タイ・バンコク
前日、カンボジアはアンコールワットから帰って来た僕は、ワットポーのタイ式マッサージでアンコール・ワット&アンコール・トム散策の疲れを癒し(1時間300円くらい)、最後の夜をどう過ごそうかと思案していた。照りつける太陽、何もしていなくても汗が噴出す。3月、タイは乾季を迎えており、最も過ごしやすい季節となる。僕はシン・ハー(タイビール)のプルトップを起こすと、麦ジュースで喉を潤した。
「ラストダンスはアニマルファック。パーッと行こうぜ!」
誰ともなくそんな提案がなされる。勿論異論はない。僕らは通算三度目となるパッポン遊びに繰り出した。
(注:パッポン=タイの歌舞伎町みたいなとこ)
タイには日本が十数年前におき忘れてきたような活気がある。その中でもパッポンは格別だ。地元の人間から観光客、怪しげな売人など様々な人間が入り乱れる。金金、金の匂いが鼻腔を貫く。
「オニイサン!プラダ!ヤスイヨ!」
日本であればブラウン管の向こうでしか聞けないような安っぽい台詞も、ここでは日常だ。僕はオニイサンであったりシャチョサンであったり。次々と投げかけられる言葉を立て板のようにさらりとかわしながら僕らは欲望の渦の中へ中へ、更に中へと進んで行く。
欲望の源泉、パッポンの奥の方に位置するあたりに現地の人間が多く集う屋台があった。僕らは椅子のある屋台を選ぶと適当に腰を下ろしパッタイ(タイの焼きソバ)を注文する。一皿にたっぷり入っておよそ60円。これがやたら旨い。
「これも日本に帰ったら食えなくなるんだよな」
「言うな、言うな」
好き好きだろうが、少なくとも僕らにとってタイは最高の土地だった。パクチーの効いたやたらクセのある料理、ハマると病みつきになった。朝から水代わりに飲むシンハー。アルコールと酔いは南中した太陽の下、瞬時に汗となって大気に気化した。移動で使うトゥクトゥク(タイのタクシー)で、毎日唾を飛ばして値段交渉をした。物価がおよそ日本の三分の一のこの土地では、財布の中身をさほど気にせず日々を楽しめた。何もかもが僕らの肌に合った。
「4月から社会人か…」
「俺は鹿児島だな」
会話の内容は事実の羅列に過ぎないのに、溜息とともに出てきた言葉はどこか呪詛めいて聞こえる。僕らはそれを知っているからこそ気付かないフリをして、鼓膜を雑踏の喧騒に委ねつつぬらりとした吐息をシンハーと一緒に飲み下した。
「酔えねえよなあ、シンハーじゃあ」
タイのビールは、日本のそれと比べてアルコールが薄い。およそ1%ほど違う。テイスト的には発泡酒に似ていると言っていいかもしれない。普段は専ら焼酎などで酩酊を得ている僕としては、だからタイビールでは有るべき陶酔感を得られていなかった。
「こういう時は酒、酒」
言って僕は立ち上がる。ビールでは手に入らない酔いが欲しかった。この暑さ、この熱気に相応しい酒は、やはりラムだろう。僕はラム酒を求めてコンビニに立ち入った。
タイは意外とコンビニが多い。中でもセブンイレブンとファミリーマートはよく目に付く。もちろん扱う商品は日本の店舗とは似ても似つかないものばかりだけれど。僕は酒の並ぶコーナーに赴いた。
「あった、あった」
目を輝かせて戻ってきた僕の手には、紛うことなきラム酒が収まっていた。ホームレスなどがよく持っている、ポケット瓶タイプのラムだった。僕はブチリと蓋を開けると、ラムをそのまま口付けに飲んだ。ラム独特の香りと、喉を焼くような感覚が口の中を包む。
「これこれ、これだよ」
胃の中の中あたりがポッと熱くなるのを感じる。即座に酔いが回るはずもないのだけれど、僕は久々に飲んだ度数の高い酒に精神をハイにした。
「最後くらいはパーッと行こうぜ!」
向かった先はタイのクラブ。ライブハウスと一体となっているその店は、観光客と現地人が半々くらいの活気のある店だった。僕以外の二人はビールを頼み、僕はこっそりとラムを飲み続けた。心地よい酩酊感が頭にぼんやりとした膜を張り始める。酒と音の海に揺られながら、僕は心地よくタイで過ごした日々と、そしてこれから始まる新しい日々を想った。
