肉欲企画。

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2011年09月08日

季節はまさに秋さ

『ああしなければならない』 とか 『こうした方が幸せになれる』 であるとか、そういう形のファックな主張が根絶するのは、一体いつになることなのだろうか。放っておけよ、お前は他人の心配ができるほど大層な人間なのか?それほど暇なのか?お前の振りかざすその物差しは、そんなにイナフな尺度なのか?声高らかに問いかけたいものである。



 
別にモラルや法規範の話をしているのではない。もちろんそれらのことを論ずることは大切ではあるが、今はその場面ではない。したいのはもっと別の局面の話だ。

『どうして○○をしないの?』

○○に当て込む言葉は特に限定されない。金融の話題でも、服飾の話題でも、食事の話題でも有り得るだろう。要するにここで論じたいのは、一方当事者が他方当事者に対し、専ら

【自らは○○が最善であると信じているのであるが、あなたがそれをしないのはなぜなの?】

といった体で、その方の有する価値観を偏屈的に強制的に暴力的に押し付ける、そういったやり方というのは果たしてどうなのか、かようなテーマだ。

「どうしてターゲット1900をやらないの?」

これは僕の受験時代実際に向けられた言葉であり、ターゲット1900とはかつて有名だった英単語帳の商品名のことであるが、マジでビッグなお世話でしかなかった。

確かにその少年(友人)にとってターゲット1900は有益だったのかもしれない。発行部数から鑑みれば実際に優れた単語帳であった可能性も否定できない。しかし、僕には必要がなかった、だから僕は使っていなかった。故に、この話はここで終わらなくてはならないはずである。

しかし少年はこう続けた。

「みんな使っているのに?」

アホの言説である。別にいまさら当時10代であった少年の言葉を持ちだして「アホだ」と強弁するつもりもないが、ターゲット1900の部分を他の言葉に置き換えれば、たちまちにして日常のそこかしこで起こりうる事象ともいえるため、問題は根深い。

仮に 『どうして○○しないの?』→『みんなそうしてるんだけど』 型の問答が許される場面があるとすれば、それは大抵組織の中での話となろう。

組織、それはとりわけ利潤や調和を求める組織へと帰納していく。営利企業の中に配置されたとき、僕が "心地よい" と価値付ける作業工程があり、それが個人的には多大なるコストパフォーマンスを発揮するのだとしても、かえってその行いが全体としての利益を損なってしまうのであれば、僕がそのメソッドにこだわり続けるのはまるっきりクソである。

仮にそのメソッドを固持したいのであれば、組織の抜本的改革を行うか、転職するか、心機一転フリーランスの根無し草になるか、そのいずれかでしかあり得ない。組織に生きるとは要するにそういうことだ。『個』と『全体』との区別は、常に厳密でなくてはならない。

けれども、そういうワイドな話ではなくもっとスモールな話、どちらかといえば私生活極まりない状況において 『どうして○○しないの?』→『みんなそうしているのだけれど』 式の呪文を唱える方に対しては、率直に言ってエッジの利いた右フックをカマしても許される案件だと僕は考えている。だってそうでしょうよ。別に守るべき組織準則を背負っているわけでもなければ、道徳や法規範が求められている場面にも直面していないのにも関わらず、どうして何がしかの価値観を強制されなくてはならないのか。『みんなしている』?じゃあお前のいう『みんな』はどこにいるのかね。twitterかね。公民館かね。一人残らず連れていらっしゃい、の世界だ。

もちろん僕もいい大人なので、そういったシーンに直面しても極力右フックは我慢するようにしている。同じような文脈であっても 『なるほどね〜、でも××っていうのもあるんだぜ?』 というように、親切心から価値観を広げようとして下さる心優しき方もいる。そういう状況に際してまで頑なになれとは言わないし、むしろそんなジェントルな方に対しては積極的にねっとりとしたフェラチオを奉ることも視野に入れることやぶさかではないのであるが、しかし皆様もほとんどお察しである通り、今回話しているのはかかる紳士的な振る舞いをされる方々のことではなく、有り体にいえば 『同調圧力』 そいつを浴びせかけてくるアホどもの件だ。

