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累計167回目となる戦いが終わりを告げた。剛田武は息をつく。見えぬ地平にいるはずの剛田武も、おそらくは同じ心持ちであろう。168回目の開戦がいつになるのか、果たしてそれは分からない。分からないが、少なくともいま、俺は寝たい。それはおそらく、向こうの剛田武にしても同じであるに違いないのだ。あちらにいるのが俺と同じく剛田武であるのであれば。
『紅白のジャイアンよ、消されたくなければ、必死に勝て』
ドラえもんから向けられた言葉が耳朶に蘇る。あまりにも唐突な発言にあの時は何も思わなかったが、思えなかったが、今なら分かる。自分に自分を打ち倒させようと、殺させようとする、その行為の意味。
ドラえもんは、まさに神殺しに挑もうとしているのだ。
「……各員準備。これより敵軍に奇襲をかける。俺の放つ合図と共に、総員突撃だ」
寝不足でフラフラになりそうな頭に無理くり活を入れた。どうあっても俺は、この境を越えなくてはならない。剛田武は二人もいらない。そう思えばこそ、限界を突破した後に何があるのかを、俺は見据えなければならない。
「進軍、開始!」
叫びが放たれるのと同時に。地平の先からマズルファイアが明滅するのが見えた。だからきっと、向こうからも同じ光景が見えているのであろう。累計168回目となる、一毛も変わらない戦局が。
「俺が俺に克て、つうのかよドラえもん……」
寸分違わぬ塩基配列を有した二人が対峙したとき、果たして如何なる結末を迎えるのか。それは壮大極まりない思考実験の渦。何の罪も負わない一個の小学生は、ただそれに翻弄されるばかりで。
「全軍前進!Aチームは南西から威嚇射撃を続けろ!」
極北に設えられたひみつ道具、『時門』。ひたすら緩やかにその門扉を開いていくその様子は、だから、いつかこの戦いが終わりを迎えることを雄弁に物語る。
「剛田隊長!Aチーム、敵軍の陽動部隊を撃滅と共に全滅!前進部隊は一進一退の攻防を繰り広げております!」
「負傷兵の中で、動けるヤツだけ叩き起こせ!Aチームの亡骸から使える武器を回収すんだよ!」
剛田武、町一番のガキ大将。
地下空間に降りて、既に1年。
対峙するは、同じ暴力と同じ矜持と、同じ愛情とを有する、町一番のガキ大将。
時門の門扉は、まだ半分も開いていなかった。
−−同刻同夜、骨川スネ夫
「米軍基地からめぼしい重火器は掻っ攫ってきたけど……本当にこんなので大丈夫なのかなあ?」
スモールライトですっかり小さくなった武器群を眺めながら、スネ夫の抱える不安はいつまでも尽きようとしない。ドラえもんのいる22世紀の科学力で以てしても太刀打ちできない、サンタの存在。どうして20世紀のポンコツ武器で途方も無いサンタ陣営と渡り合えるというのだろうか。
「いくらなんでも、無茶だよ……」
勝ちたい、勝てればいい、勝てるのか、勝てない気がする、勝てない、きっと負ける。思考は堂々巡りするばかりだった。ドラえもんが自分に向けてくれた優しい言葉、そいつが場当たり的でおためごかしであった事実にも、とっくに気付いていた。
半ば絶望しながら安雄とはる夫のことを見遣る。ゆめふうりんで強制的に動かされている彼らは、立ちながらにして安らかな眠りを貪っていた。
「ちぇ、僕がこんなに悩んでいるってのに、こいつらは呑気なもんだ。ああ、僕も彼らみたいに、違う世界に埋没できたらいいのに!今と全く同じ世界で、でも今の世界とは全く関係ない、争いも面倒事もない、ただ静かなだけの世界に……」
そこまで考えたとき、スネ夫の頭に小さな火花が勃った。それはおそらく、賢しくて小狡い、誰より保身に長けたスネ夫にしか気付けないほど、小さな火花だった。
