肉欲企画。

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2011年06月14日

聞こえ良い言葉で女性の心を癒すゲス、ちっとも優しいことを言わない紳士

5月下旬、mixiのメッセージにて以下のようなタレコミがあった。

・・・

(前略)

DVD「乱暴と待機」、ご覧になりましたでしょうか?
私、拝聴いたしまして、かなりNTR要素が股間を刺激する感を得ましたものですから肉欲先生にも一度ご覧になっていただけたら、と思いメッセージをお送り致しました。

【肉欲注:NTR=自らのパートナーを他人に奪われることについて並ならぬ性的興奮を覚えてしまう方、あるいはそういった感情の抽象的・包括的総称】

・・・


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僕自身もNTRという病を患って久しく、故に、上述したようなタレコミをまさかスルーできるはずもない。早速近所のゲオに向かうと「一泊でお願いします」と血気盛んに大宣言、そのまま3日が経過し、延滞料金840円を徴収され、結果として一度もそのDVDを観ることなくいたずらに1000円もの大金を費消する阿鼻叫喚の無間地獄へと叩き落とされたのであった!僕は一体何がしたかったのでしょうね。

 
ということで先般リベンジを果たすべく、血の涙を流しながら二度目のレンタル。ついに当該『乱暴と待機』を視聴するに至った次第。ここで先ず着目すべきは、果たして僕のNTR欲は満たされたのか?やはりその一点になろう。

しかしながら、それを論ずるにあたっては様々な問題が山積していると言わなくてはならない。専門家の方は既にお察しの通り、NTRとはその病巣が未だにどこにあるのか判明しておらず、様々な論客の存在により百家争鳴の状態にあるからだ。通説はどこにもなく、判例法理も確立していない。特効薬も精製の日の目を見ないし、そもそもその性癖が生来的なものなのか獲得的なものなのか、その区分すら曖昧模糊としているのが実情だ。正解は、どこに。被虐性の素因から論ずることも可能だし、嗜虐心の面から説示することもまた、可能といえる。

よって、個人的暫定的な意見からすれば『100人いれば100人のNTR観がある』、このように結論づけざるを得ない。学問的立場からすれば甚だ不誠実な帰結である。一般化、通説化できない論議に意味性など乏しいからだ。その点からすれば『そもそもNTRなどという概念は虚妄、虚仮であり、一種の現代病と捉えるべきで、新規性のある概念として軸を持たせることは好ましくない』かかる見解もあり得よう。

それでもNTR的興奮はある、古来より存在し続けている、と僕は信じたい。もちろんこれは論理など度外視した個人的感情だ。あたかも子供のように「あるからあるんだ!」と叫んでいる、その光景となんら相違はない。今はただ己の不明を恥じるばかりだ。いつかはその感情の根源に横たわるものをつまびらかにしたいものである。

そのような三味線に終始しては日記が進まないので、取り急ぎ現時点での僕の、僕による、僕だけのためのNTR観、そいつを以下に記したい。過日mixiのつぶやきにおいて、酔った頭のまま殴り書きにした文章ではあるが、それほど僕の真意とは異同のないため、ここに引用する。


(引用ここから)

NTR的快楽を覚える因果回路について永いこと考えてはいるけどこれといった仮説に到達しない。

1ナルシシズムの極地
2マゾヒズムの極地
3倒錯的性愛

そのいずれか、個人的には1ではないかと思案しつつも、説得性のある論理を構築できずにいる。皆様はどう思いますか。

まあお前らの意見など聞く気は一切ないのではあるが、それはそれとして、やはり我々はついぞ「NTRにたまらない劣情を覚える人ってエムっぽいよね」などという安易な結論を導きがちである。だが、果たしてそれでいいのであろうか。