なぜああいう類の輩は根絶しないのであろうか。積年の疑問である。何がしかのことを素晴らしい!と思い、(その人の中で大いに)感動した、そしてそれを共有したい……そこまでは別にいい。だから、その感動体験を喧伝する!そのところまでは大した問題ではない。そして、それについての共感を強要するところまでも ――僕もじきに30歳になる時分となってしまったがため―― 1000歩譲って許すこととする。

しかしながら

『○○が分からないとか……ないわー』

意味が不明すぎてほとんど発狂しそうになる対応の一つだ。まあ、精神構造としては理解できなくもない。とある 『何か』 を自らの中で最高のものと位置づけ、それにより自らを保っておられる方からしてみれば、その 『何か』 を受け入れようとしない目の前の人間は、あたかも 『自らを受け入れないひと』 として映ってしまいがちなのだろう。故に 『その最高のもの=自ら、を受け入れないひと→ないわー』 、幼少期から青年期にかけてはありがちな感情の機微だ。大学1年生くらいまでがやる分には実に微笑ましい光景である。

ただ、25歳を超えてまでやっている方に関しては、道端ですれ違いざまに右フックをお見舞いされても良い、という心構えを持つべきだろう。我々現代社会人は、実に複雑かつ多様な価値観の中で生きている存在だ。それは生活の中で内心の自由が保障されているからである。その自由はおのずと他人の抱える自由と対立しがちであるが、そこで初めて登場するのが 『理解』 と 『我慢』 と 『右フック』 、この三概念である。


@相手に自らの価値観 (自由に有した価値観) を受け入れてもらえなかった
→でも、相手にも独自の価値観があることが分かった!(理解)

A〃
→でも、それを無理に通すのも乱暴かもね!(我慢)

B〃
→ハァ!?それが分からないとか頭がどうにかしちまってんじゃあねーの?!?さげぽよー↓↓


Bで登場するのが右フックである。今更になるが右フックとは格闘技における攻撃の一種で、右から引っ掛けるように打つ打撃のことだ。破壊力は相応に高い。まあそれは別にどうでもいいのであるが、つまりことBの場面に至っては、自らが右フックを打って相手を無理やり従属させる、あるいはその反対に、相手に対する抑圧に失敗したあなたが、1000%の殺意を含んだ右フックをお見舞いされる、そのいずれかにならざるを得ない。これはいわゆるところの 『右フックの法理』 である。判例・通説もこれを採用している。

利害関係もない、恋愛感情もない、共に親族であるといった事情もない場面であって、なぜ価値観を押し付けてくるのか。理解しようとも我慢しようともせず、ただ頑なに自らの主張を通そうとするそのパッションは、一体どこから湧いてくるのか。

『どうして男のくせにママチャリとか乗ってるの?ないわあ』

あなたがどんな美学を持っていようと勝手だし、そこは最大限尊重する。だがそれを敢えてまで言語化する必要性はどこにもない。なぜ放っておいてくれないのか。あるいは、どうしてそこまで他人に興味を持てるのか。甚だ疑問、と言わざるを得ない。聞こえないところで僕のママチャリを悪しざまに語るのは自由だが、聞こえる範囲でそれをされた場合、やはり右フックを視野に入れる作業に入るだろう。もちろん言葉の右フックであるが。

それでも人は間違いを犯す。こんなことを書き連ねている僕にせよ、気付かぬうちにある種の価値観を興味のない他者に押し付けることだって、あるだろう。それは真摯に反省しなくてはならない。

だが、仮に同じ内容であれ、興味ある他者からの言葉、他者に対しての言葉は、全く別の意味を孕み始める。


石田ゆり子さん「肉欲くん、どうしてターゲット1900を使わないの……?」

俺「amazonさん、ターゲット1900を100冊オナシャス!!


