肉欲企画。

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2009年09月22日

平等主義は何故色恋を引き起こすか

 
 
目の前にあるものがまるっきりの虚構、ファンタジーであったとしても、それを目の当たりにしている当人が 「これは現実なんだ!」「自分はこれで幸せなのだ」 と強く思い込むことが出来るのであれば、納得できるのであれば、それは誰にも侵すことのできない "真実" になるんじゃないだろうか。

僕たちはしばしば "他者を介して自らを愛でる" という行為をカマす。ことの善し悪しは別にして、よくカマす。他者との関わりの中で自己確認を行っている。

『人に優しく、する自分が大好き!

こういうのが顕著な例である。往々にして 『独りよがり』 とか 『独善的』 などど揶揄されやすい価値観だ。

人に優しくするときは利己的であってはならない、すべからく献身的であるべきだ……乱暴な論調ではあるが、こういった考え方をしている人は少なくない。無私の精神から発せられる優しさは尊いが、それ以外の優しさは押し並べて無価値である――このような主張は、割と自然にまかり通っている。

利己的な優しさは一方的に糾弾されるべきなのか?といえば、僕自身はそうは思わない。【人に優しく、する自分が心地よい】。言葉にすればチープなフレーズだが、無意識的に見返りを求めてしまう僕らの心は止めようがないからだ(この場合は "他者からの好意的な評価" というリターンを求めていることになる)。

『これだけしたから、少しくらい良いことが起きないかな……』

この表現であれば比較的謙虚な姿勢にも見えるが、語っている内容は、本質において『人に優しく、する自分が大好き』というそれと肉薄している。しかしながら、前者に比べて後者の言い回しの方が周囲に対しネガティブな印象を与えにくい……ように感じられる。不思議なものである。

どこまでが無欲の優しさで、どこからが利己的な優しさなのか。それを分ける基準なんてどこにもない。それは外面的に決されるのではなく、ひたすら自分の内部に存在する "内なる基準" に求められている。だからこそ実際に顕現した優しさについて、周囲からの評価がバラバラになりやすいのではないだろうか。

なればこそ、僕たちにできるせめてものことは 『とにかく自分を信じる』 という、若干宗教じみた行いへと収斂していく。これは相手のためになるのだ、こういう振る舞いをしている自分は間違っていないのだ、と強く信じること。それにより、自尊心や虚栄心を満たすのである。相手の心をケアするふりをして、実際は自らを癒しているのである。

それでいいのだと思う。むしろ、そういうありかたの方が却って健全な場合すらある。『誰かを利用する』 というマインドは盲目的に忌避されがちだが、実際のところ、その状況の背後には 『自分も誰かに利用され得る』 この可能性が眠っている。

自分が誰かを利用し、満たされる。
相手も自分を利用し、満たされる。
へらへらと笑いながら 「見返りなんていらないよ」 とうそぶかかれるよりも、よほどシンプルで分かりやすい。

もちろん、『自分は誰かを利用する、だけど私のことは利用しないで!』―― この手の人間が軒並みクソ野郎であることは論を俟たない。また、こういう人に限ってやたらと 「やっぱり愛だよ」 とか 「優しさが足りないんじゃない?」 と、抽象論ばかりをぶとうとする。論理的な議論になると、自分の非を認めざるを得ないからだ。

『施しを受けているのは知っている、だけど自分は(疲れているから、面倒だから)施したくない、そんな自分に対して何かを求めるだなんて優しさがない、愛がない、人面獣心の人非人だ 』

最後にはキレることだろう。自分の心の弱さの所在を 『愛』 だの 『優しさ』 だの、よく分からない概念に求めるのだから始末が悪い。結果として余計にその二つの言葉のイメージがマイナスに脚色されていく。愛、優しさ、それはいかなる不合理をも包み込む全知全能のマインドなのだ!――そんな嘘八百が平気でまかり通っていくのである。ひどい茶番だ。

僕が嫌うのはそういう場面で語られる 『優しさ』 であるが、それ以外の優しさについては別段何も思わない。『いかなるときでも他者に優しく振る舞うことが自分のアイデンティティだ』という人がいてもいいし、あるいはその逆であってもいい。誰かを媒介することでしか確認できない自分像、癒すことのできないマイハート、というものは、確かにあるからだ。僕自身、八方美人な人は結構好きである。