なぜとなれば、そもそもマゾという概念それそのものが曖昧な概念であるところ、単純に

「虐げられた→嬉しい→ヘブン状態!」

という因果経路を以て、なるほどあなたはマゾなのね……という結論に至ること、これは非常に乱暴な帰結といわざるを得ないからである。

それというのも、前提としてNTRが成り立つ状況というのは

『誰かと誰かが特別な人的関係を構築している』

そのような条件がマストだ。寝取られるというのは、やはりそういうことである。

であるならば、仮にその恋人の一方が (真実の概念がどのように定義されるかはさておき) 、被虐的な側面を有するNTRが好きという一点ばかりを着目され、一般的認識における"エム"であると揶揄されるのであるとしても、そのエム性は、最終的に "恋人" に対して "報われる" 形で発露される必然性が生ずる、と僕は推察する。(*)

これが抽象的捨象的なエム性であれば、事情は異なる。

何がしかの結論が成就しないのであっても、否、むしろ成就しないからこそ(リターンがないからこそ)たまらない劣情を覚える、そんな輩もいることだろう。

要するにそれは片思いの状態、を想定して頂ければ分かり良いかもしれない。
振り向いてくれなかった、だがそれがいい、と。そのようなエム性、それはどこかに確かにあるのかもしれない。

それを以て「マゾヒズムだよね」という指摘、これは確かに正しい向きもあろう。

しかしながらNTR、これはやはり異なる。
従前から恋人関係を構築していた人と人、それがいずれか一方の恣意によって信頼関係を破壊する状況。そしてそこにフルボッキ(フル洪水)する……。

前者と後者、そのシーンは区別する必要があろう。

両者の間に横たわる厳然たる区分は何か。

前者(片思い)にあるのが一方的な盲信、妄念あの子はこういう子に違いない!といった趣旨のそれ)であると仮定すると、後者にあるのは、『それまでに培ってきた信頼関係』、まさにそれではなかろうか。

あの子はこんなことをするはずがない!

概念的に両者は近しいともいえるが、やはり絶望的に異なると思える。

ここからは根拠のない断言となるが、一方的な妄念が 『破壊されるとき』 に覚える快楽、それはまさしくマゾヒズムに近いと言える。正しいかどうかはさておき、僕自身はそれこそがマゾ的であると考える。

だが、信頼関係が破壊されたときに覚える、否、覚えさせられてしまう快楽、それは

「まさか自分を裏切るとは思ってもいなかった、というか、この俺を裏切るなんてそんなことがあり得てなるものか。しかし現実には目の前でアヘ顔ダブルピース。ち、畜生!(シュッシュ」

という、究極的にはあまりにも歪な自己愛にいきつくのではないか、そのように思うのだ。(*)

なぜとなれば、その瞬間、NTRれた側は、走馬灯もかくやの勢いで様々な状況を想定するはずだからである。そこにあるのは彼ないし彼女に対する心配などではない。ひたすらに

どのような弁解をするのだろう。そして、どのようにして当方に詫びるのだろう

その思いのみだ。

これは在りし日の学級会の状況に近しい。自らが【絶対的な正義】と確信できるからこそ100%の糾弾ができる、あのシチュエーション。

センセー!モチヅキくんが安河内くんをいじめてました!

待ち受ける未来は1000%の勝訴それだけだ。

「お前、俺と付きあっておきながら浮気などと、ええ度胸やないか……」

そのような勝利素因を持ちつつ、かつ、少なからず自らが好きな女性が客観的にアヘ顔ダブルピースしているのである。これはもう一粒で二度美味しい。シュッシュをしない方が異端と言わなくてはならない。このやろう俺のカキタレ(芸人用語でセックスフレンド的な何か)を思うように抱きやがって!そういった憤りを覚えながら、いやでもお前そんな顔もすんねんなあ……という感慨、これは非常に複雑かつ滋味溢れる性的快楽、性的興奮を覚えるはずであるし、そこにあってエスだのエムだの、非常に次元の低い話ではないか。

結論からいえば、このような状況に際して覚える性愛というものは、ひたすらに

はぁ?テメー俺のこと好きだったんじゃねえの舐めてるの死ぬの?

