僕は好きだ。
どれくらい好きかと言えば、別に何の目的もないけど、とりあえず簡易宿泊所に泊まりたい、だらだらと酒飲みながらテレビを見ていたい、そのままバイキングで食べ切れない量の朝飯を食べたい、そして帰宅したい、というくらいに好き、大好きだ。
そこにはそこはかとないロマンが眠っているからである。
便宜的に『簡易宿泊所』と書いたが、そこにとりたてた定義がある訳ではない。それは別にビジネスホテルでもいいし、カプセルホテルでもいいし、民宿でもいいだろう。自分の中で『手軽だな』と思えば、そこは既に簡易宿泊所なのである。是非はともかく、僕の中ではそうなる。その意味でいえば、パークハイアットが簡易宿泊所となる方もこの世にはおわしますことだろう。価値観は常に相対的なものでしかあり得ない。ムカつくが。
さりとて、皆さんがどこかに泊まるとなった場合、そこにはどうしても理由が必要となる。終電がなくなったから、とか、どこそこに観光に行くから、とか、商談があるから、とか。要するに何がしかの主目的の先にある存在、それが宿泊所だ。それはこれまでずっとそうだったし、おそらくこれからもそうあり続けることだろう。
しかしそれはいかにも勿体ない話なのである。なぜとなれば、日常から離れた場所というものをつぶさに感じさせてくれるところ、それは確実に "寝床" へと収斂していく。いつもと違う部屋、いつもと違うベッド、いつもと違う照明、いつもと違う、風呂。それら全てが "非日常" を雄弁に彩り、そしてそこに放たれる非日常こそが、得も言われぬ "旅情" を醸しだす。そういう側面は、確かにあるからだ。
故に僕は簡易宿泊所が好きなのだ。これほどお手軽に旅情を感じさせてくれる施設はそうそうない。場所はどこでもいい。ただ、ひたすらに "いつもと違う" 、その部分を味合わせてくれるのであれば、何もかもがイナフだ。別に周囲に観光名所がなくとも構わない。大事なのは宿が宿としてただそこにあること、そればかりである。少なくとも僕にとっては。
そんなことを思った僕は昨日、じゃらんを開いた。安価な宿を探すためである。入力すべき様々な検索項目が目の前に立ちふさがったが、最早そんなところで立ち迷うほど幼い時分ではない。『5000円以下』『都内』という条件だけを叩き込み、粛々と検索結果を待った。
1分後、明日(9/15、この日記を書いているいま)の宿泊先は南千住へと決まった。
1泊朝食付き、3800円。イナフだ。
もちろん、南千住に用事など一切ない。
しかし、重ねて言うが、用事の有る無しなど実に瑣末な問題でしかないのである。
僕はリュックにノートパソコンと各種充電器とを詰めると、ワクワクしながら床に就いた。
そう、これは少々遅すぎた、ぼくのなつやすみの、おはなし。
【2011年9月15日 午後2時】
ぼくのなつやすみのはじまりである。場所は駒込。なぜ駒込なのか?そこにさしたる理由はない。ただ気づいたら駒込にいた、わずかそれだけの理由だ。
駒込に行く用事を見つけられる奴は天才、そんなことをブツブツと呟きながら駅前を闊歩する。別に駒込をdisしたいわけではないが、では皆さんにおかれましては、駒込と聞いて何を思い浮かべますか?何もないでしょう?故に、僕の思考回路は極めて健全であった、と言わなくてはなりません。
けれどもその思いはすぐに瓦解することとなる。少しく歩くと、目の前に木で出来た堅牢な門扉が鎮座在していたからだ。
『六義園』(りくぎえん)
案内板にはそう書かれていた。入り口は350m先にあるらしい。ここだな、ここしかない。六義園が何かは一切知らなかったが、僕はもう、とにかく六義園に行かなくてはならないような虚妄に囚われた。
果たして六義園はすぐに現れた。

(これが六義園入り口だ!)
早速六義園入り口をパシャパシャと写メる僕。ちなみに写真がくすんだ色合いを見せているのは、どうせ写真を撮るのならちょっとシャレオツな感じの方がいいよね!という政策的配慮のもと、急遽トイカメラアプリをダウンロードして撮影したがためである。浅はかだな、という誹りは甘んじて受けたいが、そういうニクも、どこか憎めないよね。
ここに六義園のデータを紹介しておく。
【最寄り駅】駒込駅
【開園】昭和13年10月16日
【面積】87809平方米
【歴史】元禄15年(1702年)川越藩主柳沢吉保が自ら設計指揮して完成した回遊式築山泉水庭園。
「元禄15年……よろしいがなよろしいがな……」
根っからの権威主義者であるところの僕は、その『元禄15年』という響きに陶酔しながら、精神薄弱者の目付きでその門扉をくぐった。


