛んでいた。

「やってやるぞ!」

「おう、サンタがなんだってんだ!なあスネ夫!」

のび太が笑う。静香が笑う。ジャイアンとスネ夫が笑う。

そして出木杉とドラえもんもまた、笑った。

「いやはや、策士と言うべきかペテン師と言うべきか……流石だよ、ドラえもんくんは」

「ハ、出木杉くんは相変わらず食えないヤツだ……」

余人に悟られぬよう、押し殺した声でささやき合う二匹の獣。

「それにしても、膝を震わせる演技までするなんてね……まったく、大した役者だ」

「マヌケ。あれは−−」

そこにいたのは、狸。
狸の精神を持つ、狸の皮を被った、獰猛なる狼。

「武者震いよ」

獣はそっと、牙を研ぐ。

誰にも気付かれないように。
何にも気付かれないように。


『いつ、いかなる時に、何が起こるか分からない』という出木杉の提案を受け、一同はポンプ地下室で造られた地下部屋へと移動し、ひとまずそこを仮の基地とした。もちろんそのままではあまりに殺風景なので、取り急ぎのび太の部屋と同じような調度品を設えた。

「それにしても、地下に潜ったくらいで何か変わるっての?」

「まァ、気分ってのはのび太くん、君が思ってるよりずっと重要なもんだ。現に、多少なりとも緊張感みたいなものが芽生えただろ?それに、安穏と地上でバカ面を晒してるよりゃあ余程安全だし、そうそう奇襲もされないだろうよ」

開いた手帳に目を落としたまま、ドラえもんは素っ気なく語る。皆薄々気づいていたことであるが、彼の纏う雰囲気は数分前を境に突如として変化していた。普段の柔和な物腰は消え、粗野というか、無骨というか、まるで三文小説に登場する風来坊のような口調となっていた。

「それで、ドラえもんくん。人手のアテはあるのかい?」

「いま探してるんだが……状況が状況だ、一体どれだけの奴らが諸手を挙げて賛同してくれるのか、皆目見当もつかん。それに、誰でも戦闘に介入できる、という訳ではないしな」

「それは、どういう?」

「言ってなかったな。サンタとの戦闘に参加するには、必須の条件がある。クリスマスを忌む心持ち、綺羅びやかなネオンを憎む性根、最大公約数的な不幸を喜べるタフなハート。そういうモンが要る。まァ端的にサンタへの憎悪、っていうのでも十分だがね」

「なるほど。ここにいる面々はさて置き、僕らが誰かのところに赴いて、唐突に『サンタを憎め』と言っても、それは少々現実的ではないね。狂人扱いされるのが関の山だ」

「その意味からすれば、一定程度以上世間に対するルサンチマンを抱えている人物か、無条件にこの日本を、地球を守らんとする、並ならぬ矜持を持つ人物。そういう輩を揃えなくてはならない」

「ルサンチマンに、矜持か……」

出木杉とドラえもんは難しい顔を浮かべながら何やら話し合っている。一方、のび太、ジャイアン、静香はといえば、ただその様子を見守ることしかできなかった。とりわけ静香は、取り巻く現状の切迫していることは認識すれど、未だサンタと戦う、という目的について、臆する部分が消えたわけではなかった。それはのび太とジャイアンにしても、少なからず同じであった。

「厚木の方に、パパの知り合いがいる。どうにかそれを上手く使えないかな」

「厚木?ってことは、米軍か?」

出木杉の問いかけに、曖昧な笑みを浮かべながらスネ夫が頷く。飢えた野良犬のようにぎらついた光を見せるその瞳から察するに、彼の腹はとっくに決まっていたのだろう。臆病である人間は、臆病であるがゆえ、誰よりも生への執着が強い。だからドラえもんは思う。強者とは、本来、臆病者であるはずなのだと。

「基地の内情には詳しいのか?」

「定期的に出入りしているから、相応には」

「なるほど。いや、かなり助かる。武器を揃えるにあたっては、どうしてもその辺りの軍事力を頼りにしなくちゃならないからね。もちろん、正面きって助力を願えるわけもないから、こっそり忍び込んで武器だけ拝借する、ということになる訳なんだが……それでも、どこでもドアで当てずっぽうに基地に忍び込む手間を考えたら、随分楽にはなりそうだ。礼を言う、スネ夫」

「さすがじゃあないかスネ夫くん」

ドラえもんと出木杉は口々にスネ夫を褒める。スネ夫としてもまんざらではないようで、どこか誇らしげな様子で照れ笑いを浮かべていた。

もっとも、ドラえもんと出木杉の見せた態度は、完全におためごかしであった。実際のところ、第三者の協力など要するまでもなく、ドラえもんの秘密道具を駆使すれば、世界中のどこであろうと簡単に侵入することが可能だ。その際、内部の人間を洗脳することも、やはり造作ないことである。だがドラえもんと出木杉とは、敢えてスネ夫に華をもたせた。そうやって『自分は集団において必要欠くべからざる力を具備しているのだ』という虚妄を抱かせておけば、いかな愚図でも、有事の際に獅子奮迅の努力を厭わない、そのことをよく理解していたからだ。

「ヘヘッ、僕がいて随分助かったでしょ!」

「ああ、本当にスネ夫くんは」

「大した、もんだよ」

言い終えるか終えないかのギリギリのタイミングに。ドラえもんは僅かにのび太たちのことを見遣った。その行為に特別な意味を持たせようとした訳ではない。だがドラえもんは知っている。一見すると何の意味もない行動であるほど、無意味な所作であればあるほど、何がしか後ろ暗いものを覚えている人間たちは、目の前の無為の中に無理やり意味を見出そうとする、そんな悲しき習性の存在を。

「お、俺だって!俺だって、スネ夫なんかよりよっぽど役に立てらぁ!」

「私も……ううん、ごめんなさい、今は何ができるか分からない。だけど、今回のことでは出来る限りのことをするつもりだわ!その気持ちは、スネ夫さんにも勝るとも劣らないものよ!」

期待通り、というべきか。ほんの短い時間に、たわいのないやり取りをしただけで、二人はこうも戦意を高揚させてくれた。実に自然に、実に自発的に。ドラえもんは高笑いしたくなる気持ちを抑え込みながら、二人に向かって鷹揚に微笑んだ。

「ありがとう。でも、決して無理はしないでおくれ。何度も言うようだけれど、辛くなったらいつでもそこの……」

タイムマシンで逃げてくれ。そう言いかけたとき、その部屋からのび太の姿が雲散していることに気付いた。ジャイアンたちの背後にある襖が少しだけ開いているのが見える。逃げ出したのか?まさか!ドラえもんは慌ててその思いを振り払う。彼に限って、ほとんど類を見ないような規模のルサンチマンを抱えるのび太に限って、サンタを前に逃げ出すという選択肢を選ぶことは、あり得ないと確信していた。

「のび太くんの姿が見えないようだが……」

出木杉が怪訝そうな空気を隠そうともせず声を発する。思わず舌打ちが零れかけた。彼はまだ、ドラえもんに対し完全に心を開いたわけではない。その頭脳が賢しければ賢しいほど、安っぽい感情に棹される可能性はゼロに近づく。故に、彼の弾きだす損益分岐点において、この戦いが『損になる』と判断された時点で、彼はすぐさま戦線を離脱するであろう。それこそ、タイムマシンに乗ってでも。

