閲読注意。
「ねえおかあさん、何か怖い話教えてちょうだい」
「おや、どうしたんだい、急に」
母親は、夕飯を作る手を止めて息子の方に向き直った。
「今ね、学校で怖い話が流行ってるんだ。でも、ぼく、あんまりそういうの知らないから、みんなの話に入れないんだ。だから、おかあさん、何か教えてちょうだい」
「怖い話ねえ……」
そう言うと母親は、水の出続けていた蛇口をひねり前掛けで手を拭った。
「じゃあ、ひとつ教えてあげましょ。番町皿屋敷というお話でね……」
「おかあさん、それ、トシくんがこの前はなしてたよ。一枚足りな〜い、ってヤツでしょ?そんなんじゃなくってえ……」
「おやおや、そうだったかい。じゃあ、どんなのがいいんだい?」
「んっとね、今はね、あんまり古いお話とか、幽霊とかじゃなくって、人を殺したりとか、そういうお話が人気なんだよねえ」
中々物騒な子供たちではある。
人が殺される話を聞いて、喜ぶ。
生と死と、その彼我がどんどんと薄くなっている、そんな世相を反映しているかのようでもある。
しかし母親は、そんな息子の言葉をとりたてて意に介するようでもなく、カラカラと朗らかに笑った。
「おやおや、そうかい。だったら、もっとこわあいお話をしてあげないとねえ……」
そう言うと母親は、居間のテーブルをずずっと引いてそこに腰を下ろした。
「お前もそこに座りなさい。ちょっと長くなるかもしれないからねえ」
言いながら母親は、卓上のミカンに手をとり皮を剥き始めた。
その房の一粒を手に取り息子に渡す。
彼は旨そうにその粒を口に入れた。
「あれはねえ、まだお前が産まれたばかりの頃だったねえ」
そのような出だしで、母親の話は始まった。
「うちのお隣さん、ずうっと人が住んでないだろう?
あそこにはねえ、お前が産まれた頃は、まだ人が住んでたんだよお。」
「どこかに引っ越しちゃったの?」
「これこれ、話は最後まで聞くもんだよお。」
そう言って母親はミカンを一粒、己の口に放り込んだ。
モグモグと噛み締め、少しだけ時間を計って次の言葉を継いだ。
「あそこの家の人らあはねえ、皆殺されたんだよお」
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19○×年7月某日。
とある民家で一家4人が惨殺される事件が起こった。
発見者は新聞配達員。
いつものように玄関口の郵便受けに新聞を入れようとしたその時、玄関のガラス戸を突き破って誰かしらの手が伸びているのを発見した。
驚いた配達員は恐る恐る玄関に手を伸ばし、玄関の戸口を開いた。
そこには、全身を出鱈目に突き刺され、体中から真っ赤な血を流しながら――それでもなお外に向かって助けを呼ぼうと手を伸ばし絶命しているその家の長女(16)の遺体が横たわっていたのだ。
そのニュースは瞬く間に全国に知れ渡った。
かなり猟奇的な犯行だった。
一家四人の死因は、刺し傷、絞殺、あるいは圧殺。
特に酷かったのはその家の細君で、彼女に関しては四肢がバラバラに切断され、居間、寝室、果ては裏手の庭にまでバラバラになった部位が散逸していたのである。
また、その家の長男(4)の遺体からは舌がまるまる切り取られており、その行方は捜査が終了するまでついに判明しなかった。
そんな事件が起きたのが、丁度10年前のことだった。
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「可哀相な事件でねえ。まだ4歳の子供まで殺されたっていうんだから…。
事件が起こった日は、静かな満月の夜でねえ。犯人は、ナタみたいなもんをと包丁を持って、その家に押し込んだらしいよお。
もう、誰もが寝静まった頃でねえ。この辺は人通りも少ないだろ?だから、犯人も堂々と玄関から入って行ったんだわ。このあたりには、あの事件が起きるまではあんまり鍵を掛ける習慣はなかったからねえ。
玄関から入った犯人は、まずその家のお父さんのところに向かったんだと。一番力がある人から始末したかったんだろうねえ。足音を立てないようにそのお父さんが寝てる所に向かった犯人は、すうすうと寝息を立ててるその人に向かって一息にナタを振り下ろしたんだってよお。警察の人が後で言うには、そのお父さんの頭、ベッコリとへこんでたんだってさあ。それも、何度も何度も叩いたんだろうねえ。顔は、ほとんど元の形をとどめてなかったんだってさあ。
そんなにすると、流石に横で眠ってるお母さんも起きるよねえ。普通なら、逃げるだろう?