「オオウ……」
思わず嘆息が漏れる。都心に庭園の何個もあることは知っているが、やはり一息に非日常な光景を見れば、どうしても圧倒されてしまうものだ。


進むと綺麗な池が鎮座在していた。


緑豊かな場所なのである。


茶屋のようなところもあり、

爺さんもホッと一息。

甘味なんかもありました。
ゆっくり1時間ほどをかけ、六義園の周回を終える。これで300円とは相当にコスパが高いと言わなくてはならない。駒込のポテンシャルを侮っていたことを、今は素直に詫びたい気持ちである。駒込サイドには後日詫び状を提出する気構えだ。

(さらば駒込)
ゆるやかなる駒込タイムは終わりを告げ、おもむろに電車へ乗り込んだ。向かう先は南千住、本日の宿である。事前情報として南千住には何も無いことを察知していたため、本日の目的は概ね飲酒だけであった。
これを読んでいる方の中で、『南千住』という単語にピンときた方がいるとすれば、それは相当なマニアか現地民か警察関係者か、おそらくそれくらいだろう。南千住で有名な場所といえば山谷である。そのことを分かりやすく言えばドヤ街となるし、もっと咀嚼していえば日雇い労働者の聖地、となるだろう。誤解を恐れずに言わせてもらえれば、山谷とは中々にダークな雰囲気漂う場所である。もちろん『南千住』と一括りにはできないが、僕の宿泊先は三ノ輪方面だったので、やはり胡散臭い場所であることには変りない。
たどり着いた山谷には、やはり瘴気が漂っていた。道行く人は数多くおれど、女性が壊滅的にいない。というか、若いヤツが僕くらいしかいない。これはどこかでよく感じた臭いである。そしてその臭いを、僕は強烈なインパクトと共に記憶している。
それはまさしく大阪は西成の臭いである。
もちろん、西成よりは大幅にダウングレードする。西成の放つ瘴気は一種凄まじいものがあったし、あれに並ぶとも劣らないのは、僕の拙い記憶の中では、バンコクの路地裏くらいのものであった。山谷の放つ雰囲気は、せいぜい天王寺の路地裏レベルのものである。ただ、街並みであるとか、街行く人々の雰囲気であるとかが、どうしても西成を想起させたのだ。これはもう理屈ではない。
やたらと並び立つビジネスホテル、おそらくそれはホテルとは名ばかりで、かつてでいうところの『木賃宿』なのであろう。そのいずれもが個室で2000円前後という安さだ。ちなみに西成では同じようなクオリティの宿が一泊800円くらいであるがため、やはり山谷と西成との格差は厳然たる事実として存在するようである。
そして宿へとたどり着いた。




清水に飛び込むつもりで3800円をはたき、得たものがこれである。場違いに綺麗な宿、と言わなくてはならない。無料でiMac使えるしな。朝飯も付いてますのん。
部屋はさすがに狭い。3畳である。でも無料インターネットは光回線だし、冷房もテレビも冷蔵庫もあるわけで、これで文句を言う筋合いはない。ロンモチのこと部屋に風呂はないが、大浴場があるので問題もない。こういうのでいいのである。
まずは風呂に入る。一番風呂であったらしく、全ての設えが整然としている。時刻は未だ午後4時。深い息をつきながら湯船にざぶり。まさにお大尽。
洗いざらしの髪で部屋に戻ると、ビールを開けてパソコンを点ける。キンキンに冷やされたビールが喉を滑り落ち、画面の向こうからは種々雑多な情報が飛び込んでくる。最高である。
もう何もいらない。幸福とは実に相対的なものだ。
そこではた、と気づいた。山谷、山谷といえば、何かあった、ような……。

(豚がだぶってしまった……)
思い出したァーーー!!
ここからは急速に一部の方しか分からないネタとなるが、それでも一部の方にとっては垂涎のネタとなるため割愛できないのであるが、そう、そうなのだ。山谷といえば、名著『孤独のグルメ』の記念すべき第1話で登場した "豚肉炒めライス" を提供する伝説の店、『きぬ川』のある店なのである。これに行かずして、何が山谷か、何が肉欲か。僕は慌ててパソコンできぬ川の場所を調べた、近い!というか300m先じゃねえか!!
「フロント!チャリを出すぞ!!」
レンタサイクルを借りた僕は一路きぬ川を目指す。やっていますように……そう願いながら、祈りながら、僕は。
「らっしゃーい」
果たしてきぬ川は営業しておられた。きぬ川とは基本的に定食系のご飯を出す店であり、更にいえば、日雇い労働者をターゲットとした店である。遅い時間までやっている可能性は低いし、ともすれば臨時休業もあり得るのだ。だから、僕が営業中に訪れることができたのは、相応に幸運であったといわなくてはならない。
「豚肉炒めと、えーっと、ビール下さい」

(ビール 400円)
本筋であればライスと豚汁を頼むべきところなのだが、どうにも食べきれる気がしないし、時刻はすでに晩酌の頃合いだったので、僕は本能の指示に従った。ようやく落ち着いて周りを見渡す。
「デュフww豚と豚がかぶってしまったwwwww」
「このお新香wwwホッとするでござるwwwww」
果たしてそこにいたのは、『孤独のグルメ』を読んだと思しき大学生の群れが大挙してテーブルを陣取っていた。厳密なる実話である。まあ、僕も、人のことは言えないのであるが……。
「はい、豚ねー」
「あ、どもっす」