「Dance?」
不意に、柔らかいトーン声が耳に入る。声の方振り向くと、そこには小柄な一人の女の子がいた。肌が褐色でないところを見ると、現地の人間ではないのかもしれないけれど、どことなくエキゾチックな顔をした女の子だった。
「with me?」
日本でさえクラブなんて行ったことのなかった僕にとって、このような状況は無論初めてのことだった。酔いが気分を高揚させていたとはいえこの状況には幾分狼狽させられた。僕と踊りたいの?そう聞くと女の子はニッコリと笑って、うなずいた。はにかんだような笑顔は、酒とタバコの煙と喧騒の渦巻くこの場には似つかわしくないものだった。
踊る、と言っても映画のように腰に手を回しゆったりと踊るわけではない。見詰め合うこともなければ手を取り合うこともなく、ただ距離だけを近くに音に乗って体を揺らすだけ。それでも、日本から遥か遠くの土地で見ず知らずの女の子と今、音と空気を共有しながら体を揺らしているという事実がどうしようもなく楽しかった。曲はレッチリの『By the way』に変わっていた。僕はラムを口にした。
「どこから来たの?」
曲の合間に、不意にそんなことを聞かれた。僕を気遣ってくれているのか、ゆっくりとした聞き取りやすい英語だった。僕は日本からだよ、と答え、その後に「どこの人なの?」と聞いてみた。彼女はアメリカとタイのハーフだった。聞けば、この辺りに住んでいるとのことだった。相手の素性には別段興味はなかったので、そう、とだけ答えてまたラムを飲んだ。瓶の中身はほとんど空っぽだった。
それから僕はラムを干し、ビールを飲み、ウィスキーまで飲んだ。途中、トイレに立つとボーイにチップを渡してストレッチを手伝ってもらった。ボキボキと背中の骨が音を立てた。僕は「good job!」と親指を立てるとゲラゲラと笑った。彼はおしぼりを持ってきてくれた。ひんやりとして気持ちよかった。
傍らにあった椅子に腰を落ち着ける。酔いに痺れた脳で、思考は千々に乱れた。纏めようとも思わなかった。乱反射する思いの中で、僕は友を、街を、過去をそして未来を、思った。どこでもないタイの片隅で、蜃気楼のようにおぼろげな東京を思い、遥か遠くになった日本を思いながら、どこにでもある風景と、どこにもない土地のことを想った。ボーイは僕の方を見ると曖昧に笑った。僕も笑い返したけれど、笑顔は所在無く中空をふらついた。
それからどれくらい経っただろうか。僕は更に酒を飲み、音に乗り、リズムなのか千鳥足なのか分からなくなった頃にようやくバンドの演奏が終わった。すっかりいい気分になっていた。酒のもたらす万能感、全能感。とことんまで陽気になった僕は、この気分のまま二日酔いに雪崩れ込もうと店を後にした。
その時、肩を叩かれた。振り返ると先ほど一緒に踊ったハーフの娘。相変わらずはにかむように笑っている。背の低い女の子だった。柔和な顔つきは、欧米の色よりもアジアの色彩が色濃く出ていた。僕もニッコリと笑い返す。タイで、世界で、見知らぬ誰かと関われたことが心から嬉しかった。心の深いところで通じ合えた気がしたのだ。僕は楽しい時間を提供してくれたお礼を言うべく口を開く。
「今日はどうもありがとう。またいつかどこかで」
「ねえねえ、1000バーツでどう?」
「(;^ω^)え」
なんたること。
天使の微笑みの彼女はプロの人でした。
あの底抜けに優しい笑顔は僕に向けられたのではなくて僕の財布に向けられたそれ!束の間に通じたと思った気持ちは夢、幻!1000バーツでチンコをチュパカブラしてあげるわよ、アタシのマチュピチュにいらっしゃい。そんなグローバルコミュニケーション。微笑みは全部まやかし。全部ウソさ!そんなもんさ!夏の女はまぼろし!
