肉欲企画。

twitterやってます。

2006年07月19日

【読み物】小瓶

pyrex53.jpg
(グロ表現注意)

鬱々と毎日を過ごしていた。

6畳一間の安アパートを根城にして、会社と家を往復するだけの365日。たまに安酒を飲み、アダルトビデオで性欲を発散させ、パチスロにそっくり給料をつぎ込む。増えたのは金融会社からの明細と中性脂肪で、減ったのは友人と頭髪。

人生は旅だ、なんて言ったやつがその昔にいたらしいが、ありゃウソだ。人生はルームランナー。埃っぽくてカビ臭い部屋にただ一つ置かれたルームランナー、オレはその上でガチャガチャと足を振ってるだけ。それで、疲れたな、もうやめようかな、そう思った時が、死ぬ時だ。多分。

それが26年生きた俺が出した、俺なりの結論。楽しいことなんて何もねえ。ただ生きるためだけに生きる。それが真理だ。産まれた意味は人生の消費。それを認められねえやつがすがるのが宗教で、それよりちょっと強いやつらは次に金すがりつく。それがこの世の中のからくりだ。

人生を目減りさせていくためだけに過ごしていく毎日は、まるっきりクソだった。

オレは鬱々と毎日を過ごしていた。

「冴えない顔をしてますね、あなた」

会社帰り、不意に脇から声を掛けられた。オレは声のした方に振り向く。そこには夕闇が広がるばかりで、オレの視界には何も入ってこなかった。首をかしげて家の方に一歩踏み出す。

「つまらないですか、人生が」

思わずひっ、と声を上げた。気付くと、目の前には黒いトレンチコートを来た中年の男が立っている。さっき声を掛けてきたのはこいつなのだろうか。それにしても、いつの間に、どうやってオレの目の前に……。

「つまらなければ、何も現実にこだわることはないでしょう」

男は再び喋りだす。やせぎすなその男の顔を見る。落ち窪んだ目、すっと通った鼻筋、後ろに撫で付けられた黒い髪、そして毒毒しいまでに赤い唇。整った顔をしている。けれど、係わり合いにはなりたくないタイプの顔だ。どこかで会ったことがあったかな、と取引先の人間や知人の顔を思い浮かべたが、そのどれとも一致しなかった。

「だからあなたの場合は……」

「お、おい。あんた、誰だよ」

オレの言葉に男は張り付いたような笑顔を浮かべた。にたあ、と笑うその笑顔は、表情を柔和にさせるどころかその男の不気味さを一層際立たせた。オレはようやくここでこの男がまともでないことに気付き、目を伏せて歩き出そうとした。

「夢をご覧になりなさい」

歩き出そうとしたオレの肩が、突然グッと掴まれた。ワイシャツ越しからでも伝わる男の冷たい掌の感触。ぞわっとした感覚が頭から足先に走り、全身に鳥肌が立った。

「あなたに足りないのは、夢です。何でも、自由に、思い通りになる夢。それがあれば、あなたの人生は、もっと彩り豊かなものになりましょう」

戸惑うオレの様子をよそに、男は相変わらず不気味な笑顔を浮かべたまま話を続けた。帰ろう、とは思うのだけれど、どうしたことかオレの足は前へと進もうとしない。ジジジジジ。どこかで蝉の叫ぶ声が聞こえた。

「これをお飲みになりなさい」

男はポケットから灰色の錠剤が入った小瓶を取り出し、オレの手に握りこませる。ひんやりと無機質な冷たさが手の中に納まった。

「これを飲めば、あなたの夢は楽しくなる。今よりも、ずっと。何よりも、もっと」

そう言って男はさらに口角を吊り上げた。口の端はほとんど鼻の真横にまで吊り上っていた――そのように見えたのは一瞬のことで、男の表情はすぐに真顔に戻った。

「また、お会いすることもありましょう。お代は、その時に。それでは、楽しい夢を」

男は、姿を現した時と同じように気まぐれに姿を消した。黒いコートが闇に紛れて見えなくなるまで、オレはその場から動けずに立ち尽くした。


【効用】
乏夢、貧夢、不自由夢の改善。
【用法・用量】
一日一錠、眠る前にご服用下さい。
【使用上の注意】
本薬には導眠、気付け、痛み止め等の効果はありません。
悪しからずご了承下さい。