相手側の気持ちを斟酌する気ゼロパー、そんな独善性でしかない。そこにあるのはただただ歪な自己愛のみである。

(*)これは個人的な尺度である。正しいかどうかは関係ない。そうではない立場の方もいよう。かかる状況にあって、最終的に恋人の側から『でもあなたのことが一番なのよ』、その言語にこそ終局的な意味を見出す方がいるのであるとすれば、それはまさしく上述した通り、あなたのエム性が『最終的に "恋人" に対して "報われる" 形で発露され』た格好であろう。そういう方に対してエムである、との指摘は成り立つ。

(引用ここまで)


勢いのみで文章をしたためるとこうなる、という好例である。が、論理より何より、皆様におかれましては僕のパッションみたいなものが伝われば、それで良い。

要するに今時点でのマイNTR観、その大半は『信頼』と『自己愛』とに担保されている。であるがため、NTRモノであればどのような作品でも興奮する……とはならない。ある種のツボは押さえられて然るべきだ。

その意味で言えば、今回取りあげた『乱暴と待機』は個人的なNTRのツボには嵌らなかった。推挙して下さった方には申し訳ないし、両者の価値観のどちらが正しいという話でもない。再三となるが、NTRというラビリンスは未だ我々人類には広大に過ぎるのである。あなたの目指すそのゴールは、同時に誰かのスタートでしかなかったりする。

ただ、かかるNTR的歓びは見出せなかったとて、この作品が面白くなかったという話ではない。ほとんどお察しの通り、ある作品においてNTR的素因が介在するということは(たとえそれが僕を満足させられる種類のものでなかったのだとしても)、必然的に愛憎入り乱れたシナリオとなることが専らだ。そして普段から『人間に潜むコク』みたいなものを愚求している僕にあって、そういった愛憎的シーン、これはフィクションたりとも見逃すことは難しい。

まだ観ていない方にとって、視聴意欲の失せるような記述は避けたいため、ここからはなるべくざっくりと書きたい。

(と言いながら書き終えて読み返すと壮絶なまでにネタバレしてます。これからご視聴される予定の方は読まないで下さい)

作中では山田孝之扮する既婚者が、妻の同級生である女性(美波)を口説き、以てただれた関係に至る……という筋が描かれているのであるが、当該山田氏の用いたメソッドがあまりにもゲス、かつ世間においてしばしば見受けられる手法(だけど本人としては賢い俺!スマートな俺!としてやっている手法)であったため、ものすごい爆笑してしまったのだ。


【初めて美波と対面した山田氏、両者が会話するシーン 大意】

山「どうしてスウェットなんて着ているの?」

美「だって(あまり派手な格好でもして)勘違いさせたら申し訳ないじゃないですか。そうなったら責任とらなきゃいけないし……」

山「え、じゃあ(スウェットでも)勘違いしたら責任とってくれる、ってこと?

美「え、いやっ、えぇ〜……」


【美波の居宅で美波と二人きりになった山田氏、そこはかとなく関係を迫るシーン 大意】

山「この前は(勝手に自分のことを好きであると勘違いしてキスなんてしちゃって)ごめん」

美「いや、それはでも、あの、あまりにも急だったから……」

山「じゃあ、急じゃなかったらいいんでしょ?

美「そ!でも、そんな……!」

山「ねえ、この前は勘違いさせたら責任とる、って言ってたよね。だったら責任とらなきゃいけないんじゃないの……?」

美「あ、あ、アハーン

セクローーーーーース!!


ご理解頂けたと思うのですが、これがペテン師のやり口です。山田氏のやり口を僕なりの言葉で体系化すると、次のようになります。

@ 相手から何がしかの言葉を引き出す
(ex ○○はちょっと……)

A 引き出した言葉、概念を除外した意見を提示する
(ex じゃあ○○以外はいい、ってこと?)

B それでも相手が否定した場合、かつての発言との矛盾点をつく
(ex でもこの前、△△もアリ、って言ってたよね?)

