「なぜ、あんな奴が……」
不条理な現実、状況を前に、僕たちはしばしば思考の袋小路へと迷い込む。
ことに異性関係において、冒頭に掲げた類の想いを抱かされた人は少なくないだろう。
セオリーやロジックを超越した、実にミステリアスな展開。
数式や公式などでは計算すること能わない、人間関係の妙。
好むと好まざるとに関わらず、我々はそういった不合理の中で生かされているのだ。
適式な手順を踏まえられて作られた料理というのは、ほとんどの場合それほど間違った味にはならない。料理というものはある意味で科学の実験に類似している。食材の分量、調味料の加減、火の入れ具合……それら全てが真っ当に調和すれば、いついかなる場面で作られた料理であっても、出来上がったものに大きな味のバラつきは生まれないものである。
もしも味のバラつきが生じるのだとすれば、おそらくそれは、料理を作っているのが『心ある人間』だからであろう。
火加減、塩分濃度、包丁の切れ味――たとえそれら全てが画一的なものであっても、それらを扱う人の心情までもが画一的なわけではない。料理をしている当人が、たまたまその時に落ち込んでいるだとか、悲しんでいるだとか、あるいは怒っているだとか……そういう『形而上のスパイス』が料理に加味されることにより、結果として料理の出来にバラつきが生まれることもあるのだ。
それでも職人たちは、たゆまぬ努力と研鑽の末、料理の味にバラつきを出さない境地へと達する。食材を吟味し、調味料を研究し、更には己を律し、いついかなる時でも最高の逸品を出せる技量をその身に付ける。怒っていても悲しんでいても、辛いことがあっても。ひとたび厨房に立てば、明鏡止水の精神で包丁を握る。その結果として生み出される料理の味に、決してバラつきは生じない。
故に、プロは精進に励むのである。
おそらく、このマインドは料理に限らずあらゆる分野についても重要なファクターだろう。対象が食材であれ、木材であれ、鉄鋼であれC言語であれ。それを扱う人の心が不安定であれば、結果として出来上がるものには不具合が生じやすい。
食材にも木材にも鉄鋼にもC言語にも、いずれの対象にも "心" "感情" が備わっていない以上、その素材を生かすも殺すも "心ある我々" の匙加減一つなのである。
豚肉もベニヤ板もアルミもコンクリートも、経年劣化しない限りは、百年経っても千年経っても『そこにそうあるもの』 としてそこに在り続ける。変わっていくのは、ただただ我々の姿勢、精神の在り方だけなのだ。
それを理解したとき、僕たちは先人たちの遺していった経験、知恵の価値を知る。味噌の作り方、足場の組み上げ方、火入れのタイミング――そういったものを受け継ぎ、更に洗練させ、また次代へと受け渡していく。経験則は指南書へと形を変え、指南書は体系的・科学的に研究され直し、永い時間をかけて普遍的なメソッドへと昇華され、知的財産として万人へと行き渡る。
そのあたりの現実があるから、『学び続けることが大事である』と声高に叫ばれ続けているのではないだろうか。
その結果として
『完璧を目指すほど、完璧に近づける』
いつしか僕たちは、そんなことを思うに至るのである。
この考え方は、おそらく、対物的には正しい。
だが対人的にどうかと言われれば、少々怪しい。
仕事関係的に考えれば、効率の面でも完成度の面でも、仕事仲間の有するスキルは高ければ高いほど良い。その意味でいえば、技術的な完璧さを求め続けることは至極真っ当な姿勢だというべきである。
だが、言うまでもなく我々は仕事にだけ生きているわけではない。人間関係というものの在り方には様々あるわけで、詰まるところ仕事なんていうものは、その中のごく一部に過ぎない。当たり前の話である。
仕事以外の人間関係というものは、往々にして非常にファジーなものだ。論理よりも慣習が重んじられ、理屈よりも情緒が先立つ。矛盾が当たり前のように蔓延り、不合理こそが合理となり得る。ことの良し悪しはさておき、それが社会的な現実だ。
