僕たちメンズにとって、女性の着用する下着とどのような距離感を保つべきか――この辺りのことは実に複雑で繊細な問題を孕んでいる。
『女性の下着はすっごく気になる!でも、それを大っぴらに言うと変な目で見られてしまう……』
好きなんだけど好きだと言えない。そんなもどかしさ。
時として我々は、気恥ずかしさのあまり
「下着?別に興味ないし!」
と、身勝手な無頼漢を気取ることもあるだろう。
本当は好きなのに。
下着のことを、心から愛でているのに。
このブログでも幾度となく触れたが、そんなメンズの心の機微は女性陣から理解を得られにくい。『ただの布じゃん、あんなの』――その冷たくて分厚い言葉の刃に、僕たちはいつでも心を抉られた。
布、なのだろう。ブラジャー、ないしパンティは、ただの物質。その言葉、あるいは人生哲学自体は絶対的に正しく、そのあたりのことは僕も認めなくてはならない。ショーツやズロースというものは単なる無機物でしか在り得ない。
だが。「パンツは布」 という言説の正しさを受け入れる代わりに、女性の方々におかれましては、僕たちの抱える 『パンツが好きだ、否!愛している』 という切ない恋慕。この部分も理解してはもらえないだろうか?
いくら皆さんが言葉を尽くして 『パンツは布、それ以上でもそれ以下でもないんだよ?!』 と仰ったとしても、僕たちはパンツの背後に "美のイデア" を見出してしまうのだ。要するに僕たちは、ショーツあるいはパンストを通して神との対話を行っているのである。どうか察して頂きたい。その意味からすれば、皆さんが振りかざす パンツ=布 型の論理は本当に無価値だといえる。
枕はこの程度にして本論に入ろう。僕たちが女性の着用する下着を愛でているのは真実であるが、残念なことに愛情というものは無尽蔵では有り得ない。そこには自ずと限界が設定されているし、噛み砕いていえば 『どう頑張っても愛せない下着』 というものも、必然的に生まれてくる。
なぜか。女性の下着というものは基本的に女性のためだけのものだからだ。その造形はどうしても "女性視点を重視したもの" にならざるを得ないし、そこら辺の部分を突き詰めていけば 『男の視点を排除した下着』 というものが爆誕する運びとなる。
それはそれで仕方のないことだ。
抽象的な話になるが、もしも我々の身の回りの全てが 『自分の好きなもの、美しいもの』 だけで構成されていた場合、そんな世界は(いわゆる)楽園から程遠いものとなる。
この世のコクというものは総じて好悪・美醜・明暗……等等のコントラストから生み出されるものであり、
『対立軸が存在することにより初めて際立つ価値』
というものは確かに存在する。ひたすら美しいものだけに囲まれた世界があったとしても、きっとそこでは本質的な意味での "美しさ" は永遠に失われたままだろう。
故に、愛でられないパンツ。在って然るべきだ。それによって輝くパンツが生まれるのであれば、尚更に。
だが建前がそうであっても、皆さん一人一人の抱く本音はどうだろうか?
ここに一枚、『過度に機能性を重視したショーツ』 というものがあったとして。そのショーツの利便性たるや凄まじく、尿意を感知すれば自動的に尿道部分が開放され、便意の場合はアヌス部分がフルオープン、湿度が高まれば除湿機能がオンに……と、まさに "痒いところに手が届く" 逸品。
ただ、社会の理として、ある物が機能的になればなるほどその物体は無味乾燥なデザインとなってしまう。尿意を感知するや否やマンコ部分が大開放されるショーツ――ステキ風味ではあるけれど、きっとそのフォルムは機動戦士ガンダムなものとなるであろう。宇宙世紀の始まりである。
それが悪いとは言わないが、果たして皆さんは己が股間の機動戦士を大切なあの人に、彼に、旦那に!見られたいと、思うのであろうか。
初めての夜。
最初のベッド。
脱がされる上着、漏れる吐息。
『愛してる……』 『僕もさ……』 二人のテンションは最高潮へと近づいていく。
そして彼の鋭いホーク・アイが遂にパンティをその視線に捉えた、その刹那――
「こいつ、動くぞ」
「ニトリで買ったの」(クパァ)
南無三……僕は心で呟くだろう。その瞬間、百年の恋だって確実に冷める。据え膳だけはイートするやもしれないが、おかわりはない。ドライな見解ではあるものの、それが偽らざる男子の本音なのだ。
上述した話はあくまで寓話であるが、それに近いストーリーがどこにもない!とは言い難い。安いから、履き心地がいいから、暖かいから……というポイントのみを重視してショーツをセレクトした結果、思わぬ事故に遭遇する可能性だってある。
確かに、人はパンツのみに生きているわけではない。が、ここでの "生" はあくまでも "生存" レベルの話であって、"生活" という段階に立ち入って考えれば、やはりパンツは必要不可欠なマテリアル。
