「ドラちゃん、どういうことなの?分かるように説明してくれないかしら」
「ああ、ごめんよ。どうもさっきから気ばかりが焦っちゃってね。結論から言えば、のび太くんの言っていたことは全部本当だと思う。また、スネ吉さんが熱狂していたというパーマン、それについても過去確実に実在した『ヒーロー』だったと言えるだろう」
「やったじゃん!」
即座にジャイアンが嬌声を上げた。次いでのび太が得意気な表情を浮かべ、静香とスネ夫とが安堵したように笑う。まことに小学生の思考回路というものは単純だ。
「だけど、まだ彼ら――パーマンが、今回の戦いに協力してくれると決まったわけじゃない」
ドラえもんの思考を出木杉が代弁する。やはり彼は聡い。そしてその頭脳が聡ければ聡いほど、ドラえもんの抱える疑念はその濃さをいや増してゆく。
「出来杉く、いや、出木杉の言う通りだ。いま判明したのは、かつてパーマンという集団が存在したこと、並びに星野スミレがその関係者であったこと、その二点のみだ。そのことと本件とは、未だ結び付くには至っていない」
「だから、どこでもドアと悪魔のパスポートを!」
「それで、のび太、お前はどうするんだ?『スミレさん、あなたはパーマン3号なんですよね、近日中にサンタが襲いかかってきます、だから手助けして下さい』とでも請願するつもりか?そうだとすれば、お前は底抜けのマヌケだ」
どうやら図星であったらしい。見ればのび太は、空気を求める金魚のように口をパクつかせている。
無策による特攻が常に悪だ、と言うつもりは毛頭ない。何も考えずにぶつかるのが最善という局面もあるにはある。
だが、状況は未だその段階にない。
「うん、のび太くん。それはあまりにも愚策だよ」
少なくとも出木杉とドラえもんとは、そう感じていた。
「まァ交渉には俺が臨む。星野スミレとは例の一件で面識もあるしな。ただ、のび太、お前が星野スミレというケースを思い出してくれたこと、そいつについては礼を述べておく」
のび太は未だ釈然としていない様子だったが、ドラえもんが右手を掲げる動作をすると直ぐに縮こまった。体罰は本意ではない。それでも、覚えの悪い犬には厳しい躾が必要だ。ドラえもんはそう信じている。
「ドラえもん、僕にもさっきの機械……宇宙完全大百科と言ったかな、それを貸して欲しいのだけれども」
ドラえもんは思う。目の前のいる、おそらくは猛犬であろう少年についても、躾が必要なのだろうか、と。
「……あァ、いい。出木杉、まだるっこしいことはやめだ」
「それは、どういう」
「貸してやるよ」
言いながら、白い布状のものを出木杉の方へと放り投げた。そのものは僅かにその身をはためかせ、曖昧な放物線を描きながら、出木杉の両手へと収まった。
「これは?」
「四次元ポケットのスペア。要するに俺の持つ秘密道具の保管庫の第二の鍵だ。そいつをお前に託す」
瞬時に一同に緊張が走る。スペアポケットといえば、ドラえもんのアイデンティティの大半を組成するといっても過言ではない代物なのだ。あるいは、ドラえもんの第二の心臓、と言い換えてもよい。それを第三者に、託す。それが一体何を意味するのか。
「……いいのかい?そんな、軽々に」
愚鈍な犬には躾を要する。それは時に、体罰を要する躾で以て。ドラえもんは信じているし、その信念はこれまでもこれからも、僅かばかりも揺るがない。
「勿論さ。だってお前は」
ドラえもんは同時に、信じる。
俊秀なる犬には、手綱を着けてはならないのだと。
認めて、放つ。
任せて、委ねる。
そうすることでしか勝ち取れない信頼が確かにあるのだと、ドラえもんは、確信と共に。
「俺の大切な、友達だろう?」
俊秀な人間にしか知覚できない、微量な毒気を混ぜ込みながら。
「見ての通り、ポケットは二つに分けられた。これにより、参謀も二つに分けられた、と考えてもらっていい。勿論、最重要課題は皆で合議して決める。だが、局面的な判断については、俺か出木杉に任せて欲しい。そこまでのことに異論はあるか?」
