その日から、衣笠と保は連日のように打ち合わせを重ねた。社会人経験に勝る衣笠は、保に様々なことを教えてくれた。実際に事業を始めるまでに煩雑な手続きを要することを知らなかった保は、それら全てを自分でやろうとしていた愚かしさを恥じた。同時に、無償で自分のことを応援してくれる衣笠のことを心から有難く思った。
「この壁面には万国の張型を一面に並べて」
「いや、それだと少々インパクトが強すぎませんか?もっとこう、マネキンに装着させた自然な格好の方が」
計画は着々と進行していった。保がエキスポランド第一発目の目玉企画に掲げたのは 『現代に蘇る縄文ペニス vs 弥生ペニス』 というものだった。歴史資料を綿密に検討した保が、縄文人と弥生人の性器をシリコンで正確に再現し、それを披露するといった運びだ。
「文化や風習が変わっても、オチンチンだけは変わらない。オチンチンの形だけは変わることができないんだ――僕は、まずそいつを皆に伝えたい」
「分かるよ、タモっさん。さあ、もうひと頑張りだ」
歳が10も離れた保と衣笠であったが、いつしか二人は無二の親友となっていた。衣笠は保の理念に共感していたし、保もまた衣笠を心から信頼していた。オチンチンで結ばれた、戦友の形。ひどく美しかった。
「もうすぐね、ウチのガキが産まれるんだ。男の子でさ。そしたらタモっさん、あんたが真っ先に……」
その子のオチンチンに、名前をくれるかい?
すっかり酔っ払った顔で、衣笠は保に微笑みかけた。
「もちろんさ、キヌさん」
そして、その言葉に即応する保。
衣笠はしまりのない顔を浮かべると、困ったよなあバカ親で、と息だけの声で呟いた。
・・・
「許可が下りないって、どういうことなんですか?!」
空き地にできた水溜りに、きらきらと太陽が輝いている。
その光を鬱陶しそうな顔で受け止めながら、初老の警察官は3度目になる溜め息を吐いた。
「だからねえ、近隣から苦情がきているんですよ。あんな怪しげな店、絶対に反対だって。だからこうして我々が来ているんじゃないですか」
「おかしいじゃないですか!我々は別に、風俗を開こうってんじゃない、それなのにどうして!」
「あなたねえ、いくら風俗じゃないからって、何ですか?オチンチンエキスポランド?あのねえ、こういうのあんまり言いたくないんですけど、バカじゃないの?常識で考えて下さいよ」
オチンチンエキスポランドの着工が間近に迫った頃だった。唐突にやって来た警察官が、保と衣笠に対してオチンチンエキスポランドの建設取りやめを勧告しに来たのである。
「一体何の権限があってそんなこと……」
「結局、いま工事を続けたって裁判所に建築工事の差止めを申し立てられたら、あんたらだって困るでしょ。その上、差止めが認められた日にゃあ、あんたらも丸損になるわけだ。そうなる前に計画を諦めたらどうですか?って、そう助言してるだけだよ」
「そんな……」
保の前に、またも現実の壁が立ち塞がる。これでもう何度目のことであろうか。どうして自分が頑張るたびに、何かが自分を邪魔するのだろうか。自分の望みは、夢は、そんなに人倫にもとることなのか――保は空き地の真ん中で、半ば絶望的な気分になった。
「裁判所?結構です。受けて立とうじゃありませんか。そんなことで我々の、タモっさんの夢を……!」
「キヌさん、もういいんだ」
「タモっさん!あんたがそんなことで」
「お巡りさん、どうもご面倒をおかけしました。近隣の方にも宜しくお伝えください」
「まあ本官としても、ことが穏当に済むならそれに越したことはないよ。じゃあ失礼」
事務的な言葉を口にすると、警察官はパトカーに乗って空き地を後にした。走り去るパトカーを忌々しげに睨み付ける衣笠とは対照的に、保は表情のない顔で空を見上げている。
「タモっさん……」
「キヌさん、俺はね、大体……うん、あの辺りにヨーロッパのオチンチンを展示しようと思っていたんだ。特にドイツのコーナーを充実させてね、横には世界史の年表なんか置いちゃったりして」
「タモっさん!」
「こっちにはアジアブースかな。シルクロードを模した展示形式にしてさ、比較オチンチン論とか、そういうのをやろうかなあ、って」
「タモっさん、もういいって!もう今更そんな……」
「みんなー!!」
オチンチンエキスポランドの、開幕だよー!!
