肉欲企画。

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2009年09月25日

刑事(デカ)、山崎 【前編】


 
「ハアッ ハアッ」

暗闇の中を一人の女が疾駆する。
その表情は窺い知れないが、荒々しいその吐息が彼女の精神状態を雄弁に物語っている。

「ここまでくれば、きっともう……」

一体どれくらい走り続けたのだろう。
数分、あるいは数十分か。
気付けばそこは見知らぬ土地だった。
周囲は相変わらず闇の中に包まれている。

「一体、何だっていうの……」

立ち止まってから、彼女は独り言ちる。
自分には何らの落ち度もなかったはずだ。

それなのに、なぜこんな目に……。

――その刹那だった。

ガサガサッ!

「ヒィッ!」

草むらを掻き分けるが如き、乱暴な音。
瞬時に警戒心を取り戻すが、身体はひとつも動こうとしない。
彼女は音のした方を凝視する。
視線の先はやはり漆黒で、何かを視認すること能わなかった。

「だ……誰なの……で、出てきなさいよ!」

足下にあった小枝を投げつける。
すぐさまカッと小気味よい音が響き、また静寂が広がった。

ただの風か――

安堵し、再びうなだれた。
このまま夜が明けるのを、静かに待とう。
そう念じながら瞳を閉じる。

だから、その時だった。
彼女のところに、獰猛なる意思を秘めた魔が猛襲したのは。

「ひ……ヒイイイイイイイイイ!!」

闇を切り裂かんばかりの咆哮が一帯に轟く。

しかし 光すらも失われたその場所にあって
彼女の声は 誰にも 何にも

届かない
届かない

届かない――。

・・・

【連続通り魔による被害者、またも発生!】
【一向に解決の糸口が見えない現状に、警察への非難が殺到】

「まったく、好き勝手に書きやがるぜ……」

苦虫を噛み潰したような表情で新聞を放り投げた男、名前を山崎。勤続23年、常に現場の最前線に身を置いてきた叩き上げの刑事(デカ)だ。ここ数ヶ月は管轄内で頻発している凶悪な通り魔事件の陣頭指揮をとっている。

「ザキヤマさん、マスコミの言うことなんて気にしてちゃあダメっすよぉ」

缶コーヒーを片手に声をかけてきたのは、山崎の補佐を務める下井草だ。まだ三十路前の若造ではあるが、これで中々勘がいい。ゆくゆくは山崎の後釜にすえられるのだろう、と誰もが目している。『署内随一のひねくれ者』として名を馳せている山崎との関係も、割合良好だ。

「しかしな下井草。こうも好き勝手に書かれっちまうと、さすがの俺も堪忍袋の緒が緩んじまいそうだぜ」

「おや?ザキヤマさんに堪忍袋なんて高尚なもんがあったなんて知りませんっしたねぇー」

「テメー、この野郎!!」

丸めた新聞紙で下井草の後頭部をはたく。下井草は苦悶の表情を浮かべながら「うぐぅ……こんな横暴が許されていいんっすかぁ……ザキヤマさん、法廷で会いましょう……」と呟いて、自らのデスクへと戻っていった。

「それにしても……」

缶コーヒーをちびりと舐めつつ山崎は考える。
捜査が始まってから早数ヶ月、警察だって何も遊んでいたわけではない。徹底した聞き込み、そして科学的な検証、さらにはマスコミを使った情報収集の呼びかけ。様々な手は打ったのだ。しかし、手がかりらしい手がかりは何も見つからない――それが現状だった。

数十名に上る被害者に、それらしい共通点は一切ない。
犯行時刻も、場所も、てんでバラバラ。
おまけに目撃者すら見つからないのだ。
捜査が難航するのも無理ならぬことであった。

「それでも、まずは聞き込みだ」

机の上にあった捜査資料を鞄に詰め込み、山崎は立ち上がる。
現場百回、それは山崎が駆け出しの頃に先輩から叩き込まれた刑事として第一の心構えだ。

「下井草、PC回せ!」

「チョリーッス」

今回の被害者は新井薬師多美子(あらいやくしたみこ)。
まずは彼女の証言を訊くことにした。

・・・

消毒液の尖った匂いが山崎らの鼻腔を撫でる。
病院に漂う独特のスメルには、いつまで経っても身体が慣れてくれない。

「たまらんな、この匂いは」

「そうっすか?自分は存外好きですけどねぇ」

軽口を叩きつつ、下井草が通りすがる看護婦に流し目を送る。
売れっ子歌舞伎役者のような顔立ちの下井草は、年齢を問わず女によくモテた。
また、それが奏功して聞き込みの成果が上がったことも一度や二度ではない。
それは、岩石を押しつぶしたような顔面の造形をしている山崎にとって、憎らしいやら羨ましいやら中々に複雑な事実だった。