恋愛関係などが分かりやすい実例だろう。特に初期の恋愛関係というのは、お互いが自分の良さをプレゼンし合う、結果として好意を深め合う、なおかつ 『やはり自分はステキな野郎だったんだ』 と確認し合う、という壮大なプレイだ。その段階で見せられる優しさというものは、ほとんどの場合 『相手のためのもの』 ということはあり得ない。大胆にいえば、自らの付加価値を高めるためのイミテーションでしかない。

だからこそ、いつかどこかの段階でその虚飾は崩れ落ちる。肩を揉んだり、無駄に長い前戯をカマしたり、ということがなくなる。恋愛が成就した、という利を手に入れた後になってまで、自分の良さをプレゼンし続ける胆力のある人は少ない。釣った魚に餌をやらない――という悲惨な事例が数多報告されるのも、それが理由だ。

いいじゃない、その時々は楽しかったんだから。そのやり取りがプレイである以上、終わる瞬間というのは必然的に訪れるわけでしょ。大切なのは 『次のステージでどういう楽しみを見つけるか』 であって、過去の光に惑わされ続けることではないのです。オナニーと一緒の話で、いずれにしても永続する快楽なんてあり得ないわけです。

ただ、オナニーとは異なり、恋愛において得られるのは精神的な快楽( あの名状しがたいワクワク感。センターに何度もメールを問い合わせるもどかしさ。分かるだろ?) であるからこそ、僕たちは生半にその愉悦を諦めることができない。どれだけ辛酸を舐めても、あるいは結婚などのイベントを経ても、あの快楽を、悦びをもう一度!とばかりに欺瞞に満ち満ちた恋愛の場面へと、色欲の世界へとダイヴしてしまう。切ない話ではあるものの、世間にて浮気や不倫の案件が後を絶たないという現状を考えれば、それは否定できない事実でもあるのです。

じゃあどうするのか、怠惰と堕落の海に身を任せるままでいいのか?――と問われれば、やはりそれは苦しい。近年になって頻発しているストーカーの事案などがそうであるように、自制心を失った恋愛というのは時として極悪な犯罪を引き起こしかねません。そこには自ずとルールやマナー、あるいは法的な規制が用意されて然るべきでしょう。

つまりは安全なラインで疑惑と偽りに満たされた色恋を楽しめばいい、誰にも迷惑を掛けないままに己が欲求を満たしてやればよい、ということになるわけで、そう考えてみたとき俄に立ち上がってくるのが、やはり金銭を介在させたお付き合い、いわゆる『割り切った関係』ということに、なるのではなかろうか。

「やだ、それってすごくドライ……」

字面だけを見れば乾いた風情ではありましょう。大人って汚い……!と絶望を叫ぶ青少年の方々もおられることと思います。しかしね、僕は思うんですが、一口に金といっても同じお金は一つとしてないわけで、例えば100万円という数字、それは誰にとっても平等に100万円ではありますが、それを "誰が" 捻出するのか、という問題に立ち入って考えてみれば、その100万円は実に様々な顔を見せてくれるわけです。

ビルゲイツの100万円。僕たちからすれば、ビルにとって100万円なんて場末のカマドウマよりもミジンコな価値でしか有り得ないんだろうなあ、という感想を抱くでしょうし、仮にビルが

「ホンダのシビック、高いなー」

と車屋の前で難渋しているのを目撃したとすれば、僕たちは本能的に

「こいつ、しょっぺえな」

と思うことでしょう。それがいわゆる市民感覚というやつです。

翻って、小学生の100万円。ハッキリ言って小学生に対し100万円の支払いを強要する、というのはどう贔屓目に見ても悪鬼羅刹の所行であり、畢竟万死に値する罪業です。小学生が100万円もの金を捻出する、なんていうのはほとんど不可能に近いことなのだから。