――その大声は、初秋の空に。
高く、高く、どこまでも高く、鳴り響いた。
「あんたは十分頑張った、それは俺が一番知っている。だからもう、いいんじゃないか?少しくらい休んでも、さ」
「まだだ」
「タモっさん!」
「まだ何も始まっていないんだ」
保はもう一度空を見上げる。
ぎらぎらと照りつける太陽が、未だ己の心が折れきっていないことを伝えてくれるかのように、浮かんでいた。
・・・
「タモっさん、あんた、いま何て」
「だから、俺は資本金を元手に株を始めるんだ」
そう言ってのけた保の目は真剣そのものだった。そしてその分だけ、衣笠は語るべき言葉を失ってしまう。
「何を言ってるんだタモっさん、あんたがしたいのは金稼ぎなのか?そうじゃないだろう!」
「だけど、あって困るというものでもない。それに、俺にだって人並み程度には欲もある」
「だからって、どうして!いくら金があっても、現状でオチンチンエキスポランドは建設できないんだ!それはあんたにもよく分かっただろう?だったらあんたがするべきことは、世間を、世論を動かすこと、そうじゃないのかい!?」
「どうやって?それに、あんただって本当のところは 『無理だ、できっこない』 と思ってるんじゃないのかい?オチンチンエキスポランドなんてただの冗談、ちょっとした暇つぶし、そんな風に」
「馬鹿野郎!」
鈍い音がして、保が床へと転げ落ちる。その口元からはじんわりと血が滲み始めていた。
「見損なったよ、タモっさん。俺のことをそんな風に思っていただなんてな。あんたを信じた俺が馬鹿だったらしい」
保に一瞥をくれると、衣笠は肩を怒らせてその場を後にした。夢を語り、夢を夢見たかつての二人。しかし今目の前に残っているのは、本当に空疎な静けさだけだった。
「もしもし、詩織?そうか、予定通り産まれそうで……うん、うん?ああ、それはもう、いい。もういいんだ……」
・・・
遠くから潮騒の音が聞こえる。
目を開けると、東の空がぼんやりと白くなり始めているのが見えた。衣笠は体を起こすと、窓を開けて新鮮な空気を肺に流し込んだ。
あれからすぐに職を辞した。
妻の実家を継ぐためだった。
今の土地に越してから、もう10年は経とうとしている。
取り立てて刺激のある生活というわけではないが、大きな不満があるわけでもない。貞淑な妻と元気な子供に囲まれ、概ね平和な毎日を過ごしている。
(タモっさん、元気かな)
それでも、拭いきれない感傷がひとつ。
10年の間、何度となく脳裏に浮かぶ友の横顔。
浅田保――夢を語り合った数少ない友人の名前だ。
ほとんど喧嘩別れのような格好になってしまってからこっち、保と連絡を取ることはなかった。いや、連絡が取れなくなってしまった、と形容した方が正確だろう。あれから保は、まさしく煙のようにどこかへと消えてしまったのだ。
「お父さん、目玉焼きはどうします?」
「ああ、ターンオーバーで頼む」
新聞を開くと、いつもの習慣で株価のところに目がいってしまう。株を始めるといったあの日の保の言葉は、今もこの胸に残っている。そして、その時感じた憤りもまた、少し。
「お父さん、チャンネル変えていい?」
「ん?ああ、お父さんニュース見るから、そのままにしといてな」
「保司、テレビなんか見てないでさっさと朝ごはん食べなさい!」
保司、それは今年で10歳になる息子の名前だ。保の字を名前に選んだことに深い理由はない。ただ、息子の名前を呼ぶたびに嬉しさとも寂しさともつかない感情が胸に渦巻くこと、それもまた事実であった。
(どうも、今日は感傷的になってしまうな……)
内心で苦笑いを浮かべながらテレビへと目をやる。そこでは、遠い異国で展開されている内戦の様子が映し出されていた。保と別れてから10年、衣笠が産まれてから40数年。人間はいつまで経っても争いを止めようとしない。
「ん?」
その一瞬、画面の端に見覚えのある顔が映った。ただ、それは常識で考えれば有り得ないことである。渡航も制限されているような国に、内戦が巻き起こる地に、日本人が、それも――保が、いるだなんて、そんなことは。
「まさかな――」
『……です!日本人です!!ひとりの日本人が、いま、ぜ、全裸で!!全裸でゲリラ集団の所へと!!』
「タモっさん!!!」
見間違えなどではなかった。そこには確かに旧友の、浅田保の姿があった。10年ぶりに見る保の姿は精悍さを増しており、そしてどういう訳か、全裸であった。
「ちょ、ちょっとアナタどうしたのよ!!」
「死ぬ気かタモっさん!!早く逃げろ!!」
ブラウン管越しに叫ぶも、その声が届くはずもない。次の瞬間スピーカーから激しい爆発音が轟くと、中継の画面はたちまち砂嵐に包まれてしまった。
「マジかよ」
激しい動悸が胸を襲う。唐突の再会、唐突の爆撃、そして唐突の全裸。全ての状況が突飛過ぎて、衣笠は激しく混乱していた。株をやると言っていた保、しかしそれがどうして、あんな極東の地へと――
その時、不意に保の言葉が耳朶に蘇ってきた。
『あんたがオチンチンを握っている時、あんたはナイフを握れないだろう?銃を握ることはできないだろう?オチンチンを握っている時、俺たちは争いを止めるしかねーんだ!!』
「馬鹿野郎……!!」
絞り出すような声で言い放ったが、衣笠には分かっていた。馬鹿は、自分だ。保はあの時、まだ何も諦めてなどいなかったのだ。
株をやると言った保、それは本心からの言葉ではなかった。子供が産まれてくる衣笠のことを案じ、わざと自分から遠ざけたのである。そうでもしなければ、いつまでも自分の夢に友人を惑わせてしまうからと考えて――浅田保は、そういう不器用なやり方しかできない人物だった。
『……す……した……奇跡で……銃撃が止みま…た!突然、銃撃が止まりました!!奇跡、これはまさに奇跡です!!』
「タモっさん?!」
中継回線が復帰したのであろう、テレビ画面から再び内戦地域の映像が流れ始める。衣笠は慌てて椅子から腰を上げると、目を皿にしてその様子を見守った。
「……no ochinchin, no hope!! no ochinchin, no hope!!」
画面の向こうでは血まみれになった保が絶叫している。それに呼応するように、現地の住民たちも大きな声で叫んでいた。
No ochinchin, No hope!!