オレは部屋に寝転びながら、瓶に貼られたラベルをぼんやりと眺めた。どうしてこんな物を受け取ってしまったのだろうか、そこのところは今だに思い出せない。オレは上半身だけを起こして、瓶のキャップを捻って外した。中を覗き見る。丸く空いた口から、灰色の錠剤がこちらを見つめ返していた。俺は鼻を近づけて、くんくんと匂いを嗅いだ。

「正露丸とかじゃないんだな」

誰もいない部屋で一人呟き、オレは自分の独り言に気付いてから自嘲気味に笑う。

(バカらしい。夢がどうしたってんだ……)

そういえば、と思った。ここ最近、いやもう何年も、オレは夢らしい夢を見ていない気がした。幼い頃はあれほどよく見た夢、けれども今ではただ寝て、そしてただ起きるだけの繰り返しである。とはいえ、それが別段どうということでもないのだけれど。

(それにしても……)

どうしてあの男はオレに話しかけたのだろうか。いや、あいつは元々気の触れた男だ。最初に出会ったやつなら誰でも良かった、概ねそんなところに違いない。しかし、それにしてもこの薬は何なのだろう。いたずらにしては手が込んでいる。

(もしかして、覚せい剤か?)

あり得ない話ではない。あの道は元々人通りが少ない。そこに目を付けて、危ないクスリのやり取りが行われたとしても、まあ不思議な話ではないだろう。ということは、これは非合法のドラッグなのだろうか?そうだとすれば、あの男が夢とか言ってたのも『トリップすること』だと解釈できないわけではない。

(ちょっと飲んでみようかな……)

覚せい剤、そんなものはドラマか小説の中にだけ存在するものだった。それ(と思しきもの)が、今オレの目の前にある。自分の中で好奇心が次第に膨れ上がっていくのを感じ、オレはもう一度瓶の蓋を開ける。キュイキュイ、と甲高い音が鳴り、灰色の錠剤が再び目に飛び込んできた。

(一錠って書いてたな)

瓶を斜めにし、小刻みに揺らしながら一粒だけ取り出す。ころん、と錠剤が掌に落ちてきた。オレはその錠剤をじっと見つめ、もう一度だけ鼻で匂いを嗅ぐと、思い切って口の中に放り込んだ。そのままガリガリと奥歯で噛み潰す。苦味や臭みなどは一切なく、ただただ錠剤の粉っぽさだけが口の中に広がった。

(……)

何も起こらなかった。沸き立つような高揚感が全身を包むわけでもなし、かといって死に至らしめるような激痛が体を走るわけでもなし。5分経っても10分経っても何らの変化は訪れなかった。

結局、キチガイの暇つぶしに付き合わされちまっただけか。オレは苦笑いしつつ冷蔵庫からビールを取り出すと、それをちびちびと啜った。しばらくするとぼんやりとした酔いが回ってきて、オレはそのまま万年床に倒れこんで、眠った。


気付くとオレは雑踏に立ちすくんでいた。そこはJR中野駅南口、毎朝出勤に利用している駅だ。いつの間にオレはこんなところに、と慌てて周囲を見渡す。そこには気忙しそうに行き交うサラリーマンやOL、また心底だるそうに歩いている高校生の姿があった。

習性で駅の改札に足を運びかけて、はたと気付く。おかしい、オレはこんな所まで歩いてきた記憶は、いやもっと言えば家を出た記憶も、起きた記憶すらない。なぜ、オレはこんなところにいるのだろうか。とりあえず時間を確認しようと、腕時計を確認しようとした。

持ち上げた左手にはあの小瓶が握られていた。いつの間に――というよりも、オレはそれを握っていることに気付いていなかった。どうも変だ。何かおかしい。混乱する頭を持て余しながら、オレは小瓶に目を落とした。

【夢】
ご自由にお過ごし下さい。

昨晩見た時には確かに存在しなかった記載が、そこにはあった。
不意に、あの男の言葉が思い出される。

『夢をご覧になりなさい』

『それでは楽しい夢を』

先ほどから感じていた違和感。見慣れた風景であるはずなのに、どこか希薄な感じがする景色。そう、これはまさに長く見ていなかった夢の感覚に通じるものがあった。もちろん、それよりはずっと現実的な風景ではあったが。