故に、僕たちが100万円を手にした小学生を目にすれば、きっとこう思うはずです。

「おじさんに貸してご覧なさい」

もとい

「この子は一体、どんな苦労の末にこの金を手に入れたのだろうか。想像するだけで涙がちょちょぎれるわ……」

ビルの100万円と、小学生の100万円と。金銭の面から見れば両者は全く同じ意味で100万円を手にしていますが、しかし、そのいきさつやバックグラウンドに思いを馳せたとき、僕たちはその100万円を同価値として見なすことができなくなるのではないか。各々の100万円に対し、固有の意味みたいなものを見出してしまうのではないか。

金を通じたお付き合い、これも同じことです。相手が支払う1万円、10万円にどんな意味があるのか。そのことを真剣に考えることは、下らない言葉を幾百も重ねるより遥かに価値のあることです。あるいは目の前の異性が手にしている5000円、その背後に度重なる絶食や徹夜の労働、預金の切り崩し……などの事実が眠っているのであれば、あなたは金を通して "誠意" というものを知ることになるでしょう。

要するに『身勝手な優しさは良いけど、金はダメ』というのは乱暴なダブルスタンダードだ、ということです。別に金でもいいんですよ。というか、その方がシンプルで安全です。また、金が運ばれてきた背景には想像を働かせる余地がある……とは上で述べたところですが、それでも "金そのもの" は二義を許しません。変わっていいのは相場くらいのもので、どれだけいっても金は金としての機能しか果たし得ないのです。

「先っぽだけって言ったじゃん!根元までズッポシじゃん!」

「知らねえよ!言ってねえよ!」

そんな、世界一無価値な議論を巻き起こすリスクもないのです。この辺りの事実が僕をして金を猛プッシュさせる所以なのですね。

じゃあ一体金銭を介在させた恋愛って何?ということになるのですが、これはもう単純に風俗、水商売、ということに他なりません。古来の遊郭から始まり現在に至るまで、様々な人が色町へと足を運び金を落とし夜の蝶と騙し合いを続けている……という事実からも導かれる、実に合理的な結論です。

ただまあ、僕もお付き合いで何度かキャバレー・クラブ・システムないしオッパイ・パブ・コミュニティなどに足を運びましたが、やはりああいったところで納得のいく色恋遊びができるのか?と言われればそれは中々難しいものがあって、というのも僕自身がああいうところに足を運んだ際、まず真っ先に

「なるべく金を使わずに楽しもう」

「できればタダで酒を飲みたい」

「あまつさえヤリたい」

という基準を打ち立てるのですが、不思議なことにこの指針に則ってお酒を飲んでいるとあまり楽しくない、というか、開始7分で『離婚間際の夫婦』的なニュアンスの空気が漂い始めてしまい、結果として僕は 「キャバレー・クラブ・システムなんて楽しいこと一つもないよな」 という、後ろ向きな帰結を胸に抱くばかり。

おそらく、この問題は僕が湯水の如く金を使えば即・解決するのでしょう。しかし僕が欲しいのは、キャバレー・クラブ・システムにおいて大枚をはたいた結果得られる 「キャー!ヘネシー!」 という嬌声などではなく、もっとしっぽりとした甘い睦言、青春時代に置き忘れてきた桃色の囁き、もっと情緒的なサムシングなのです。

「先輩、今日の夜もメールしていいですか……?

この空気感。分かるだろ?!一度でも青春時代を過ごしたことのある読者諸兄におかれましてはさぁ。同じ金を払うなら、僕はこの空気感、ノスタルジー感にこそ全財産を賭したいのですよ。でも、そういうのはたぶん、キャバレー・クラブ・システムやピンクサロン・アソシエーションなどでは中々得難いエモーションのような気がしてならないのです。

もっと色恋に特化したサービスを。もしかしたらそういう類の店もどこかにあるのかもしれませんが、現状僕は知りません。もし存在するのだとしても、それが一部のセレブ層だけをターゲットにした商売であるのなら、それはやはり僕らとは関係のない世界のお話……ということになります。それでは意味がないのです。

敷居を低く。
できれば、1000円くらいから始められるのが理想です。

まずはバーチャルの世界からスタートしては如何か。要するにメールのみで異性とやり取りをし、そこでお互いの人となりを知る。何か違うな…と感じるのなら、別の人とメールをする。そういうやり取りを大体数回。出会い系と何が違うの?と思われるかもしれませんが、このシステムの場合は "店に行けば必ず会える" というのがミソです。何がミソなのか分かりにくいですが、とにかくミソです。いいな。