効率や秩序、社会的整合性だけを求めるのであれば、そういうファジーな部分は徹底的に排除するべきだ。先例に学び規範を打ち立て、人としての "完璧な" 在り方をひたすらに求めて然るべきである。そのやり方が奏功すれば、料理の出来にブレがなくなるように、人間の出来にもブレがなくなることだろう。社会には恒久的な安寧が訪れ、僕たちは画一的な人生を生きる。
けれども、現実にはそうなっていない。
そしておそらく、これからもそうはならないだろう。
なぜならそれは――
僕たちが、ファジーさ故に引き起こされる "萌え" を知っているからである。
「なぜ、あんな男に彼女が……!」
これは、僕がこれまで100万回ほど抱いた心のシャウトであり、おそらくこれを読んでいる皆さんにおかれましても1000万回は抱かれたことのあるであろう魂の叫びだ。日常生活において不合理、不条理の類を見つけ出す機会は頻繁にあるが、それが異性関係の場面であるならばその味わいも格別である。それは呪詛という名のスパイスがキリリと利いた、逆珍味の逸品。
「なぜ貞操観念の乱れきったあの野郎がモテる!?俺はこんなにも純情であるというのに!!」
チンポの黒くなってしまったサッカー部員が女をはべらしている光景を目撃してしまった瞬間、我々の心は血の涙を流すだろう。なぜ?ホワイ?何度も騙されているのに、あの子はまたアイツのところに戻るんだ――?人智を超えた男女の情事、愚者の繁栄、賢者の不遇。そして僕たちはこう思う。
「絶対、俺の方があいつよりも大切にしてあげるのに!」
大切にする、という言葉が孕む意味はひとつではない。あの子に対してアイツよりも深い愛情を持って接するよ、もっと多い給料を持って帰るよ、休日は全て彼女に捧げるよ、家事全般は何でもこなすよ……様々考えられるだろう。
共通しているのは、いずれも 『自分の方がそのゲスな男よりもメリットに富んでいる』 という一点だ。あるいは、そういう自負もないままに 「なんであんな野郎に……」 型のルサンチマンを抱くこともない。
「数値化して考えれば、俺の方が良物件じゃねーの?!」
あの日の僕の絶叫であり、これを読んでいる皆様がいつか抱いた涙のスクリーム。お察しいたします。
だが、僕がその悲しみを察しても意味がない。僕がどれだけ皆さんに深い共感を寄せたとしても、あの日、あの時、あの新宿で!スロット狂いの丘サーファーに意中のあの子がテイクアウトされた過去、そいつが消滅するわけではない。あるいはその夜にドンキホーテ前のつぼ八で涙と共に消えていった新渡戸稲造が戻ってくるわけでもない。全ては起こってしまったことなのだ。僕たちは事実・史実を粛々と受け止めて生きていくほかないのである。
倫理、論理、理解を超えた恋慕関係。そういうのはどこにでも転がっている。DV野郎のクセして女には事欠かない男、無職なのになぜかいつも彼女がいる男、多股をかけておきながら全ての彼女に愛されている男――そんなのは一山幾らのありふれたエピソードだ。
しかしながら、ありふれているからといって、それを是とできる訳ではない。僕自身、ずっとずっと、『どうしてあんな人たちがモテるのか?』 という部分に思いを馳せ続けていた。けれどもその答は、いつまで経っても見えてこなかった。
そんなある日、僕は考える方向性を変えることにしたのである。
『一定数の女性は、どうしてあんな人たち (いわゆる "だめんず" と呼ばれる方々) を好きになるのか?』
同じことを言っているようであるが、実際のところは少し違う。これまで僕は、男性の視点で『どうして彼らがモテるのか?』という点を考えていた。だがある時、僕は初めて女性の視点で 『彼らのどこに惹かれるのか?』 という部分を考察したのだ。
そして、僕は一つの仮説を導くに至る。
僕たちからすればダメな男に見える人々、そんな彼らはもしかすると、女性からすれば――
萌え系なのではないだろうか。