(じゃあ、これが夢なのかよ)

それはにわかに信じられない思いつきだった。夢の中で『これは夢だ』と気付く、そういう体験がこれまでなかったわけではないが、しかしこれほどハッキリと認識できるなどということがあるのだろうか。それに――

ドン!と強い衝撃が肩に走り、オレは思わずよろめいた。斜めに傾いた姿勢で顔だけ上げる。どうやら目の前を行くサラリーマンがオレの肩にぶつかったらしい。挨拶もなしにスタスタと歩き去って行く。

(この野郎……)

気付くとオレはその男の背中に向かって蹴りを入れていた。うぐっ、と無様なうめき声を上げてその場に倒れるリーマン。ざまあみろ、とオレは薄く笑った。

立ち上がったリーマンの顔を見て、オレの体から血の気が引いた。いや、ネクタイを締めていないこの男は、リーマンなどではない。並ならぬ強面、小脇に抱えたセカンドバッグ、そして金のネックレス。明らかに『本職』だった。逃げよう、そう思うのだけれど足がすくんで動けない。本職は鼻白んだ顔でオレに向かって近づいてくる。目が血走っている。口の端にツバが溜まっている。ヤク中なのかもしれない。よくてボコボコ、悪ければ莫大な額の慰謝料、そしてもっと悪ければ――

(く、来るな!失せろ!)

思わず心の中で叫んだ。そうすると、オレの姿が唐突に本職の視線から外れるのを感じた。本職の表情はまるでオレのことなど最初から認識していなかったようなものに変わり、そのまま首をかしげて踵を返すと元のように改札へ向かって歩き始めた。

そのまま本職は消えた。
そしてオレの疑惑は、確信に変わり始めた。

オレはそのまま走り出す。改札から逆に向かい、慣れた道に向かって。左手にオレンジの看板の携帯ショップを走りぬけ、飲み屋が連なるこじんまりとした商店街を駆ける。そのまま走って右に曲がり左に曲がり、オレは見慣れたボロボロのアパートに辿り着いた。オレの根城である。不思議なことに、あれだけ走ったのに息が一つも上がっていない。そのまま古びた階段をカンカンと音を立てながら上ると、オレはオレの部屋の前に立った。

息を呑んで、鍵穴に鍵を差し込む。ガチャリ、と鈍い音がして鍵が開いた。真鍮でできたドアノブを掴み、右に回してオレは思い切ってドアを引いた。

オレは、すうすうと寝息を立てて眠るオレの姿を見つけた。部屋の中に漂うカビ臭さ。オレの眠る傍らには、転がったビールの缶。その光景を見て、全身に鳥肌が立った。怖いのではない。歓喜の鳥肌である。

「夢だ!」

思わず叫んだ。

「夢だぞ!これ!すげえぞ!すげえだろう!」

オレは誰ともなしに叫び続けた。

初めての夢の世界で、オレは幾つかの実験をした。何ができて、何ができないのか。まずはそれを知らなければならなかった。

分かったことを挙げる。まず、オレの見る夢の世界は万能ではなかった。現実に経験・体験してないことは夢でも具現できない。例えば「空を飛びたい」と強く願ってみたが、それは叶わなかった。また、食べ物も強く念じれば目の前に出てくるのだけれど、外見しか知らないものは味がしなかった。オレは試しにキャビアを目の前に出してみたが、全く味がしなかった。

それを除けばこの世界は、現実の世界とそっくり同じ作りをしていた。ある程度の実験を済ませたオレは家の近所を歩いたり電車に乗ってみたりしたのだが、どこもかしこも普段オレが見る世界のままだった。そして――

ピリリリリリリ!

