肉欲企画。

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2010年04月02日

モテキ

 
 
思うに、"モテる男" というのは大きく二つに分かれるのではないだろうか。

1 先天的な素因でモテる男
2 後天的な素因でモテる男

異論はあるかもしれないが、私見としてはこの2パターンしか存しないと踏んでいる。

とはいえ、この分類はあまりに大雑把に過ぎる。これはざっくりと言い換えれば 『才能か努力か』 という話と同義であり、であるならば、そんな議論はモテに限らずあらゆる分野に敷衍していくというべきだ。スポーツであれ、学問であれ、仕事であれ。

従って、結論としては "どちらか一方があれば大成する" ということにはならない。いかな分野であれ、才能と努力を兼ね備えた一握りの人間のみが "成功者" としての栄誉に与ることができる……という社会的現実があるからだ (ただ、これは真実ではない) 。

極言すれば、モテについても同様のことが言える。先天的な素因 (ナイスルッキングな顔面、あるいは類まれなる財力、など) を備え、なおかつ後天的な素因 (異性に対するそこはかとない心配り、ないしファッションに関する知識、など) を具備するに至った人々。彼の方々は、きっとモテ界における "成功者" たり得るだろう。富める者はより富み、貧する者はより貧す。そういう側面は、モテ界においても確かにある。

これが格差だ!……と切って捨てることは容易い。だが、ここで少し考えたい。いま僕が論じたことは、あくまでも理屈の話だ。論理としての筋は通っているかもしれないが、僕は意図して "情緒" という部分を無視した。そして、モテにおいては、往々にしてこの "情緒" という掴みどころのない概念が、非常に重要視されてくるのである。

「優しいだけの人って、ちょっとね……」

マンコを付けて生まれてしまった生き物が、有史以来100万回は放ってきたであろう辛言がこれだ。

一面においては 「優しい人じゃないと論外だよね!」 と述べつつ、違う面においては上述したような言の葉を吐き捨てる。

その結果として

「なんだよそれ……死ねよ……梅毒こじらせて死ねよ……」

的なマインドを胸に抱かれたことのある男子諸兄は、実のところ相当に多い。

一体、僕たちはどうするべきなのだろうか。このような問題に直面した際、我々はしばしば 『優しくする / しない』 という局地的な二元論で物事を捉えてしまいがちだ。だが、残念なことに、それだと一手足りないのである。

全てのことを二元論で片付けようとした、その瞬間。
あなたの心からは "情緒" の二文字が抜け落ちてしまっているのだ。

優しさにも色々ある。

濡れた子犬に傘を差し出す
迷子を交番に案内してあげる

これらは紛れもなく "優しさ" だ。しかし、異性間における "優しさ" というものは、もっと微妙で繊細なものだ。故に "情緒" を語る価値が生まれる。

手マンに際して爪を切る行為。これは間違いなく優しさだろう。しかし、ハードコアなセックスを終えた、事後。オマンコがグッチョリーナと化してしまったメスを目の当たりにし、あなたは菩薩の心で 「ティッシュなどを用いて恥部を拭いてあげるのも、いいかもしれない」 と思ったとしよう。かつ、それを実行に移したとしよう。

さて、これは優しさだろうか

非常に微妙なセンである。現象面のみから捉えれば、あなたの行為は確実に合理的だ。なぜとなれば、彼女がマンコを濡れるに任せてパンツを穿いてしまった場合、そのパンツは、一部のマニアに向けてはお宝であっても、一部のマニアの方以外からすれば 「うわ汚ね^^;」 と眉をひそめざるを得ないマテリアルでしかない。

そのような事態を引き起こさないため、先んじて恥部を拭いてあげる――なるほど、合理的な行動だ。ひたすらに献身的なその行為は、ある面からすれば "優しさ" そのものだと評価することもできよう。

だが、ここで問題となるのが、そう、情緒だ。感情、と言い換えてもいいかもしれない。その行動 (マンコをネピアなどで拭きまくる行為) が合理的であったとしても、果たしてその相手の心情までもが合理的に片付くのか。非常に難しい問題である。

恥ずかしい、という向きはもちろんあるだろう。そんなあられもない場所を殿方から拭かれるなんてムリ!見ないでぇ……という、切ない心の動きである。正直、さっきまでそこにチンポを入れまくってたくせに何言ってんの?と思うことしきりなのであるが、要するにこの辺が "情緒" なのだ。理屈で考えては駄目なのである。

なしてや!?そのままにしとったら、汚いぞ!!