「ファックユー・キリスト!」
僕は走った。
パッポンの通りを泣きながら。叫びながら。
ただただ走った。
そしていつの間にかゴーゴーバーに入っていた。
僕の目の前。ビキニで踊り狂うお姉さんたち。
「へへ、フヘヘ。そんなもんだよなー」
「what?」
「ええい、女将!ビールを持って来い!」
そしてまた飲んだ。
もう何杯飲んだか、覚えてない。
ただただ酔いだけがそこに転がっていた。
女性たちは目の前でクネクネと踊っていた。
白人も黒人も日本人も男たちは皆ヘラヘラと笑っていた。
僕もヘラヘラと笑っていた。酔いながら。苦しみながら。
僕は立ち上がると、勘定をして店を後にした。
今なら言える。あの時は10バーツ誤魔化しました(1バーツ=3円)。
「よう兄ちゃん、マリファナ買わない?」
「うるせーバカ!」
深夜も二時。ちょかちょかと寄ってくる売人たち。
心地よい酩酊感は一転、僕をバッドにトリップさせていた。
荒れた虎のようになっていた僕は寄る売人寄る売人に「NO!NO!NO!」と叫び続けた。YES/NO枕で言うとNOばかり向けていた。どこかで誰かが泣いて。涙が沢山出た。NONONO。荒んでいた。
「ホテル・マノーラ!」
僕はタクシーを止めると、荒々しく行き先を告げた。何がそんなに僕を怒らせているのか、今では思い出すべくもないが往々にして酔っ払いというのはそんなものだ。僕は座席に座ると、音速で眠った。
「オキャクサーン、ツイターヨー」
声を掛けられ、僕は泥のような眠りから目を覚ます。確かにホテルに着いていた。一刻も早くベッドに潜り込みたい欲求に駆られる。僕は眠い目をこすりながらタクシーのメーターを見る。
『50バーツ』
「ふざけるな!」
僕は三度激昂した。経験則によると、あの通りからこのホテルまでは大体40バーツのはずだったからだ。10バーツも高い。荒ぶる獅子が目を覚ました。
「テメエ!ボッてんじゃねえぞ!!!」
「ボッテナイーヨー!!」
「ウソこけ!ホレ!今またメーター上がったじゃねえか!日本ナメんな!」
「イイガカリダーヨー!」
戦いは熾烈を極めた。両者、一歩も譲らず。交渉は1バーツ単位にまで及んだ。確認しておくと、1バーツ=3円だ。有り得ないステージの交渉。バカらしい、と言い捨てるのは簡単かもしれない。しかし覚えておいて欲しい。男には人生の中で『決して引けない時』というのが確かに存在するのであり、この時が僕にとってまさに『決して引けない時』であったのである。僕は叫び続けた。
「40バーツ!これ以上は絶対に払わねー!!」
「オキャクサーン!50バーツネー!」
「やかましあ!35バーツじゃあ!」
「オーマイガッ!!」
そして10分ほど押し問答が続いた頃だったろうか。
「オーゥ…40バーツデ…モウカンベンシテクレ……」
勝った。
僕は、勝ったのだ。タイに、世界に勝ったのだ!
満足した僕は、にこやかに40バーツを払うとタクシーを降りた。
閉まりゆく扉の向こうから「ジーザス」という声が聞こえた。気がした。
翌日目覚めて青ざめていたのは、決して二日酔いだけのせいじゃない。
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というわけで、9月8日から再びタイに行って来ます。それゆえに思い出したようにタイ旅行記を更新しました。不定期にもほどがある。
成田発なので、その前段階として9月1日からは東京に討ち入りします。久方ぶりの東京です。テロなどが起こらなければいいのですが。最近の東京事情にはとんと疎いわけですが、男子3日会わざれば云々、という言葉もあるくらいなのでさぞや東京も変わったことでしょう。駅のキオスクなどにいけばフェラチオ、素股にアナル舐めなどの各種サービスが新設されているかも?ウヒョヒョヒョ、楽しみでなりませんわい!
それでは皆様、魔都東京にてまた。

でも、そんな肉欲さんが大好きなんです☆
タイは一回行ってみたいですね〜
楽しそうで羨ましいです♪
パクチー以上に癖ありますよ。
そんな肉欲さん大好き
3000円て安いなー( ^ω^)フヒヒ
鴨志田穣。西原理恵子。ゲッツ板谷。
そして橋田サン。
鴨チャンは生きてるのかねえ?
肉欲ならゲッツ板谷の面白さが解るはず
確かに仰るとおり、東京のキヨスクには各種サービスが実装されています。
が、店員は従来と変わらぬ“妙齢”の方々なので、特定の趣味の人でないと厳しい。
と、ここまで書いて肉欲さんは菊も動物もイケる人だし平気に違いないと思いました。
3000円でセクロスってwwwwwぅぇっwwwwwww
体にお気をつけて。(ポッ
やっぱいつもの肉欲さんもステキです
買 っ ち ゃ っ た け ど
DJStation辺りで飲んだくれる予定。
わーいw旅行記(≧∀≦)
相変わらずの描写力羨ましいですわー
楽しんで来てなっ☆
行ってらっしゃーーい♪
其れが肉欲クオリティwwwwwww
今のパッポンも、変らない熱気です。
タイは男は肉欲、女は金欲の国。
金玉欲ではありませんのでご了承のほど。
すげっwwwwwww
日本語通じないところなんて怖くていけない('A`)
RINOかよww