そういう話である。

興味ある方からの言葉は、その色を如何様にも変える。
Aさんからの言葉には、ローリングソバットで応えよう。
Bさんからの言葉には、愛ある言語で答えよう。

発しているのが同じ言葉であれ、その言葉の解釈は並べて受け手にしか委ねられない以上、これは当然の帰結なのである。そこにこそ内心の自由を論じる価値がある。

以上長々と論じた話の妥協点を見出すとすれば、相手との距離感というものを考えましょうね、あなたとしては愛のある『イジり』とか考えているのだとしても、相手からすればイジりでも何でもなくパワーハラスメント、ないしイジメ、として位置づけられているに相違ない、そういうのは歳若いうちに脱却しましょう、相手の視点に立った会話を心がけよう、都合が悪くなった時にだけ 『ノリじゃんw』『ギャグじゃんw』『テンションじゃんw』 などといった釈明は通じない、蓋しそれが大人という言葉の意味だよね、ということになるのでしょうが、別にこのブログはそういう話をする場所ではないし、皆様にしてもそういうのを求めているとは到底思えないし、さあ、ここからが本論です。ちなみに、遅くなりましたが、8月の肉欲企画は夏休みを頂いておりました。なので更新がなかったこともごく自然の話であり、多少告知が遅くなった感は否めませんが、宇宙の誕生から現在までの時間軸を鑑みればそんなものは極めて誤差の範囲といわなくてはならないため、あまり気にするなよな。

これまで付き合った彼女にほぼ100発100中で言われた言葉があるとすれば、それは間違いなく

『オナニーするところを見せて』

一択である。決してウソではない。

男性であればほとんどお察しである通り、いや女性でも同じことであると思うが、あんなものはハッキリ言って他人に見せるものではないし、つーかそれなら普通にセックスしようよ!?もちろん言った、あなた方のツッコミを待つまでもなく、僕も全く同じ(the same)言葉を吐いた。しかし現実は酷薄。

『え、でも(オナニーなんて)普通にしてるんでしょ?ならいいじゃん』

噛み合わない!分かり合えない!君を待つ日々は!足りない!切ない!鳴り!止ま!ない!

そら普通にしてるけども。何度も論じたようにオナニーは別腹、彼女がいようといないとも、ルーティンとして培われたオナニーは軽々に止めることはできないし、止める意味もないし、我々の利き手はこれまでもそしてこれからも我々の最大の理解者であり続けるだろう。僕と右手とは共に分かちがたく、共に離れがたく。

だ、けれども。当たり前のことではあるが、いつもしている=いつ誰にも見せて良い、という法にはならない。そういう方面に造脂の深い方(我々の業界ではご褒美です、な方)が存することは知っている。しかしそれは僕については当てはまらない。なぜならば――


オナニーというのはね

誰にも邪魔されず

自由で、なんというか、救われてなきゃダメなんだ

独りで、静かで、豊かで――



説いた。それはもう説きましたね。時々の彼女を口説くよりも熱心に言説いたのではないか、と思います。

自慰、という言葉を思い出して頂きたい。自らを慰める、という意味である。自らを慰める、これは極めて孤独で、かつ、後ろ暗い作業だ。通常であれば慰めてくれるべき主体は 『他者』 であって欲しいからである。その慰めてくれるべき他者がいない、であるがゆえ、自らで自らを慰める。それは精神的にも肉体的にも、かなり哀愁漂う行為とならざるを得ない。健康優良日本男児が自慰行為をひた隠しにする理由、それは偏に自らの行いに対しそこはかとないしどけなさを感じている所以ではないだろうか。オナニーをする、という行動自体は自然であり、その事実を外部に向かって表明するのは有りふれたことであるとしても、その光景までをもまざまざと見せつけたいとは、ほとんどの場合思わないものである。

まあ概ねそういうことを説いたわけだ。

『分かった分かったwじゃあ私はいない体で、いない体で、やってみよう!』

右フックやむなし、の案件である。いくら並ならない興味を有する相手であれ、こればかりは右フックの敢行も許されるべきであろう。なぜなら、言葉が通じてないのであるから。

いない体で!