でも恥ずかしいけん!!恥ずかしいけん!!

切ないすれ違いだ。互いに、相手のことを好かんたらしく思っているわけではない。彼は彼で、彼女は彼女で、それぞれの尺度で相手のことを想っている。それは確かだ。けれども。

拭かれるのは、見られるのは、恥ずかしい――この感情は理屈ではない。どうして?さっきまでそこにチンポが入っていたんだよ?それなのに、なぜ?と問い詰めれば、きっと彼女だって 「それは分かってるけど!」 と叫び返すことだろう。理解はしているのである。しかし、納得はしない、否、できないのだ。

オイは、良かれと思ってやったのに……

あん人の気持ち、いつも空回りやき……

二人を待ち受けているのは悲しみの結末。どちらも悪くなかった、別れたくはなかった、だのに。

もちろん、こんな話は一山いくらでそこら中に転がっている。珍しくもなんともない出来事だ。ただ、この手の話が珍しくもないというのは、とりもなおさず 『それだけ世の中には悲しいすれ違いが蔓延している』 という証左でもある。

(ある事象が)世の中にありふれている、という事実が存在したとしても、それはその事象を正当化するわけではない。誰もが赤信号を無視するような世の中に成り果てたとしても、赤信号は赤信号としての意味を持ち続ける。どんな修羅の世を迎えても、僕たちは内在的なモラルと向上心を失うべきではないのだ。

明日の朝、僕たちが目覚めて富豪になっている可能性がゼロであっても。定形を持たない "情緒" という概念を理解できる可能性は、決してゼロではない。そうであるなら、我々は、男女の間に厳として横たわるその "情緒" という魔物の正体をつまびらかにするべく、僅かでも尽力するべきではないだろうか。男女の心の距離を近づけるために。好きなあの子を、悲しませないために。

それが向上心という言葉の意味であり、また、僕たちが "モテ" を得るためにできる、窮余の一策なのである。僕はそう信じている。

ここでフェーズを件のマンコ拭き事例に戻そう。事例は他にも数多あるが、記事の制限上ここでは議論を当該事例に絞る。耐えてついてきて頂きたい。

我々がグチョンヌとなってしまったオマンコ (事後) を目にしたとき、そこに提示される選択肢は二つ。言うまでもなく 『拭くか / 拭かないか』 の二択である。To be, or not to be... あまりにも濡れそぼり過ぎてしまった蜜壷を前に、僕たちの心はいつでもハムレット状態に。真実の話だ。

真実はいつも一つ、であるが、答までもが常に一つであるとは限らない。

このことは一見して矛盾しているように思われるかもしれない。しかし、真実の唯一性と、答の多義性とは、両立し得るのだ。

ここでいう真実、それは 『女性のヌンコはマれる』 ということであるが、それに対する解答、あるいは選択肢は、唯一ではありえないのだ。その孕む "情緒" によって幾らでも左右されてしまうのである。

「オイ、テメェーで拭けよ!?」(ネピアを放り投げながら)

こんな粗野な言動にたまらない滋味を覚えてしまう女性も、いる。あまつさえ 「オウ、拭くところはちゃんと見せろよ」 という言葉を投げかけられるまでがワンプレイ、という女性は確実に生息している。にわかには信じられないかもしれない。だが、現実というものは常にあなたの想像の斜め上をいく。

情緒の妙である。きっと、上述の一連の行為にたまらない滋味を感じてしまう女性からすれば、男の方から

「あっ、いいよ拭いてあげるよ^^キミの濡れ方ってゴイスーだね^^」

とデイケア的な優しさを向けられたとしても、胸中に沸くのは名状しがたい寂寞感でしかない。

そうじゃ、ないんだよなあ……

彼の慮りは、心遣いは、あるいは優しさは!理解できる。だけど、欲しいのはそこじゃない。それは彼女の欲しがる優しさでは――ない、のである。

後日彼女は、表参道のスターバックスでペチーノ的な何かを飲みながら、友人にこう語るだろう。

彼って、優しいんだけど……優しいだけじゃ、ちょっとね

優しいに越したことはない。それは確かだ。でも、彼女の求める優しさは、そこにはなかった。それだけの話なのである。そしてそれだけのことが、最も悲しい。

「じゃあ……じゃあ!一体どうすればいいの?次に出会う人がマンコを拭かれることにどんな一家言を有しているかなんて、そんなの、僕には分かんないよ!!とりあえず拭いて反応を確かめるとか、そんな焼畑農業ライクな選択肢しか、僕には残されていないっていうの?教えてよ、ねえ、ニク、教えてよ!!」