「あるじゃないか……」
泥濘の中に埋没していたかつての記憶が恐ろしいほどの速さで蘇ってくる。ここと同じで、ここと関係のない、争いの存せぬ、ただ静かな、揺るぎない世界。
スネ夫はかつて、確かにその世界に、いたのだ。
スネ夫は駆け出した。基地を外に走り抜け、やきもきしながらようやくタクシーを拾った。こんな夜更けに外をうろつく小学生の姿に運転手は訝しがっていた様子であったが、万券の2枚も握らせると、すぐにえびす顔で笑った。
「練馬区月見台、すすきが原まで」
それだけ告げると、腕組みをして瞼を閉じた。助手席と隣の席からは、安雄とはる夫のたてる穏やかな寝息が聞こえる。反面、スネ夫の頭脳は凄まじい勢いで回転し続けていた。
(あの時点における過去の改変……伴う鉄人兵団の滅失……リルルの再訪……ドラえもんの技術の介在……因果の途絶、あるいは、連続……)
タクシーが首都高に差し掛かった頃、スネ夫は静かに瞼を開いた。
「鉄人兵団は消えた。タイムマシンによる過去への介在によって、奴らは確かに、消えた」
車窓越しに橙色の街灯が、鈍くその顔を照らし出す。
「だが、ドラえもんが手を加えた鉄人兵団の集積回路は、どうか。それまで併せ消え去ったのか?否、きっと違う。ドラえもんの手により加工されたその集積回路は、ドラえもんという因果が介在したことにより、消え去ることなく鏡面世界の中で……」
いつか、パパとのドライブの最中。まどろみの中、こんな風景を見たことも、あったっけ。
「ザンダクロス。だからお前は、鏡面世界の中に、確実に――」
タクシーはすすきが原に向かってひた走る。
いつか見た風景と、いま見ている風景と、これから見るべき風景と。全ての風景が綯い交ぜに、スネ夫の網膜にきらきらと、きらきらと映し出されていた。
−−同刻同夜、出木杉英才
大隅諸島南東○○キロに位置する無人島に。
出木杉英才のものと思しき亡骸が、およそ数十体。海辺に散っていた。
「出木杉サン……コレハ本当ニ『日本ノ為』ナノデショウカ」
全身に裂傷を負いながら、あまりにも巨躯なる異星人−−ガ壱号が、悄然と呟く。湾岸に並び伏す出木杉英才の亡骸は、そのいずれもがガ壱号と比べ遜色の無い程の巨躯であった。
「勿論だよ、ガ壱号。この行為は、紛れも無く『お国のため』のことだ。それに、殺されている僕自身がそう言うんだ。何を憂うことがある?」
言いながら、出木杉は再びフエルミラーの前にその身を写す。しばらくして後、出木杉と寸分違わぬ個体が、鏡の中より生じて立った。
「やあ、僕。とりあえず君には……」
「大丈夫だ、僕。みなまで言わなくてもいい。さ、早くビッグライトで僕のことを大きくしておくれ」
ガ壱号と同じくらいに。言いながら、出木杉と出木杉とは怪しく笑い合う。すぐに出木杉の手元から眩い光が放たれ、対面の出木杉はガ壱号と同じくらいの大きさと化した。
「出木杉サン、コンナコト、モウ……!」
「ガ壱号。これも皇国のためのことだ。分かってくれ」
言下に出木杉は言いのける。それは何の色も、何の温度も有さない言の葉だった。故にガ壱号は二の句を継げない。皇国という響きを前に、意識が感情が、動こうとしないのだ。
「そろそろ手強くなるぞ。僕だって、ただ死んできたわけじゃない。彼我における身体的特質の差異も分かってきた。だからガ壱号、お前も必死に殺せ。僕を殺せ。お国の為に、目の前の僕を殺すんだ」
言い終えるが早いか、出木杉はガ壱号へと襲いかかる。ガ壱号も半ば反射的にそれに呼応し、次の瞬間、出木杉の肋骨が砕け散った。
「やはり、と言うべきか……身体的能力に差がありすぎる」
漸次ボロ雑巾となり果ててゆく己の姿を眺めつつ、出木杉はメモをとる。たゆまぬ反復と分析と、偏執的なまでの情報収集と。それが秀才をして秀才ならしめる、唯一の要因なのだ。少なくとも出木杉はそう理解していた。