でもねえ、夜中で、寝起きで、しかも夫が隣で殺されて。
何が起きたか、分からなかったんだろうねえ。
そのお母さんは、逃げることもできずに、そのまま犯人の犠牲になっちゃったんだってさあ。
犯人も、そのお母さんのことが一番憎かったんだろねえ。
ご丁寧に、両手、両足を叩っ切ってから、最後に頭を潰したんだってえ。
むごいことをするよねえ。
切った手足は、窓から外に投げたり、階段の下に放り投げたりしたそうだってよお。ひどいなあ。怖いなあ。
しかも犯人はなあ、それだけじゃあ飽き足らないでなあ。
そのまま、子供の寝室に向かったんだってさあ。
そこの息子ってのが、まだ4つだったんだけど、これにはちょっと同情したんかなあ。寝ているその子には、ナタを使わんと、首を絞めて殺したらしいよお。でも、やっぱり憎んでたんだろうねえ、机のとこにあったハサミでその子の舌をちょきん、ってちょん切ったんだよお。ひどいことするよねえ。
で、ホントならねえ、そこでそのお姉さんも一緒に寝てるはずだったんだろうけど、そこにはいなかったみたいでねえ。犯人は家の中探してねえ。結局お姉さんはテレビを見たまま寝たんか、そこにはいなくて居間にいたみたいねえ。ソファに転がってすうすう寝てたみたいだねえ。
犯人がその子に何の恨みがあったのかは分からないけどねえ、やっぱり一人殺すのも、二人殺すのも一緒だったのかねえ。
持っていたナタを振りかぶると、その子に向かって振り下ろしたんだってさあ。
そしたらその時、丁度寝返り打って、それは当たらなかったんだって。
そこでその子は起きたんだろうねえ。
慌てて、玄関の方に逃げたらしいよ。母親と違って、肝が据わった子だったのかねえ。
でもね、結局は犯人に追いつかれてねえ、その子も結局、殺されちゃったんだよねえ」
そこまで言うと母親は、最後の一粒を口に含めた。
息子は話の続きに目を輝かせている。
「…それから、あの家はずっと空き家なんだよお。
そんな家、誰も住みたがらないからねえ。
犯人はまだ、捕まってないんだってさあ。
さ、これでおしまい。
皆に話すのには、十分だろう?」
息子はそんな母親の問いかけに、目を輝かせながら頷いていた。
子供というのは残酷なものだ。
いくら猟奇的な殺人事件といえども、それが「ウケる」話であれば、平気でペラペラと喋る。
いや、それは何も子供に限った話ではないのかもしれないのだが……。
「ねえお母さん。お母さんはその家の人たちと仲が良かったの?」
不意に息子が母親に尋ねた。
「どうだろねえ。あの家の子は、なんかあったらすぐにお前のことを苛めてたからねえ。ようやく寝付いたお前を大声で叩き起こしたり、お母さんはお母さんで……まあ、昔のことだからねえ。もう忘れたよ」
そう言って母親は曖昧に笑いながら、床漬けを刻み始めた。
息子は満足そうな顔で居間を後にしようとしていた。
と、その時、息子はもう一度母親の方を振り返って、問うた。
「ねえ、お母さん。その家の人は、みんな死んじゃったんでしょう?」
「そうだよお」
「お母さんは、どうして、その夜のこと、そんなに詳しく知っているの?」
(おわり)
すいません四月一日ってどこですかーつかなんですかー
怖いですね、いやほんと怖いです。
さすが!肉欲クオリティ!
でも怖かった
「警察様の科学捜査を甘くみちゃあいかんよ」
そういえば、肉キチって名前mixiで使ってくれてるんですね。
ありがとうございます^^
母親のしゃべり方が不気味でした。
残念。
いつも思うんだけどこういう話でオチ読めたとかわざわざ言う人ってなんなの?
今回一番、ほんとうにいちばん怖かったのでコメントさせていただきました。
場面を想像して震えがとまりません…マジこわ。
再読しようと思ったけど冒頭ですでにガクブル。肉欲さんの文章力に嫉妬。
それをどう調理するかが楽しめるのか肉欲クォリティー
全力で釣られに行くのが俺
なぜかのっぺらぼうに裂けた口だけが付いてる、そんなイメージの女を想像してしまいました((;゚д゚))ガクブル
これは違うか
息子の舌ってどうなったんかねぇ?
お母さん食べちゃったのかな?
図ったかのような更新。
好勝負
しかもあれも犯人捕まってないんですよね。
・「十年前」の事件
・そのころ産まれたばかりの息子
・ソファで眠っていた娘
・そして余りに曖昧な「現在」の情景
これらに何か引っ掛かるものがあり
私は何か深いトコロを読み逃しているのか、
気になって何度も読みかえしています。
「…ただいま…」
そこには鬼の形相の父が!?
どうなる息子!待て、次週!!
それ以上に物語の構成がすごいなぁ、と
感じた俺は、もっと国語の勉強をすべきでしょうか?