「……ん……う」

激しい機械音で目を覚ました。
電話――電話が、鳴っている。オレは寝ぼけた頭をしながらもそもそと携帯を探ると、ボタンを押して耳に当てた。

「……はい」
「バカヤロウ!てめえ何時だと思ってやがる!」

けたたましい怒鳴り声がスピーカーから鳴り響き、オレは一片に眠気が飛んだ。声の主は、会社の上司だ。

「え、いや、は?」
「は、じゃねえんだよこのバカ!もう昼だぞ!何やってやがるんだこの給料ドロボーが!!」

オレの部屋には時計がない。慌ててテレビを点けた。タモリが笑っていた。

「す、すいません!すぐに出社しますんで!」
「出社しますんで、じゃねえよウスノロ!仕事なめてんじゃねえぞバカヤロウが!」

上司の叫び声とともに電話は切れた。耳がキンキンしている。
呆然としながら、オレは携帯の時計を見た。0:12……確かに、昼だ。それにしても一度も起きずにこんなに眠り込むなんて。どちらかといえば、オレは眠りの浅い方なのだ。訝しがりながらも大急ぎで身支度を整え、ようやく中央線の手すりに掴まった頃、オレはゆっくりと考えた。

おそらくオレの寝坊の理由は一つ、『夢』のせいだろう。あの薬のせいで普段よりも長く眠ってしまった……そう考えるのが妥当なところだ。

(それにしても……)

不思議な夢だった。現実にあんな薬が存在するだなんて、信じがたい気持ちだった。何でもオレの自由になる夢、オレの世界。思い出しただけで、心が躍る。中央線の中で高らかに笑いたい気持ちを堪えつつ、オレは早く夜がこないかな、と一人考えていた。

「まったくお前はいつまで学生気分なんだ?ああ?」

クソのような現実の世界は、恐ろしく長い。出社した直後から上司に呼び出され、今もなお説教が続いている。

「まったく、いいご身分ですねえ?昼まで眠れるだなんて。あやかりたいもんですなあ」

棒状に丸めた週刊誌を手の上でポンポンと叩きながら、上司はネチネチと嫌味を続ける。こいつの説教はいつだって長い。オレの寝坊は仕事のロスだ、本気でそう思うのならば説教などせずにさっさと仕事をやらせるべきだと思う。オレは思わずオフィスの壁掛け時計に目をやった。

「おい、貴様!どこ見てやがんだこら!」

怒鳴り声と共に丸めた週刊誌で横っ面をはたかれた。鋭い痛みと衝撃、頬か熱を持つ。思わず恨めしそうに上司を睨みつけた。

「お?なんだこの能無し、何か文句でもあるってのか?あ?」

「……なんでもないです」

「遅刻したくせに、反抗的な目つきしてんじゃねえよ!」

再び叩かれた。二度、三度。
オレは、この男を殺すことに決めた。

その夜。目が眩みそうなほどの残業を何とか片付けたオレは、わき目もふらず家に帰った。
乱雑に靴を脱いで家に上がったオレは、着替えもそこそこにあの小瓶を手にする。カラカラと音を立て、灰色の錠剤が一粒オレの手の中に転がった。それを昨日と同じように噛み砕き、オレは寝床に着いた。

(眩しい――)

白い光を瞼に感じ、オレは目を開けた。そこは見慣れた場所、見慣れた一室。オレは、会社のオフィスにいた。夜だった。壁掛け時計を見る。短い針は、2と3の間を指していた。顔を上げて横を見る、上司の席には上司が座っていた。