「のび太くんは、うん、そうそう、いま頼りになる助っ人に協力を取り付けにいったのさ」

出鱈目を喋った。そんなアテがあるのなら、そもそもここに連れてきているはずなのだ。そのあたりのことは出木杉にしてもすぐに喝破するだろう。事実、出木杉の放つ訝しげな様子は、一分たりとも揺らいでいない。いま、彼の脳内にある損益分岐点は、どのあたりを彷徨っているのだろうか。いや、ともすればのび太がその姿を消した以上、既に−−

「ドラえもぉん!!」

その首から冷えた汗が滴り落ちんとするまさに直前、息せき切ってのび太が部屋へと戻ってきた。手にはタケコプターが握られている。のび太が戻ってきたことに安堵する反面、ドラえもんの胸中に名状しがたい怒りが渦巻く。この馬鹿野郎は非常時にどこをほっつき飛んでいたというのか。

「のび太くん、君ねェ!」

「ドラえもん、お願いだから悪魔のパスポートを貸しておくれ!なんなら、どくさいスイッチでもいい!!じゃないと会えないんだ!!あの人に会おうとすると警備員が、色んな人が僕の邪魔をするんだ!!」

要領を得ない言葉を喚きちらしながら、のび太は半狂乱でドラえもんに詰め寄る。その後も何事か切実に叫び続けていたが、どうにも言わんとすることが伝わってこなかった。

「待て、待て。のび太くん、ちょっと落ち着け」

「落ち着いてなんていらんないよ!もうすぐサンタが来るんでしょう!?だったら一刻も早く助っ人が、あの人に会ってあの人のいう『大切な人』に助けを頼んで、それで、それで!」

「落ち着けってんだこのクソメガネ!サンタを屠るより前に手前の口を二度と開けないようにされてェのか糞袋が!!」

のび太の顎を万力のように締め上げながら、ドラえもんが叫ぶ。初めて見せる生々しい怒気、そして明確な殺意に、一同は凍りつくようにして固まった。ただ出木杉だけは、おどけるようにして口笛を吹いていた。

「いいか、のび太。戦いは何も武力だけで決まる訳じゃない。知略や謀略、要するに情報の力だって同じくらいに重要なんだ。その意味からすれば、俺やお前、並びにここにいる全員が『何を知っていて』『何を知らないのか』、その辺りのことを適切に知ることもまた、戦いにあっては不可欠な要素なんだよ。分かったか?分かったな?分かったなら俺がこの手を離した瞬間、お前はお前の知っていることを、飼い慣らされた子犬のようにペラペラと喋り始める、そうだな?」

矢継ぎ早に言葉を受けたのび太は、もの凄い勢いで瞬きを繰り返す。尋常ならざる力で締め付けられているため、頷くこともできないらしい。ドラえもんはその瞬きを質問に対する肯定の意味だと認め、顎を掴む手からゆっくり力を抜いた。

「あ、会いに行こうとしたんだ。助けを得ようとして、あの人に、でも会えなくて、止められたんだ!だからドラ、ドラえもんに」

「もう一度だけ言う。要点のみ述べろ。今度は顎を潰すぞ」

「ほ、星野スミレさんに会いにいこうと思ったんだ!」

時代をときめくスター女優、星野スミレ。それはその場にいる誰もが見知った存在だった。しかし彼女の存在と、いまドラえもんたちを取り巻く現況と、その両者が一体いかなる親和性を有するというのか。

「以前、ドラえもんと一緒にスミレさんと会ったことがあったろ?その時、僕は聞かされたんだ。スミレさんの好きな人は、遠い遠いところで必死に頑張っているんだ、って。その人は、そう、まるでスーパーマンのような人なんだ……って、そんなことを。だからそのスーパーマンのような人の力を借りられれば、そう思って僕はスミレさんに!」

確かにドラえもんらと星野スミレとは、以前、つまらぬ事件をきっかけに会話をする機会に恵まれた。ただ、ドラえもんはその仔細を記憶してはいなかった。そのところからすれば、のび太のまくしたてる会話の内容は、ほとんど初耳に近い。

「まあ、落ち着きなよのび太くん。星野スミレさんはもちろん僕も好きだけど……いくら彼女のいう『好きな人』が『スーパーマン』じみているのだとして、そのポテンシャルは結局、ドラえもんくんの持つ秘密道具には到底及ばないんじゃあないのかい?そうであるならば、その見も知らない人に拘泥する意味は、あまりないと思うのだけれど」

「いや、でも、出木杉くん!普通に考えたらそうかもしれないけど、けどあの時、スミレさんは不思議な道具を見せてくれたんだ。それこそ、まさに、ドラえもんが持っているような、秘密道具みたいな感じで……」

「おい、待てのび太。そんなもん、俺は見た覚えないぞ」

「そりゃあ、そうだよ。だって君がトイレで用を足している間のことだもの。スミレさんも『これは二人だけの秘密よ』って言っていたし……ウフフ」

全身が総毛立つかの如き気持ちに襲われた。どうして目の前にいるバカは、全ての言を額面通りに受け取ってしまうのか。不意に獰猛な殺意が鎌首をもたげそうになる。

「それは一体、どういう代物だったんだい?」

出木杉がいてくれて良かった。ドラえもんは心からそう感じた。もしこの場に自分とのび太としかいなかったら、およそまともな会話など成立していなかったに相違ない。百度ミンチにし、百度タイム風呂敷で復元してからでしか、冷静にはなれなかったであろ。

「コピーロボット、っていう道具でね。見た目は普通の人形、っていうか、のっぺらぼうのマネキンみたいな感じで、小さい姿形をしてるんだ。で、その人形の鼻っ柱がボタンみたくなってて、そこを押すとね、その鼻を押した人と人形とが、まるっきり同じ人間になっちゃうんだよ」

のび太の語った内容は、まるで出来の悪い絵空事のような話だった。事実スネ夫も静香もジャイアンも『あのスミレさんが、まさか……』という風に失笑している。比較的懐の深い出木杉ですら、隠そうともせず呆れたような顔をしていた。だが、ドラえもんだけは例外だった。

「お前のいうコピーロボットってのは、こいつか?」

「そう!それだよ……て、え?どうしてドラえもんがそれを」

のび太が最後まで言い終えるより早く宇宙完全大百科を取り出し、猛烈な勢いで『星野スミレ』の項を検索する。その間、出木杉やのび太が何事か問いかけてきた気もしたが、最早ドラえもんの耳には届かない。数分後、検索結果が端末より吐き出された。

【星野スミレ】
かつては美少女アイドルとして幅広い世代に支持され…(略)…その後はスター女優としての地位を確立…(略)…星野スミレのもう一つの顔は、正義のヒーロー『パーマン』の三人目のメンバー・パーマン3号(通称パー子)である……(以下略)。

「パーマン……?」

「え、ドラえもんってば、パーマンのこと知っているの?」

何気なく呟いた単語に、スネ夫が並ならぬ興味を示した。

「いやあ、うちのスネ吉兄さんが小学生の頃の話なんだけどね、そのパーマンっていうのがとにかく大人気だったらしいんだ。立ち居振る舞いは小学生みたいなんだけど、空を飛んだり怪力を振るったりで、縦横無尽の大活躍!それを見た当時の小学生は、そりゃもうパーマンに憧れたもんだって。スネ吉兄さんがいつか話してたなあ」