故に、その "生活" を如何にして豊かなものにするか――そのあたりのことを考えたとき、僕たちは決してパンツに無頓着ではいられないのだ。ある人の人間性、価値観、人生に対する向き合い方。それは一枚のパンツにこそ顕現するのである。暑さのあまりパンツ一枚でこの日記を書いている僕が言うのだから、どうか信じて欲しい。
『異性に見られる』 ということを意識したとき、どのようなツンパをチョイスするのがベストアンサーなのか?これに対する答はひとつではない。
あの日、僕は縞パンこそが法悦と述べた。が、それだって確定的な真実ではない。状況は刻々と変化しているのであり、その中にあって 『まあ男はこういうのがいいんでしょ?』 という怠惰な態度、油断した心持ち。許されざる案件と言わなくてはならない。
「じゃあどうしろっつーのよ!?答なんてないんだったら、やっぱり思い思い好きなパンツ履くしかないじゃん!!」
待たれよ。この場合、議論を 『(抽象的なレベルで)男が好むベスト・パンツはなに?』 というところにまで広げてしまうと、論点がぼやけてしまう。そうではなく、もっとミクロに考えれば良いのであって、具体的には 『愛する彼にとってのベスト・パンツはどんなもの?』 ――ここを観念する方がモアベターだ。なぜなら、あなたが世に生きる全ての男から好かれる必要性なんて、どこにもないのだから。
「それでも、彼がどんなツンパを好きかなんて分かんない、聞けないよぉ……」
魚河岸に足を運んでみなさい。お嬢さん、荒ぶる海の男たちと肩を並べ、魚を競り落として御覧なさい。どうして?と思うことなかれ。市場に降り立ったあなたは、魚を見たり触ったりすることによってその状態、脂のノリ、身の締まり、鮮度……を察知しようとすることだろう。産地だって確認してしまうかもしれない。成功することもあれば、失敗することもあるだろう。ただ 『大将!今日もいい魚仕入れてるねぇ〜』 、こう言われればしめたものである。
同じことなのだ。魚も、男も。来て、見て、触って。出身地を尋ねて。その先にようやく 『もしかしたら、この人……』 という部分を察し得るのだ。食べてみないと味なんて分からないよ!そんな叫びは築地において決して許されないし、ヤッてみないと相手の好みなんて分からないよ!そんなシャウトも肉河岸の現場では断じて受け入れられない妄言なのである。だからこそ 『大将!今日もいいパンツ入ってるねぇ〜』 そのセリフを頂けたなら。既にあなたは立派な職人だよね。
『プロは目で捌く』
僕がいま勝手にでっち上げた言葉だが、相手が何を考え何を求めているのか?の部分を想像すること、それはオパンツの場面のみならず、あらゆる状況において求められるイマジネーションと言えるだろう。甚だ抽象的な話になってしまったが、淑女の皆様にはひとつチャレンジしてみて欲しいところだ。さすが!と言われるプロになろう。
ただ、実のところ。
僕たちのパンツに対する好みの傾向ついて、最大公約数的な観点から論じることは可能である。全員がそうとは言わないけど、多くの野郎は好きだよね!というパンツ、それは確実に世の中に存在しているのだ。
白の木綿パンツ。僕たちはその背後に "忘れてはならない和の心" みたいなものを感じ取ることであろう。白、というカラー要素もさることながら、木綿、という素材レベルの話も捨て置けない。全体、年齢が上がるにつれて女性は綿素材から離れる傾向があるように思われるが、ちょっとマジで意味が分かりませんよそれは……なんていうのかなぁ!あの木綿の放つちょっとした田舎臭さっていうの?隠しても隠し切れないウブなテイストっつーのかな、ホラ分かるでしょ。なんつーか、ほれ
「いやっ!私ってば今日に限って白!しかも木綿ときたもんだ!」(ビクビク)
このデュアルアクション。感じ取っちゃうじゃん男としては。たまらんばい!嗚呼たまらんですばい西郷どん!(ゴワスッ ゴワスッ)まあ中には?真っ赤な顔して 『だって白だと汚れが目立つし……(///)』 とか何とか仰る方もいるかもしれないけれど、正直言ってその汚れまでも愛おしいよね。いや、別に汚れた部分がメインっていうワケじゃねーよ?!たださぁ、別に皆さんにしてみても『アタイの汚れを見て欲しい!』みたいにポジティブなスタンスじゃないというのは当然のこと、っつーかどちらかといえば 『やだぁ!汚れなんて見ないで、見ちゃダメェ!らめー』 的な、的なね、そういう恥じらいみたいなもんが、あるわけじゃないの。そこなんですとも。要するに僕たちはその汚れを通して愛のイデア、恥のペルソナ、そういうものを感じ取ってるワケよ。汚れ自体に大した意味はないわけよ。分かるか!?俺の言ってること。分かって欲しい。だからこその白、敢えての白で敢えての木綿。よろしいか。