で、その後に実際対面することになるのですが、ここで僕は革新的な提案をしたい。
メールでのやり取りを経た我々(=客)が店に赴くや否や、相手(=女性)の自分に対するラブ値(ときめき具合黒ハート)が数字化されて伝えられる――というシステムの導入です。いわゆる 『ときめきメモリアル』 方式の採用を声高に叫びたい。

なぜそんなシステムを?と思われるかもしれません。しかし、これは非常に重要な要素で、だって目の前にニンジンがぶら下がってなかったら、走る気が起きねえんですよね……相手が最初から自分にときめいてるのが分かってたら、遠慮なく走れるじゃあないですか……。

あるいは、本来ならば知り得なかった、知る由もなかった相手の趣味・嗜好・性癖やフェチシズム、それらの情報を先んじゲットすることにより

「今夜あたり、イケるんちゃう?」

「こいつ、相当やな……」

そんな確信を得ることができる。かくして、僕たちのチャレンジング精神は激しく燃え盛るのです。有り体に言えば、僕らって勝てるゲームしかしたくないんですよね……当たりくじだけのくじ引きがしたいんですよ……なんで金払ってまで負け戦に挑まにゃならんのか……。相手の本心を探るだとか駆け引きをするだとか、そんなのは現実世界で十分なんですよ、正味の話。

かくして、僕らは自分と相手のパラメーターを確認しつつ、意気揚々とお店で金を落としていくのです。そしてしばらくの時間が経過し、ある程度お互いが成熟した間柄になると、当然次のステージへ。いわゆる "ラブな関係" へと移行していく必要があります。

なぜか?と言えば、分かってんだろう?あのさあ、俺たちもウヴなネンネじゃねえからよ、やっぱ五万円くらいペイした辺りから 『そろそろ、チンポの季節に……』 と思ったとしても、誰も咎められやしねーよ。健全な男子として当たり前なリアクションだって、それは。

さて、この "ラブな関係" に至った頃というのは、そりゃあもうラブもラブラブ。通常のゾクフー(風俗)であれば、プレイ開始後は何となく気まずいもんだから

「あ、はじめましてー。よろしくお願いしますー」

「あ、どもー……」

みたいな、一種の社交辞令が介在してしまうのだけれども、僕の提案するプレイスタイルによれば、ラブプレイに至るまでの間に(メールなどを通じて)とても緊密なやり取りが交わされているがため、プレイルームに入るや否や

「あ、こんにちはー」

「ニャーン!挿れて!」

こうなります。いや、こうならなければいけないのです。ご理解頂けるでしょうか。したな。

さて、メールから始まり相手の好感度を上げる作業を経て、無事にラブな段階に至ってしまった。通常の恋愛関係にあっては大体この辺りで頭打ちになってしまうものですが、ここでもやはり重要なのは金のパウワ (power) です。

社会通念に即して考えたとき、僕たちが浮気的なサムシングをカマそうと思ったら割合複雑な手続きを踏まなくてはなりません。周囲に対するカモフラージュ、彼女に対してのアリバイ作り、潤沢な資本力、罪悪感を打ち消すだけの鈍感力、などなど。この辺りの全てのハードルを超えて初めて我々はJI (ジュンイチ・イシダ) の高みへと近づけるわけですが、中々そうはいかないのが世知辛いところ。悪巧みはいつか露見する、というのが世の常なのです。

そこでプレイだ。よろしいかな。浮気をするに際してパートナーに嘘を吐かなければならない、というのはあくまでもリアルワールドの話だからであって、僕の提案する店にあってはそういう制約・規制は一切存在しません。業界用語でいうところの "本命" がいたとしても、同時並行的に別の女性を攻略する……十分に可能なのです。

「そ、そんな!そんなのって許されちゃうのかい?!」

許されちゃうんだな!これが!まあ結局さ、本命の彼女と『ニャーン!挿れて!』 という間柄にまで至ることができたのだとしても、やはりそれは 『金によって培われた関係』 という呪縛から逃れられないのだけれど、だからこそ、その金満的ロジックを押し進めれば "浮気の沙汰も金次第" ということにこれ、なる。ならなくてはならない。