C まほうのことばで
(ex ポポポポーン)

いや、まあ、確かにメソッドとしては雑ですよ。これがディベートの俎上に載せられれば論客達の手によってフルボッコとされること請け合い。しかしながらラブ・シーンは別段ディベートではあり得ないし、僕たちは何も田嶋陽子先生とインザベッドしようとしているワケでもない。場当たり的な正しさ、それさえ担保されればペテン界では充分に及第点なのである。

相手に言い訳を与えてあげる

ゲス・ワールドにおいて最マストとされる概念がこれである。終電がなくなるまで引き止められたから!酔ってて記憶をなくしてしまったから!得てして悪者とされがちなヤリー・チンポッタ―・賢者の石の皆さんではあるが、それは取りも直さず、相手に対して言い訳を与えるのが上手な人物でもある。作中の山田氏についても、そのような腐れメソッドが随所において散見された。


【ただれた関係が続いて後、美波から「やっぱり良くない」と申し向けられた山田氏 大意】

美「やっぱりダメですよ……あずさちゃん(山田氏の奥さん)のこと考えると……」

山「もうその辺はさあ、積極的に麻痺していこうよ


積極的に麻痺。かつてこれ以上美しい日本語の存在を俺は知らない。説得力など皆無であるはずなのに、何故か得も言われぬパワーを持つこの言の葉よ。そして山田氏、続けて曰く

山「やっぱブラしてない。ひょっとして待ってた?」

アートである。芸術的なまでの予定調和。要するに一方的な片思い関係にあって「積極的に麻痺しようぜ!」これはただの性犯罪者となるところ、一種 "分かってる" 間柄における 「積極的に麻痺しようぜ!」、これもやはり相手に与える言い訳の端緒なのだ。少なくとも僕はそのように解釈した。じゃなきゃしてるでしょ、ブラジャー。スウェットで乳首ガンガンに擦らせながら「こんなの良くないです……」とかお前、それが通れば世の中はもう少し美しくなっていると思うよ。

しかしながら、フィクションにおいてもノンフィクションにおいても、悪が栄えるなんてことは少ないわけで、本作においても二人がただれた関係にあった!その事実は露見してしまう。具体的には上述した「積極的に麻痺しようぜ!」→「おやおや、ブラがないぞよ^^」→「アハーン」、かかる様式美の最中に小池栄子扮するあずさちゃん(妻)が乗り込んでくるわけです。

そしてここからの山田氏の言が凄かった。僕は感銘を受けたよ。


【明らかにペッティング中の状況に乗り込まれて 大意】

あ「分かるよ やってたんでしょ セックスしてたんでしょ」

山「いや……」

あ「セックスしてたんでしょうが」

山「まあ……セックスといえばセックスの部類に入るのかもしんないけどさ

あ「セックスじゃん」

山「だからお前の思ってるようなセックスとは違うんだって

あ「セックスじゃん。なにその格好。横着しちゃってさ。あたしがいないうちにササッとヤッちゃおうと思ってた?」

山「そらあお前……」

あ「それをまずはセックスっていうんじゃないの!?」

山「まあ、セックスだけどさ


見て下さい。ペテン師の末路がこれです。本物のロジックの前には決して太刀打ちできない、断固たる決意を持つ者を前に屁理屈など何の意味も持たない。もしこれを読んでいる青少年の方がいらっしゃれば、努めて心の奥に秘めておいて欲しいものです。返す返すも悪の栄えたためしはないのですから。僕との約束だよ。そしてこのやり取りを読んで胸が痛くなった皆さん。もう後戻りはできないと思うのでどうかそのままでいてください。健全なる青少年にあっては反面教師の存在も時に必要なのですから……。

そして小池栄子は吠えます。


騙すんならちゃんと騙せよ!雑なことやってんじゃないよ!!


