祠を目の前にして、僕は考えた。
右か、左か、それとも戻るか。
(そんな既成概念に囚われて、その先にあるものって一体なんなんだろう)
確かに箸を持つ手は右手だ。だけど、それを「右」であると観念したのは所詮先人である。
右は、別に「右」でなくてもよかったはずだ。
だからこそ、右は「ミギ」と決定された時から「右」でしかなくなってしまったのである。
これを悲劇と言わずして、何と言うだろうか。
「…おい、懐中電灯持ってんのお前なんだからさ、いい加減どうするか決めてくれよ」
「分かったようなこと言わないでよ!!」
パシーン。乾いた音が静寂を切り裂く。
僕が平手を打った音だった。
「ちょ・・てめえ!何すんだよコラ!」
激昂している。彼の頬が赤く染まっていくのが分かる。
男として産まれたからには、確かにいきなり平手を張られては苛立たしいというものだろう。
しかし、僕は…そんな彼を見てこう思ったんだ――。
「ちょ…何よアナタ!
『ナニすんだよ』ですって?!イヤッ…ケダモノ……!!!
恥を知りなさいっ…!!!」
ひゅるり、ひゅるりララ。
聞き分けのない、ゴンタです。
乾いた風が僕らの間を吹き抜ける。
「ア・・?テメエ何わけのわかんねえこと言ってんだコラ・・・?」
その時、僕の視界に呪符に包まれた祠が目に入った。
祠、ほこら、ホコラ、コラ、コーラック、便秘、スカトロ。
「アンタ…アンタの性欲は・・・まさに天井知らずね!!!」
バチコーン。乾いた音が林に響き渡る。
僕の崩拳が華麗に彼に決まった瞬間でもあった。
「キャオラ!」
『BAKI』チックな悲鳴を上げて、彼は10里の彼方へ飛び去った。
無事だといいのであるが・・・。
いや、この際彼の安否は二の次だろう。
今は…今はそう、この危難を何とか潜り抜けることが先決なのだから。
僕は丙虎の方向に向かい手を合わせると、ゆらり、というオノマトペがふさわしいくらいのゆったりとした所作で
一同に向き合った。
1、2、3、4、ポルナレフ。
そう、人数に矛盾はない。
僕は少しだけ安堵の溜息をつきながら話を続けた。
「つまり、だ。まずは事実をまとめよう」
そう言った僕は、懐からおもむろにザウルスを取り出すとタッチパネルに図を描き始めた。
「まず、柳沢がこの位置にいた、それは間違いないな?」
「ええ、でもそれがどうしたって…」
「ノストラダムスだよ!!」
「ちょ、ちょっと待て!!お前ら落ち着いて今貼り付けた上の画像を見るんだ!!」
そう叫んだのは頭脳は子供、体は大人、江戸川マイラールだった。
「おかしいじゃないか。さっき崩拳でぶっ飛ばされた奴は確かにいた。
有体にいうなら
『俺、発売前にPS3ゲットしたぜ!』
とかってフカシこく、そう、3組のタカシみたいな奴がふっ飛ばされたのは確かだ」
そう、マイラールの言葉に偽りはなかった。
確かに、超スピードみたいな勢いでふっ飛ばされたのはこの目で僕も確認した。
というか、僕が吹っ飛ばしたのであるが、それはハッキリ言って言わぬが花、というものであろう。
僕は世阿弥が大好きなのだ。
秘すれば花、秘すれば花なるべからざる。
その詩を思い出しながら、僕の心は遠く、そう、スペインの赤い空へと馳せながら・・・。
「それなのに、さっきの上のAAだと更に一人減ってるじゃないか!」
コギト・エルゴ・スム。
そんな高尚な言葉遊びをしていた僕の頭脳プレイを邪魔したのは、そんなマイラールの下らない言葉だった。
「それがどうしたっていうんだよ!」
僕は大きくかぶりを振りながら、手に持っていた『加藤鷹自伝〜僕、どちらかと言えばショタです〜』をかなぐり捨てて叫んだ。
『5人が4人になった…この異常な状況の中で、それにどんな意味があるって言うんだよ…」
ピリリリリ
静寂を切り裂くようなデジタルの叫び。
僕の携帯電話が、臀部で強烈にバイブしていた。
僕は嫌な予感がしつつ、ポッケから携帯を取り出す。
そうだ、ここは圏外のはずだ。
それなのに、なぜ携帯電話が鳴るのだろう?