「つまり、それは特撮、ということなのか?」

「ええっ?そりゃ、そうなんじゃないの?だって子供が空を飛んだり悪人をやっつけたりだなんて、普通はあり得ないでしょ」

普通は。スネ夫の発したその単語がドラえもんの脳内で幾度と無くリフレインする。普通は、普通に考えれば、確かにスネ夫の言う通りだ。しかし歳相応の素直さを持ち合わせるスネ夫は、未だ気がついていない。22世紀から来たと称するロボットであるドラえもんが眼前にいる状況、それこそまさに『普通ではない』という、明白過ぎる事実に。

「つまり、パーマンは存在する。あるいは、した」

口元を吊り上げながら出木杉は呟いた。パーマン、その存在はフィクションではない、特撮などではない、現実の存在なのだと、彼はすぐに確信したのだ。同時にドラえもんは思う。

この少年は理解が早い。
否、あまりにも早すぎる、と。

「……やけに嬉しそうだね、出木杉くん」

「そうかい?いや、少しばかり愉快になってきたのは否定しないけれど。あと、僕のことは呼び捨てで構わない。まどろっこしいだろう?だから今後、僕もキミの呼び名は皆に倣うことにするよ」

なあ、ドラえもん。
出木杉はねっとりとした口調でそう告げる。
その何もかも、全てが既定路線であるかのように。

いけ好かなかった。

かかる感情を携えつつなお、出木杉の助力を得なくてはならない自らの存在が。

何よりも疎ましかった。

「ドラちゃん、どういうことなの?分かるように説明してくれないかしら」

「ああ、ごめんよ。どうもさっきから気ばかりが焦っちゃってね。結論から言えば、のび太くんの言っていたことは全部本当だと思う。また、スネ吉さんが熱狂していたというパーマン、それについても過去確実に実在した『ヒーロー』だったと言えるだろう」

「やったじゃん!」

即座にジャイアンが嬌声を上げた。次いでのび太が得意気な表情を浮かべ、静香とスネ夫とが安堵したように笑う。まことに小学生の思考回路というものは単純だ。

「だけど、まだ彼ら−−パーマンが、今回の戦いに協力してくれると決まったわけじゃない」

ドラえもんの思考を出木杉が代弁する。やはり彼は聡い。そしてその頭脳が聡ければ聡いほど、ドラえもんの抱える疑念はその濃さをいや増してゆく。

「出来杉く、いや、出木杉の言う通りだ。いま判明したのは、かつてパーマンという集団が存在したこと、並びに星野スミレがその関係者であったこと、その二点のみだ。そのことと本件とは、未だ結び付くには至っていない」

「だから、どこでもドアと悪魔のパスポートを!」

「それで、のび太、お前はどうするんだ?『スミレさん、あなたはパーマン3号なんですよね、近日中にサンタが襲いかかってきます、だから手助けして下さい』とでも請願するつもりか?そうだとすれば、お前は底抜けのマヌケだ」

どうやら図星であったらしい。見ればのび太は、空気を求める金魚のように口をパクつかせている。

無策による特攻が常に悪だ、と言うつもりは毛頭ない。何も考えずにぶつかるのが最善という局面もあるにはある。

だが、状況は未だその段階にない。

「うん、のび太くん。それはあまりにも愚策だよ」

少なくとも出木杉とドラえもんとは、そう感じていた。

「まァ交渉には俺が臨む。星野スミレとは例の一件で面識もあるしな。ただ、のび太、お前が星野スミレというケースを思い出してくれたこと、そいつについては礼を述べておく」

のび太は未だ釈然としていない様子だったが、ドラえもんが右手を掲げる動作をすると直ぐに縮こまった。体罰は本意ではない。それでも、覚えの悪い犬には厳しい躾が必要だ。ドラえもんはそう信じている。

「ドラえもん、僕にもさっきの機械……宇宙完全大百科と言ったかな、それを貸して欲しいのだけれども」

ドラえもんは思う。目の前のいる、おそらくは猛犬であろう少年についても、躾が必要なのだろうか、と。

「……あァ、いい。出木杉、まだるっこしいことはやめだ」

「それは、どういう」

「貸してやるよ」

言いながら、白い布状のものを出木杉の方へと放り投げた。そのものは僅かにその身をはためかせ、曖昧な放物線を描きながら、出木杉の両手へと収まった。

「これは?」

「四次元ポケットのスペア。要するに俺の持つ秘密道具の保管庫の第二の鍵だ。そいつをお前に託す」

瞬時に一同に緊張が走る。スペアポケットといえば、ドラえもんのアイデンティティの大半を組成するといっても過言ではない代物なのだ。あるいは、ドラえもんの第二の心臓、と言い換えてもよい。それを第三者に、託す。それが一体何を意味するのか。

「……いいのかい?そんな、軽々に」

愚鈍な犬には躾を要する。それは時に、体罰を要する躾で以て。ドラえもんは信じているし、その信念はこれまでもこれからも、僅かばかりも揺るがない。

「勿論さ。だってお前は」

ドラえもんは同時に、信じる。

俊秀なる犬には、手綱を着けてはならないのだと。

認めて、放つ。
任せて、委ねる。

そうすることでしか勝ち取れない信頼が確かにあるのだと、ドラえもんは、確信と共に。

「俺の大切な、友達だろう?」

俊秀な人間にしか知覚できない、微量な毒気を混ぜ込みながら。

「見ての通り、ポケットは二つに分けられた。これにより、参謀も二つに分けられた、と考えてもらっていい。勿論、最重要課題は皆で合議して決める。だが、局面的な判断については、俺か出木杉に任せて欲しい。そこまでのことに異論はあるか?」

地下室は静寂に包み込まれる。反論などないことは端から織り込み済みだ。それでも、一応でもなんでも『話し合いをした』という事実が重要なのだ。故にドラえもんも出木杉も、ある意味迂遠なまでに皆の意思を確認し続けた。

「……では、おおまかにではあるが、我々の意思が疎通できたと仮定して。ここから決戦までの間、皆にはそれぞれ役割を与え、それぞれ動いてもらうこととなる。まず、ジャイアン」

「お、おう!」

「お前には戦術担当を任命する。まァ、噛み砕いて言えば、暴力省大臣といったところだな」

「おお、任されよう!俺様に適任だな!!で、何をすればいいんだ?」

「なァに、簡単さ。お前にはまず『おもちゃの兵隊』と『無敵砲台』とをそれぞれ二組与える。それをまァ……そうだな、紅白両軍にでも見立てて、その両軍を戦わせ、その上でお前は色々な戦術を考案すりゃあいい。どうだ、楽だろ?」

「んん?するってえと、俺はこのおもちゃどもが戦うのを見て、その勝ち負けを見て、どうすりゃ勝てるかってのを考えて……ってことか?そりゃいくらなんでも退屈すぎないか?」