それは、ジャーゴン的定義としての "萌え" には該当しないかもしれない。しかし、それでも、一定数の女性たちが、いわゆるダメな人たちに抱いてしまう、ほとんど脊髄反射的な好意というのは、どこかしら萌えに通じる部分があるのではないか?僕はそのような考えを抱いたのである。
たとえば我々は、無意識的にドジっ子という存在に対してときめきを覚える。程度問題であるが、甚大な被害が生じないレベルのドジっ子であれば、多くの方は 「まったく、こいつは仕方がないなぁ〜^^」 式のTOKIMEKIを胸に芽生えさせることだろう。
ここで、もしもそのドジっ子を人として "数値化" してみれば、それは『何かしらの欠点のある人』ということになりそうだ。
グラスを割る、魚を焦がす、就業時間に遅刻する……いずれも 『しない方がマシ』 というレベルの行為であり、ごくごく合理的に考えれば、かかるドジっ子という存在は 『恋人としてあまり相応しくない人物』 ということになってしまう。
だが、現実は少し違う。魚を焦がしてしまった結果、近隣一帯を火の海に包んでしまった……という事例は (心情的にも法政策的にも) 問題があるが、そうではなくもっと小さな案件、具体的には 『旦那さま〜、サンマを焦がしちゃいました……』 型のケースであるならば、僕たちは割合ほっこりとした面持ちで許しを与える、可能性が高い。
(可能性に言及したのは、この事例の場合やはり "容姿" というファクターも重要視されてくるからなのであるが、ここでその話にまで触れると議論が錯綜してしまうので、置いておこう)
とにかくも、本来はマイナス要因でしかない筈の "ドジ" というパラメーター、これが我々の業界においてはしばしば "ご褒美" "グッドイナフ" な項目として立ち上がってくるのである。
そして、これはある意味で非常に不合理な事実でもある。
先に申し上げた通り、もしも我々が効率や合理性だけを追い求めて生きるのであれば、かかる "ドジ" について憤りを覚えることこそあれ、萌え的な感情を覚えることは、些か不可解であるからだ。
しかし、現実に我々の多くはドジっ子にTOKIMEKIを覚えてしまうのだ。理屈や道理を抜きにして、僕たちはそんな彼女たちに対してMUNE-KYUNしてしまうのである。
だから、もしもその状況を指して、通りすがりの女性から
「どうして?!アタシの方が家事全般をこなせるよ!?」
とシャウトされてしまったとしても。
「そうじゃ、ないんだよなあ……」
僕たちは言うことだろう。いや、言うに違いない。根拠はないが、確信はある。
『そーいう話をしてんじゃーねんだよ!!もっとこう、なんつーか!?俺たちだって心あるオスだからさあ、あれだよ、理屈とか抜きにしたファジーなところっつーか、あるだろ?!そういうのさー!!』
――ここまで考えた時、僕はその台詞を丸ごと自分にぶつけてみるべきだと思った。
あの日、あの夜、あの新宿で!僕に激しい憤りを与えた黒チンポの沢崎君。彼にしたって、女の側からすれば、僕がどれだけ "自分のいいところ、優れているところ" をプレゼンしたとしても、結局のところ
『だから、そういう話じゃあーねーのよ!もっとこう、なんていうかー!彼のだらしないとことか、ちょっと見栄を張っちゃうとこっつーのかなぁー!!そういう部分も併せ含めてKyunKyunしちゃうんだから仕方ないじゃん?!あんたってホントつまんない人!!』
そんな思いを抱かれていた可能性が大なのである。もちろんその判断の前提に沢崎君の容姿が寄与している可能性も検討しなくてはならないのであるが、その話にまで立ち入ってしまうと72万字ほどタイピングする必要があるので今日のところは置いておきたい。
要するに
『僕たちがドジっ子を評価するように、一定層の女性の方々もドジ男 (それはつまりギャンブル狂いであるとかヤリチンであるとか常習窃盗犯であるとかシャブ狂いであるとか、そういう類のドジ) にTOKIMEKIを覚えるのではないか』