黒のシルク。陰陽(インヤン)という考え方をパンツにまで敷衍させれば、やはり白の対となるブラックカラー、これは外せない。そして、黒という一種妖艶な色彩を更に際立たせる素材といえば、やはりシルク。ここはもう異論を差し挟む余地すらない。
全てを包み込まんとする圧倒的な漆黒、だのにその肌触りは滑らかで、優しくて。闇に溶け込もうとする下着の様、それはこの世とあの世の彼我すらも曖昧にする面妖な魅力に満ち溢れている。触れてもいいのだろうか――懊悩を抱える僕たちを前に、パンツは何も答えようとしない。そんな男心を知ってか知らずか、彼女は薄っすらと目を細めて、呟く。
「……喉が。乾いたわ」
富士山麓で水を汲むことだろう。アルプスの雪解け水だって厭わない。それだけの訴求力が黒のパンツには潜んでいるのである。これがモスグリーンやドドメ色のパンツであったらば、僕はメロンパンを口に押し込むところである。黒だから、シルクだからこそ!辿り着ける境地が、そこにあるのだ。
木綿(白)⇔シルク(黒)、この二大巨頭。もちろん異論はあるだろうが、全体的な理解は得やすいところだと考えている。その他、紐パンであるとかTバックであるとかは枝葉末節の話であり、それぞれにそれぞれの魅力があること自体は理解するが、おそらく大多数の賛同を獲得するまでには至っていない。それこそ 『好みの問題』 という玉虫色の答に帰着してしまうのだ。
最後になったが、今回の日記のように 『どういう下着を選ぶべきか?』 という議論に及んだ場合、必然的に 『逆にノーガード戦法はどうだろうか?』 という意見が飛び出す。要するにノーパン・ノーブラの世界に住む人々の話であるが、確かにツボを抑えたノーブラ、これは効果的だ。水に濡れたTシャツ越しにうっすらと乳首が透けている――というスペクタクル、僕たちが地上に天使を見ることのできる数少ない瞬間である。
だが、ノーパンティ・スタイル。もしも水に濡れたスカート越しに暗黒のamazon.co.jpが見えたとすれば――僕は確実に目を逸らすと思う。法が許せば殴り倒す可能性すら、ある。同じ下着であるはずのブラジャーとパンツ、だのにこのような差異が生じてしまうことについて論理的な説明を与えることは難しい。
世の中には 「透けた陰毛がたまらない!」 というカルマを背負った男性もいるかもしれない(たぶんいると思う)。しかしそんな人にあっても、意中の人がマン毛を透かしていたとすれば……彼の胸中に渦巻くのは、高い確率で悲嘆か慟哭だと思う。
好きな人であるからこそ、マン毛は透かして欲しくない!というこの想い。乳首はいいけどマン毛はダメよ!という理不尽なダブルスタンダード。女性の方からすれば 「ふざけるな!」 と憤りを覚えざるを得ない局面であろうが、頼むから分かって欲しい!
それが、男なのである。 - fin -
人気ブログランキング
いまだお目にかかったことのない純白のシルクのパンティ(ジュンパルク)、個人的には親しみ易さとセレブリティを兼ねそえた至高のパンティのような気がします。
私はそういう女性にぐっとくるのです。
その下着はお前あれだろ?解ってやってんだろ?誘ってんだろアァン?!
パンチラを拝見したときこの言葉を心でつぶやきながら悦に入るのがたまらんのです。
プロは目で捌く……!!!
勉強になりますww
白と黒は至高
同系色だった時の興奮度も計り知れない
カッターシャツのボタンの隙間から胸がダイレクトに見えたときの喜びは計り知れないが
スカートの隙間からamazon.co.jpが見えたときは動揺にしか働かない…!!
今日の日記、凄すぎる…!!
初めてリアルで茶吹いた
研究室のディスプレー汚れちまったじゃねーかwww
っていうかトランクスについての考察が何でないんだ
ふざけるなよ
肉さんのツンパニトリで買ってきてあげゆv
「透けた陰毛がたまらない!」
これは僕の国では定説じゃぞ。
真理に出会った。
肉さんのおかげで、白木綿という今まで封印されていたカルマが目を覚ましたようです
それはそうと、下着を漁る方々は神との対話を試みていたんですね
そうとも知らず、警察を呼んでしまいました
無知は罪です
胸が。
それに合わせると、かわいい下着がないと。
だから下着にはこだわりません。
超絶な兵器(鬼名器)を持ってらっしゃるので。
あとTバックが好きらしく。
豹柄のTバックを見つけたので購入してデエトで履いていったらもう尋常じゃない喜びようでした。
生地はサテン調のテラテラとさわり心地は○。
でも、どんなに意気込んだ勝負下着でデエトに挑んでも、エッチの際にはあっという間に取り払われてしまう。
男性にとって下着とは、取り払う存在なのでしょう…
だってほら、ブラのホックは外すためについているんでしょう?
って言うのを何かで読んだ。
すごい笑ったです。
短パンの隙間から‥‥
実は愛されてない・・・(TДT)?