バカヤロウ!!そんななぁ……そんなもんなあ、俺にもわかんねーんだよ!お前さんが次に出会うメスがマンコに対してどんな距離感を持っているかなんて、そんなの俺にも分かんねえよ!なぜなら俺は細木数子じゃない!!江原啓之じゃない!ノストラダムスじゃない!天使なんかじゃない!!

曇なき眼で。皆さんが判断されるべき筋の話なのだ。しばしば僕は "女性" "男性" という抽象概念で全てを語ろうとするが、それでも同じ男女なんて一人としていない。

男女における時々の流行や性質を最大公約数的に語ることは、確かにできる。しかし最後の最後の段階、インザベッドの状況に際して、あなたが相手にすべきなのは、考えるべき事柄は、多数決的な曖昧模糊とした事柄ではない。いま、目の前に確かにいるその人のこと、ただそれだけなのだ。その現実を前にして、男性誌で語られるチープな言葉や誰かの経験則の持つ意味なんて、紙よりも薄いさ。

「わたし、ウンコが食べたい

その時、どう動くか!?重要なのはそこさ。ウンコが食べたいとシャウトする彼女を前に、 『女の子は優しい男の子が好き黒ハート』 なんてフレーズ、何の意味もねえだろう。求められているのは彼女の放つナマの情緒にどう応えるかであり、また、そもそもあなたが情緒というものをどう捉えるのか?その部分でしかあり得ないのである。

「ハンズまで顕微鏡を買いにいこう

白衣を纏い、ペトリ皿を手にして食糞の危険性を語っても、いい。それは紛れもなく優しさだ。彼女に伝わろうと伝わらなかろうと、僕が認める、そいつは確実な意味での優しさである。自らの大便をサンプルとし、そいつを顕微鏡から覗き込み、細菌の実態をマジマジと見せつける――優しく、誠実な、男気溢れる行為である。

「わたし、それでもウンコが食べたい

本音を、偽らない。それもまた彼女なりの優しさだ。ウソをつくことが罪悪であるのなら、心の露を言の葉に変えてあなたに伝えてあげること、これもまた、優しさそして誠実さである。あなたも優しかった、そして、彼女も優しかった。だからこれがなのである。分かりにくいが、そうなのだ。根拠はない、しかし確信は、ない。信じて欲しい。

論の運びやすさから極限状態の話にばかり限定してしまった。ひとえに僕の力量不足の故である。本当はもっとマイルドな話、例えば 『新大学生必見!女を落とすABC手(チョキ)』 みたいなテーマで日記を書くつもりだったのであるが、気づけばスカトロの話である。まあ、これも全て民主党政権の失策と思って、温かい目でご容赦頂きたい。

最後の最後になるけれど、今日僕が本当に書きたかったこと、本来書こうとしていたことを、ここに残しておきたい。最初の方で 「先天的な素因と後天的な素因……」 といった話を引き合いに出した。例えば "容姿が優れている" ということは、先天的な素因ではあろう。しかし、その素因のみがモテるか否かを決するわけではない。個人的な意見になるが、顔がいいだけの男というのは、実のところさほどモテない。そういう意味での "後天的な素因" の重要性、これは本当にある。

当たり前の話であるが、若さは決して永続しない。イケメンという素因が先天的なものであるならば、彼らはその財産を未来に向かって食い潰していくことしかできない。だからこそ、そんな分かりやすく儚い要素 (表面的な素因) 以外の部分 (後天的、内面的な素因) を豊富に兼ね備えた人たちに、僕たちは心惹かれてしまう。

マンコやスカトロの話にばかり拘泥してしまったが、僕が言いたかったのは "相手の心の機微をいかにして察するか" の話だ。そのような能力が先天的に備わっていることは稀だし、また備わっている必要もない。人間関係に揉まれる中で、少しずつ会得していけば済むことだろう。後天的な素因なのである。そしてその素因を獲得するに至った人は、概して女性よりも男にモテる。