何も持たないオレは立ち上がる。がたん、と割かし大きな音を立てたが、上司はこちらを見ようとしない。オレは強く念じる。なるべく具体的に、なるべく鮮明に。

そしてオレはバットを手にしていた。鈍い輝きを発する、金属バット。オレはにんまりと笑うと、上司の席に近づく。

「すいません…」

びくっ、と上司の肩が震えた。おずおずと顔を上げ、視線の先にオレを捉えると怯えた表情は侮蔑的な色に変わった。

「なんだ、貴様まだ残ってたのか。さっさと帰れ。あんまり残業されるとな、こっちの管理能力が問われる」

言葉を全部言い終わらせる前に、オレは上司の頭にバットを突きつけた。

「な……きさ……」

突然のオレの奇行に上司はよほど驚いたのか、屋台の金魚のように口をパクパクとさせている。オレは黙ってニヤニヤと笑っていた。

「き、貴様!何のつもりだ!」

「うるせえよ」

オレは上司の椅子を蹴飛ばした。上司は椅子から転げ落ち、床に倒れこむ。オレは上司に近づくと、地べたに這い蹲る上司の頭にもう一度金属バットを突きつけた。

「すいませんねえ、給料ドロボーで」

「な、なにを……」

「すいませんねえ、役立たずで」

オレは口の端に笑みを浮かべたまま、言葉を続ける。

「すいませんねえ、学生気分で」

「いや、だからそれは……」

上司はブルブルと震えながら、何か言葉を呟いている。
オレには何も聞こえない。

「すいませんねえ、能無しで」

そこでオレは金属バットを振り上げた。

「上司として、能無しに脳を見せてくれないですかねえ」

オレは上司の脳目掛けて、力一杯バットを振り下ろした。
ぐしゃり、卵がつぶれるような感覚が手に伝わる。オレは一層大きく笑いながらもう一度、そして何度も、上司の頭目掛けてバットを振るった。

ぐしゃり。ぐしゃり。

夢の世界が、自分の人生が、とても愉快でたまらなかった。

カランカラン。しばらくしてオレはバットを投げ捨てた。
火を通す前のハンバーグのようになった上司の頭を眺めながら、オレは心の底から笑い声を上げた。


もちろんこれは夢の話だ。次の日、今度はきちんと朝起きて会社に向かうと、上司はいつものようにいつもの席で、いつもの顔で座っていた。その表情が、昨日見た挽肉の映像に重なる。オレは喉の奥で笑いを堪えながら、仕事に没頭した。

夢の世界では、オレは神になれた。気に入らない出来事は、気に入らないヤツは、夢の世界で全て修正してやった。ロッカールームでオレの悪口を言っていた同僚のOLは夢の中でめちゃくちゃに犯して、縄で縛って海に捨てた。なんでもするから許して、とぐちゃぐちゃになった泣き顔でオレに懇願する声は、今も耳に残って離れない。オレは満足そうに笑いながら海に突き落とした。消費者金融で借金してパチスロをするような奴はクズ以下だ、そんなことを吐き捨てたテレビ番組のコメンテーター。オレはそいつの手足をベッドにくくりつけると、体中に何度も何度も煮えた油をかぶせてやった。オレは満足して笑いながら、ジュウジュウと焼け焦げる肉の音に聴覚を委ねた。オレの自転車を釘でパンクさせ、サドルを盗んで行った近所のガキども。レンタカーの後ろに縄で縛り付けて、町中を引きずり回してやった。泣き叫ぶ母親の顔を見ながら、オレはクスクス笑った。夜中にオレを職務質問して、ふざけた態度で調書を作りやがった警官。オレはそいつの両手足を撃ち抜いて、自由を奪ってから注射器で体に食器洗い洗剤を打ち込んでやった。じたばたとのたうち回って死んでいく様を見下ろしながら、オレは声を上げて笑った。

そして―――

「もう、あと一錠か……」

ほとんど空になった小瓶を眺めながら、オレは呟いた。楽しい夢の時間は、終わろうとしている。けれどオレにはこの夢を終わらせない『勝算』があった。オレは最後の一粒を飲み込むと、深い眠りに落ちた。

――ジジジジジ。
どこからか、セミの鳴き声が聞こえる。
あの日の、あの場所―――オレは、あの男に小瓶を貰った道に立っていた。
夕闇があたりを包んでいる。オレはにんまりと笑った。