バカか、と言いたい。ここにいるじゃねえか!一言で論破である。というかどうしてそこまでして男のオナニーを見たがるのか。お前は男のオナニーに親でも殺されたのだろうか。ウィンチェスターみてえなペニスしてたんだろうな。きっとな。


000000096.jpg

(参考 ウィンチェスターライフル)


『じゃあアタシもしてみなきゃダメ、ってこと?』

やめましょうよその無駄な等価交換制度。というか、シレっと『お互いするんならいいよね』みたいな、乱暴な論理飛躍ってマジお前らお得意だよな。そういう趣旨じゃねえから。河原で決闘、俺も殴るからお前も殴れ!みたいなノリじゃねえから。しねえから。へへ、やるな…お前もやるじゃねえか……とかやるくらいならするから。普通にセックスするから。か、感じているの!?う、うんすごくキてる!!とか迂遠なプレイするくらいなら事務的に勃起させて事務的に挿入させて下さい。お願いします。

そういった死線を掻い潜りながら、今のところ他人にオナニーを見せるというサバトに遭遇することは幸いないのですが、まあもちろん僕に起きた事例を一般化するつもりはないものの、それでも一定程度男性のオナニーを見たがる女性がいるのは確かなことで、その精神性に横たわるのは個人的な見立てによると

『恋人の全てを知りたい』

そんな独占欲である確率が高い。目的は純粋であるが、その手段が歪だ、という典型例である。見たがるな、そんなもの。後生だから。

そんな僕の言葉に一切説得性がないのは、かつて僕が恋人の排便シーンを覗こうとしたその行為形式が物語っているところでありますし、あるいは未だにその欲求は消え去らない部分も看過できないところですし、まあ排便のみならず放屁する光景であるとか脇毛の剃り残しであるとか、そういうある種の『人間臭さ』みたいなのは、積極的に見ていきたいと思うよね、やっぱり。興味がある方であれば、なおのこと。でも恋人のオナニーとかは全く見たいと思いませんし、普通に頭がどうにかしちまってんじゃあねーの、とは思ってしまいますが。誰も得しないのではありますまいか。興味ある人とか恋人などがオナニーするシーンを目撃した場合、即座に 『奥さん!!秋ナスです』 と叫んで割と普通に挿入するのが義務ではないかと思うのですが。季節はまさに秋さ。

だから要するに議論はそこに行き着くほかないわけで、もし誰かが誰かに興味があり、その興味生の発露として 『オナニーを見たい』 というテーゼに行き着くのだとしても、ではそれを率直に投げかけるのは是なのか?といえば、これはもう愚策の極みとしか言い様がなく、なぜならばそれは価値観の押し付けでしかないからである。見たい、だから見せろ。根拠はいつもお前がしているからだ。論理としては明確であれど、そこに愛はひとつもない。愛とは何か?それはひとえに『運命』を意味する。運命とは何か?それは偶発性の意である。偶発性とは?それは『たまたま見ちゃった☆』のことである。

先に僕は恋人の排便シーンを覗こうとした過日の自分の行為を懺悔した。しかしその行為態様と先述した『オナニー見せろ!』タイプの恋人との精神性とは、驚くほどその様相を異にする。なぜならば僕は恋人に対して『排便シーンを見せれ!』と強要したことは一度たりともないからだ。翻って恋人サイドはどうであったか。これはもう、言うまでもないことですよね。

僕はただ待った。彼女の『今日のその時』が訪れるのを、彼女の全てが『整う』その瞬間を、まんじりともせずただ、待った。そして訪れたのである。彼女は言った。「ちょっとトイレに……」、僕は察した。「大である」。だから僕はその機に乗じた。孤独に、静かに、豊かに。そして僕は何の文脈もなしにそのトイレのドアを、10円玉を駆使してこじ開けた。唖然とする彼女。にんまりと笑う俺。静謐なる時間。漂うスメル。2秒後、叫び散らす女。粛々と扉を閉める、比類なき俺!戦いがあった。それは恋という名の、戦いのワンダーランド。

これが価値ある対話だ!僕はそう主張したい。伝わりにくいかもしれないが、というかほとんど理解不能であるかもしれないが、少なくともいま僕が尽くせる限りの言説がこれなのだからもうどうしようもない。心で感じて欲しい。それが無理なら、そっとブラウザを閉じて欲しい。そしてこんな日記があったこと、それすら全て忘却の彼方へと葬り去って欲しい。