地下室は静寂に包み込まれる。反論などないことは端から織り込み済みだ。それでも、一応でもなんでも『話し合いをした』という事実が重要なのだ。故にドラえもんも出木杉も、ある意味迂遠なまでに皆の意思を確認し続けた。
「……では、おおまかにではあるが、我々の意思が疎通できたと仮定して。ここから決戦までの間、皆にはそれぞれ役割を与え、それぞれ動いてもらうこととなる。まず、ジャイアン」
「お、おう!」
「お前には戦術担当を任命する。まァ、噛み砕いて言えば、暴力省大臣といったところだな」
「おお、任されよう!俺様に適任だな!!で、何をすればいいんだ?」
「なァに、簡単さ。お前にはまず『おもちゃの兵隊』と『無敵砲台』とをそれぞれ二組与える。それをまァ……そうだな、紅白両軍にでも見立てて、その両軍を戦わせ、その上でお前は色々な戦術を考案すりゃあいい。どうだ、楽だろ?」
「んん?するってえと、俺はこのおもちゃどもが戦うのを見て、その勝ち負けを見て、どうすりゃ勝てるかってのを考えて……ってことか?そりゃいくらなんでも退屈すぎないか?」
「ふむ、それもそうか。ではジャイアン、ちょっとこの鏡を見てくれ」
「おう、これでいいのか?」
ドラえもんが四次元ポケットか取り出した鏡の前にジャイアンは素直に立つ。しばらくして後、鏡の中からジャイアンとまるで同じ造形をした何かが出現した。
「え、お、俺、俺が!?」
「俺が、俺、お、え?!」
「フエルミラーだ。原理上、これでジャイアンはこの世に二人誕生したこととなる。さあ、血沸き肉踊る楽しい殺し合いの始まりだ。右のジャイアン、お前は紅軍を率いろ。左のジャイアン、お前は白軍を率いろ。それで勝敗を競え。期日は12月24日正午まで。白星の数で負けた方は、俺が責任を持ってその存在を消す。なァに、両方同じジャイアンだ。二人いた方が困るんだ、どちらにせよ一方は消えなくちゃあならん。紅白のジャイアンよ、消されたくなければ、必死に勝て」
それだけ言い捨てると、ドラえもんはまたぞろポンプ地下室で地下空間を造り上げる。今度はばかに広大な土地であるらしい。
「千代田区くらいの面積はある。ここで存分にやり合えばいい」
最後にノートと鉛筆だけを双方のジャイアンに押し付けると、そのままケツを蹴って地下室へと突き落とした。その間際、何事か叫び声が聞こえた気もしたが、もはやドラえもんの耳には届かない。
「で、スネ夫。お前には武器収集の用を命じたい。出来るな?」
「あ、ああ。もちろんさ」
「再三になるが、今回サンタを相手取るうえで、勝ち過ぎはまずい訳だ。いい按配で引き分けるか、26日を迎えるまでギリギリの消耗戦を続けるか、そのラインは守らなくてはならない。その意味からすれば核兵器なんかは当然使用できない、それは分かるな」
「か、核……!?そんな、頼まれても嫌だよ!!」
「オーケー、それでいい。現代の地球がぶっ壊されちゃあ、未来の地球だって元も子もないしな。つまりスネ夫、お前にはそういう事情を斟酌した上で、各種武器を取り揃えて欲しいワケだ。とりあえずラプター(F22)は2機ある。これは俺の方で増やしておく。それ以外のブツを、お前の言う “厚木” の方で、潤沢に取り揃えて欲しい」
「分かったけど……一人じゃ限界があるでしょ。誰か手助けしてくんないと」
「ゴシャゴシャうるせえな。とりあえず『ゆめふうりん』貸してやるから、それで安雄とはる夫でも連れてどうにかして来い。あと通り抜けフープと悪魔のパスポートとスモールライト。こんなもんで十分だろうが。理解できたか?」
スネ夫は納得がいかないという様子だったが、ドラえもんがケツを蹴るモーションをとった瞬間、弾かれたように部屋を出ていった。それを見てドラえもんと出木杉は腹を抱えて笑った。のび太と静香は彼らが何を笑っているのか、まるで理解できなかった。
「さて、のび太としずちゃんだが……二人については、率直に言って、特に何かしてもらうことはない」
「それは、どういう」