「ふむ、それもそうか。ではジャイアン、ちょっとこの鏡を見てくれ」

「おう、これでいいのか?」

ドラえもんが四次元ポケットか取り出した鏡の前にジャイアンは素直に立つ。しばらくして後、鏡の中からジャイアンとまるで同じ造形をした何かが出現した。

「え、お、俺、俺が!?」

「俺が、俺、お、え?!」

「フエルミラーだ。原理上、これでジャイアンはこの世に二人誕生したこととなる。さあ、血沸き肉踊る楽しい殺し合いの始まりだ。右のジャイアン、お前は紅軍を率いろ。左のジャイアン、お前は白軍を率いろ。それで勝敗を競え。期日は12月24日正午まで。白星の数で負けた方は、俺が責任を持ってその存在を消す。なァに、両方同じジャイアンだ。二人いた方が困るんだ、どちらにせよ一方は消えなくちゃあならん。紅白のジャイアンよ、消されたくなければ、必死に勝て」

それだけ言い捨てると、ドラえもんはまたぞろポンプ地下室で地下空間を造り上げる。今度はばかに広大な土地であるらしい。

「千代田区くらいの面積はある。ここで存分にやり合えばいい」

最後にノートと鉛筆だけを双方のジャイアンに押し付けると、そのままケツを蹴って地下室へと突き落とした。その間際、何事か叫び声が聞こえた気もしたが、もはやドラえもんの耳には届かない。

「で、スネ夫。お前には武器収集の用を命じたい。出来るな?」

「あ、ああ。もちろんさ」

「再三になるが、今回サンタを相手取るうえで、勝ち過ぎはまずい訳だ。いい按配で引き分けるか、26日を迎えるまでギリギリの消耗戦を続けるか、そのラインは守らなくてはならない。その意味からすれば核兵器なんかは当然使用できない、それは分かるな」

「か、核……!?そんな、頼まれても嫌だよ!!」

「オーケー、それでいい。現代の地球がぶっ壊されちゃあ、未来の地球だって元も子もないしな。つまりスネ夫、お前にはそういう事情を斟酌した上で、各種武器を取り揃えて欲しいワケだ。とりあえずラプター(F22)は2機ある。これは俺の方で増やしておく。それ以外のブツを、お前の言う “厚木” の方で、潤沢に取り揃えて欲しい」

「分かったけど……一人じゃ限界があるでしょ。誰か手助けしてくんないと」

「ゴシャゴシャうるせえな。とりあえず『ゆめふうりん』貸してやるから、それで安雄とはる夫でも連れてどうにかして来い。あと通り抜けフープと悪魔のパスポートとスモールライト。こんなもんで十分だろうが。理解できたか?」


スネ夫は納得がいかないという様子だったが、ドラえもんがケツを蹴るモーションをとった瞬間、弾かれたように部屋を出ていった。それを見てドラえもんと出木杉は腹を抱えて笑った。のび太と静香は彼らが何を笑っているのか、まるで理解できなかった。

「さて、のび太としずちゃんだが……二人については、率直に言って、特に何かしてもらうことはない」

「それは、どういう」

「まず、のび太。お前の射撃のセンスは天性のものだ。おそらく、歴史を紐解いたところで5人といない腕前だろう。ムカつくが、それは俺も認める。だからお前はそれでいい、逆に言えば、それだけでいい。で、しずちゃん。本音をいえば賢しいあんたにも何か仕事をして欲しいところなんだが……それでも俺は、敢えてあんたにはバランサーの役を負ってもらいたいと、そう思ってんだ」

「バランサー?」

「俺たちはこれから、サンタとの戦いに向けて意識を先鋭化させていく。それは激戦へと向かうにあって実に重要な精神鍛錬でもある。だが、同時に脆い。全ての状況、環境、意識状態が『それ』だけしか見ないことになる。他を一顧だにせず目的に邁進するのは効率的ではあるが、思いがけない死角をも生み出し得ない。だから、そこを起動修正する役割、あえてサンタとの戦いから身を離し、『冷静な』視点から俺たちの暴走を止めてくれるためのパーツ……そいつをしずちゃんにお願いしたい」

ドラえもんは未来の世界で沢山の戦いを見てきた。個人が全体化し、全体が固体化していった結果、様々な弊害が生まれるのを何度となく目の当たりにしてきたのだ。硬直化してしまった組織というのは、強くも儚い。穿たれた一つの穴が、壊滅的な崩落を生じせしめんとする。そういう側面は確かにあるのだ。

「分かったわ。要するに私は、何もしなければいいのね」

「敢えて言わせてもらうなら『何もしない、をする』、そういう積極的な役割を担っているのだと……そう捉えてもらえるなら、俺も嬉しい」

それはある種の詭弁だった。だが、紛うことなくドラえもんの本音でもあった。誰しも、有事を前に無為を生きるのは歯がゆい。どれだけそれが重要であると諭したとて、ジャイアンやスネ夫、あるいは出木杉であっても、その役目に不服を覚えることだろう。だが、静香であれば。あるいは俺の真意を汲んでくれるのではないか。ドラえもんはそう願った。

「ウィンドウ、ブロウィン、フロムザ、エイジア……」

何ごとか口にしながら静香はそっと部屋を後にする。すぐにドラえもんがその後を追おうとするが、出木杉がその肩を掴んで押しとどめた。

「出来杉くん、何を」

「女は海、ってことさ。大丈夫、君の気持ちは十全に伝わっただろうよ」

狐につままれたような思いであったが、出木杉が余裕のある雰囲気を醸しているのを察知し、とりあえずその言葉を信じることにした。餅は餅屋、級友の心の機微には彼の方が余程理解が深いだろう。ドラえもんはそう考えた。

「さて、出木杉。君と僕とは両翼の翼だ。今更どちらが上、なんてチープな議論をするつもりはない。君は君として、僕は僕として、それぞれするべきことをやるだけだ。その上で聞くが、君はこれからどんな手立てを打つつもりだい?」

「人手がね、必要なのさ。それも、圧倒的な存在感を持つ、人手が」

畳の上に腰を下ろし、出木杉は宇宙完全大百科と睨み合う。その画面に何度となく『error』の文字が表示され、その度に負けじと激しい勢いでキーボードを叩きつけた。

「お、おい。出木杉、お前は一体何を……」

「祖父さんから聞いたんだ。かつて、この日本、いや、大日本帝國に、まるで奇跡のような戦略兵器がいた、って話を。だがそいつは、いつの間にか歴史の闇に葬り去られた。だけど祖父さんは確かに僕に語ったんだ。そいつは−−」

宇宙から来た、謎の巨人。
そいつはあの時代、どこかの場所に、確かにいたのだ、と。

「……いた、見つけた、こいつだ……!!」

端末から検索結果が吐き出される。出木杉は千切るようにしてその紙片を手に取った。

【ガ壱号】
昭和20年3月、大熊諸島の南東にある無人島で、日本兵たちが出会った巨人。「ガリバ」を自称する。ガ壱号は、大東亜共栄圏の理想に共感し、同年4月1日、日本兵として初陣。だが奮戦虚しく、戦争に敗れる。

「こんな、まさか、こんなものが……」

紙片に目を通すドラえもんの手がわなわなと震える。歴史に埋没していった闇、超兵器ガ壱號(ちょうへいきがいちごう)。その実存は静かに、しかし確かに、祖父から孫へと受け渡され、そして

「待っていろよ、ガ壱号。再びお前を『お国のために』働かせてやろうじゃあないか……!」

陰惨なる戦いへと、否応なしに、目覚めを賜る。

戦いに向けてのアウトラインは、非常に粗雑ではあったが、まずは整いつつあった。もちろん、まだまだ詰めるべき箇所は山積している。出木杉とドラえもんとは日が落ちてもなお、膝を付き合わせての議論を繰り広げていた。