この辺りの可能性を僕は看過していたのだ。だからこそであろうか、僕は生まれてから25年ほどの間 『人間的に完璧を目指すほど、完璧に近づくのだ』 という思いを抱き続けていた。かつ、完璧に近い人間であればあるほど、異性からは好かれるのだと信じていたのである。
もちろん、そのことが完全に間違っているとは思わない。だが、人間関係というファジーな舞台においては、必ずしもそうでないという可能性も認識しておくべきなのである。
名作 『七人の侍』 という映画の中には、以下のような台詞が登場する。
「どんな名城にも、必ず弱点がある。だからこそ我々は、その弱点にて敵を迎え撃つのだ」
心ならずも我々は完璧を目指してしまう。それ自体悪い心掛けではない。しかし、完璧な人間なんてどこにもいない。そうであるならば、自らの弱点を見据え、理解した上で、受け入れる。
『俺、浪費癖があってさぁ……参っちゃうよ』
受け入れて、吐露する。
『ホント、仕方ない人だねー。じゃあ、家計簿でもつけてみれば?』
吐露して、補ってもらう。
会話が生じ、続いていく。
そんな関係もあっていいだろう。
そのような在り方、生き方を指して 『自堕落だ』 『自己批判の精神が足りない』 と叱咤する人もいるかもしれない。もちろん、その指摘だって正しい。
だが、再三になるが、人の在り方や誰かとの人間関係は非常にファジーなものだ。自堕落な人だからこそ支えてあげたいと思う人もいるだろうし、あるいは目の前の男性が完璧に見えるほどに、名状し難い劣等感をその胸に抱いてしまう女性もいる。
『どうしてあんな野郎に……』
そう思ってしまう僕の、僕たちの心は自由であったが、その思いで誰かの情緒、情念、恋慕の想いを縛り付けることは難しい。人間関係は、とみに恋愛関係は、仕事とは異なるからだ。完璧でブレのない味付けがいつでも最善、とは限らないのである。
そんなことを、最近になってようやく思うに至った次第なのである。
何が言いたかったのかというと、詰まりは、ちょっとメタボってしまったあなたのお腹も萌え系 (∵ぽっちゃりってステキ!) 、ギャンブルに狂ったあなたの姿勢も萌え系 (∵宵越しの銭を持たないソウルフルな態度がステキ!) 、エロゲが大好きなあなたの嗜好も萌え系 (∵形を持たない対象に様々な想像力を働かせる風情がステキ!) 、無職のあなたも萌え系 (下らないシステムに組み込まれないパンクな態度がステキ!) うっかりしてテロリズムなどの重犯罪行為に打って出るあなたも萌え系 (法治国家に敢然と立ち向かうニヒルな行動原理がステキ!) ……ということでな、そういうのな、あると思うし、そのーまあ、クリスマスも近づいておりますけれども、お前らみんな萌え系だよ。萌え系よ!
だから、ドーンと構えておきなさい。
※
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(´;∀:)イイハナシダナー
※
オチが秀逸すぎる。
間違えた。こっちでした。↑
肉さん、すげえ…
...いいもん...。
頑張ったね
肉さんも※ぢゃないか、、、
そーゆーおれも※^^
、、、orz
分かってても認めたくないこの虚しさ
ちんこくさいの好きなメスはいるかいな(笑)
いやマジでこんな俺でも前向きに生きていけるような感じがしてきた。
なかなかいいよ。
この一文字の持つ破壊力は異常
一言一句に至るまで同じ思いを抱いたことがある……
11/6が…
3年前の11/6…
ひそかに楽しみにしてたのに(><)
責任とって下さい
※の肉欲がなにをいけしゃあしゃあと!
※がいかに世の真理であるかの証左であろう
と、読んで最後、
※
マジで気になります
【肉欲より】
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A4%BF%A4%C0%A4%B7%A5%A4%A5%B1%A5%E1%A5%F3%A4%CB%B8%C2%A4%EB