ということで、皆さんは店側にアナザーマネーをペイすることにより新たな女の子のメアドをゲット。便宜上設定は 『彼女の後輩』とか 『職場の同僚』 とかその辺りに据えつつ、おもむろに

「最近、彼女とうまくいってなくて……」

的なメールを猛射出。大体1メール1000円くらいするのだけれども、概ね5メールほどしたらその子の方から 『じゃあ、ちょっと飲みにいこうか?』 といった趣旨のメールがくる(というシステム)なので、お客さんは下心を隠しながら、でもスキンだけはきっちり用意しながら、プレイルームへと赴くのであった。

(コンコン)

「いらっしゃ……キャー!」

「もう辛抱たまらんばい!辛抱たまらんばい!」

「ダメ!あなたにはよし子がいるじゃない!」

「後生でごわす!後生でごわす!」

「ダメ、ダ、だ……ニャーン!」

こうなる。論理性とか因果関係とか一切関係なく、こうなるわけです。それが資本主義経済から吐き出された結論だし、僕たちメンズの内に潜む 「言うてもお前も、ホレ……」 というカルマを満たす唯一の手段なのだから。これはもう仕方がない。新自由主義が生み出した構造的瑕疵としか言いようがない。

で、まあここからが再びミソなんですが、そういう風にしてお客さんが擬似的浮気を楽しんでいる間、本命は本命でその様子を隠し窓からこっそり覗いていなければなりません。そういう風に決まっているのです。

「あの……泥棒猫!」

この台詞を聞き出すまでがワンプレイ。男たるもの、一度くらいはこのフレーズをナマで耳にしたいところ。

「それって、何が楽しいの?」

あのさー!?楽しいとか得があるとか、そういうレベルの話じゃないんですよこういうのは。『考えるな、感じろ』の話であって、そこにあって理屈とか理由とか、マジでどうでもいいし。察して頂きたい。

ここまで語れば聡明な一部の読者は既にご理解かと思うのですが、楽しいのはここからであって、擬似的な浮気をカマしたあなたは当然のように本命の女性と修羅場を迎えるだろう。どういうことなの!説明してよこの豆タンク!彼女は修羅よりも修羅の形相になり、あなたに掴みかかってくるに違いない。

「ひどいわ!信じてたのに!」

「よし子!聞いてくれ!」

「いやっ、何も聞きたくなング……ニュパ……チュパロン……」

「プハッ……よし子、愛してる。俺には君だけだ……」

「あなたっていつもそう……いつも……ジュテーム

という経緯の末、この後は腰が砕けるような仲直りファックです。やはりこの場合も、冒頭の喧嘩を含めてワンプレイ。もっと言えば浮気を含めてのワンプレイ、ということになりましょうか。識者に伺ったところ 『彼女との仲直りファックは格別の味わいがある』 とのことでしたので、このプレイが組み込まれることはごく自然なことと言えるのではなかろうか。

このような感じで。このプランが実現されればかなり様々なプレイ展開を見せてくれることウケアイ、これはもう新しいビジネスモデルにならざるを得ないでしょう。また、実施に際しては 『きめ細やかな対応能力』 をウリにしたいところ。上述したような王道パターンもあれば、浮気相手&よし子&あなたの三人で愛を育むハーレムエンドコース、あるいは『自分の本命が他の男性とプレイする様子を目撃する』というNTRコースも不備なくご用意。ちなみにNTRコースに進んだ場合は、希望に応じて

「私が悪いのは分かってるの!」

「だって、寂しかったの!!しょうがないじゃない!!」

「でも、私が好きなのはあなただけなの!1!」

という台詞がオプションで付いてきます。あらゆるニーズに対応したい気構えです。

疑似であれ架空であれ、恋愛情事によって癒されてしまうしどけない僕たちのココロは、確かに存在する。世の中に数多はびこる恋愛小説や恋愛ゲームの存在からも、そのことが裏付けられています。昨今ではラブプラスというゲームが目覚ましい売り上げを記録していますが、その意味でいえば僕の提案するこのビジネスモデル、需要がなくはなくもないといえなくもないと断言することにいささかの躊躇いも覚えないでもないではない。ある。