No ochinchin, No hope!!
No ochinchin, No hope!!
気付けば、辺りにいた皆が裸になってそう叫んでいた。老いも若きも男も女も、誰もが涙ながらに絶叫していた。そしてその光景は衛星を通じて全世界に配信される。保の唱えた真言 "No ochinchin, No hope!!" が、瞬く間に世界を包み込んだのである。
「やったねタモっさん、やったね……あんたの願ったオチンチンエキスポランドが、そこにあるんだね……!」
保は笑っていた。
衣笠は泣いていた。
この日確かに、形而上の博覧会が。
名も無き東洋人の手により、世界数十億人の心の中で開催されたのだ。
みんな――
オチンチンエキスポランドの開幕だよ――
・・・
ひっでーなこりゃ。
本年も肉欲企画をよろしくお願いいたします。
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今年もじっくり読ませていただきます
なんなんだよこれは……
なんでこんなに胸が熱くなるんだ…
わかんねぇよ…
良いもの読ませて頂きました。
ありがとうございます。
キレそうになった時は、オチンチンを握ります。
今年もよろしくお願いします。
感動しました・・・
ホント新年早々いいもの読ませてもらいました
しかし「僕、おちんちんが大好きです!」は強力だった。
年の初めから衆人環境の中携帯見てにやつくなんて今年はじまりすぎて終わったな
【肉欲より】
訂正したよ!
今年も、肉欲企画から、目が離せない!!!
ところで今日徹子の部屋に宮崎あおいさんが出てたの知ってます?アドレス知らなかったんで前の日記にコメントして必死に訴えかけたんですが……
【肉欲より】
タレコミどうもでした!ただ、時すでに遅しでした……。
【肉欲より】
シューマイの上にグリーンピースを置く仕事 をテーマに書くのよりは楽でした。
今年も肉欲企画。を楽しみにしてますお( ^ω^)
いつも見てます、最高です
このストーリーでフルにオッキしちゃったMY SUN。死にたいね(^ω^ )
no omanco, no hope!!
肉さん今年もよろしくっす!
勿論いい意味で。
今年も肉ファンです!
笑った自分は未だ恣意的なはずの常識に捉われているのだろう。
私も保のようになりたいな。
あんたは思いがけない裏切りを見せやがる。それが何とも心地よいから毎度このURLを踏んじまうんだ…!
ところでテーマンは……
めっちゃ感動した!!
ペニスとペニスが繋ぐ人の輪に……色々と泣きたくなりました。
私は半熟が好みですがw
あれ目から水が…とりあえずオチンチンでも握るか…
だして、
わらた。
今年もよろしく
でも何か良かったです。
でも面白くやしいビクビク
年末の紅白でやり損ねた仕事をこなしたんだな
肉たんらしかったように感じます!
でも笑わせてもらいました。
しかし。
なんなんだこれは。肉さん初詣出雲大社に行ったりしたんですか?クオリティが天を越えてますよ。
新年の初めがこれなら今年も楽しみです。
今年も宜しくお願い致します。
良いお年を。
シリアスエロスが
本当にうまいですよね!
今年も楽しみに
してます(*^ω^*)
今年も頑張れ肉欲さん!!
そしたら知り合いの出版社の奴に書籍化猛烈にアピッてみるからさぁ!
でもこの話、大好きだぜ
自信持てよwwww
最後は飛躍しすぎだけど、突飛な設定の中のリアルな心情描写がステキ。普通にタモっさんに共感しちゃいました。
肉さん今年も期待してますよ!!
「みんなしあわせになーれ!
トゥルルルル……」
「肉さん。愛してるぞ!」
なにこの全米が泣くクラスのシナリオ
いいです!