たまらない。金言。ホンマ、姐さんの言う通りやで……。

そのような流れの中、物語は収束へと向かっていきます。結末がどのようなものとなるかは実際に確認されたい。ただ、浅野忠信演じる男性(山田氏とは違い不器用で無骨で歪んでいる方)が、これもまた最後に、たまらない御言葉を残すわけで。


「本当のことなんか言っても、何も生まれないだろ」


どういう文脈で使われるかによって全く捉えられ方が変わってくる台詞ではありますが、少なくとも作品における文脈においては、生暖かくそこはかとなく優しく、そして意味のある言葉でした。当該文脈がどういうものであったか、それもまた実際に確認されたいところです。

ということで、おそらくこの作品の核心を何ら評価していない、ただただ山田氏のゲスさばかりにフィーチャーした日記でした。いやーすげえ笑った。またしばらく時間をおいてから観てみようと思います。ジャッ!


posted by 肉欲さん at 21:41 | Comment(12) | TrackBack(0) | 日記 このエントリーを含むはてなブックマーク
この記事へのコメント
「毛皮を着たヴィーナス」読もうぜ。
マゾとNTRはここからだよ。

個人的には肉欲のNTR観は割と正しいように思うけど。その辺も整理できるんじゃね?
Posted by at 2011年06月14日 22:06
女のntrか
Posted by at 2011年06月14日 23:07
あまりのゲスっぷりに笑っちゃいました。

NTR界は広いんですね。僕の思っていたNTRって奴は、
@自分の(性的、もしくは人間的)能力にコンプレックスがある
Aヤリティン大統領に奪われる
Bどうせ俺なんかよりアイツの方がいいんだろ(ムクリ
Cワァオ!
ってな流れだと思ってました。
Posted by at 2011年06月14日 23:30
米欄の1がいいことを言った。
『毛皮を着たヴィーナス』はマゾヒズムを考える上でガチおすすめ。

マゾと見せかけての自己愛、サドと見せかけてのマゾはよくある定型な気がする。
Posted by at 2011年06月15日 00:43
http://moemoe.homeip.net/dendo.php
何か良い寝取られss無いですかね?
Posted by at 2011年06月15日 06:17
『いつまでもこの更新頻度が続くと思うなよ』…そんなこと言わんでや肉たん!
Posted by at 2011年06月15日 11:03
どっかの哲学者も「エロスとは禁忌を犯すことである」とか言ってますた
Posted by at 2011年06月16日 07:54
初見。

興味深く拝読いたしやした。

NTRの複雑系には兼ねてより私もなき頭を悩ませておりましたが、ご指摘の通り、エスだのエムだのといった単純な二項対立とはほぼ無縁の性癖であることは確かでしょう。

まぁ今更引き合いに出すまでもございませんが、元祖NTR文学といえばピエール・クロソウスキーの『歓待の掟』だと業界(どこの)では言われているわけでして、これに時たまマゾッホの『毛皮を着たヴィーナス』こそ元祖だといった反証を試みる方もいらっしゃるのですが、それはそれでもうSMも何もかも味噌糞一緒にし過ぎという、これまた収拾のつかない不毛な議論に発展してしまうわけでして、どうにもこうにも落しどころが難しい。(Aへ)
Posted by ty at 2011年06月16日 09:44
キレキレですよ肉たん。ウォーミングアップは終わったようだね肉たん。そして今度は肉たんなりの「寝取る」側の心理を聴いてみたいと思うちょります。

個人にはネトリストは話術よりも相手のレベルを見極める才能があると思います。顔、体、頭、心それぞれのレベルを見抜き、レベルにあった対応→NTR

こんなイメージです。

やはりNTRのフィニッシュとして爛れた男女双方のキチガイじみた言い訳があると思いますのでそこをスマートに話術でたしなめる…というのはネトリストとしては二流だと思うのね。

Posted by くろ at 2011年06月16日 23:24
twiiterどうしたんですか?
Posted by at 2011年06月19日 18:29
アカン…肉たん弾けてる…
うちのお汁(腸粘液)ももうこんなんよ…
Posted by at 2011年06月22日 14:37
素敵ですぅ(> <)

わたしも男の人にネトられて、DVされてみたいですぅ(*´Д`)アハァ…ハート
Posted by 不確定性原理 at 2011年06月23日 17:20
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