しかし本当に相手を知りたい場面にあって、価値観を発現したい局面にあって、理路整然とした説明や言動など本当に無価値だ。行動をし、その後に理解がついてくる、それで充分なのである。最初から理解して欲しいと願い、言葉を尽くして相手を篭絡しようとする行為など、ほとんどペテンなのだ。どれだけ純粋な動機から発露された言葉であれ、悲しいかな、そこには必ず傲慢さが付きまとうことだろう。

「あなたのオナニーが見たかったから、CCDカメラを設置しちゃった☆(テヘペロ」

いっそ許す!なぜならその行為の裏にはマジモノのパッションが見え隠れするからである。そのCCDを見つけられなかった俺には油断があったし、それを巧妙に隠した相手には匠の精神が宿っていた。それだけの話だ。

後はその映像を、動画を、思い出をつまみに、酒の5杯でも飲めばいい。
言葉が生まれるのはそこからの話で、いい。

「偶然のオナニーが見たかったから、押入れに隠れてたんだ☆12時間」

シャンパンを開けよう。欲しいのはその情念なのである。分かりにくくともすれば歪な愛情ではあるが、少なくとも俺は理解する。『いつもしているんでしょう?』などというファックな言葉よりも、1000倍は伝わりやすい肉体言語だ。

要するにそういうことなのである。何がそういうことなのかはよく分からないが、考えるより先に感じてしまう想いがあるのであれば、時にそれは言語化されるべき想いではない場合もある、という話だ。ドーンとぶつかっていけば良いのである。僕だってあの日友人から『速読英単語とかキモいんだよ!』とシャウトされながらターゲット1900を投げつけられたら、むしろ興味を持って読んだ可能性だってある。

まあ99%右フックアンサーだとは思うけれども。
どうでもいい輩からCCDカメラとか設置されたら音の速さで警察に駆け込みますけれども。

距離感って、大事ですよね。



posted by 肉欲さん at 03:16 | Comment(15) | TrackBack(0) | 日記 このエントリーを含むはてなブックマーク
この記事へのコメント
主張自体はよくわからなかったけれど、肉さんがスカトロフェチなのはわかりました。
スカトロプレイをしよう(提案)
Posted by at 2011年09月08日 03:30
快速英単語とターゲット両刀使いでした。
記事を3回は読み返しましたが私が言えるのはこれだけしかないです…
Posted by at 2011年09月08日 04:03
シス単サイコー!
Posted by hint at 2011年09月08日 07:46
肉たんのトイレ覗きの主張以外はよく分かります。
Posted by めぐ at 2011年09月08日 08:24
今までの恋人全員に同じお願いをしたことがありますが、一人たりとも快諾してくれる方はおられませんでした。
うち一人だけ、ペットの動きを出先でも確認出来るwebカメラ的な物で隠し撮りした経験があります。あの時は若かった。
Posted by at 2011年09月08日 18:36
「説得」は罪ではないですが、「説得で全て解決出来ると思っている」は罪ですね。
Posted by at 2011年09月08日 19:55
そういや肉さんて一つ記事書き上げるのにどれくらい時間かけるの?
テルミーベイべー。

【肉欲より】
一時間〜三時間くらいかな?
Posted by at 2011年09月08日 19:59
「右フックの法則」を着想した時の肉さんの顔が目に浮かぶw
Posted by at 2011年09月08日 22:10
速読英単語だろjk
Posted by   at 2011年09月08日 23:52
最近頭の文章の方が本当に言いたい事じゃないすか?

【肉欲より】
昔からそうだよ
Posted by at 2011年09月09日 02:01
まったく同意で、みんなが傲慢しなくなればいいのにと思いつつ、でもみんな肉欲さんみたいな行動派になると思うと寒気もしますね。

らいららいらい らいらいらい
Posted by at 2011年09月09日 23:49
肉さんて職業何?
Posted by at 2011年09月10日 12:36
遅漏の方とセックスが面倒な時ナニして見せてって言ったことがありますが、「はい!喜んでー」状態で見せていただけたことがあります。あれは、貴重な体験だったのか。。

Posted by at 2011年09月10日 16:02
いっそ許されるのかドン引きされるかで、リスクを取る勇気はない

そこを踏み越えるのが変態なのか
Posted by at 2011年09月13日 04:57
まさかの孤独のグルメネタ^^
Posted by at 2011年09月26日 12:47
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