冒頭の論調とはうって変わってなぜか事業計画のお話になってしまいましたが、重ね重ね問いたかったことは 『幸せって何?』 という至極哲学的な疑問、それだけです。映画でも小説でも、ゲームでも妄想でも、あるいは風俗でも。それに熱中して取り組んでいる人が 『俺はいま、確かに幸せなのだ』 と断言できるのであれば、その時どれだけ周りの人が 『そんなの間違っている!』 と指摘したとしても、何の意味がないのです。ある人が成功したか否か、それを外部的な基準で計ることはできても、ある人が幸せか否か、それを客観的に判断することなど、およそ不可能でしょう。その基準は、各々の心の中にしか存在し得ないのだから。

なればこそ、『誰かに優しくする、そんな自分が大好き!』 という価値観を抱いていても、それについて是非を論じるのはあまり意味がない。あるいは 『俺はコンニャクでしか快楽を得ることができない、そしてそれで満足だ!』 とシャウトする人を前に、僕たちが語るべき言葉はあまりにも少ないのです。その場合、せめて僕たちにできることと言えば、そういう人を伴侶に選ばないようにするとか、見て見ぬふりをするとか、それくらいのものでしょう。ないし、肛門にねじりん棒を突っ込んだ状態でしか異性とラブトークができないという人は……まあ、実例について枚挙に暇はありません。

詰まるところ僕たちは、多種多様な価値観の中で生きていくほかないのですから。最大公約数的な幸せなんて幻想でしかなく、自分が幸せか否かを判断するのは、いつだって自分しかいないのです。

「じゃあ、カニバリズムとかも許容されて然るべき、とかそういうこと?」

そういうのお前、あれだ、警察に任せておこうぜ。そんなところで噛み付かれても、俺、困っちゃうよ。

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posted by 肉欲さん at 22:31 | Comment(13) | TrackBack(0) | 日記 このエントリーを含むはてなブックマーク
この記事へのコメント
「じゃあ、ペドフィリアとかも許容されて然るべき、とかそういうこと?」

【肉欲より】

アグネス!
Posted by T at 2009年09月22日 22:38
ラブ値、マジで実装して欲しい。
ウォーター関係の店だけじゃなくって現実にこそ必要なシステムだと思う。

だって女子のヤツらって、ボクらには見えない脳内ポイントカードにペタペタとハンコ押してるワケでしょ?
絶対に不正されている!
ボクの1アクションとちんこ黒メンの1アクション、ちゃんと平等にするためにも、きちんと数字化してもらわないと。

きっと政権が変わったんだから、それくらいの社会的変化は起きるハズ。
Posted by 硫黄 at 2009年09月22日 23:06
私はラブプラスの女性向け出たら幸せかなぁ…
声の人は福満月潤、杉田満月和、日満月聡で!
6年は幸せに過ごせる自信ある!
あと、肉欲企画が更新された時はちょっと幸せ〜☆
Posted by 犬珍汁 at 2009年09月23日 00:44
チャットモンチー!
Posted by at 2009年09月23日 02:44
仲直りファックは格別です。
格別ですとも、ええ。
Posted by at 2009年09月23日 17:12
なんかちょっと感動した。さすが肉たん。
Posted by at 2009年09月23日 18:44
こーゆーお店なら、働いてみたいかも!
メールで仲良くなるって戦法、使えますもん。

…なので、雇ってもらえませんか?
2番目でもいいの!!←茶番スタート!
Posted by at 2009年09月24日 00:18
肉さんが性欲減退したらわしゃあ死ぬよ
Posted by at 2009年09月24日 18:08
難解すぎて内容のほとんどが判りませんでした。修行してきます。
Posted by at 2009年09月24日 21:27
心の底から自分の信じられる価値を持ってる人は本当に幸せだと思います。
適当な落としどころで妥協する為に自分に「幸せだ」って言い聞かせて間違ってしまいたくないです。

彼女とラブラブで幸せ感じる時を思い出せば、間違う事は少なそうですけど(^ω^ )
Posted by at 2009年09月24日 23:02
これはいい。
Posted by at 2009年09月24日 23:19
全面的に同意します

しかし絵文字かわいっすね
Posted by ぞ at 2009年09月25日 02:00
素晴らしい。
全面的に支持致します!
Posted by at 2009年09月25日 11:44
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