「まず、のび太。お前の射撃のセンスは天性のものだ。おそらく、歴史を紐解いたところで5人といない腕前だろう。ムカつくが、それは俺も認める。だからお前はそれでいい、逆に言えば、それだけでいい。で、しずちゃん。本音をいえば賢しいあんたにも何か仕事をして欲しいところなんだが……それでも俺は、敢えてあんたにはバランサーの役を負ってもらいたいと、そう思ってんだ」
「バランサー?」
「俺たちはこれから、サンタとの戦いに向けて意識を先鋭化させていく。それは激戦へと向かうにあって実に重要な精神鍛錬でもある。だが、同時に脆い。全ての状況、環境、意識状態が『それ』だけしか見ないことになる。他を一顧だにせず目的に邁進するのは効率的ではあるが、思いがけない死角をも生み出し得ない。だから、そこを起動修正する役割、あえてサンタとの戦いから身を離し、『冷静な』視点から俺たちの暴走を止めてくれるためのパーツ……そいつをしずちゃんにお願いしたい」
ドラえもんは未来の世界で沢山の戦いを見てきた。個人が全体化し、全体が固体化していった結果、様々な弊害が生まれるのを何度となく目の当たりにしてきたのだ。硬直化してしまった組織というのは、強くも儚い。穿たれた一つの穴が、壊滅的な崩落を生じせしめんとする。そういう側面は確かにあるのだ。
「分かったわ。要するに私は、何もしなければいいのね」
「敢えて言わせてもらうなら『何もしない、をする』、そういう積極的な役割を担っているのだと……そう捉えてもらえるなら、俺も嬉しい」
それはある種の詭弁だった。だが、紛うことなくドラえもんの本音でもあった。誰しも、有事を前に無為を生きるのは歯がゆい。どれだけそれが重要であると諭したとて、ジャイアンやスネ夫、あるいは出木杉であっても、その役目に不服を覚えることだろう。だが、静香であれば。あるいは俺の真意を汲んでくれるのではないか。ドラえもんはそう願った。
「ウィンドウ、ブロウィン、フロムザ、エイジア……」
何ごとか口にしながら静香はそっと部屋を後にする。すぐにドラえもんがその後を追おうとするが、出木杉がその肩を掴んで押しとどめた。
「出来杉くん、何を」
「女は海、ってことさ。大丈夫、君の気持ちは十全に伝わっただろうよ」
狐につままれたような思いであったが、出木杉が余裕のある雰囲気を醸しているのを察知し、とりあえずその言葉を信じることにした。餅は餅屋、級友の心の機微には彼の方が余程理解が深いだろう。ドラえもんはそう考えた。
「さて、出木杉。君と僕とは両翼の翼だ。今更どちらが上、なんてチープな議論をするつもりはない。君は君として、僕は僕として、それぞれするべきことをやるだけだ。その上で聞くが、君はこれからどんな手立てを打つつもりだい?」
「人手がね、必要なのさ。それも、圧倒的な存在感を持つ、人手が」
畳の上に腰を下ろし、出木杉は宇宙完全大百科と睨み合う。その画面に何度となく『error』の文字が表示され、その度に負けじと激しい勢いでキーボードを叩きつけた。
「お、おい。出木杉、お前は一体何を……」
「祖父さんから聞いたんだ。かつて、この日本、いや、大日本帝國に、まるで奇跡のような戦略兵器がいた、って話を。だがそいつは、いつの間にか歴史の闇に葬り去られた。だけど祖父さんは確かに僕に語ったんだ。そいつは――」
宇宙から来た、謎の巨人。
そいつはあの時代、どこかの場所に、確かにいたのだ、と。
「……いた、見つけた、こいつだ……!!」
端末から検索結果が吐き出される。出木杉は千切るようにしてその紙片を手に取った。
【ガ壱号】
昭和20年3月、大熊諸島の南東にある無人島で、日本兵たちが出会った巨人。「ガリバ」を自称する。ガ壱号は、大東亜共栄圏の理想に共感し、同年4月1日、日本兵として初陣。だが奮戦虚しく、戦争に敗れる。
「こんな、まさか、こんなものが……」
紙片に目を通すドラえもんの手がわなわなと震える。歴史に埋没していった闇、超兵器ガ壱號(ちょうへいきがいちごう)。その実存は静かに、しかし確かに、祖父から孫へと受け渡され、そして
「待っていろよ、ガ壱号。再びお前を『お国のために』働かせてやろうじゃあないか……!」
陰惨なる戦いへと、否応なしに、目覚めを賜る。
四話も期待してます。
こらガチで来年クリスマスまだ続く悪寒