肉欲企画。

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2011年11月28日

自己愛、覚えてますか

すごく会いたかったはずである人なのに、その方と会う数十分くらい前になると

「あー、何かちょっと億劫になってきちまったな……」

みたいになる、あの感覚。アイツは一体何なのか。

 
今回の話ばかりは、分かる方と分からない方とにキッパリ大別されることと思われる。上手く説明できないのだが、少なくとも僕の中には 『会いたかったハズの人と、会う直前に臆してしまう』 という感情が、かなり昔から根深く残っている。

逆算するに、それは "緊張" という二文字からのみ結論が弾き出されるところなのだろう。会いたかったはずなのに、いやむしろ、会いたい想いが強すぎるからこそ、相手に対し緊張を覚え、その緊張状態から(場当たり的にでも)抜け出したいからこそ、会うことについて億劫になる。逃げ出したくなる。言語化してしまえば実に単純で、実に幼い行動欲求だ。

もちろん僕もいい大人なので、緊張感が高まったからとて予定の時間直前となって 『すみません、やはり今日は都合が悪く……』 といった三味線を弾くことはない。ドタキャンをするのが不義理である、という判断が介在しているのは当然であるし、様々な経験をした帰結として、無理矢理にでも緊張をねじ伏せるスキルも体得している。なので大抵の場合は 『会いたくないなー。でも会いたいなー。でも会いたくないなー』 といった、何だかよく分からない気持ちを持て余したまま、誰かと会うことがしばしばだ。

言うまでもなく、会えば楽しい。愉快にお酒を酌み交わすし、肴もウマイ。しかしどこか違うのである。拭い切れない違和感、 『オレ、本当はこの人と会わなかった方が良かったのではないだろうか……いつも通りなか卯ではいからうどんでも食べて、安い酒を飲んで、一人で寝てた方が良かったんじゃないだろうか……?』 かような情念が、多摩川の川底に堆積するヘドロのように、漫然とした存在感をいつまでも自己主張し続けてきやがる次第である。

要するに自己愛が強すぎるのだ。誰かのことを大切に思う、その結果として強く会いたいと思えばこそ、その反射感情として 『そんな方に、私のことを嫌って欲しくない』 、そういった感情を抱くところまでは、ある意味自然であるのかもしれない。ただその先、その感情をどう処理するか、といった段において

A『嫌われたくない→でも媚びへつらわず、いつも通りの自分でいよう!』

B『嫌われたくない→顔を合わせなければ好きも嫌いもないのでは?』

いずれの選択肢をチョイスするのか。これは微妙に複雑で繊細な問題である。

もっともこれは択一的なシーンばかりが迫られるわけではない。個人的な話をさせてもらえば、僕はBの気持ちを携えながらAの振る舞いをする人間である。会う約束を取り付けたのはいいが、出来ればいまの状態 (毒にも薬にもならない関係性) を保ち続けたい、でも会うとなればそうも言えない、であるならば、どうしてもいつも通りの自分として振る舞うしかないだろうーー約束の地へと向かう電車の中、毎度同じような葛藤と直面するものだ。

こういった感情が極まった結果、過度に露悪的な態度に打って出てしまうほかない人間が、僕の知人には何人もいる。露悪的、そいつを噛み砕いた言葉で言い換えれば(あなたが待ち合わせの場所に着いた瞬間、対面にいる相手から) 『あ?お前ホントに来たのかよ。死ねよ』 、かようなデスタームを吐き捨てられる状況のことだ。

カジュアルでテンダーな形容をすれば、それは 『ツンデレ』 ということになるのかもしれない。だが、フラットな視点から見れば、出会い頭にそんな言葉を吐き捨てる人間は、少々オツムの残念な御仁でしかあり得ない。

とは言え、分かり難いかもしれないが、彼らには彼らなりのロジックがある。以下は現実に友人から向けられたことのあるシャウトだ。

いつの間にか嫌われるより、積極的に嫌われた方が、楽じゃないですか……!

理解はできない。だが、僕からしてみれば、ひどく共感のできるパッションだ。かかる人たちのマインドとして、自らの運命の帰趨は、自らに委ねたいのだ。好かれるかもしれない、でも、嫌われるかもしれない。そんな曖昧で不明確な状況の中、もっと曖昧な言の葉を投げ、全ての価値判断を相手ばかりに委ねるより

『あ、これを言ったら確実に嫌われるだろうな』

そういう風に、 "自らの責任で以て、嫌われるべくして嫌われた" このライン、そこを保ちたいという気持ちは、なんだか分かるのだ。知らず知らずによく分からない地雷を踏むよりも、自らC4をサクレツさせ相手を爆死させた方が、まだ諦めがつく、そんな気がする。自分のせいで、主体的かつ積極的な選択によって、相手を自分を、殺したのだと。

「あからさまに嫌われる言動で嫌われたって別にいいけど、良かれと思ってやった行動、言った言葉で嫌われたら、マジでキツイじゃないですか……」

苦しく、切ないほどに理解できる感情だ。だからこそ彼らは、本音では『好かれたい』と思っているはずの相手にでも、過度に辛辣な言葉を吐いてしまうのである。死ねばいいのに、とか、バカじゃねえの?といった言の葉を。