(豚肉炒め 400円 数えたら16切れも入ってた)
実際のところ、きぬ川はかなり店が狭い。キツキツに詰めてもせいぜい14人入るかどうか、というところだろう。

それだけにメニューも少ない。僕の頼んだ豚肉炒めをはじめ、カレーやオムレツ、玉子焼きと焼き魚、その程度のものだ。

焼き魚は既に焼かれた状態で鎮座している。当たり前の話だが、たまたまあの漫画にフィーチャーされたというだけで、そもそも味メインで勝負している店ではないのである。
「オウフww持ち帰りもあるのかwww」
「この店は豚汁とライスで充分なんだなwwww」
楽しみ方はそれぞれである。仲間内でワイワイと "聖地" を巡るやり方もいいだろう。しかしその一方で、座れずに帰ってしまった地元のおっちゃんも確かにいた(『あ、豚と…』『ごめんなさい、今日何か混んじゃって……ごめんねえ』というやり取りがあった)。飯を食うことなど一人でもできるのだから、群れずつるまず、個人個人で来ればいいんじゃないのかなあ、と僕はビールを飲みながら、何となく思った。
「すいません、おしんこ下さい。なんでもいいので」
結局様式美に逆らえない僕も、同じ穴の狢でしかない訳で。
以下、もしも今後きぬ川に行かれることのある方のために。
【場所】JR南千住駅から徒歩15分程度(男性の早歩きで10分程度)
【席数】最大14人程度(4名がけテーブル×3)
【酒】ビールのみと思しき
【衛生状態】かなりきわどい
【味】(´^ω^`)
【孤独のグルメ度】★★★★★★★★★
いや、味はね、正直、うん。
おしんこくださーい、つったら、目の前で味の素ドバドバかけてたからね、まあ大体そんな感じっス。あと、原作通りおしんこないとちょっときつい。豚肉、なんの仕事もしてねーんだもん。たぶんスーパーの豚肉を生姜と醤油でガガーっと炒めただけとかそんな感じ。いや、それがいいんだけどさ。おしんこはマジでマスト。
腹もくちくなったので店を出た。辺りを夕闇が包む。しかし時刻は未だ午後5時半。さて、きぬ川の写真でも撮って帰りますかな……そう思うも虚しく、そこかしこで喧嘩を始めるご老人方、諸先輩方。だから僕の本能が告げる、ここいらで写真を撮るのはマジで危険である、と。写真を撮るくらいで何をそんな……とお思いになる方もいるかもしれないが、ことスラム街での撮影は本当に細心の注意を払うべきなのだ。僕も様々な胡散臭い場所に行って永い。その防衛本能が『いま、この瞬間、あそこで写真を撮るのはまずい』、そう告げていた。僕は酔っぱらいの間をすり抜け、チャリを疾駆させつつホテルへと戻った。

(その途中にあった何か趣深かった建物)

(正しい意味での縄のれんを発見したので写真)
そのまま帰るのも何だったので、前もって調べておいた南千住で有名な居酒屋へと赴いた。ここには様々なローカルルールがあるらしかったが(ホールを仕切る女性に逆らってはならない、とか、酒の頼み方はこうしなくてはならない、とか)一応そういうのは全て予習しておいたので、特に問題なく酒を飲めた。ちなみに焼酎1杯150円、酎ハイ1杯200円で、この店で一番高い商品は『どじょうのからあげ 1000円』であった。おそろしい話である。



(趣ある店内)

(こんなトイレだったら汚せない。上手いなあ、と思いました)
もはやお腹いっぱいであったので、酎ハイを頼み干し黒ホッピーを飲んで店を後にしたのであるが、お会計は600円であった。居酒屋で600円である。これは僕史の中でも最安値を記録した瞬間であった。まあ、つまみ頼んでねえからな。ちなみにきぬ川での会計は900円で、要するに山谷で2軒はしごして、1500円だったとか、大体そういう話です。
――というような経緯を以て、いま、宿泊所に戻りこれをしたためている次第です。こんなぼくのなつやすみ。なにが楽しいの?と聞かれれば、これが楽しくなくて何が楽しいの?と逆に問いかけたいですね。超楽しいよ。近場であれなんであれ、行き当たりばったり行ったとこが素敵なとこだったとか、サイコーじゃんね。
おしまい
ドヤ街でも豚肉炒めライスの回を再現するだけに大勢で大挙して詰めかけるファッキンメイト大学生どもがいるとは。
白手帳の方々、最近会ってないなぁ
そう考えていた時が僕にもありました・・・
【肉欲より】
FxCameraってアプリ
毎年一人で行って和んでます。
春も桜が綺麗ですので是非行かれては!
肉さんの写真のセンスがすさまじいです!
駒込かつて住んでました。
六義園はがちでおすすめ。
春はでっかいしだれ桜の老木が美しいです。
また3月に訪れてみてくださいな。
こんな時間の使い方は、リッチだ。