「22世紀の世界にあって、どうして人類はサンタを叩きのめせないのだろう。撃滅できない理由は、ドラえもん、どこにある?」

「その答を提示するのは簡単だが……その前に、出木杉。お前は、なぜ俺達が奴らを撃退できないままでいると考える?」

「思うに、ひみつ道具の無効化、じゃないだろうか」

「その通りだ。まァ、厳密に言えば少し違う。通じる道具もあるが、大半の道具は奴らに通じない」

「通じるものと、通じないものとの別は、何だ」

「完全に判明した訳じゃない、というエクスキューズを付させてもらったうえで聞いてくれ。思うにあいつらには、直接的強制力のある道具しか通用しない。それ以外の影響……例えばあいつらに対し、『因果律をねじ曲げるような干渉』を行おうとしても、軒並み無力化される」

「要するに、もしもボックスで『もしサンタがこの世からいなければ』というのは、まるで効果を発揮しない、という理解でいいのかな?」

「そうだ。ほかにも、悪魔のパスポートで『人類に従え』という命令をしても、それは通じない。現にそれを試した人間もいたが、結果は無残なものだった。どくさいスイッチなんかもまるでダメだ。ただ、ショックガンや空気砲、無敵砲台とか……そういうものは有効だった」

「一体、どういう原理なんだろうな」

「それは分からん。だが西暦2105年の戦闘において、奴らは印象深い台詞を残している。曰く『理屈の分からん科学を何とする?敢えて言おう、それは魔法である』と」

「その話から逆算すれば、サンタ陣営は22世紀の世界において、現存する科学知識とは異なる独自の科学体系を有している、という仮説が構築できる。奴らは、22世紀の人間からすれば及びもつかない知的財産を指し、『魔法である』と称した……」

「分析の無力さを感じるだろう?出木杉よ。それが分かったところで、じゃあ俺達に何ができる?何ができた?奴らが俺達の持つそれを凌駕する科学を有している、おそらくそうであるらしい。そいつが分かったところで、出木杉、そんなもんに何の意味もないのさ。大事なのは奴らの体にはきっちり鉛玉が届く、そこのところだけだ」

「もう一度確認したい。ひみつ道具について、サンタ側に『物理力的な影響を与えられる道具』以外のものは、無力化される。では、フィンランドまでどこでもドアで赴くこと、こいつは可能なのか?」

「可能だ」

「奴らの本陣に直接乗り込むことは?」

「それは、できなかった」

「たとえば悪魔のパスポートで、戦闘意欲のないものを無理やり洗脳し、サンタ側に特攻させることは?」

「可能だ」

「なるほど……何となく分かった。これはひとつの推論だが、もしかすると奴らは『遊んでいる』のかもしれない。サンタ側が本気になれば、ドラえもんのいう『直接的強制力』そのものだって排除できる可能性もある。F22での攻撃は奏功するのに、それよりもっと先進的な技術であるはずのふしぎ道具が通用しないという事実について、合理的な解を導くとすれば、いまのところそう考えるのが自然だ」

「遊んでいる、か。出木杉、おそらくお前の見立ては正しい。奴らは基本的にフェアだ。俺たちの仕掛けるやり方と、大体同じような戦術概念で以て襲いかかってくる。想像の裏をいくような搦め手は使ってこないし、ほとんどにおいて火力オンリーだ」

「ほとんど。では、例外もある?」

「あるには、ある。ただ、それにしても直接強制力の枠からは出ない。奴らは時に、奇妙な歌で以て我々のことを惑わしてくる。歌を耳にした者は即座にその精神を崩壊させる。メカニズムは謎だ。防ぐ手立ても見つかっていない」

「まさに魔法、だな」

出木杉はひとつ息をつき、じっと天井を見上げた。物言わぬ木目が静かに少年の顔を見つめ返す。『理屈の分からない科学、それは魔法』−−先にドラえもんの発した台詞が、しつこいほどに頭の中でリフレインした。

「いずれにせよ、出来ることは限られているんだ。熟考は大事だが、迷妄は無駄でしかない。考えすぎてドツボにハマるよりゃあ、小さいことを地道に積み上げてく方がなんぼかマシだろうよ」

言いながらドラえもんは四次元ポケットに手を突っ込む。それほど広くない室内が、あっという間にひみつ道具で満たされた。それら道具の群れをしばらく眺めた後、手早くリストアップを始める。察するに、来るべき戦いにおいて使える道具とそうでないものとを仕分けているらしい。確かにそれは、小さいながらも重要な作業だ。

「ドラえもん、どこでもドアを借りるよ」

「構わんが……どこに行くんだ?」

「さっき情報を得たデカブツ、まずはあいつを説得しなけりゃならない。とはいえ、かつての日本に心酔し、『忠臣は二君に仕えず』とまで言ってのけたヤツなんだ。そう難しい交渉にはならないだろう」

「うん、まァそのあたりのことは、全て任せるよ」

助かる。それだけ言って、出木杉はすぐに部屋から姿を消した。

後に残ったのはドラえもんと、そしてのび太。

「一体、どうなっちゃうんだろうね。ドラえもん……」

弱々しいトーンで話しかけるが、その背中は黙して何も語らない。ドラえもんは相変わらずひみつ道具の確認作業に余念がない。

「26日を迎えたころ、僕たちの地球は、どういうことになっているんだろう。僕たちの町は、僕たちの世界は、それまでと同じようでいられるのかな?いつもの皆が、いつものままで、そこで笑っててくれるのかな?」

なおもドラえもんは語らない。ドラえもんとのび太とを隔てる空間には、あたかも粘度のある障壁が介在しているかのようで、声も温度も、届かない。それでものび太は問わず語りに言葉を投げる。何が起きちゃうんだろう、と。僕たちの周りは、どう変わってしまうんだろう……と。

「なァ、のび太」

どのくらいの時間が経った頃であろうか。出し抜けにドラえもんが口を開いた。重く鈍く、錆びついたような声色だった。

「俺は運命論者じゃない。全ての理は最初から決まってる……なんて意見は、糞にまみれたゲロ袋みたいなもんだ。ひどくつまらないし、空疎だろ。そんなのって」

「それは、どういう」

「仮に全ての運命が変えようのないものだとしても。そんなモン、俺からすりゃあ知ったこっちゃない。なぜなら、運命がどうあろうと、『俺の認識する』『俺だけの世界』は、誰にも、何にも、揺るがすことは出来ねえからだ」

ドラえもんの認識する、ドラえもんだけの、世界。のび太はその時、ふと思った。彼の目にする世界は、果たしてどのような色彩に満ちているのだろう。彼はその双眸で何を見て、何を見ていないのだろう、と。

「取り巻く世界が100回瓦解したところで。俺の認識する世界が壊れていなけりゃ、俺はそれでいい。全てを決めることが出来るのは、他の誰でもない、俺だけだ。そこんところからすりゃあ、のび太。世界ってなァ、どうにか『なっちゃう』もんじゃあない。俺の考えからすりゃなあ、のび太。世界ってなァ、どうにか『する』もんなんだ」