僕は期待と不安で胸を躍らせながら通話のボタンに指を当てた。
その通話口に向こうにいたのは…
チボシ「あ…、もっ、もっと右よおぉぉぉ」
声の主は千星さんだった。
右、この人は相変わらず右にこだわる。
右、そう、右である。
僕の脳裏に遠い日の追憶が蘇る。
1915年、呉服屋の父山田庄七と母つるの間に長男として生まれるが、両親が3年後に離婚し、姓が母の旧姓大鹿になる。その後は女手一つで育てられた。1926年につるが再婚し、横井姓となる。学卒後は約5年間愛知県豊橋市の洋品店に勤務する。そして1935年に第一補充兵役に編入、日本軍入り。4年間の兵役の後、洋服の仕立て屋を立ち上げる。1941年には大東亜戦争のため再召集され、満州を経て1944年からはグァム島に配属。歩兵第38部隊伍長として兵役する。戦争が激化し、同年8月にグァム玉砕、戦死広報が届けられた。
「横井庄一、恥ずかしながら右ながらえて帰ってきましたぁぁ!!」
そんな声が、僕の頭にこだました。
しかしながら僕のPHSは月に1000円まで!とお母さんと硬く約束を交わしていたため、
何やら千星さんが「幽光が…」とかなんとか言ってたけど貨幣経済の前には勝てない。僕は
「あ、ゴメス。ちょっと電波が悪いみたい」
という一言の下、冷静に通話を遮断した。
おあつらえ向きに携帯は圏外になった。天が運を味方しているようだ。
さて、僕は居住まいを正して三人の方に向き直った。
「それにしても、これからどうしたらいいんだろう…」
重い表情でツレの一人が呟いた。
ジュルリ。僕の股間のデラウェア火山は、ハッキリ言ってもうボルケーノ寸前であったことは論を待たない。
「俺はさ、一つだけ思うことがあるんだよ」
僕はそう言って、おもむろに懐に手を入れた。
「そう、あれは何の本だったかな…僕は、いつか何かの本でこんな台詞を目にしたんだ」
ざざ、と木々が声を上げる。どうやら、また風が吹き始めたようだ。
風の音は、好きじゃない。何か泣き声にも似たようなそんな音がするから。
「明日って、今さ」
僕は風の音に少なからず動揺しながらも、言葉を継いだ。
「いい言葉だと思わないか?」
その言葉を受けた彼は、それでも僕の言葉が分からない、といった雰囲気で首をかしげている。
「分からないかい?アナグラムだよ・・・」
僕はそういいながら、懐からバイブヌンチャクを取り出した。
「明日・・・あした・・・アシタ・・・ashita・・・」
これは特注のヴィトンのバイブである。
「ashita・・・anal・・・アナルファック」
全ては、だから、そういうことだった。
「そうか・・・だから祠は・・hokoraで・・・」
彼は僕の言葉を聞くとブツブツと何やら呟いている。
しかし、今では全てが遠くに響くばかりだ。
「かゆ うま」
右を見ると、友人が…いや、友人「だった」ものが、何やらのたうちまわりながら地面を這っていた。
もうダメかも知れない…そう思った僕は後ろを振り返った。
友は、最後まで見捨てない、それが俺のジャスティス。
一人でも、無事な奴がいるのなら・・・僕はそいつと添い遂げる!!
