僕がよく閲覧するブログの中に 『引いた瞬間、冷めた瞬間』 というものがある。このブログはその名の通り、様々な人が遭遇した 「百年の恋も冷めた瞬間」 をまとめているのだが、その内容は実にバラエティーに富んでいる。最近の記事だと 『彼がニャンニャン言葉を使っていて冷めた』 というものがアップされており、記事を読んでいると 「確かにそれも致し方のないことかな……」 と思わされる。
ただ、それは我々が部外者だから 「それは冷めるよね、分かる分かる」 と言えるのであって、当事者たる彼は 「なんでそんなことで冷めるの?!ひどい!!」 という風に思ったかもしれない。また、別の人からは
「ニャンニャン言葉?むしろウェルカムだよ!」
との意見が寄せられる可能性もあろう。
投げやりな結論になるが、結局のところ 『引く』 だの 『冷める』 だのは、個々人における価値観の問題に過ぎないのである。一般論的に 『引く/冷める』 場面を確定することは難しい。
とはいえ
『これは大部分の人が冷めるだろうな……』
という罪深い瞬間、それは確かに存在する。非常に感覚的な話だが、やはりいい歳をした男性が二六時中 『ニャン!ニャン!』 とシャウトしている状況は、ちょっとカルマが深いだろう。用法用量を誤った場合、措置入院が検討されて然るべきケースである。
僕自身も傍観者ではいられない。先の日記で 『NTRがたまらない!』 と声高に宣言したものの、どう考えてもこれは頭がおかしい。事実、当該日記のコメント欄でも 『寝取られはないっすわ……』 という声が散見され、図らずも世間と自分との"ズレ"に気付かされる結果となった。
NTRの他にも "ニッチな性的嗜好" というものは山ほどある。先に挙げた 『ニャンな男(ひと)』 に関して、彼の方のマインドを突き詰めれば、きっと 『幼児退行願望』 なるものが奥底にあると推察される。これも中々ニッチな嗜好である。
かつて僕は 『ニッチっていいよね!』 といった趣旨の日記を書いた。が、よくよく考えてみればそれはただの強がりでしかない。マイノリティに属したまま世間を歩いていくのは、どうしたって辛いものがある。
『ニャン!ニャン!』 とシャウトした彼は恋人から冷められ、NTR界隈を敬愛する僕は世間から侮蔑されている。それはとても切なくて、苦しい現実だ。この悲しみを克服するために、僕らは心を強く持たなくてはならない。
大学時代の先輩に 『女のパンツは汚れていないと興奮できない』 と言い放つ剛の者がいた。最初にそれを聞いた時、彼が何語で喋っているのか理解できなかった。二秒後、それが日本語であることに気付いた僕は、先輩に対してこう問いかけた。
「なぜです?」
シンプル&ショート、それがモットーだ。趣味嗜好に対して"なぜ?"もへったくれもあったもんではないのだが、敢えてその答が聞きたかった。
先輩は少しだけ思案顔を浮かべ、その後に重々しく口を開いた。
「汚れていると、興奮するからだ」
完全に禅問答の世界である。ただ、その言葉には、名状し難い"パワー"みたいなものが宿っていた。
自分はこれでいいのだ、という確かな確信。
あるいは、自負。
おそらく先輩は 『折れない心』 みたいなものを胸に宿していたのだと思う。
後日、僕は四ツ屋という居酒屋で先輩の彼女と対面することになる。小柄で清楚で、とても可愛らしい感じの人だった。僕はそのあどけないツラを眺めながら、『可愛い顔して、アンタ、パンツが汚いんだってねぇ』 と、AV男優の気持ちになった。
「センパイ!この人が例の?!」
走り出したら止まらないぜ!土曜の夜の天使さ!脳内で横浜銀蠅の歌が流れ始める。先輩の表情は確実に 『バカ!やめろ!!』 と訴えかけていたが、ひとたび口をついて出た言の葉は回収不可能、僕の声を聞いた彼女氏は当然 『なに?なんのこと?』 と困惑顔をしておられた。当時の僕はハタチ前後であったが、やはり若さとは罪なものなのかもしれない。