「おや、楽しそうで何よりだ」

あの時と同じだ。オレは後ろから不意に声を掛けられた。黙って振り向いた。そこに男の姿はなく……。

「どうも、お久しぶりです」

目の前に、男はいた。経験していたこととはいえ、オレは思わず驚きに肩を震わせる。

「夢を、お楽しみいただけたようで」

黒いコート。落ち窪んだ目。バカみたいに赤い唇。間違いない、あの男だ。顔には相変わらず張り付いたような笑顔が浮かんでいた。

「あ、ああ。どうもありがとう。お陰でクソみたいな人生も、少しは楽しくなったよ」

「そうですか、そうですか」

そう言って男は、口角を鼻のほとんど真横にまで吊り上げて笑った。その表情は完全に狂気に満ちていた。

「では、お代を頂戴して……」

「あ、その前に。これ、もう一瓶もらえるかな?」

それを告げると、男は待ってましたとばかりに頷いた。

「結構ですとも。幾らでも差し上げますよ。ただ――」

「……ただ?」

「今回は、先にお代を」

男はギョロリとした目でオレの顔を覗き込んだ。

「ああ。そうなんだ。幾らなの?」

「いいえ、いいえ。お金は結構でございます」

そう言うと男は道の端に移動し、壁に背中を預けて立った。

「ただ、拝見させていただければ」

「拝見……?」

ドン!と強い衝撃が背中に走り、オレはその場に倒れこんだ。
何だ、一体何が起きた。
混乱する意識の中で、オレは顔を上げた。

そこにはあの日――JR中野駅の前でオレが背中に蹴りを入れたヤクザが俺を見下ろしていた。ヤクザはしかし、そのまま立ち去った。

オレはある違和感に気付いた。これまで見た夢、その中でオレは一度として疲れたり、汗をかいたり、暑いとか寒いとか感じたり……痛みを感じたりは、しなかった。けれど今蹴られたその背中は、じんじんと痛い。

「おい、これはどういう」

「お代、でございますよ。あなた様の見た夢を私に見せて下さる、それが私へのお代でございます」

オレの、見た夢……。
オレが……。

オレは慌てて起きようとした。目よ覚めろ、そう念じることで夢の世界から離れられる、起きることができる。そのはずだった。

「おや、注意書きはお読みではない?」

男が口を開いた。男はポケットから小瓶を取り出すとラベルをしげしげと眺めて、わざとらしい声で、読み上げた。

「注意――『本薬には導眠、気付け、痛み止め等の効果はありません。悪しからずご了承下さい』とこう、書いてあるじゃありませんか。こんな時だけ起きようったって、それは都合がよろしいというものだ」

男はそれだけ言ってポケットに小瓶をしまうと、それきり押し黙った。
オレはその場から少しでも離れようと慌てて立ち上がり、男とは逆の方向に振り返った。

視線の先、数十メートル向こう。
バットを引きずりながら歩いてくる上司の姿が、そこにはあった。
posted by 肉欲さん at 19:17 | Comment(39) | TrackBack(1) | ホラー このエントリーを含むはてなブックマーク
この記事へのコメント
おーっほっほっほ
Posted by at 2006年07月19日 19:28
笑うせぇるすまんがモデル?
Posted by at 2006年07月19日 19:34
はじめまして、kevinさんのところから来ました。

世にも奇妙な世界にひきこまれてしまいました。やはり小瓶を渡した男のモデルは喪黒さんですか?
Posted by グレエ at 2006年07月19日 19:36
こーーわーーー。
これはこわい。
Posted by ストロボ at 2006年07月19日 19:41
全然意識せずに書いてましたけど、そう思って読み返してみるとこれ、まんま笑うセールスマンな人物像ですね。無意識に意識してたのかな。一応、思い浮かべたモデルは喪黒ではありません。
Posted by 肉欲棒太郎 at 2006年07月19日 19:51
ショートショートもかけるんですね。。。
やっぱり小説家になってください。
Posted by at 2006年07月19日 20:17
才能あるね
Posted by kk at 2006年07月19日 20:23
いつもいつも見事です。

でもバットの後は××・・・?
気持ち悪ィ・・・。
Posted by 我ワス at 2006年07月19日 20:32
バットの後は同僚のOLに犯されるのか?
Posted by at 2006年07月19日 20:41
これってSEXする夢ばっか見てたら
同じ分だけSEXできるってことじゃね?



夢みたいじゃね?
Posted by at 2006年07月19日 20:46
上?iから?o?b?g?U撃くらった後は?c?n?kに?tレ?C?v?c?I?I?I?P?P?P?I?H
そんな事よりしゃぶれよ
Posted by ?Tみまさお at 2006年07月19日 20:53
いやはや、ブログなんて所詮はチラシの裏で管理人のオナニーだとばかり思っていたので面食らってしまいました。
オチは読めましたけど、なかなか好奇心溢れる文章でしたよ。
Posted by at 2006年07月19日 21:16
これ怖いですねー><
このあとは主人公はアナルファックですか?^^
Posted by 地味女子大生 at 2006年07月19日 21:51
好きな子or可愛い子を縛り上げて強気に攻める自分×錠数
好きな子or可愛い子に縛り上げられて強気に攻められる自分×錠数
さ、最高やん…(*´д`*)ハァハァ
Posted by ビックフット at 2006年07月19日 22:44
おまえらwwwww
怖かったって書こうと思ったのにほとんどがセックスの話題かよwwwww死ね!wwww