「どうにか、する、世界……」

それだけ言ってから、ドラえもんは再び口を噤んだ。その瞳には、既に彼の世界しか映っていないのだろう。彼にしか見えない、彼だけが描ける、孤独で優しい、虚無の世界が。

「それでも僕は−−」

そこから先は言葉にならなかった。言えば、全てが嘘になる気がした。ドラえもんの見える世界とのび太のそれとは、決して同じではない。時に近寄ることはあったとしても、焦点を結ぶことは、永劫ないのであろう。だからのび太は、黙って部屋を後にした。

「それでも僕は、君と僕と、僕を取り巻く世界の全てを、守りたい」

『なる』世界を、『する』世界へと導くために。


「……なァ、のび太くん」

ドラえもんは呟く。


「何かを守るって決め、それを達成した、その瞬間。
それは確実に−−

別の誰かの抱く、別の世界を。
こなごなに壊しちまうんだ」


誰もいなくなってしまった部屋の、虚空に向かって。



ーー同刻、フィンランドーー

粉雪が舞っていた。あの日と同じように、美しくも儚い、物言わぬ粉雪が。

「あなた」

妻の声に後ろを振り返る。見れば、絹のように美しい掌をこちらに向かって捧げている。その中には小さな小さな、人形のような物体がひとつ、ちょこんと鎮座していた。

「S.AN.TA、完成しました」

「そうか、ご苦労だった……」

Soldier of ANti-human TAlisman(排外の守人)。
その日、北欧で誕生した凄惨なる撃滅兵器。
それはサンタクロースの妻の手の中に、確かに。

「いつ出立なされるのですか?」

穏やかに微笑みながら妻は問う。それはまるで、夫の旅程を確認するように緩やかに、優しげに、一握の狂気と共に。

「わしは、サンタじゃ」

妻の手からSANTAを受け取り、指先で弄ぶ。最前まで小指の先ほどの大きさだった人形が、見る間に十尺ほどの巨躯へと姿を転じた。

「サンタが夢を運ぶとあれば、聖夜をおいて他にあるまい」

獣と化したSANTAは、ねっとりとした唾液を撒き散らしながら咆哮を上げる。ひとつの地点から発せられた雄叫びは、やがて海練となり津波となる。気づけばそこに、数千数万のSANTAの実存が、猛り生じた。

「聖夜に運ぼう。醒めない夢を。終わる世界の朝日を前に」

サンタの顔が悪意に染まる。気高く歪んだ横顔を肴に、妻は己が股間をまさぐる。漆黒の森と化した獣の群れは声を限りに叫び続けた。空気が震え、大気が揺らぐ。その時、雪嶺から大規模な雪崩が生じた。

見える世界、見えなかった世界。
なる世界と、する世界。

崩落に任せるほかない雪を契機に。
取り巻く世界の、終焉が始まる。

累計167回目となる戦いが終わりを告げた。剛田武は息をつく。見えぬ地平にいるはずの剛田武も、おそらくは同じ心持ちであろう。168回目の開戦がいつになるのか、果たしてそれは分からない。分からないが、少なくともいま、俺は寝たい。それはおそらく、向こうの剛田武にしても同じであるに違いないのだ。あちらにいるのが俺と同じく剛田武であるのであれば。

『紅白のジャイアンよ、消されたくなければ、必死に勝て』

ドラえもんから向けられた言葉が耳朶に蘇る。あまりにも唐突な発言にあの時は何も思わなかったが、思えなかったが、今なら分かる。自分に自分を打ち倒させようと、殺させようとする、その行為の意味。

ドラえもんは、まさに神殺しに挑もうとしているのだ。

「……各員準備。これより敵軍に奇襲をかける。俺の放つ合図と共に、総員突撃だ」

寝不足でフラフラになりそうな頭に無理くり活を入れた。どうあっても俺は、この境を越えなくてはならない。剛田武は二人もいらない。そう思えばこそ、限界を突破した後に何があるのかを、俺は見据えなければならない。

「進軍、開始!」

叫びが放たれるのと同時に。地平の先からマズルファイアが明滅するのが見えた。だからきっと、向こうからも同じ光景が見えているのであろう。累計168回目となる、一毛も変わらない戦局が。

「俺が俺に克て、つうのかよドラえもん……」

寸分違わぬ塩基配列を有した二人が対峙したとき、果たして如何なる結末を迎えるのか。それは壮大極まりない思考実験の渦。何の罪も負わない一個の小学生は、ただそれに翻弄されるばかりで。

「全軍前進!Aチームは南西から威嚇射撃を続けろ!」

極北に設えられたひみつ道具、『時門』。ひたすら緩やかにその門扉を開いていくその様子は、だから、いつかこの戦いが終わりを迎えることを雄弁に物語る。

「剛田隊長!Aチーム、敵軍の陽動部隊を撃滅と共に全滅!前進部隊は一進一退の攻防を繰り広げております!」

「負傷兵の中で、動けるヤツだけ叩き起こせ!Aチームの亡骸から使える武器を回収すんだよ!」

剛田武、町一番のガキ大将。
地下空間に降りて、既に1年。
対峙するは、同じ暴力と同じ矜持と、同じ愛情とを有する、町一番のガキ大将。

時門の門扉は、まだ半分も開いていなかった。


−−同刻同夜、骨川スネ夫


「米軍基地からめぼしい重火器は掻っ攫ってきたけど……本当にこんなので大丈夫なのかなあ?」

スモールライトですっかり小さくなった武器群を眺めながら、スネ夫の抱える不安はいつまでも尽きようとしない。ドラえもんのいる22世紀の科学力で以てしても太刀打ちできない、サンタの存在。どうして20世紀のポンコツ武器で途方も無いサンタ陣営と渡り合えるというのだろうか。

「いくらなんでも、無茶だよ……」

勝ちたい、勝てればいい、勝てるのか、勝てない気がする、勝てない、きっと負ける。思考は堂々巡りするばかりだった。ドラえもんが自分に向けてくれた優しい言葉、そいつが場当たり的でおためごかしであった事実にも、とっくに気付いていた。

半ば絶望しながら安雄とはる夫のことを見遣る。ゆめふうりんで強制的に動かされている彼らは、立ちながらにして安らかな眠りを貪っていた。

「ちぇ、僕がこんなに悩んでいるってのに、こいつらは呑気なもんだ。ああ、僕も彼らみたいに、違う世界に埋没できたらいいのに!今と全く同じ世界で、でも今の世界とは全く関係ない、争いも面倒事もない、ただ静かなだけの世界に……」

そこまで考えたとき、スネ夫の頭に小さな火花が勃った。それはおそらく、賢しくて小狡い、誰より保身に長けたスネ夫にしか気付けないほど、小さな火花だった。

「あるじゃないか……」

泥濘の中に埋没していたかつての記憶が恐ろしいほどの速さで蘇ってくる。ここと同じで、ここと関係のない、争いの存せぬ、ただ静かな、揺るぎない世界。

スネ夫はかつて、確かにその世界に、いたのだ。

スネ夫は駆け出した。基地を外に走り抜け、やきもきしながらようやくタクシーを拾った。こんな夜更けに外をうろつく小学生の姿に運転手は訝しがっていた様子であったが、万券の2枚も握らせると、すぐにえびす顔で笑った。

「練馬区月見台、すすきが原まで」

それだけ告げると、腕組みをして瞼を閉じた。助手席と隣の席からは、安雄とはる夫のたてる穏やかな寝息が聞こえる。反面、スネ夫の頭脳は凄まじい勢いで回転し続けていた。

(あの時点における過去の改変……伴う鉄人兵団の滅失……リルルの再訪……ドラえもんの技術の介在……因果の途絶、あるいは、連続……)