「カミさん、欲しいなあ……」

「えっ?ザキヤマさん、何か言ったっすか?」

「やかましい」

言葉が終わるよりも早く、下井草の下腹部に重いボディブローが放たれる。手加減したつもりではあったが、思いのほか力が入ってしまったらしく、下井草は嘔吐きながら身体を『く』の字にしていた。さすがにやりすぎたか……そう思いながら下井草に声を掛けようとする。

「おい、すまんかっ」

「あの、大丈夫ですか?」

若いナースが下井草の安否を気遣っている。見上げた職務精神ではあるが、その光景は山崎にとって苦々しいものでしかなかった。どうして下井草だけが、こんな良い目に……先ほどまで芽生えつつあった申し訳なさは瞬時に掻き消え、次の瞬間には下井草の後頭部をゲンコツで殴りつけていたのであった。

「看護婦さんに迷惑掛けてんじゃねえ!さっさと行くぞオラッ!」

それは、本人からすれば渋めの口調を装っていたのではある。けれど傍から見れば、それは極道筋の恫喝にしか聞こえなかったというのだから、実に哀しい。ここぞとばかりにニンマリとした笑みを浮かべた山崎の顔を見るや、看護婦は「ヒッ」と短い悲鳴を上げてそそくさと立ち去っていった。

「ザキヤマさん、ひでえっすよ……マジ訴えますよ……」

「泣きたいのは俺の方だ!」

ドスドスと足音を立てながら山崎は通路を進む。決して悪い男ではないのである。ただ、彼はそういう生き方しかできない――それだけのことなのであり、そしてそれが、どうしようもないくらいに悲劇的なのであった。

「あ、ここっすねぇー。お疲れさまっすー」

辿り着いた病室の前には二名の警官が待機していた。山崎は挨拶をせずに、壁に設えられたネームプレートをチラリと確認する。

【新井薬師多美子】

「失礼します」

大きな音を立てないように気を払いながらドアを開く。カーテンが閉められていたせいか、昼間にも関わらず部屋の中はぼんやりと薄暗かった。ベッドの上には、新井薬師多美子その人と思しき女性が横になっている。山崎は目礼だけ送ると、ずんずんとベッドの脇へ歩み寄った。

「どうも、私は山崎と言います。早速ですが、事件のあった夜のことをお伺させて頂きたく……」

喋りながら、慎重に新井薬師の様子を確認する。予想通りというべきか、彼女はやはり生気の抜けたような風情でそこに佇んでいた。

「ザキヤマさん、いつも通りっすね……」

「うむ……」

これまで見てきた全ての被害者が、新井薬師と同様の反応を見せていた。無気力、無関心、無反応。尤も、被害を受けた直後にこのような状態になるのは特別珍しいことではない。しかし、同一の通り魔事件において、全ての被害者が全く同じ反応を見せるというのは、少なからず奇妙なことだった。

「手がかりはなし、か……」

しばらくの間新井薬師に話しかけてはみた。しかし、彼女の口からは何も語られることはなかった。期待がなかった、といえば嘘になる。だが期待と同程度、あるいはそれ以上に、諦めがあった。どうせ、新井薬師もこれまでの被害者と同じだろう――という、乾ききった諦めが。

「ザキヤマさん、この辺にしといた方が良さそうっすねぇ」

「ん、そうだな……」

溜め息をつきながら二人が立ち上がる。と、その瞬間に下井草がケラケラと笑い出した。

「おい、不謹慎だぞ!」

咄嗟に拳を振り上げた。『言葉より先に身体に教え込め』――それもまた、先輩刑事からの大切な教えであった。

「だ、だってザキヤマさぁーん!それ、見て下さいよぉー。ヒッヒヒ……あーおかしい」

「それって……うおっ?!」

下井草が指差した先、視線の向こうには、こんもりと膨れ上がった山崎の股間があった。端から見れば、それはまるで一物が勃起しているような風情だっただろう。

「何てこった!くそっ、ポッケに入れてたボールペンが変な角度で……ああっ、畜生め!」

顔を真っ赤にさせながらポケットに手をねじ込むも、ボールペンを上手く掴めないせいであろう。先端が、ズボンの中で猛り狂ったように暴れだした。

「ザキヤマさん、そいつぁやばいっすよぉー」

「やかましい!遊んでるわけじゃねえ!」

一分少々格闘した後、ようやくボールペンが引っぱり出された。たったそれだけのことなのに、山崎ははあはあと肩で息をしている。下井草はその様子に失笑を禁じ得ない。

「この……」

真っ赤な顔をした山崎が拳を振り上げた、その時。
視界の端で新井薬師多美子が動きを見せるのを察知した。瞬時に拳を下ろし彼女の方に視線を投げる。

「新井薬師さん?」

「あ……ああぁ……」

「新井薬師さん!どうされました、新井薬師さん!」

「チ……チ、チ……」

「チ?ち、血?ええい、これだけじゃ何も分からんぞ……!」

「ザキヤマさん、落ち着いてつかぁさい!まだ何か喋ろうとしています!」

「チン……ポ……チ、ンポ……チンポ……チンあああああああああああ!!」

新井薬師は突然叫び声を上げると、気を違えたような勢いで頭を上下に揺らし始めた。口の端からは泡が飛び散り、目は白目を剥いている。そこに、新井薬師の異変に気付いたナースが慌ただしくやって来た。