『でも、これを言って嫌われなかったら、ちょっとは安心していいのかな

常人であれば絶対に理解できない、そんな気持ちを心の奥底に携えながら。

かかる行動原理を 『甘えだ』 と切って捨ててしまうのは簡単だ。現に彼らの言動は甘えでしかない。相手のことを真実真正な意味で尊重しているのであれば、その方に対し軽言を弄して試すような真似をするなど、あってはならないことだ。等身大の自分の言葉でぶつかり、向き合い、結果相手方からいかなる結論を導きだされようと、真摯にそれと向き合う。そういうものが望ましい社会性、ということなのであろう。

だが、そういうことができない人も、確かにいるのだ。

努力を放擲したわけでもなく、前を向くことを諦めたわけでもなく、ひたすら 『でも、そうは言っても、どうしたらいいのか分からない』 という人たちが、確実にこの世には存在するのである。

そして、おそらく僕も、そういう人たちの中の一人である。会いたかったからこそアポを取り付けたはずの人なのに、当日になると、億劫になってしまう。その心の機微は、西からいきなり東へと振り向くような心のあり方は、間違いようもなく矛盾でしかあり得ない。

それでも、自らの理性の範疇でその矛盾には気付けども、そこから先をどうすべきか。


まるで答の見つからない話なのである。


(無理にオチをつけるより、これはこれとして終わった方がいい気がするので、今日の日記はこれでしまいます。日記を投げたような格好に見えるかもしれませんが、決してそういうことではなく、これ以上文章を付け足すのも本意ではないと、何度か読み返した上でのことです。蛇足失礼いたしました)


posted by 肉欲さん at 04:19 | Comment(18) | TrackBack(0) | 日記 このエントリーを含むはてなブックマーク
この記事へのコメント
coool
あるけど、言語化しづらいです。
Posted by at 2011年11月28日 04:55
すごく分かります。

肉さんとお会いするときがまさにこれでした。
Posted by at 2011年11月28日 08:40
私も悩みますが、私の場合はそんとく
Posted by at 2011年11月28日 11:30
いつになく真剣
それだけのことってことか
Posted by at 2011年11月28日 17:18
ありますね。
億劫というか臆病になってしまう。
Posted by at 2011年11月28日 18:32
誉められることに恥ずかしさを持つ人間は、その傾向にあるようと思う。
Posted by at 2011年11月28日 18:49
自分で理論化できない衝動をこうして人に言い当てられた時の感覚は筆舌に尽くしがたいですね
Posted by 時貞 at 2011年11月28日 22:14
Bパートがねえな
Posted by at 2011年11月28日 23:52
こういう、隙間をほじくるような話好きです
しかし肉欲さんも露悪的ですよね
Posted by at 2011年11月29日 01:57
直前に億劫になるのはわかるなー
自己愛っていうか、我が身かわいさで誰も得しない(自分含む)自己中心的な行動をすることが多い…
本当に相手のことを思って行動するってのは難しいですよね
Posted by at 2011年11月29日 11:13
自分を攻撃されたくないから、謙遜という日本の文化こそ、これに似ていると思います
Posted by at 2011年12月01日 16:19
自分も親しくなるにつれ,露悪的になってしまいます。
恐らく,自信のなさからくるのだと思うのですが
(男が女に「キスしていい?」って聞いてしまうような)
Posted by at 2011年12月01日 21:27
うわ、めっちゃくちゃわかります!びっくりした。。

帰り道、「ああ、今日も、好かれもせず、嫌われもせず、うまく乗り切れた」ってほっとすることが多いです。

私の場合は、特に、女友だち。
Posted by at 2011年12月02日 03:53
共感しました。
その心境に陥る度、心を奮い立たせて向かってますね。
Posted by うえぽん at 2011年12月02日 19:26
前回がAパートオンリーだったから、今回はBパートのみか
Posted by at 2011年12月04日 00:26
逆だと思う
自己愛が強い=自分に自信がある
ってことだと思うんだけど違うんかな?
自分に自信があるってことは他人に嫌われることなんて怖くないから人に対して緊張なんてしないはず。
自己愛が弱い人は他人に絶対に肯定されないと自分が維持できない。だから人に嫌われることを怖がって緊張するんだと思う。
でも肉さんが前者だったのは意外だった。
Posted by at 2011年12月07日 00:55
わかります。
初対面の方が気が楽で、段々会うのが怖くなっていったりとかが自分の場合はあるんですが、これも「減点されたくない」とか「これ以上加点できる自信がない」とかそんな気持ちからきているような気がします。

嫌われたくないというのは確かに自己愛かもしれないですが、そもそも嫌われることに対して神経質すぎるのかもしれませんね。というのも周りを観察してて、やっぱりそんな気にしてる人は少なそうだと思うからです。

これを「なぜ」そして「どうやって」みたいな話をするならば幼少期に遡る心理学的なアプローチ云々が必要ですね。
Posted by as at 2011年12月10日 01:53
わかりすぎて心が震えた。

同じように感じてる人ってたくさんいるんだなーってこともわかって嬉しい。


こんな文章書いてくれてありがとうございます。
Posted by at 2011年12月22日 20:34
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