タクシーが首都高に差し掛かった頃、スネ夫は静かに瞼を開いた。

「鉄人兵団は消えた。タイムマシンによる過去への介在によって、奴らは確かに、消えた」

車窓越しに橙色の街灯が、鈍くその顔を照らし出す。

「だが、ドラえもんが手を加えた鉄人兵団の集積回路は、どうか。それまで併せ消え去ったのか?否、きっと違う。ドラえもんの手により加工されたその集積回路は、ドラえもんという因果が介在したことにより、消え去ることなく鏡面世界の中で……」

いつか、パパとのドライブの最中。まどろみの中、こんな風景を見たことも、あったっけ。

「ザンダクロス。だからお前は、鏡面世界の中に、確実に−−」

タクシーはすすきが原に向かってひた走る。

いつか見た風景と、いま見ている風景と、これから見るべき風景と。全ての風景が綯い交ぜに、スネ夫の網膜にきらきらと、きらきらと映し出されていた。


−−同刻同夜、出木杉英才

大隅諸島南東○○キロに位置する無人島に。
出木杉英才のものと思しき亡骸が、およそ数十体。海辺に散っていた。

「出木杉サン……コレハ本当ニ『日本ノ為』ナノデショウカ」

全身に裂傷を負いながら、あまりにも巨躯なる異星人−−ガ壱号が、悄然と呟く。湾岸に並び伏す出木杉英才の亡骸は、そのいずれもがガ壱号と比べ遜色の無い程の巨躯であった。

「勿論だよ、ガ壱号。この行為は、紛れも無く『お国のため』のことだ。それに、殺されている僕自身がそう言うんだ。何を憂うことがある?」

言いながら、出木杉は再びフエルミラーの前にその身を写す。しばらくして後、出木杉と寸分違わぬ個体が、鏡の中より生じて立った。

「やあ、僕。とりあえず君には……」

「大丈夫だ、僕。みなまで言わなくてもいい。さ、早くビッグライトで僕のことを大きくしておくれ」

ガ壱号と同じくらいに。言いながら、出木杉と出木杉とは怪しく笑い合う。すぐに出木杉の手元から眩い光が放たれ、対面の出木杉はガ壱号と同じくらいの大きさと化した。

「出木杉サン、コンナコト、モウ……!」

「ガ壱号。これも皇国のためのことだ。分かってくれ」

言下に出木杉は言いのける。それは何の色も、何の温度も有さない言の葉だった。故にガ壱号は二の句を継げない。皇国という響きを前に、意識が感情が、動こうとしないのだ。

「そろそろ手強くなるぞ。僕だって、ただ死んできたわけじゃない。彼我における身体的特質の差異も分かってきた。だからガ壱号、お前も必死に殺せ。僕を殺せ。お国の為に、目の前の僕を殺すんだ」

言い終えるが早いか、出木杉はガ壱号へと襲いかかる。ガ壱号も半ば反射的にそれに呼応し、次の瞬間、出木杉の肋骨が砕け散った。

「やはり、と言うべきか……身体的能力に差がありすぎる」

漸次ボロ雑巾となり果ててゆく己の姿を眺めつつ、出木杉はメモをとる。たゆまぬ反復と分析と、偏執的なまでの情報収集と。それが秀才をして秀才ならしめる、唯一の要因なのだ。少なくとも出木杉はそう理解していた。

3桁にも及ぶ自らの亡骸を積み上げた末、出木杉は知る。

ひとつ、我々が巨大化したところで、その基本性能はガ壱号のそれには到底及ばないこと。

ひとつ、ガ壱号は、地球における物理法則を無視したレベルの攻撃力、防御力を有しているということ。

ひとつ、ガ壱号は原則的に温厚であるが、ひとたび『日本のために』というプロパガンダを掲げれば、容易に小学生を撲殺できる程度には従順であること。

「成程、ね」

メモ帳を閉じ、ぼんやりとした瞳で目の前に展開される巨人対決を見守る。決着は2秒も経たないうちについた。見れば側頭部を滅茶苦茶に破壊された出木杉が、静かに小波を横顔に受けていた。ガ壱号はそっとその亡骸を抱え上げると、もう何体になるか分からない亡骸の群れへと、それを並べる。

「出木杉サン、今日ノワタシハ、疲レマシタ。ドウカ、コノアタリデ……」

ほとんど泣きそうになりながらガ壱号が懇願する。だから出木杉は喝破する。彼が疲れたのは肉体ではなく、精神の方なのであると。『お国のために』、そのプロパガンダを隠れ蓑に小学生を撲殺しながら、その実、自らの心を壊しきれない、巨人の心の在り方を。

「そうだな……ありがとう、助かったよ。じゃあガ壱号、ちょっとこっちに来てくれないか」

巨人は言われるがままに出木杉の方へと顔を近づける。すっかり正体を失ってしまった目で。半ば壊れかけている心を、それでも何とか立て直そうとする、そんな健気な眼とともに。

「ごめんね、ガ壱号」

出木杉は手に握った『わすれろ草』をさっと付きつけた。すぐにガ壱号の目が曖昧にまどろむ。

「忘れるんだ。何もかも。薄汚い記憶は、全て」

巨人は砂浜に突っ伏した。出木杉はその巨躯にタイム風呂敷をかける。擦傷も、蒼痣も、心の疵痕も。お前は何も知らなくていい。そう願いながら、祈りながら、出木杉はタイム風呂敷を取り去った。綺麗な身体となったガ壱号は、すやすやと穏やかな寝息を立てて眠っていた。

出木杉は湾岸へと足を向ける。夥しい数の死体が眼前へと迫ってくる。それは他ならぬ自らの亡骸。その時々の僕は何を思い、何を願って、死んでいったのだろうか。出木杉はひとり考える。打ち寄せる波の音を聞かないようにしながら、そっと一人で、考える。

「やっとこの日がきたんだ……」

思考はすぐに波へと消える。溶けて流れて、どこかへ朽ちる。出木杉は聡い。聡い出木杉は、だから、考えるまでもなく答を知っている。

「個体としての僕の、意味を」

スモールライトに照らされ、数多に朽ちた巨躯の亡骸がたちまちのうちにマッチ棒の如き大きさへと変じていく。そして出木杉は両手にそれを拾う。拾って海に、投げ捨てた。

かつて出木杉だったものが、波に呑まれ洋の向こうへ消えていく。いつかそれは魚の臓腑へ吸われ収まり、新たなる生命を繋いでいくに違いない。だが、出木杉の心は、かかる感傷とはまるで無関係だった。

「僕はようやく、僕になるんだ!」

十六夜の月に照らされ。
南の果てに、少年が、叫んだ。

・・・

雪が、雪が降っていた。
はらはらとか細い、いまにも虚空に消えてしまいそうなほど、儚い雪が。

「準備はいいかーー」

F22に乗り込んだドラえもんが全員に告げる。どこからも返事はない。それで良かった。決戦を前に、言語化された意思表示などあまりにも無意味だ。いまや応諾の有無を問う段階は、遥か彼方に過ぎ去っている。