3桁にも及ぶ自らの亡骸を積み上げた末、出木杉は知る。
ひとつ、我々が巨大化したところで、その基本性能はガ壱号のそれには到底及ばないこと。
ひとつ、ガ壱号は、地球における物理法則を無視したレベルの攻撃力、防御力を有しているということ。
ひとつ、ガ壱号は原則的に温厚であるが、ひとたび『日本のために』というプロパガンダを掲げれば、容易に小学生を撲殺できる程度には従順であること。
「成程、ね」
メモ帳を閉じ、ぼんやりとした瞳で目の前に展開される巨人対決を見守る。決着は2秒も経たないうちについた。見れば側頭部を滅茶苦茶に破壊された出木杉が、静かに小波を横顔に受けていた。ガ壱号はそっとその亡骸を抱え上げると、もう何体になるか分からない亡骸の群れへと、それを並べる。
「出木杉サン、今日ノワタシハ、疲レマシタ。ドウカ、コノアタリデ……」
ほとんど泣きそうになりながらガ壱号が懇願する。だから出木杉は喝破する。彼が疲れたのは肉体ではなく、精神の方なのであると。『お国のために』、そのプロパガンダを隠れ蓑に小学生を撲殺しながら、その実、自らの心を壊しきれない、巨人の心の在り方を。
「そうだな……ありがとう、助かったよ。じゃあガ壱号、ちょっとこっちに来てくれないか」
巨人は言われるがままに出木杉の方へと顔を近づける。すっかり正体を失ってしまった目で。半ば壊れかけている心を、それでも何とか立て直そうとする、そんな健気な眼とともに。
「ごめんね、ガ壱号」
出木杉は手に握った『わすれろ草』をさっと付きつけた。すぐにガ壱号の目が曖昧にまどろむ。
「忘れるんだ。何もかも。薄汚い記憶は、全て」
巨人は砂浜に突っ伏した。出木杉はその巨躯にタイム風呂敷をかける。擦傷も、蒼痣も、心の疵痕も。お前は何も知らなくていい。そう願いながら、祈りながら、出木杉はタイム風呂敷を取り去った。綺麗な身体となったガ壱号は、すやすやと穏やかな寝息を立てて眠っていた。
出木杉は湾岸へと足を向ける。夥しい数の死体が眼前へと迫ってくる。それは他ならぬ自らの亡骸。その時々の僕は何を思い、何を願って、死んでいったのだろうか。出木杉はひとり考える。打ち寄せる波の音を聞かないようにしながら、そっと一人で、考える。
「やっとこの日がきたんだ……」
思考はすぐに波へと消える。溶けて流れて、どこかへ朽ちる。出木杉は聡い。聡い出木杉は、だから、考えるまでもなく答を知っている。
「個体としての僕の、意味を」
スモールライトに照らされ、数多に朽ちた巨躯の亡骸がたちまちのうちにマッチ棒の如き大きさへと変じていく。そして出木杉は両手にそれを拾う。拾って海に、投げ捨てた。
かつて出木杉だったものが、波に呑まれ洋の向こうへ消えていく。いつかそれは魚の臓腑へ吸われ収まり、新たなる生命を繋いでいくに違いない。だが、出木杉の心は、かかる感傷とはまるで無関係だった。
「僕はようやく、僕になるんだ!」
十六夜の月に照らされ。
南の果てに、少年が、叫んだ。
【ひみつ道具の解説】
・時門 ダムの水門のような形をした道具で、この門を閉めておくと水門が水流をせき止める様に時間の流れがせき止められてゆっくりと流れるようになる。
・ゆめふうりん 風鈴型の道具で、音を鳴らすと、眠っている人間を寝たまま操ることができる。
・フエルミラー この道具を使うと、ある物を2つに増やすことができる。
正直題材としては本筋よりジャイアンの身の振り方、思考の方が余程気になるものだったり。
元ネタのドラえもん知識についていけない所があるのが残念です。
とりあえず鉄人兵団見よう。
面白いですよこれ!
続き頑張ってください!