「新井薬師さん、新井薬師さん落ち着いて下さい!」

「チン、チンポがああああああ!!チンポ、チンポがわたしをををおおおおお!!!」

「新井薬師さん大丈夫です!ここにはチンポはありません!!ノーチンポ、ヒア!!」

語りかけながら、ナースは鬼のような形相で二人を睨みつけた。すぐに視線の意味に気付いた刑事たちは、股間を押さえながらそそくさと病室を後にするのであった。

・・・

「一体、何がどうなってやがるんだ……」

胸ポケットからエコーを取り出すと、愛用しているデュポンのライターで火を点け、深く煙を吸い込んだ。ささくれだった神経がゆっくりと鎮まっていくのを感じる。

「下井草、どう思う?」

紫煙をくゆらせながら山崎は相棒に水を向ける。顎に手を当ててしばし考えたあと、下井草は慎重に口を開いた。

「新井薬師さんは、確かにチンポ……と」

「やはり、か」

携帯灰皿に吸い殻を押し込み、中空を睨め付けた。ようやく見つけた手がかりらしい手がかり、しかしその情報量は未だ圧倒的に少ない。

「どういう意味なんだろうな」

「僕も色々考えたんっすけどねぇー。一つは、彼女の言っていた言葉が"ching-pong"という英語ではないのか、という可能性っすかぁ」

「ching-pong?そりゃあ一体どういう意味なんだ?」

「ザキヤマさん、学がないっすねぇー。chingっていうのは英語で『チン』と音が鳴ることを表した単語、pongはこれまた英語で『ポーン』と音が鳴るって意味なんすよ」

「『チン』と『ポーン』?それが一体、何だっていうんだよ」

「そりゃあ……自分にも分からんっす」

「それじゃあ意味がねえだろうが!……他には?」

「もう一つは、やっぱ英語で "chew in power"……ゆっくり発音すればチュウ・イン・パウワですが、早口で発音すればぁ……」

「チュインポー、チュンポゥ、チンポゥ……強く噛む、か」

「ただ、それが何を意味しているのか。そいつぁやはりよく分からんですねぇ」

手帳を閉じながら下井草が深い溜め息をつく。彼にしても既に気がついているのだ。おそらく、真相はそんな言葉遊びの中には存在しないということを。あまりにも当たり前な、ごくありふれた一つの単語に帰結していくのだ、という事実を。

「チンポ、だろうな」

「……でしょうねぇ。しかし、だとしても新井薬師は、我々に何を伝えたかったんすかねぇー……」

「それを俺たちが調べるんだろうが」

足を使ってな――背中でそう言いながら、山崎は足早にパトカーへと戻っていくのであった。

・・・

「ザキヤマさん、ここ、科捜研じゃあないっすか。何か調べものでもあるんっすか?」

科捜研――科学捜査研究所(かがくそうさけんきゅうしょ)とは、都道府県警察本部の刑事部に設置されている機関で、科学捜査の研究および鑑定を行っている場所だ。ここで証拠物件が鑑定されることにより、捜査が大きく進展することがしばしばある。

「竜っぁん、鑑定の結果は出たかい?」

「おお、ザキヤマか……まあ待て、いまプリントアウトしている最中だ」

山崎が声を掛けた相手は鷺宮竜二(さぎのみやたつじ)、通称竜っぁん。科捜研の主任を務めている。山崎とはプライベートの釣り仲間だ。

「しかし珍しいっすねぇ、ザキヤマさんが科捜研を尋ねるなんて。いつもは現場優先で、せいぜい上がってきた鑑定結果に目を通すくらいじゃないっすか」

「ちょっと気になることがあってな……どうだい、竜っぁん」

「うむ、どうやらお前さんの読み通りみてぇだな。これを見ろ」

竜二から突き出されたA4の紙を受け取り、しげしげとその中身を読み込む。下井草も脇からそれを覗き込んだ。

「精液?ザキヤマさん、こいつぁ……」

「今回の現場に行ったとき、俺はある違和感を覚えたんだ。それは本当に些末な違和感だった。今回の事件が初めて起こったもので、あるいは連続性が欠落していたならば、きっとその違和感は忘却の彼方に葬られていたことだろう。だが、その違和感は事件が回数を増す毎に俺の中でどんどん堆積していった。そして今回、新井薬師多美子が標的となった現場で……満たされた違和感が、表面張力の限界を超えたのさ」