女性は往々にして、そんな男を放っておかないものだ。


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posted by 肉欲さん at 00:04 | Comment(23) | TrackBack(0) | 日記 このエントリーを含むはてなブックマーク
この記事へのコメント
タイトル見て、「どうせまたマンコの話するんだろうな」って思ったらやっぱりマンコ出てきた。
Posted by びらびら at 2010年04月02日 00:13
> 相手の心の機微をいかにして察するか
やっぱり、そうなんですよね。そういう意味で僕はとてつもなく、KYな男なんですよね……
自信がなくなりまくってしまいます。助けて、肉欲さん!
Posted by きまいち at 2010年04月02日 00:16
抱いて!!
Posted by ゴリラ at 2010年04月02日 00:26
深い含蓄に富む文章に勃起しました。

心の繊細妙味な機微を見逃さないこと。
男のウンコなどという粗餐を貪ったこともある私には死角はありません。

今年こそ、出会いは青嵐にのってやって来そうです。
Posted by キノト at 2010年04月02日 00:31
相変わらずその文体好き!書籍化希望!
Posted by 吉村 at 2010年04月02日 01:37
スカトロジー
Posted by ニーナ at 2010年04月02日 02:28
ねえ、ニク、教えてよ!!

で何故か笑っちゃったww
Posted by at 2010年04月02日 02:46
>根拠はない、しかし確信は、ない。
無い無い尽くしじゃねーかニク
Posted by at 2010年04月02日 08:56
suki suki 肉たん
Posted by at 2010年04月02日 10:13
>相手の心の機微をいかにして察するか
これを伝えるまでに、スカトロにもってく。
さすがニクオリティ。
Posted by にゃん at 2010年04月02日 10:36
民主党は本当になってねぇよ えぇ、マジで
Posted by at 2010年04月02日 11:46
優しいだけじゃちょっと・・・っていうのは、
優しさが平均値ってことじゃないですかね?
平均値の優しさなら他にも優しくしてくれる人はいるわけで、
だったらもっと他の面でアピールして欲しいというのが
女子的心情ではないかと私はヨミますが。。。

参考にならなかったらスミマセン。

Posted by 中国語教室@東京 at 2010年04月02日 15:33
いつも男性心理の参考にさせてもらってます☆
女性からの視点と男性からの視点って
こんなにも違うんだ〜って感心しちゃいます。

これからも楽しみにしてますね(^^)
Posted by 銀座クラブホステス at 2010年04月02日 16:25
あーウンコ食いたい
Posted by at 2010年04月02日 23:35
※(ryオチかとおもったら・・・
Posted by at 2010年04月03日 13:07
もて『期』について語ってないですよね。そこが気になったのに。
Posted by at 2010年04月04日 02:42
ニクさんのこういう文章を読むと、途中で一旦気持ちが萎えるのに、
最後には必ずまた読みたいと思わせられる不思議。
そしてそれが心地いいと思っちゃうんだから離れられない。
Posted by at 2010年04月04日 21:30
いつも楽しく拝読しております。

「優しいだけじゃちょっとね…」というセリフ、私の場合は
優柔不断≠優しい≠気が弱いということを理解できてない
…己の弱さを認めない、不都合なことから逃げたがる
臆病なだけの男を評する時に使います(苦笑)

Posted by at 2010年04月06日 09:03
アシタカ様の言葉、心に沁み入ります。やはり曇りなき眼で見定めねばなりませんね。

ごく稀に存在する、男性の機微を理解する女性。僕はそういう人が好きです。肉欲さんはいかがでしょう。
Posted by at 2010年04月06日 23:10
マンコにチンコを収納するような間柄ならば、拭かれようがテメーで拭けと言われようがどっちでもよい。
愛があればある程度のことはなかったことになる。
愛がなければふーんこんな感じなんだーで終わる。
と思う\(^o^)/
Posted by いちのせ at 2010年04月10日 01:44
天使なんかじゃない!!

天ないにおけるケンちゃんの様な方々について、肉さんはどうお思いでしょうか。
Posted by at 2010年04月24日 18:57
この度も秀逸な文章御馳走様でした。

男にモテない男は最終的に女にも持てない。
文末の言葉はそういう事を示唆していると思って宜しいでしょうか。
Posted by けんいちろう at 2010年05月07日 12:47
わたし女ですが、あなたのブログみて、こんなに分かってる男ってすごいと思いました。女を正面から分かろうとする努力・まっすぐな目線、すばらしいと思います。
Posted by at 2010年06月24日 12:44
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