「ギギギギギ」
僕は暁に向かって一目散に駆け出した。
はあ、はあ、はあ。
野良犬のような吐息が僕の鼓膜にまとわりつく。
はあ、はあ、はあ。
うるさいな、誰の息だよ。
はあ、はあ、はあ。
いや、そうだ、これは。
はあ、はあ、はあ。
僕の吐息だ。
僕は、もつれる足をそのままにしてずっ、と地面にひれ伏した。
「大丈夫かい?」
そんな地を這うミミズのような僕に声を掛けてくれたのは――
「コロッケ、食べるナリか?」
コロ助だった。
「コロ…助…」
そう、そこにいたのはかつてブラウン管の向こうで熱い声援を送ったコロ助その人だった。
「どうして…こんな…」
僕は半ば絶句しながら、しかしコロッケから滴る熱い肉汁に心奪われたのだろう。
次の瞬間には理性も失い、差し伸べられたコロッケを頬張っていた。
「ふふ・・・まるで乳飲み子ナリね…」
僕は思うさまにコロッケを食べつくすと、ようやくと人心地付いた。
コロ助は僕がコロッケを食べるまで、聖母のような微笑をたたえながら見守ってくれた。
僕は乾いた喉を尿、いわゆる聖水で潤しながら、やっと言葉を継げるようになっていた。
「すいません、コロ助さん。僕みたいなもんに、こんな…」
「いいナリよ。困った人を助けるのが、英国紳士の務めなり」
英国――イギリス。
不意に耳をくすぐったその単語が、僕の暗い過去を蘇らせた。
僕はあの日、本場の紅茶を学ぶために単身、渡英した。
しかしそこで待っていたのは、凄惨なる修行の日々だった。
朝は8時に起きなければならない。
インターネットは日に4時間まで。
ネオニートだった僕には、決して耐えられるプログラムではなかった。
結果、僕は発狂した。
紅茶なんて…紅茶なんてものがこの世にあるから…僕はこんな…!!
「ウウウ…オアアアアア!!!」
チュン・・チュンチュン・・・。
小鳥が囀る爽やかな目覚め。
僕の隣には、サッチャー首相(当時)がカワイイ寝息を立てていた。
「それで・・・こんな・・・」
語り終わった僕のペニスに、コロ助は国連軍のお株を奪うようなすさまじいバキュームフェラを行っていた。
チュパチュパ。チュパカブラ。
僕のスペニは、あの日英国に置いてきた蛮勇を取り戻し、まさにB29のような勇ましさを誇っていた。
「お前、相当のスベタだな…」
「いやっ・・・言わないで・・・!!」
そう言ってコロ助は頬をあからめる。
(愛おしい・・・)
これが、僕が始めて抱いた愛、だったのである。
「コロちゃん・・・」
「誰だぁ!!」
ビシッ!唸りをあげる戦いのDNA。僕は声の方向に手裏剣【税込み198円】を投げつけた。
「ふふ、やるダスな」
不敵な笑みを浮かべながら、茂みから一人の冴えない男が現れた。
「コロちゃん、浮気はいけないダスよ」
田中ベンゾウ。
「ベンゾウさん・・・」
後の三都主である。
「それにつけても…」
また、新しい登場人物の声だ。
「これはなかなか複雑なことになったでゴザルなあ」
服部肝臓。通称ハットリ君。
僕のアヌスから勢いよく這い出してきた。
「よっと、いやいや、争いはいかんでゴザルよ」
そういいながら服部はやおら日本刀『越乃影虎』をぬらりと引き出した。
「これも運命…」
ズバ、刹那に閃光が走る。
「ああああああ!!」
そこには、変わり果てた千星の姿があった。
「千星!くそ、一体誰がこんなことを!」
「…グホッ!ガハガハ…うう、仙崎大輔……」
「喋るな!今ハイパーレスキューがここに来る!」
「フフ、もう、いいんだよ。俺は、もう、いい」
ゴポッ、ゴポッ。千星の口から鮮血が溢れ出る。
「バカ言ってんじゃねえよ…お前は助かるんだよ!助からなきゃダメなんだよ!!!」
そう言って僕は懸命にマウストゥマウスを繰り返した。
必死で蘇生を試みる。
3分経って…。
「…ざき……んさき……」
千星が、息も絶え絶えになりながら、何やら喋りかけてくる!
「喋るなよ!喋るなって・・・頼むから・・・」
僕は、泣きながら人工呼吸を繰り返していた。
「・・・お前との初キス、悪いもんじゃなかったぜ・・・?」
そう呟いて、千星は絶命した。
「ちぼしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」
「ヤツは、死んだ。そう、勇敢に死んだんだ・・・」
「・・・ハットリ・・・」
「いいインディアンは、死んだインディアンだけナリよ・・・」
「・・・コロ助・・・」
「突然ボールが来たからビックリしたんだよ・・・」
「柳沢・・・そうだよな・・・」
「そうでゴザルよ!」
「そうナリ!」
「そうなんだよ!」
「「「「俺たちのW杯はこれからだ!!」」」」
(END NO.∞)
発狂後?
まぁ何時もの事ですけど。
インターネッツの上の方に、こんなところがあるなんて知らなかった……