肉タソ、怖かったよ( ´・ω・)
Posted by at 2006年07月19日 22:57
良いっすね。好きっすよ、肉さんのこういう話。

黒いトレンチの男は、脳内キャストをNHKの実写版シャーロック・ホームズ演じてた俳優さんにして読んでました。
ホントのモデルは誰ですか?
(…て、無粋な質問ですね)
Posted by ひぽ at 2006年07月19日 23:05
この文章読んでいて星新一サンのS・Sを思い出してしまいました(^^)
才能みなぎってますね。もったいない('A`,,)
Posted by KEN at 2006年07月19日 23:31

新風社で本出しなYO!(°∀°*)

そしたら買うYO!(°∀°*)
Posted by まに at 2006年07月19日 23:43
星新一さんのショーt(ry
雑記の方も更新してほしいんだぜ?だぜ?
Posted by サボテン at 2006年07月19日 23:48
死姦の上にアナルファックですか(><;)
Posted by (><;) at 2006年07月19日 23:48
普通に考えて、殴り殺した上司に殴り殺されるということなら、犯した女性に犯される、つまりセックソ。


何この幸せ錠剤
Posted by S at 2006年07月20日 00:41

(・∀・)セックル!! セックル!!



Posted by さかな at 2006年07月20日 01:02
引き込まれるモノがこの文章にはありました。
Posted by NANA氏 at 2006年07月20日 01:09
幽体離脱スレも参考に?
Posted by ヒトシ at 2006年07月20日 09:32
どっかの人が作ったデスノート再終話コラ漫画に似てますね
Posted by さかな at 2006年07月20日 14:49
最近何気にホラーも書いてますよね。
でも結局はアナルf(略
楽怖かったです
Posted by さいとう at 2006年07月20日 16:59
あ〜、おもろかったです。個人的にはドラ〇もんをツカッタ話より、こっちの方が好きです。
Posted by M2 at 2006年07月20日 17:39
あっ!!

おんなじハンネの香具師がデスノがなんちゃらとか言ってる(´・_ゝ・`)

おれはデスノ見たことね(*´σ-`)ホジホジ

Posted by さかな at 2006年07月21日 00:15
Y氏の隣人を思い出した

ダークなショートショート結構好き
Posted by 茶坊主 at 2006年07月21日 02:20
俺もY氏の隣人のザビエールがイメージとして…

おもすれー
Posted by すりおろす at 2006年07月21日 03:00
初めまして!!肉さんに憧れてブログ始めました!!しかしすごいですね…(>_<)さすが肉欲クオリティ!!自分もY氏の隣人のザビエールを思い浮かべました!!
Posted by たくや at 2006年07月21日 11:12
これはこわい
とても楽しませていただきました。
本出したら買いますよ、絶対。

いつものバカ溢れる文章とのギャップに惚れます><
Posted by   at 2006年07月21日 11:14
「夢をご覧になりなさい」「これをお飲みになりなさい」は誤り。「ご覧なさい」「召し上がりなさい(またはお飲みなさい)」が正しい日本語です。
せっかくこれだけの文章能力がおありなので、ご参考になさっていただきたく。
Posted by at 2006年08月10日 09:19
>>9:19
読者は正しい日本語を求めません。
ただその文章が魅力的かどうか、だけが全てなのです。
1つだけ言えるのは、肉タソの書く文章はどれも魅力的なのです。
Posted by rtyuiop at 2006年08月11日 05:01
あの最終話デスノコラと同じじゃん。
Posted by まり at 2006年08月18日 14:13
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Posted by cingular ringtone at 2006年09月16日 22:43
Posted by generic cialis at 2006年09月26日 02:59
たしかにY氏の隣人思い出した。
肉さん絵を書いてみては??
Posted by at 2007年06月26日 19:49
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