彼女氏からの過酷な尋問を受け、先輩は苦々しげに言葉を紡ぐ。時折、会話の端々に 『パンツが……』 『興奮で……』 などのテクニカルタームが登場していたが、僕は聞こえていないフリをして焼酎を煽った。目の端に映る彼女氏が憤怒の形相をしておられる一方で、僕は目が見えないフリをした。恋人同士にしか分からない息遣いというものは、確かにある。二人が笑っているにせよ怒っているにせよ、恋人たちのやり取りに介入するのは好ましくないというべきであろう。そんな時、私は貝になりたい。
気の弱い人なら自殺しちゃうんじゃないの?というレベルの説教が終了した辺りで、ようやく場は和やかな雰囲気を取り戻した。夫婦喧嘩は犬も食わない、というけど、まったく時と場合を選んで欲しいものよね……そんなことを考えているうち、僕らはいい感じに酔っ払ってきた。
「ちょっと聞きたいんですけど、いいですか?」
「なあに?」
「ぶっちゃけ、汚れたパンツが好きだなんていう彼氏って、どうなんですか?人として」
酔った席では無礼講。
日本に伝わる、古式ゆかしい作法である。
なお、LAでこれをやると即射殺されるので注意されたい。
彼女氏は僕の質問に少なからず当惑しておられる様子だったが、酔いも手伝ってのことだろう、ごく気さくに返答して下さった。
「私のパンツは汚れてないけど、女の子のパンツって結構汚れやすいとこもあるから、そういう感じで 『汚れなんて気にしないよ!』 っていう男の人の意見は、ちょっとありがたいんじゃないかな。特に体質によっては周りの人より汚れちゃう子もいるみたいだし、そんな人がすごく潔癖な彼と付き合ったりすると、色々面倒かもね。別に私のパンツは汚れてないけどね」
折に触れて 『マイ・パンツは汚れてなんていない』 ということを強調する彼女氏。その主張が連なれば連なるほど、僕の心の中では 『なるほど、この人のパンツは相当……』 という想いが強まる。が、紳士たる僕はそのことを決して口にはしない。
「女の嘘はアクセサリーみたいなもんさ」
かの有名なアルセーヌルパンが残したとされる金言である。アクセサリーは丁寧に扱わねばならないのだ。そいつを素手で触るのは、少々野暮ってもんだと思うぜ、僕は。
つまり、僕の憂慮とは裏腹に、先輩と彼女氏とは実に"win-winな関係"(*)だったのである。なるほど、相手が汚れたパンツを望み、かつ、現実に自分のパンツが汚れているのだとすれば。これほどに美しい循環関係もない――というものだ 『汚れたパンツがたまらない!』 という想いそれ自体は極めてニッチであるが、無理なくその欲求が満たされるのであれば、とても幸せなことである。
(*)「自分も勝ち、相手も勝つ」――取引などにおいて、関係する両者ともにメリットのある状態であること。
先の話に戻る。だから 『ニャンな男(ひと)』 たちについても、その需要を穏当に満たしてくれる恋人を探すこと……それが何より重要なことである。自分も勝ち、相手も勝つ。そんな関係性が構築できれば誰も引くことはないし、誰も冷めることはない。
だが、我々の時間は有限だ。生きるためには仕事をしなければならないし、家事や洗濯といった雑事もこなさなければならない。ニッチな需要を満たしてくれるパートナーを探すための時間は限定されている。その相手を見つけることができぬままこの世を去る人だって沢山いることだろう。
だからこそ赤ちゃんパブが生まれるのである。お分かりだろうか。
この世界におけるありとあらゆる出来事には原因があって結果がある。何の理由もなく赤ちゃんパブが生み出される道理、そんなものはどこにもない。
赤ちゃんパブ、あるいはおっぱいパブ、またはランジェリーパブ。およそ"パブ"と名の付くものは、僕たちの抱える切ないカルマの集合体なのだ。女性の皆さんにおかれましては、どうか男性を軽蔑しないで頂きたい。
価値観の多様化した現代だ。また、ストレスの溜まりやすい現代でもある。きっと、この種の"パブ"はこれから激増していくのではないだろうか?