「見えてこないっすね。一体その違和感ってーのは、何だったんっすか?」

「これさ」

山崎はポケットから透明のビニール袋を取り出す。中にはくしゃくしゃに丸められたティッシュが入れられていた。何の変哲もない、ごく普通のティッシュであった。

「ははあ、そのティッシュに精液が付着していたと……いや、でもおかしいっすね。そんな重要な手がかり、どうしてこれまで見つけられてなかったんっすか?」

下井草の言う通りだった。これまで、現場において犯人のものと思しき精液が発見されたことは一度もない。また、被害者は新井薬師と同じく、事件後は揃って口を閉ざしていた。よって犯行がどのような性質で、またどのような手口で行われていたのか、それすらも把握できていなかったのである。

「盲点だったのさ。お前だって普通に道を歩いていて、そこらにティッシュが落ちてたって何も気にしないだろう。なぜならそれはゴミだからだ。いわば路傍の石よりもチンケな存在――そんなものに敢えてまで注意を寄せるやつは、そうそういない」

「まあ、確かに……」

「不甲斐ないことに、俺たちデカも同じような思考の盲点に陥っていた。通り魔=凶器、血痕、目撃証言という凝り固まった偏見に捕われ過ぎていたんだ。だから、犯行現場のティッシュを見逃した。いや、見逃し続けたのさ」

山崎は眉間に皺を寄せながら思い返す。
これまでの犯行現場、その全てにティッシュが落とされていたことを。

当初は何も思わなかった。
しかしその白い存在は、山崎の記憶に宿便のようにこびり付いていったのである。その結果として、今回の鑑定結果があるのだ。

「ん……?」

「ザキヤマさん、この資料にゃあ続きがあるみたいっすよぉー!」

山崎は慌てて二枚目を捲る。せめて精液の痕跡だけでもあれば、と思っていたが、もしかするとそれ以上の発見が得られるのかもしれない。逸る気持ちを抑えつつ、注意深く資料に目を通す。

そこには、予想だにしない結果が記されていた。


「狂チンポ病ウィルス……!?」


(つづく)

・・・

ついに事件の手がかりを掴んだ山崎と下井草、果たしてその真相とは?

――「無事に帰ってこい、そして海釣りに行こう!ザキヤマ!」

男と男の誓い、山崎はその約束を果たせるのか。


――「狂チンポ病っすよぉー!おめぇ、鼓膜が腐ってんじゃあねえっすかぁー?!」

暴走する若い正義、行き着く先には何が待つ。

――「それが全ての、動機です」

ついに語られる真相。その時山崎と下井草は、果たして。


――「ザキヤマさぁぁぁぁぁぁん!!」

風雲急を告げる展開。
山崎と下井草の運命や、如何に。


【次回『刑事(デカ)、山崎』後編 9月28日更新予定】

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posted by 肉欲さん at 18:50 | Comment(14) | TrackBack(0) | 読み物 このエントリーを含むはてなブックマーク
この記事へのコメント
これはwwww
Posted by at 2009年09月25日 19:19
こんだけちゃんとしたの久しぶりですね!
Posted by chiri at 2009年09月25日 20:50
西武新宿線とは何か関係が!?
Posted by at 2009年09月25日 21:32
航空公園さんの登場および活躍を期待しています。
Posted by 硫黄 at 2009年09月25日 21:53
流れはベタなのに展開が新しすぎるwwww
Posted by at 2009年09月25日 21:54
シリアスストーリーだと思っていた僕が馬鹿でした。
Posted by at 2009年09月25日 22:08
東伏見、東伏見はいつ出てくるんですか><?

Posted by のどあめ at 2009年09月25日 22:31
面白い
楽しみ
Posted by at 2009年09月25日 23:30
来年以降の9月28日と見たね。
あと、かまいたちの続きはいつ出るんですかね。
Posted by at 2009年09月26日 00:19
テラ下井草
Posted by at 2009年09月26日 11:01
ひさびさの小説来たな。期待。
Posted by at 2009年09月26日 23:29
まさに王道サスペンスですね
東野圭吾を彷彿とさせる様な。

しかしこの展開はwww
Posted by シャルマン at 2009年09月27日 10:22
日曜の深夜?月曜の夜?

どっちにしても楽しみすぐる
Posted by at 2009年09月27日 14:33
宿弁→宿便かな?

【肉欲より】

です。
Posted by at 2009年09月27日 18:53
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