「ジャイアン隊、突撃」

そう言い終えるが早いか、サンタ本陣に向かい黒山の人だかりが特攻を開始する。瞬間、出木杉隊とスネ夫隊が右翼と左翼とに展開した。それと呼応するように、敵方本営からS.A.N.T.A.の先発隊が獰猛なる勢いで進撃を開始する。

「ジャイアン隊とS.A.N.T.A.……やはりと言うべきか、戦力は拮抗しているらしい」

右翼へと広がった出木杉が双眼鏡を目に当てながら呟いた。『基本的にヤツらは、遊んでいる』ーーいつかドラえもんと交わしたやり取りが耳朶に蘇る。だからやはり見えてこない、敵の底が。

「ガ隊、射撃用意」

「し、しかし出木杉サン!それでは、ジャイアン隊もろとも……!」

「繰り返す。射撃用意。ガ壱号、俺が貴様と戦術会議をしたいと言ったか?これは相談ではなく、号令だ。命令なのさ。故にお前らは俺の指示に粛々と従うべきだ」

双眼鏡を覗き込んだまま言った。レンズの向こうにジャイアン隊の先端とS.A.N.T.A.の先端とが激突せんとする様子を目の当たりにする。一人が一体を倒す。一体が一人を倒す。その戦力、まさに五分。出木杉はそれを確認すると、満足気に笑ってから、言った。

「撃て」

ガ壱号は声なく喘ぐ。抗議の意を表せんと出木杉を見遣る。視線の先にあったのは、無表情にゲーム盤へと目を落とす優秀なる司令官の横顔だけだった。

「……総員、放テ」

ガ壱号の号令一下、放射状の光線がS.A.N.T.A.へと向かい収斂してゆく。次いで、火球。次いで、轟音。禍々しい色彩が明滅し、大気は鳴動する。超兵器ガ壱号の放つ光線銃は、着弾した周囲1キロを軒並み虚無へと飾って消した。そしてそれは、ジャイアン隊の一部も例外ではなく。

「さあ、どう出る……?」

出木杉は全ての事象をデジタルにしか捉えない。そこに一切の感傷はない。生じたもの、残るもの、あるいは、消えるもの。全ては彼の脳内において数値化され、記号化され、無限の蓄積とリセットとが繰り返されるばかりだった。それは学生生活においても、生殺与奪の場においても。出木杉はデジタルに考える。現況、S.A.N.T.A.の戦力は8割が削がれた。比して、ジャイアン隊の現象は2割に満たない。であるならばーー

「来、た……!」

出木杉は見る。遥か遠方にて禍々しい光の明滅するのを。同時に出木杉は直感する。あれは、あの光は。最前こちらの放ったそれと、ほとんど同意義の排除力を持つそれであると、そのことを。

ほぼ同刻。出木杉の見たそれと、全く同じ光を目の当たりにしながら。剛田武はひとり呪った。

「結局俺には、戦術的価値しかねえってことかよ……!」

呪いの対象は、自己。地下空間に閉じ込められて2年、何度となく命のやり取りを強要された自分であるはずなのに、地上に出てもなお自らの命を賭すことしかできない、己の不甲斐なさを。剛田武は静かに呪った。そしてその呪いの最中ーージャイアン隊は、その6割を滅失させる。直前に見たS.A.N.T.A.の撃滅、それと全く同じような風情で以て。

「アンタは、どう見る」

眼下に広がる凄惨な光景を眺めながら、ドラえもんは口を開いた。その問いかけに須羽ミツ夫ーーかつてパーマン1号と呼ばれた人物が、楽しそうに口を開いた。

「いい……実にいいねェ!!これぞ正に "地球のピンチ" ってやつじゃァないか!!まァ仮にそのピンチを招いたのが他ならぬ君なのだとしても!?まるごとそれが "自業自得" ってヤツなのだとしても、だ!!いい、いいじゃァないか!!これでこそパーマン……否!『バードマン』としての面目躍如ってやつじゃァないか!!そう思わんかね?!きみィ!!」

壊れた人形のように両手を叩き、笑う。それはかつてのパーマン1号。それは現在のバードマン。灰色のタイツに身を包み、動力源の不明な装置で空を飛び、狂人のような鳥人、超人は、笑った。

「剛田隊長!左舷より急襲した兵力により、戦力の大半は消失!の、残ったのはいま、ここから見える範囲にいる兵力、それだけであります!!」

「……言われなくても分かってるぜ」

図らずも見通しの良くなってしまった雪原を睨みつけながら、ジャイアンは感じる。焦土と化してしまったこの戦場の向こう、雪の彼方に。おそらく自分と近い、あるいは同等以上の "暴力" を有した敵士官のいることを、その本能で以て。

「戦略的勝敗の帰趨は、出木杉、ドラえもん。お前らが好きに考えてりゃいい。そのためなら俺はいくらでも捨石になってやらぁ」

雪原を踏みしめ、極北を歩む。その右手に血塗られたバットを握り締めながら。

「剛田隊長!指示を、指示をお与え下さい!!」

「微速前進。ジャイアン隊に小細工は無ぇ。見つけて、襲う。叩いて、潰す。お前の敵は俺のもの。俺の敵は俺だけのもの。分かるか。分かったな。分かったら黙ってついてこい」

背中で言い捨て、黙々と雪原を踏み越える。どこかから出木杉の、ドラえもんの、あるいは誰だか分からない者の視線を感じた。

観測者の視点、ゲームマスターの掌。世界は、規律は、全てあずかり知らぬところで決定されている。だから俺は、ただの駒だ。どれだけ駒として優秀だとしても、規律から外れたところではただの木偶なのだ。

それは、麻雀牌で将棋を指せないのと、同じくらいの意味合いで。

「あれは……ダッシャー、か?」

およそ数キロ先、ジャイアンとほぼ対置した場所にいる巨像を見ながら、ドラえもんは言った。ダッシャー、それはサンタクロースに仕えるトナカイ、"オリジナルエイト" と呼ばれる最古参の猛者の一体だ。ジャイアンと、そしてダッシャーとは、寸分違わぬ行軍速度で互いの陣を率いんとしていた。

「サンタは遊ぶ……か。さて、その仮説が正しいのであれば。あのデカブツと剛くんとの実力差はほとんどない、ということになるが……しかし、どうにも信じがたいな。あんなのはまるでーー」

バケモノじゃあないか。双眼鏡を覗き込みながら出木杉は言う。歌うように、弾むように、どこか自分とは関係のないフィクションを楽しむような、口ぶりで。

「俺には分かる。この雪を越えたところ、白の果てに。人ならざる獣のいることを。そいつだけじゃあない。その後ろには、それと同じような獣が何匹も何匹もいることを。俺には分かる、俺にはーー」

葡萄色に染まったバットの先が、雪面に滑らかな線を描いた。それはジャイアンの行く先をいつまでもいつまでも、どこかの童話の物語のように、刻銘に実直に、描き描きながら。

「"俺殺しの俺" には、どうしても分かっちまうのさ」

ぶつかり合うは、獣と化物。

人間を超越した存在と。
自らを調伏した少年と。

それは正しく、ふたつのケダモノ。


こうして、12月24日午前0時。
ドラえもん陣営とサンタ陣営とが、遠くフィンランドの地において、激突を開始した。



時計の針は、再び少し遡る。



posted by 肉欲さん at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 このエントリーを含むはてなブックマーク
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック

メールフォーム
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。