なぜなら、多少事情は異なるが、メイドカフェの目覚しい台頭をみせたのは、我々が抱えていた 『メイドさんに奉仕されたい!』 という潜在的な欲求が爆発したからに相違ないからだ。時代の必然、というやつである。
そして、次にいかなる潜在欲求が市場において爆発するか?それは誰にも予想できない。もしかすると、幼児退行欲求、それがごく自然のものとして扱われ、市場において爆発する日だって、あるいは――。
■ 赤子カフェ
「あらー、ヨッピーちゃん!また来たんでちゅか〜?」
「パイパイッ!パイパイッ!」
「はいはい、ミルクが欲ちいんでちゅね〜。今持ってきてあげまちゅよ〜」
「まんまー まんまー」
「メッ!でしょヨッピーちゃん!」
「うー うー」
「泣いちゃダメだよヨッピーちゃん、おっぱいあげまちゅからね〜」
「パイパイッ!パイパイッ!」
「はい、パイパイですよ〜。たくさん飲むのよ〜」
「パイパイッ!パイパイッ!う〜……ウンウン!ウンウン!」
「え〜?うんちが出ちゃうの?それじゃ、そろそろひとりでトイレに行ってみようか〜。はい、あんよがじょーず!あんよがじょーず!」
「うー うー」
「ひとりであるけたね〜!えらいね〜!」
「パイパイッ!パイパイッ!」
「はーい、パイパイでs時間です。全部で3000円になります」
「いつもありがとう」
「ありあざっしたー!またのご来店お待ちしてぁーっす!!」
(※この物語はフィクションであり、実在の人物とは一切関係ありません)
・・・
どうだろうか。こんな時代が絶対に到来しない!なんて、誰が断言ができるのか。もしかしたら近い将来、赤ちゃんプレイを嗜む人たちが爆発的に増え、巷には赤子カフェが激増し、そのカフェを愛好する人たちは周囲から尊敬と共に 『赤さん』 と呼ばれるようになる風潮――訪れるかもしれない。
その他にも、僕の知人には手コキ愛好家をはじめとして、足コキを愛する者、腕コキ(腕の筋肉で本丸を締め付け、刺激を与えるやり方)を志向する者、果ては"髪コキ"なんていう未曾有の境地に達する者、様々いる。彼らも現代においては相当ニッチな愛好家たちだといえよう。それは、日常生活において足コキや髪コキに関する話題が滅多に上らないことからも明らかである。また、悲しいことではあるが、髪コキに成功した!という話を、僕は寡聞にして知らない。
だが、可能性はゼロではない。"Impossible is Nothing" とは某メーカーの用いたキャッチコピーであるが、念ずれば花開くことだってあるのだ。あなたが 『髪コキして欲しい』 と願う時、世界のどこかには同じく 『誰かに髪コキしたい……』 と願う女性が確実に存在しているのである。そうであるなら、あなたは髪コキを軽々に諦めるべきではない。
願いを叶えるために。
公告屋となって、世間を扇情するのもいいだろう。
『あなたはもう試した?ザーメンパックで髪のツヤを取り戻しちゃえ☆』
『ドピュッ
『はじめる髪コキ、つづける髪コキ 〜専門家の語る、こだわりの一本〜』
『カミー・コッキーと謎のスペルマ』
もちろん 『それは不当な情報操作だ!』 との叱りを受けることになるかもしれない。だが、それが何だというのか。人生は一度きりである。怒られても、悪事に手を染めても。決して諦めない強い心を持ち続ける――そんな者だけが夢を実現しうるのだ。もちろん、根拠は、ない。信じて欲しい。
もっと一般的な性的嗜好を身に付けたかった!ニッチな欲求に悩んでいる人なら、一度はそんな想いを抱いたことがあるだろう。ただ、今更そんなことを悩んだとして、それはもう手遅れなのだ。欲求が顕在化してしまった段階で決着はついてしまっているのである。あとは、それとどう向き合うか。僕たちにできるのはそれくらいしかない。
そして、我々は。
己の性的嗜好を満たしてくれるかけがいのない相手を探し、今日も孤独の旅路を歩み続けるのであった。
【YouTube】
Neil Young - Heart of Gold
(邦題:孤独の旅路)
僕に関していえば、仮にNTRについて心の底から理解と共感を示してくれる異性が現れたとしても、きっとその方と幸せな関係を構築することができない気がしてならないあたり、人間の願望というものは容易に叶えられないものなのだな……と感じられてしまう。あるいは、叶えがたいからこそ――我が心の中ではNTRの火が燻りつづけるのではないか。どうにも、僕にはそう思われる次第だ。
あなたの願いは、なんですか――
(性的な意味で――)
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俺の元にかえってくるのを祈るのみです
・・・・クリスマスの前に!!!!!!!!
【肉欲より】
あおいさああああああああああああああん!!!!!!!!
そんなことしてる暇あるなら更新して欲しいもんですな
赤子カフェ、ですか。。
ひざ裏コキをしてもらったことが・・・
あれが忘れられないです><
聖なる夜だからこそ、そんな心の支えになり、たい。
【肉欲より】
理解するぜ。
あくまでもらしいですから自分で試そうとは思いませんがね
関係ないですけど「精力的活動」が妙に卑猥に聞こえてしまう僕をどう思いますかね?
願わくば、彼らには日の当たる場所に出て来ないで戴きたいものですね。
普通のニッチャーよりも苦しい毎日を送っております。
と油断させておいて掌にかけて飲んでます。
髪コキが広告でなく公告ww
だから更新速度が・・・
…まぁ反応が恐ろしくて未だに彼女に言い出せないんですが。
モツ鍋に決まっとろーが!!
尻だろう? 尻コキされたいんだろう?
素直に言っちまいなよ。
( ̄ー ̄)